ファンタスティック・アカデミー!【異世界×大学物】   作:丸いの

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その2

 身長を大きく損なった今世の自分よりも縦に大きく、かなり細長い体格である前世の自分こと平塚先生よりも横に広い。多分僕や平塚先生よりもよっぽど教師っぽい見た目の浜松教授が、広めの教室で教鞭を振るっている。一方で、席に着き時折後ろの様子を気にしつつもノートにペンを走らせるのは、日本人然とした姿形の浜松教授とは対照的にカラフルな髪や瞳の生徒達だ。

 そんなちょっぴりちぐはぐは授業風景を、広めな教室の後方座席を陣取って見学するのは、古風な絵画で見かけるような、日本の常識からは大きく外れる衣服に身を包んだ一団だ。

 

「この部分をもっと電子を引き付ける形に変えれば――」

 

 明らかに非日常な風景を前にしても素知らぬ顔で授業を淡々と進める彼は、流石はベテランといったところか。視察団が教室に入ってきた時に簡単な挨拶をした以外に、浜松教授は全く彼らに意識を向けることはなかった。普段通りの授業風景を見せるという意味では何の問題は無いけれども、まったく配慮をしないというのはかなり強い心臓をしていると思う。

 

「反応の進みやすさを変化させられる要因としては他にも――」

 

 むしろ教師本人が視察団の面々に対して全く気にした様子が無いから、生徒の方が見学者にチラチラと気を取られてしまっていることが非常に悪目立ちしているように感じられる。ふと生徒陣を見わたしてみれば、例えば僕が持っている授業でも見かけた緑髪の女学生は、少なくとも三回は後ろを振り向いて内二回僕と目があってしまってすぐに視線を前に戻しているくらいだ。

 当の見学者の皆さん方の反応は、わき目でこっそりと伺ってみるとどうやら可もなく不可もなくといったところか。かなり初歩の範囲とはいえ、現在授業の題材となっている分野は完全な専門分野であり、予備知識のない彼らにしてみれば全然わからない学問に過ぎないのだ。この場において得られる情報としては、精々生粋の異世界人の学生達がしっかり勉強していますよという程度しかないだろう。

 

「――さて、偉い人たちの前で真面目な話を続けるのも疲れちゃうから、少し小話でもしようか」

 

 授業を受けている生徒達に全体的に浮ついた雰囲気が蔓延しているのは、新人ペーペーの僕にも流石に分かる。むしろ教室最後尾で起立しながらじっくりと観察しているからか、教壇に立って授業を行なったときよりも生徒達の細かな仕草も結構目に付くものだ。

 そんな空気を察したのだろうか、言葉とは裏腹に全く疲れた様子も見えない浜松先生は、若干の苦笑いを浮かべつつ教卓に手をついた。年齢的にも結構なベテランで、論文検索をすれば相当な数がヒットするほどの彼にこのような態度を取らせるだなんて、結構失礼なことだろう。ただし生徒達にとっては彼はまだまだ一教員に過ぎない。おそらく遠くない未来で、授業を担当している先生方の実績を知って口をあんぐりと開く生徒の数は少なくはないだろう。

 

「今皆さんが受けているこの講義、ぶっちゃけ何の役に立つんだって考えている人も居ることでしょう。そう思うのは自然なことです。そこで、この授業に少し関連した有用なアイテムを用意してきました」

 

 ごそごそと教卓近くに置かれていた鞄を漁りながら平和そうに笑う浜松先生。おそらく先生の話が図星である生徒数は少なからずいるだろう。魔法がものを言う世の中で学習してきた生徒達にとって、この授業が役に立つ具体的な場面を想像しろというのは無茶が過ぎる。

 

「この袋の中のアイテムを開く前に、皆さんに一つ質問です。きらびやかな色で溢れる王都の高級住宅街を歩いていても中々見かけない、そんな色は何色でしょうか? 制限時間は30秒です」

 

 こういう時に生徒を引き込むための良い雑談のネタは、授業に関する身近な物と相場が決まっている。さっきまで後ろに構える視察団のせいでそわそわと浮ついていた教室の空気が少々変化した。隣同士小声で相談する生徒や、腕を組んで何か思いつかないかを考えだす生徒。世界は違えど彼らは知識に貪欲な部類に入る人種だ。問題を提議すれば結構な割合で食いつくのかもしれない。

 なんとなく手元の腕時計で時間を確認しつつ、残り時間が半分を切った辺りで先ほどから時折目についていた緑髪の女学生が手を上げた。 

 

「青、ですか?」

「すごい、正解だ!! そう、王都を見回してみても青い色というのは珍しい。これは私の故郷でも昔は同じだったらしいんですよ」

 

 浜松先生の言うとおり、純粋な青という色はこの王都でもそうおいそれと見かけるものではない。詳しいところは僕も把握はしていないが、魔石の精錬の際に排出される不純物中に微量だけ含まれる蒼い鉱物が、もっとも一般的な青の塗料として市場に流通するらしい。しかしただの不純物と侮るなかれ、適当にそこらへんへ放置をしておけば群青色の表面がどんどん赤らんでいき、ただのくすんだ赤紫色の粉末と化してしまうのだ。

 そういうわけで青の色は悪い意味で安定しているために供給量が少ない。それに乗じてか位の高い人は時折深みの強い青色の装飾品を目立つように身に纏っていることが多いとか。

 

「魔石生成の際に使われる青色塗料は、時間経過で劣化をしてしまうと聞いています。おそらく空気中では不安定なのか、光で自己反応を起こしているのでしょう」

 

 見栄を張って邸宅の壁を魔石由来の青で塗り上げた貴族は、以降1年に1回高い資金を投じて壁の一斉塗り替え作業を行うらしい。家の壁を塗りつくす量の青い塗料はそれだけでかなりの金額に上るだろうに、毎年一回塗り替えなければみすぼらしいと陰口を叩かれるなんて、下手な見栄は張るものではないと思う。

 

「壊れにくい構造で、尚且つ安価。そんな青色の塗料があればこの王都の色の常識は根本から変化するでしょう。そしてそれはこの袋に入っています!!」

 

 浜松先生が勢いよく袋から取り出したのは、小さな絵の具のチューブだった。一瞬ポカンとする生徒達を前にして、彼はキャップを開けると少量を紙に塗りつけた。

 なんてことはない、やや群青がかった青い絵の具の汚れが、裏紙の一部にへばり付いているだけである。そんな物体を彼は得意げに手に取ると、生徒全員に見えるように前へ突き出した。

 

「私は絵を描くのが趣味なんですが、この絵の具は高いやつだけど一本500円。こっちのレートならランチ一食分よりも安いんじゃないかな」

 

 現代日本に染まった僕には何の特別感もない物品も、世界が変われば金の塊のような扱いを受けるのだ。精製直後の魔石塗料に比類する鮮やかな青色の塗料が、昼食代よりも安い価格で結構な量が買える。このカルチャーショックは生徒達の意識を後ろの視察団から完全に切り離すのには十分過ぎるものらしい。

 

「私の国がある世界でも、昔は青っていうのは貴重な色だったんだよ。でも科学の発展と共に、希少鉱物を原料とする天然の青色塗料に代わって、こんな安価な有機系塗料が登場をしたんだ。そして青だけじゃない、虹をさらに細分化した多くの色が工業的に作られている」

 

 生徒のみならず、視察をしている役人たちの一部も事務的な様子から変わって興味深げに浜松先生の話に耳を傾けている。

 

「この絵の具を造り出した学問の基礎を、この授業で取り扱っているんだ。皆さんからすればこんな暗号か何かかって授業も、実はすごい有意義な分野へ応用できるんです」

 

 得意げに語る浜松先生。風貌は青い絵の具で汚れた裏紙を片手に佇むただの恰幅が良い中年男性ではあるが、後進へ学問の姿を語る様はすごく誇らしげで、それでもって格好良く見える。

 

「授業を受ける意味は何なんだろうって考え込んでいても中々思いつかないかもしれない。でもこうして脇に逸れてみれば、案外関係しそうな物事は転がっています。何事も視野を広く持つことが、この業界で大成するための第一歩です」

 

 紙を折りたたんで袋にしまった彼は、教卓に両手をついて全員を見わたした。浮ついた空気はとうの間に立ち消えて真剣な表情を浮かべる生徒達はまだしも、授業に対して第三者と言っても差し支えない視察団の面々に対しても、浜松先生は真摯な態度で笑顔を向ける。

 

「という感じで、時々雑談をねじ込んでいくのが私の授業のスタイルです。関係なさそうな事柄を化学の視点で考える、そんな力を皆さんで養っていきましょう」

 

 流石はベテランだけあって授業の進め方が上手いなあ、というのが率直な感想である。雑談だなんて当の本人は言っているけれど、単なる雑な話で終わらせない辺りに上手さを感じる。そしてたかが雑談と侮るなかれ、こうした小技は聴衆の耳を傾けさせるのに大きな役割を果たすのだ。

 前世の大学に入ったころあたりなんて、急激に勉強をする分野が難しくなって何度も壁にぶち当たった記憶がある。そんな気がまいってしまうような状況下においても、勉学や小話何でもござれといったような話し上手な教員が担っていた授業は、難しい内容のはずなのに自然と引き込まれていくのだ。常にフルスロットで真っ直ぐ勉学に向き合える人間はそう多くない。難しい話の合間を縫って適度にリラックスをさせる技術、うらやましいものである。

 

「それでは授業に戻ろうか。先ほどの反応、こいつの例を――」

 

 大学の教授なんて研究成果をあげることが出来れば、授業のうまさなんて大きくは問われない。それでも折角時間を割いて後進に指導を行うのだから、彼のような話の上手い教師を目指したいものである。

 教師が主に喋りつつも、生徒達が完全に受け身にはならないようにする。僕が選択した授業スタイルは、偶然にも浜松先生と似通ったものである。どういうところで学生の気を引く話をするのか、授業全体の雰囲気をどう作るのかなど、真似できそうなところはなるべく真似をしてみよう。

 

「……何がカガクだ」

 

 ただしいくら授業の進め方が上手くたっても、全ての人間を話に引き込むことは出来ないようだ。お立ち台の上に立って見事な演説を行い、聴衆はその話に乗せられて熱狂していく。偶然通りかかった一般人は、その熱狂に当てられて聴衆の一人と化していく。そんな場においても、絶対に聴衆へ混じらずに話へ耳を傾けない者がどうやったって存在するのだ。

 無関心そうな表情を浮かべつつ、耳を澄まさなければ聞こえないような小声でそう呟く赤紫髪の青年。腕を組んでつまらなそうに佇む彼の姿は、ようやく後ろの視察団の姿が気にならなくなって授業に集中し始めた学生たちとは真逆なものだ。端から反抗的な姿勢を崩さない者は、どうやったって聴衆に引き入れることは出来ないのかもしれない。

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