ファンタスティック・アカデミー!【異世界×大学物】   作:丸いの

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その3

 教室の後ろで突っ立って講義を聴くのはひどく久しぶりの経験だった。前世の大学入学したての頃、単位が取りやすいことで有名な講義の初回授業で椅子がすべてうまっていた時以来だろうか。ただでさえエルトニアの偉い人たちを引率するという立場で緊張をしているところに加えて一時間以上動かないで立ちっぱなしだ、足が棒のように疲れてしまった。ふくらはぎが若干プルプルとしている。

 

 授業が終了するよりも一足先に予定通り視察団を引きつれて退出し、最後に浜松先生への一礼も忘れない。その際に彼が返してくれた小さなガッツポーズは、おそらく激励の意味が込められていたのだろう。真っ先に講義室を後にしたライル殿下をわき目で伺っていた浜松先生は、疲れたように小さくため息を吐いていた。終始講義や雑談にさえ興味の欠片も見せない人物が、最後列のど真ん中とかなり目立つところに座っていたのだから、教卓に立つ彼の目から見て気にならないはずがない。

 

「それでは次に研究施設へご案内いたします」

 

 一団の先導に立って歩く川崎さんの向かう先は、大学の肝といって差し支えの無い多くの研究室が並ぶフロアだ。この数週間の生活で、寮から新校舎へ移動して二階からの研究フロアへ向かうのが日常として体に刻み込まれた。しかし今は普段と違ってお偉方を先導しながらの移動となる。いつもならば足取り変わらず歩む階段も、今は上るのに少し抵抗を感じてしまう。

 

「君、先ほどの教師が言っていた青の塗料についての話は真か?」

「ええ。ただし先ほど紹介された絵の具は、主に紙に塗りつけるものです。建築物の壁に塗装するものはまた異なってきますが、こちらも安定して生産されています」

「そうか。ニホン国との外交が始まって五年となるが、やはりそちらの事情に関しては知らぬことが多いな」

 

 トロス卿といったか、壮年の男性が浜松先生の雑談に関連した質問を投げかけてきた。おそらくこの視察団の中ではライル殿下の次に位が高い人物なのだろう。この国の商業大臣なんていう肩書を持っているし、常に彼の後ろには部下と思わしき二人の参加者がつき従っている。

 

「しかし異世界の学校と聞いてどのような珍妙な授業を行うのかと思ったが、案外こちらのものと変わらないのだな」

「エルトニアの学校も似たような形式で行なうのですか」

 

 そしてどうやら、この人や配下の役人たちは国立東都工科大学に対してある程度は関心を持っているようだ。このような姿勢を示してくれると、こちらとしても説明を行ないやすい。

 

「王都の学園区には名前の通り多くの教育機関が名を連ねているが、私の母校エルトニア王立騎士学園は少なくとも一般教養は先のものと同じような授業方法だった。流石に教導訓練は別だがな」

「本学も教養科目は基本的に先ほどと同じスタイルの授業を行っていますが、物によっては学生間のディスカッションをメインにしています。そして、これから紹介する場所は先ほどとは全く異なる形式の教育現場となっております」

「そうか、どのようなものなのか期待しているぞ」

 

 言葉通りに楽しげな表情を浮かべるトロス卿や、その配下と思われる役人たち。彼らの様子を見ていると、いわゆる普通の見学会の参加者であるとすんなりわかる。見学会なんて普通興味を欠片も持っていなければ参加はしないし、トロス卿達のような姿勢が一般的であるはずなのだ。

 しかし研究フロアに続く階段を歩く視察団の中には、どうやらトロス卿のような興味を持って見学会に参加しているわけではなさそうな層が存在しているようだ。

 

「……その研究施設とやらは先の教室とは隔離でもされているのか?」

「研究と教育のそれぞれに専念できるよう、フロアは明確に分かれています。当初の計画では校舎ごと分ける予定もありました」

「そうか……」

 

 先頭を歩く川崎さんと言葉を交わすライル殿下の様子をこっそりと伺う。表面上では気になった点について質問を投げかけているように見えるが、よく見れば彼の表情は川崎さんの返答に対しても特には興味を抱いていない様子だ。あくまでも儀礼的な質問に過ぎないということだろうか。

 おそらくトロス卿を中心とする派閥がこの見学会に対して純粋に何らかの興味を抱いている一方で、ライル殿下及び彼につき従う役人の一団はそういうわけではないのだ。明確にこの場にいる人間は二分されるのだろう。

 

「ここから先が研究室フロアとなります。各研究グループは分野によって三チームに大分されていますが、チーム内はもちろんのこと各チーム間での議論も気軽に行なえる空間となっております」

「なるほどな。学者というものはどうしても閉鎖的という印象を抱きがちだが、こちらはそうではないのか」

 

 川崎さんの説明に対して、トロス卿側は周囲を見回したり頷いたりと何らかのリアクションは取ってくれているが、ライル殿下側は右から左に聞き流しているかのように無関心さを表に出している。彼側の人間でプラスな反応を見せているのは、ライル殿下の少し後ろを歩く護衛の騎士が例外的にすごく興味津々な様子できょろきょろしているくらいか。

 これではまるで水と油だ。こうも露骨に態度が違うとなると、説明をする側としては気分が悪くなる。見た目こそ温和な表情で説明を続ける川崎さんも、この参加者の態度の違いに気づかないわけが無い。

 

「普段研究フロアに入るためには毎回解錠することになっています。機密保持のためですね」

 

 そもそもの疑問は、何故ライル殿下がこの見学会に参加をしているのかというところまでさかのぼる。先日の彼の様子から考えて、彼が嫌う科学技術の総本山ともいえる大学の研究室を視察するだなんておかしいのだ。ついさっき彼の護衛から言われた"難しい"という言葉は、おそらくあてずっぽうなどではないのだろう。どうにも嫌な予感がして堪らない。

 しかし泣いても笑ってももう目的地は目の前にまで迫っていた。研究フロアと廊下を隔てる自動ドアの前で川崎さんがカードリーダーに職員証をかざすと、ピロリンという小気味良い音と共にガラス戸の施錠が解除された。

 

「この先が各研究グループの居室となっています。そしてこのフロアの上が実験室です。これから順番に案内をしていきますので、皆さんお入りください」

 

 川崎さんから伝えられた予定では、ここから先は僕がメインで案内をすることになっている。平塚先生は今日の見学会が終了するまではいつでも出動出来るよう手配をしてあるし、僕の実験に関しては朝方から自動で動かせるものはスタートさせており、藤沢さんにも何でもいいからとりあえず実験ぽいことをしておいてくれとは伝えてある。平塚研究グループに関しては、おそらく真っ当な説明をすることが出来るはずだ。

 

 だが何かを説明をすれば何らかの返しがあるトロス卿は良いとして、今まで暖簾に腕押しなライル殿下とその仲間たちをどう扱うか。これまでのライル殿下の様子から考えて、とてもじゃないがただ単に研究内容を説明をするだけで見学会が平和に終わるはずが無い。表情こそは川崎さんを見習って笑顔を浮かべてはいるものの、その内は無事に終わってくれという一心で研究フロアへ足を踏み入れた。

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