ファンタスティック・アカデミー!【異世界×大学物】   作:丸いの

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その3

 十年近くのブランクがあったとはいえ、子供の時から混雑の聖地である東京住まいの身だから人の群れの中を進むのは慣れた話である。混雑した駅や車内で鍛えられた感覚を駆使して、行きかう人の中をぶつからないようにしてひょいひょい進むのはそこまで難しくはない。

 

「あ、すいません……レイ、もうちょっとゆっくりお願い」

「ごめん、少し早足過ぎたかな」

 

 しかしここ数年は大学付近に住居を構えていたため満員電車とは縁がなかった藤沢さんは、この人混みを割って進むのに大分苦労をしているようだ。腕がぶつかった人に頭を下げる彼女の顔にはげんなりとした表情が張り付いていた。

 少し息が上がっている藤沢さんのために歩くペースを落とし、ついでに彼女の腕から荷物を数点受け取った。小さなハンドバッグは普段から持ち歩いているようだから良いとして、昼食を食べた直後だというのに屋台で買ってしまった軽食もついでに貰う。鶏肉のサラダを薄生地で巻いただけのものだけど、お祭りの中の屋台というものは彼女にとって不思議と寄ってしまいたくなるものらしい。

 

「ありがと……それにしてもかなり混んでいるわね」

「今日は昨日よりも集客効果は大きいからね。噴水広場の時点で人の列が形成されかかる程だもの」

 

 先日の朝にレシルと遭遇したときも学園構内は闘技宴を見物しに来た人々で結構な混雑っぷりだったが、今日はそれを超えた人の入りだ。新校舎付近は閑古鳥が鳴いているというのも相変わらずではあったけれども。

 

「殿下の雄姿はもはやお金が取れるレベルなんじゃないかな」

 

 今日の学園がここまで混雑している理由は唯一つ。闘技宴の二日目にある一大イベント、ライル殿下の模擬決闘戦が予定されているからである。この人混みの中でひとたび耳を澄ませば、殿下がどうとかという話が簡単に聞こえてくる。

 

「それで、その対戦相手がレシルちゃんか。彼女も随分な大役を押されているわね。それだけ実力が認められているのかもしれないけど」

「まったくだよ。ほら、あれとかさ。なんだあの煽り文句は」

 

 やっとこさアリーナの観客席に辿りついて、さてどこに移動しようかと見渡してみれば、立て看板を掲げて大きな声で何かを喋る青年達の姿が嫌でも目に入った。ふらりと近付いた他の見物人が銅貨のような物を支払い、青年達の一人が代わりに小さな紙切れを渡す。

 おそらくスポーツくじ、言葉を変えれば簡単な賭博なのだろう。日本ならば私設でこのような賭博行為を働くのは法令に触れかねないが、ここまで大っぴらにやっている辺りエルトニアじゃあそういうわけでもないのだろう。いつもならば特に気にも留めない光景だけど、彼らが掲げる看板に書かれた煽り文句がどうにも癪に障る。

 

「紅焔の貴公子と氷銀の魔女、ねぇ。彼はまあ良いとして、レシルちゃんにまでこんな二つ名があるだなんて」

「気に入らないよ。以前学園の生徒数名とレシルが言い合いをしている現場を見たことがあってね。その時に妹はその名前で吐き捨てられていた」

 

 氷銀の魔女という響きは確かに格好いいけど、どちらかといえば敵対している相手へ使うような呼び名に聞こえてならない。そもそも人の妹を捕まえて魔女とはなんだ。この二つ名の下に書かれている数字は恐らくオッズだろうが、ライル殿下と比べてレシルが結構高い値となっていることも苛々を加速させた。

 この闘技宴に出場しているのは全てがエルトニア王立魔法騎士学園の生徒である。自分の学校で開かれている模擬戦なのだから本来アウェイやホームなんて概念は存在しえないはずだ。だが蓋を開けてみれば、多くの観客たちの注目はライル殿下へ向いてしまっている。これじゃあほとんど敵地も同然だ。

 

「本当、まるでアウェイね。聞こえてくる会話が殿下がどうとかばっかり」

「僕は空気を読む気はないよ。遠慮なくでっかな声でレシルをでっかく応援してやる」

 

 丸い闘技場をぐるりと取り囲む観戦エリア、その最前列へ中途半端に空いたスペースに藤沢さん共々もぐりこむ。ここからならばもしかしたら応援の声がレシルに届くかもしれない。

 

「それにしてもよくもまあ学園の行事でここまで人が入るものね。今日はまだしも、昨日もかなりの人が押しかけていたようだし」

「数少ない娯楽なんだろうね。テレビや映画なんてものはないから、こういう場を楽しみにしている人は多いはずだよ。それにプロじゃなくて学校主体の大会は甲子園をはじめとしてこっちにもたくさんあるさ」

 

 学会などの用事で海外の大学へ赴いたときに、その大学保有のスポーツ施設が目に入る機会があった。実際に人の入りを見たことはないけれど、競技によっては観客十万人越えなどという、プロの試合顔負けの動員数を誇ることだってあるのだ。ただ現地に行った時はいつも生憎都合が合わず、学生対校の試合というものを自分の目で見たことはないというのが残念ではある。

 大学対抗の野球やアメリカンフットボール大会について藤沢さんに話してみると、彼女にとっては新鮮な話だったようで興味深そうに頷いている。見るからに西洋人なナリな藤沢さんだけど、幼少期に日本へ迷い込んでからずっと孤児院暮らしが続いていたのだから、海外の大学スポーツ事情なんてそんなに詳しくはないというのも納得である。

 

 そんなこんなで雑談をすること数分。観客席のざわつきが一段と大きくなり、時折近くを通る売り子の声が完全に隠されるくらいの歓声がアリーナの一点から鳴り響いてきた。

 

『定刻となりましたので午後の試合を始めます』

 

 淡々としたナレーションとは裏腹に、一度火がついた観客席の歓声はより全体に広がり、大きな物へと変化していく。

 

『呼ばれた選手は入場して下さい。紅組、ライル・フランシス・エルトニア』

 

 その名前が指名された途端、ただでさえ大きな声援がゲリラ豪雨のような迫力と轟きを持ってアリーナを包み込んだ。思わず顔を顰める超大音量の中じゃあ、隣で僕と同じく巨大な歓声にやられかけつつ何かを話しかけてくる藤沢さんの声なんて聞こえやしない。

 

 ちょうど僕たちが位置する場所とは反対側の入り口から人影が出てきた。いつの間にか拍手と共に連呼されるライルの名前、そしてその野太いコールを彩る黄色い歓声。右を向いても左を向いても皆が声援を向けるその人影は、日の光が彼の鮮やかな赤紫色の髪の毛を照らしだすと同時に、片腕を軽く振りあげた。ただそれだけなのに、今日一番の大きさの拍手と歓声がこれでもかと言うほど響き渡った。

 

「うわっ、これはまた随分フランクな挨拶ねぇ。まるでアイドルよ」

「……まああながち間違っちゃいないだろうさ。声援の大きさったらすごいモンだ」

 

 時折テレビでアイドルグループのライブ中継等が流れている時がある。あの一体となった声援をさらに増幅したら今の状態になるんじゃあなかろうか。紅いラインが所々に装飾された白い革を基本とする、随分とまあお洒落な格好だ。歓声を全身に浴びつつアリーナ中心部へ向かって歩き続けるライル殿下の不敵な姿も、背中に背負った剣がなければなんとなくワイルド系と言われるタイプのアイドルの登場シーンに見えないこともない。

 

 男の僕から見てもかっけえなあと思うのだから、そりゃあもう女性人気が高いに違いない。現に今も近くにいる若い町娘と思われる一団が、彼に聞こえるわけもないのに一斉に黄色い歓声を飛ばす。ただ隣でどこかげんなりしたまま表情を変えていない藤沢さんは、まあ身内補正というものだろう。

 

『続いて白組、レシルティア・フォルガント』

「ウオォォォアアアッ!! レシル―!! ここだー!!」

「えっ、ちょっとアンタ何やってんのよこのバカッ!!」

 

 周囲が未だライル殿下へ向けられている惜しみない歓声に負けないよう、身振り手振りを交えて大きな声を上げて叫ぶ。未だレシルの姿がアリーナに見えてはいないが、名前を呼ばれた瞬間につい反射的に行動へ移してしまった。ついでに藤沢さんが持つウチワの一撃も反射的に僕の頭へ炸裂したようだ。小気味良い乾いた音が響いているが、当たった場所が縁じゃなくて本当に良かった。

 

「いきなり何すんだよ。酷いじゃないか」

「……まあ周囲が相手方一色だから気持ちは分からないでもないけど、周りの歓声にかき消されてなかったら今頃私たちは晒し者よ?」

 

 悪目立ちしたくない、そんなことを普段藤沢さんは口にすることがあまりない。どうしたのだろうかと頭を傾けること数秒、どうやら分かりやすい例えが頭の中に浮かび始めてきたようだ。

 

 場所は関西の某屋外球場。見わたす限り縦じま模様で埋め尽くされた外野スタンド。独特の覇気に燃える人海に掲げられた戦旗に揺らめくは、当然例の猛虎フェイスだ。眼前には金字で『獣王無敵』と書かれた黒Tシャツに腕を通すスキンヘッドのおじさんが大声で先発投手の名前を叫ぶ。そんな中出てきた贔屓のチーム、周囲からすれば敵の一番バッターにでっかな声援を送る。こりゃあ怖いしさらし者にもなる。

 

「……すごい危ない橋渡なことをしていたようだね。気を付けるよ」

「多分すごく大袈裟な妄想していたようだけど、ともかくこういう場で無暗に騒ぎ立てないことよ」

 

 そんな馬鹿馬鹿しいやり取りをしている内に、レシルの方もアリーナへ姿を現したようだ。アリーナ中央で一人佇むライル殿下がふと一点を見つめ続け、にわかに彼へむけられていた歓声が萎んでいく。明確に変わった空気を全身で感じながら、身を乗り出して僕たちがいる観客席の真下を注視した。

 

「レシルだっ」

「わ、私も見る!!」

 

 直前にあんなに目立つなと言っていた藤沢さんも、僕と同じようにアリーナの手すりから少し身を乗り出した。無骨な砂色の地面に現れる、純銀の長髪。完全に殿下の領域となっていたアリーナへ進み出る足取りは臆するような雰囲気は感じさせず、むしろ不自然なほど淡々としている。一歩進みでるとともに轟音のように鳴り響いていたはずの歓声が徐々に萎んでいく様子が、どこか爽快でありながらも不思議ともの悲しさも感じさせた。

 

「なあ、あの銀髪の少女が殿下の対戦相手か……?」

「フォルガントって、あの侯爵家の……」

 

 まるで季節が変わったかのようだった。別に彼女が一歩歩くごとに足元へ霜が生えるだなんて事態にはなっていないし、冷たい吹雪も吹き荒れてなんかいない。でも真夏のように熱気にあふれていたはずの空間は、深い冬が訪れたかのように妙な緊張感が降りてきているように感じられてならない。

 

 いつの間にかさっきまで殿下に大歓声を挙げていた周囲の観客たちも、僕らと同じようにして客席の最前列に張り付いて眼下の光景に食い入っていた。白を基調としながら、ライル殿下とは対照的にライトブルーのラインが走る厚手のローブを身に纏ってアリーナ中心部を目指すレシルティア。不思議なことに目を凝らしてみても刀剣を所持しているようには見えないことも、アリーナ中央で待ち構える殿下との差異を深くしていく。

 

「――ライル様っ!! 頑張れー!!」

 

 時間にしてはわずかだけど、それでも先ほどまでの喧騒と比べて異様なほど静かな空間となっていた観客席。それを元に戻そうとするがごとく、近くにいた町娘の一団が大きな声で殿下への応援を再開した。そしてあっという間に観客席が元の雰囲気へと戻っていく。凍りついた地面が一気に解凍されていくように、町娘軍団を起点として歓声が再び沸き起こっていった。

 

『それでは個別技能戦第十試合を始めます。両者、礼』

 

 いつの間にか向かう会って並び立つ二人の騎士。片や儀礼風とはいえしっかりとした鎧をまとい、背に長剣を背負った赤紫の騎士。片や遠目に見ても軽装と分かる装備の、どこに剣を持っているかも分からない白銀の騎士。

 

「殿下!! 負けんなっ」

「そうだっ、そんなひよっ子叩きのめせっ!!」

 

 観客たちの無遠慮なヤジにも彼らは顔色一つ変えない。当然だ、アリーナの入り口ならばまだしも、観客席から結構離れた中心部じゃあ個人の発言なんて聴き取ることは出来やしない。

 淡々としたナレーションに従い小さな礼を互いに向けた二人は、くるりと振り向いて数歩進んだ。ちょうど来た時とは反対方向、観客席の方へと向き直ったレシルは、普段僕たちには見せない無機質な表情を浮かべたまま、視線をやや上へと向けた。

 

「チッ……あいつら好き放題言いやがって……」

 

 すぐ隣から物騒な呟きが聞こえてきたが、僕も概ね同じ感想だ。周囲の多くの観衆が、殿下にレシルが倒されることを望んでいる。王都リーヴェルという都市の中央に王宮を構える土地柄、殿下を応援する人が多いというのは分からなくはないし、そういった人々の応援を否定する気もない。だが自分の応援を周囲に合わせる気なんて、僕も藤沢さんも端っから持ち合わせちゃあいないんだ。示し合わせたわけじゃないけど、藤沢さん共々目一杯息を吸い込んだ。

 

「レシルちゃん、負けるなァァァァァ!!」

「レシルッ!! 思う存分やり切れェェェ!!」

 

 幸か不幸か、ちょうど応援の切れ間に二人揃って喉をぶっ壊しかねないもの凄い大きな声で声援を送ったせいか、思いの外僕らの声がでっかく響き渡ってしまった。周囲の人々が何事だと言わんばかりにチラリとこちらを確認してくるのがなんだかいたたまれない。なんでこのタイミングで応援の切れ間が訪れるんだ。思わず顔を覆ってしまうが、過ぎたことはどうしようもないので諦めてアリーナへ向き直った。

 

 そしてちょうど目に入った、顔を上げていたレシルの表情は、無機質さなんてどこかに捨て置いた小さな笑顔が浮かんでいた。観客席と闘技場の中心部、距離にしたらそんなに近くはない。しかし彼女は沢山の人混みの中から僕を見つけ出し、しっかりと僕の目を見つめて笑顔を向けていた。そして小さく手を振ったレシルは、再度ライル殿下の方へ向き直ってしまった。

 

「……なあおいッ、今あの子俺の方見て手を振ってきたぞ!?」

「馬鹿が。お前みたいなさえない髭面にそんなことあるわきゃねェだろ」

 

 近くでそんな会話が聞こえてくるが、どうでも良い。彼女の晴れ舞台の前に、大分離れていたとは言え、きちんと顔を合わせることができて良かったという安心感が胸に充満していく。

 

「……ちゃんとお見送り出来て良かったわね。お兄さん?」

「うん。良かったよ、本当に」

『開戦5秒前。4、3、2――』

 

 ライル殿下が背中の長剣に手を伸ばす傍ら、レシルはやや体を低く構えた。

 

『――1、両者始め!!』

 

 号令と同時に殿下が長剣を手に取って勢いよく薙ぎ払った。抜刀した瞬間から鮮やかな紅焔が刀身を覆って、遠目に見ても鮮烈な輝きが目に入る。模擬とはいえ決闘の場にもかかわらず、思わず「危ないだろッ!!」と身を乗り出して叫んだが、そもそもの距離から言って彼の剣はレシルを掠りもしないはずなのだ。

 

「うわっ、レシルちゃん凄いわね」

 

 呑気そうに喋る藤沢さんの言うとおり、彼女はさすがに殿下の対戦相手に選ばれているだけあって一筋縄でいくわけなんて無かった。殿下の剣が炎を撒き散らしながら前方を払うと同時に、白煙が巻き起こったり、金属音が鳴り響く。そして彼の後方には、白煙を放つ数本の氷剣が台地に突き立てられていた。

 

 迫る炎を後ろに宙返りしながら避け、手のひらに新たな氷剣を顕現させたレシルは、紅焔を滴らせる長剣を構えるライル殿下の周囲を駆け巡りながら何本もの氷剣を投擲していく。ある物は長剣が纏う炎に絡められて蒸発し、その炎の壁を通り抜けた氷剣は長剣本体に弾き飛ばされる。

 その場から避けもせずに氷剣を防いでいく殿下は傍から見て余裕がありそうではあるが、攻防が続くにつれてレシルも攻撃の密度を増加させていく。片手に顕現する氷剣が一本から二本、そして三本と増えていき、最終的には両手を振るえば十に近い氷剣が弾幕のように殿下の元へ迫るまでとなった。

 

「科学の道に戻って来れて正解だったなぁ……」

「ちなみにレイはあの手の剣は出せるの?」

「……まあ折れたエンピツを頑張れば削れる程度には」

 

 要するにほとんど無理だということである。人には向き不向きというものがあるといういい例だ。

 

 当初はレシルの氷剣がほとんど有効打にならず焼け石に水という戦況が、今や数で押して逆にライル殿下がジリ貧になりかけているという真逆の状況へと変化をしている。その場から動かずに簡単そうに氷剣を防いでいたのはつい先ほどまでの話で、弾幕が何倍にも膨れ上がった現状では同じ防御は通用するはずが無かった。

 常に体全体を捻りながら炎を巧みに操り、迫りくる氷剣の群れを迎撃するライル殿下。しかし時折タイミングをずらして飛翔する氷剣に狂わされ、大きく横へと回避して駆け出す。直後にその場所へ何本もの氷剣が突き立てられた。

 

「ら、ライル様ぁ!! 負けないでっ!!」

「殿下が押されるて……なんだあの娘っ子は」

 

 悲鳴にも似た応援やら呆然とした声が周囲から聞こえる。常に一定の距離を保ちつつ切れ間の無い弾幕を張るレシル、なんとかして彼女を捉えようとしつつも迂闊に近づくことができないライル殿下。だが驚いたことに僕の目に間違いが無ければ、殿下はこんな状況にも関わらず満面の笑みを浮かべていた。

 激しい動きで氷剣をいなし続けていた殿下が、急に長剣を構えて立ち止まった。好機とばかりにレシルは開幕してからおそらく最高密度の氷剣達を続けざまに投擲していくが、次の瞬間には弾く音さえも聞こえずに全ての剣が消し去られた。

 

「本気モードってやつか……レシルー!! 攻め続けろ!!」

 

 さっきまでとは見違えるくらい長剣に纏いつく紅焔の規模が大きくなっていた。炎の量と輝きを増した長剣は、氷剣の群れを一薙ぎで蒸発させたところで終わらず、紅い長大な刀身となってレシルへと襲い掛かった。

 対するレシルも負けてはいなかった。今まさに振るわれんとする紅蓮の大刀に怯むでもなく、両手を軽く振ったと思えば顕現させていた氷の小剣が二の腕を超える長さへと成長していた。

 

「投擲近接どっちもいけるのね……」

「妹を本気で格好いいなんて思う日が来るとは……本当にすごいよ」

 

 試合は中距離戦から近接戦へと移行をしていた。殿下が振り下ろす熱剣はレシルの右の氷剣に打ち止められ、その隙に突き出された左の氷剣が刀身から溢れた紅焔によって防がれる。氷剣と長剣が打ち合わさるたびに、炎の勢いが一時的に氷冷されて減衰し、氷剣そのものも水蒸気を巻き上げて大きく失われる。しかし再度両者がぶつかる時は、どちらも元の形を取り戻していた。

 

「やっべぇよ、殿下ァ頑張れッ!!」

 

 幾多の大きな歓声が轟く中でも、剣撃が放つ無機質な快音は打ち消されることなくアリーナ全土に響き渡る。

 

 氷と炎の舞いなんて、本当藤沢さんの言うとおりびっくりするぐらいにファンタジーな光景だ。長くない時間東京に住んで価値観が引き戻されたこの身にとって、この眺めには現実感が無いし、まるで夢か何かを見ているような気分にすらなる。でもここは今、僕が何と思おうと確かに戦場なのだ。

 

 僕には生憎彼らのような戦いに向けた素質は存在しないし、この二人の戦いを見ていたってすごい以外の感想は浮かんでは来ない。そんな自分にもなんとなく分かることもある。殿下は女相手に手を抜こうなどと言った慢心を欠片も抱いてはいないし、レシルも王族相手に接待をしようなんて言う使用人根性など持ち合わせちゃあいないんだろう。彼らは全力で戦っているんだ。

 

「……レシルッ!! 最後までやり切れ!!」

 

 後方へ跳躍したライル殿下が上段に構えた長剣には、彼の全身を包み込まんばかりの炎が纏わりついていた。紅を通り越した、眩い白色で輝き始めた長剣の刀身を中心に空気が揺れている。

 そして迎え撃つレシルの手からも片手用の細い氷剣など既に消え去り、いつの間にか氷で作られた大きな十字剣の切っ先が殿下へと向けられていた。紅と白の炎を煌めかせる彼とは対照的に、冷やかな蒼銀の輝きを放つ十字剣の周囲に纏わりつく無数の白い氷粒が日の光によって幻想的に煌めく。

 

「ライル様っ!!」

「レシルちゃん!! ここで決着よっ!!」

 

 観客の熱気も最高潮だ。これからの王家を背負って立つ、数多くの歓声を浴びる誇り高き貴公子。周囲が勝手につけた呼び名にも負けない、凛々しさと高貴さを兼ね揃えた銀髪の戦乙女。彼らが互いに向け合うのはこの日一番の大技だ。この場にいる誰も彼も、次の一撃で勝負が決するとどこかで感じているのだろう。

 

「いっけぇぇぇええッ!!」

 

 煌めく焔を引く白色の長剣。銀の霜を剣筋に描く氷の十字剣。互いを打ち消す威力を持ったそれらが打ち合わされ、その瞬間闘技場全体に金属が軋むような強烈な音が鳴り響いた。互いの武器が相手の得物を受け止める。熱剣に白い氷塵が纏わりつき、十字剣に純白の炎が絡みつく。

 灼熱と冷気、真逆の二つをぶつければあっという間に打ち消しあって終わりのはずだ。でも押し付けられあう彼らの得物が纏うエネルギーは、傍目に見ていても弱まるどころか相手を飲み込まんばかりに勢いを増していく。

 

――キ ィ ィ ィ ィ――

 

 強烈な温度差の物体が通常の耐久限界を超えた長時間接していたせいだろうか、耳障りで思わず鳥肌が立つような音が響き始めた。弾ける陽炎や舞い上がる氷塵で彼らの表情はとうに窺い知ることは出来ない。でもどちらも一歩も引かず、互いの武器をより一層の力を込めて押し込んでいた。次第に大きくなる軋んだ高音に耐え切れず、思わず顔を顰めて目線を外す。

 

『両者そこまで!!』

 

 目を離していた一瞬のときだった。金属の悲鳴を覆い尽くすようにして、幾多もの声援の中をガラスが砕け散るような快音が響き渡った。

 

 長剣に纏わりついていた白炎が、そして対抗するように立ち込めていた白靄が急速に消え尽きていく。視界が晴れていくアリーナの中心部に見えるは、湯気を上げる長剣の切っ先、半ばから砕かれた氷の十字剣。既に武器としての機能を失った十字剣に代わりレシルの片手に新たな氷剣が顕現し、それが殿下に向けられるよりも先に彼の長剣がレシルの眼前に突き出されていた。

 

『勝者。紅組、ライル・フランシス・エルトニア』

 

 感情を乗せずにただ結果のみを伝えるナレーション。そして瞬時に状況を把握した何人もの観客による歓声の大合唱。

 どんどん大きくなるライル殿下のコールの中、眼の前に突き出された長剣を眺めていたレシルは、ただの氷塊と化した十字剣の持ち手と小剣を地面に投げ捨てた。まるで僕は彼らの戦いを観ていて夢うつつにでもなってしまったのだろうか、ここへきてようやくレシルが敗者へとなったことを認識し始めていた。

 

「……お疲れ様。レシルちゃん」

「最後まで、しっかり見届けられたよ……レシル、お疲れ様っ!!」

 

 対戦者同士の簡単な会釈の後、殿下よりも一足早くアリーナの出口を目指して歩き出したレシルは、周囲の轟音に負けじと手をブンブンと振る僕たちの方を向いて口を動かしていた。鳴りやむ気配が見えない歓声で声なんて聞こえるわけがないけど、確かに彼女は笑顔で「ありがとう」という言葉を僕たちに向けているように見えた。

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