ファンタスティック・アカデミー!【異世界×大学物】   作:丸いの

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その2

 エルトニアの主要交通とは何ぞやと言われると、長距離且つ大量輸送に優れた駅馬車一択と言わざるを得ない。そもそも主要もなにも普通の庶民に与えられた選択肢がそれくらいしかないのだから、現代日本に慣れた現状から言えば不便極まりない。

 

 国の中心部である首都リーヴェルこそ平野部に位置しているが、そこから各地方都市に行こうとすると大抵何かしらの山間部に突っ込むこととなる。故郷エルドリアンから王都リーヴェルへの道のりは、たかだか国内の移動だというのに駅馬車を乗り継いで三日間という現代日本じゃまず考えられないような時間スケールを要するとのことだ。馬を使いつぶさないようにとの措置と思われるが、山間部の通過に要する時間の長さを考えると人間だけではなく馬にとっても走破が苦痛であることは想像に容易い。

 

「なんせやる事が変わりばえの無い景色眺めるか雑談するか、あと寝るかしか無いし……」

 

 ただ今回使う乗り物は幸運にもそんなに時間を要するような物ではない。流石に往復込みで一週間を超える期間を不在とするような出張は難しいと川崎さんに打診をしてみたら、あっさりと乗合馬車に代わる足として車を用意してくれた。

 一般的な自動車に対応した舗装済の道は現在リーヴェルから大月に通じるゲートの間しか通じていないから果たして車を使うのは大丈夫なのだろうか。そんな疑問が湧かなかったと言えば嘘になる。ただ長時間の待ちぼうけをしなくても良いという喜びの方が大きかった。

 

「……ずいぶん立派な車だなあ」

 

 そしてここの魔法騎士学園の正門近くに停まっている車の外観を一目見た途端、そんな疑問もボワッと立ち消えてしまった。凹凸がそこらの車よりも大きなサイズのタイヤに加えて、岩を踏んでも平気と言わんばかりに車体そのものが地面から結構浮いている。まさにオフロード車といって差し支えの無い、アメリカの映画に出てきそうなゴッツイ車である。

 

「にーいさーん!! おはよー!!」

「ゴメン、待たせちゃったようだね。おはようさん」

 

 そんなオフロード仕様車のドアがバタンと開いたかと思えば、今日も今日とて満面の笑みを浮かべたレシルがひょこっと飛び出してきた。格好は学園指定の制服のままではあるが、実家に帰るのならば仮にも貴族なんだしオシャレをしたってバチは当たらないんじゃないか。ただその一方で、大貴族の一員という立場でありながら庶民的な感覚を忘れないというのは個人的に好感が湧くポイントでもある。

 

「おはようございます。平塚さん、今回の一件ご協力感謝致します」

「いえ、こちらこそ急な申し出に答えていただきありがとうございます。実際の話し合いは明日以降ですが、お互い頑張りましょう」

 

 レシルに続いて運転席から姿を現したのは、普段よりも少しばかりラフな格好に身を包んだ川崎さんだ。ビシッとしたスーツが彼のトレードマークとして頭に焼き付いていたからか、私服姿は新鮮さを感じる。その上どうやらこのパワフルそうなオフロード車は普段おとなしい様子を見せている川崎さんが運転をするのだろうから、人は見た目によらない。

 そんな川崎さんだが、車から出て来るなりまず頭を下げて固く握手を交わしてくるあたり、思いつきで僕が彼にあてた提案が、想像以上に彼らの痒いところに手が届くものだったのかと実感をする。

 

「先日連絡した通りですが、おそらく遅くても今日の夕方までにはエルドリアン入りが出来るでしょう。途中何度か休憩は挟みますが、基本は早さ優先です」

「分かりました。確認ですが、ここから向こうまでの道については大丈夫ですか?」

「ええ。エルドリアンへの道順は以前伺ったときのものが記録として残っています。頭に叩き込んできましたし、なんたって地図も手元にありますから問題は無いでしょう」

 

 車の後部に荷物を積み込むのを手伝ってもらいながら川崎さんに数点の確認をしてみたが、なるほど想定したようなトラブルの芽は今のところは無さそうだ。

 運転席には川崎さん、そして後部席に僕とレシルが乗り込んだ。一般の乗用車とは比較にならない車高は、ただ車に乗り込むだけでも段差が大きいから一苦労である。

 

「それでは車を出します」

 

 川崎さんの言葉と同時に、オフロード車のエンジンがかかった。一般の乗用車とは比べにもならない大きな振動と音に、思わず僕とレシルで揃ってビクッと身を震わせた。

 

「ああ、注意し忘れてました。これ意外と揺れるんですよ。ここに法的規則はありませんが、お二方とも安全のためシートベルトを着用しといてください」

 

 バックミラー越しにチラリと写るどこか楽し気に喋る姿から、絶対この人揺れで僕たちが驚くのを分かってて言わなかったなと容易に推測できる。格好やオフロード車を運転するという事実に加えてこれだ。川崎さんという人は、僕が思うほど事務的でお堅い存在では無いのではないのかもしれない。

 

 彼の指示通りシートベルトを着用し、レシルも見様見真似でそれに続く。学園の敷地を出た車は、道を行く馬車や手押し車達の速度に合わせて徐行運転で流れに乗っていく。いくら車が大きいとはいえ、バスとは違って僕らの視点は通行人たちと大差はない。ということは、道なりに進む明らかな異物の存在に向けられる通行人たちの視線は、中に乗る僕らにも容赦なく向けられるのだ。

 

「ちょっとの辛抱です。街の検問抜けたら飛ばせますんで」

「飛ばすって言っても街道はそんなに走りやすくないんじゃ……」

「大丈夫ですよ。こいつはオフロードにも対応してますし、街の近くは割と整備されている方なので80なら余裕です」

 

 実はこの人結構な飛ばし屋なんじゃなかろうか。80という高速道路レベルのスピードで、アスファルト等で舗装されていない道を走破したらどうなるか。慣れた様子の川崎さんは置いといて、僕やレシルはまず間違いなく乗り物酔いするだろう。それどころか道へのダメージが洒落にならないレベルに成りかねない。

 

「安心して下さい。これまで何度かここらで運転しましたが、道や車に問題は起きていませんよ。この街道も案外ちゃんとしたつくりをしているみたいですね」

「何度かってことは、やはり遠方まで伺う用が多いんですか?」

「最近はそうでもないんですが、半年くらい前までは何度かありましてね」

 

 道なりに進んでいくと、バスに乗っていた時は視点が高いからあまり気にしていなかったが、段々と道行く他の車両に差異が生じ始めてくる。洒落た感じの馬車やら小さな荷車等は姿が少なくなり、大きな貨物車や乗合馬車の割合が高くなってきた。そして細かな馬車が減った分、道の混雑具合そのものも段々と空いてくる。

 

「今はシーズン外で王都の内外を行き来する人たちが少ないから空いてるね。収穫祭の頃だと街の門はもの凄く混むんだ」

 

 なるほど、周囲を進む車両は街の外に用がありそうなものが多く見受けられる。レシルの言うとおり、街自体が繁忙期となればこういった車両が増えてごった返すのだろう。

 

「その時期に走ったことはありましたけど、もう酷いものでした。街の外に出るだけでもかなり時間が掛かるわ、街道も混んでいるから追い抜きも難しいわで……」

 

 ともなれば、そんな混雑があまりない今日は、一体川崎さんはどこまでかっ飛ばすのだろうか。街の門が眼前に迫る中、なぜ酔い止めを用意するという思考が無かったのかと、今朝の自分を呪った。

 

「安心してください。街を出るまでは飛ばしませんから」

 

 ということは、街を出た後は一体どこまで飛ばすのか。笑顔とともに差し出されたその言葉に、安心できる要素などみじんも感じられなかった。

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