ファンタスティック・アカデミー!【異世界×大学物】   作:丸いの

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その5

「ここが、この家におけるボクの部屋だよ」

 

 フォルガント卿の会議が終わるのを待つことになった僕らの姿は、本邸の建物から離れた場所にある別の小屋にあった。使用人宿舎からそう離れていない場所にある、本邸よりは質素ながらそれなりにはきれいにまとまった小さな建物。この離れに、今のレシルが使っている、ないしは僕がまだ家を出る前にレシルと共に暮らしていた部屋があるのだ。

 

 曇り空の下、少し薄暗い部屋の景色に目をやった。未だに二つ並べられたベッド。作業や本を読むための小さな机も窓辺に二つ並べられている。机の上には小さな鏡が置かれており、全体的な部屋の内観は昔から何一つ変わってはいないように見える。当時との違いとして目に入ったのは、社交用のドレスが収納されていると思われるクローゼットが部屋の隅に置かれていることか。また着替えに使っているのだろうか、ベッド脇には全身がすっぽりとうつる大きな鏡が設置されていた。

 

 先ほど訪れた本邸に比べると、むしろこの部屋のほうが故郷に帰ってきたことを実感できた。数年間使う人間がいなかったはずの片方のベッドにも、当時の光景を思わせるように最低限寝っ転がれるだけのシーツが被せてある。恐らくレシルが使用人に頼み込んで、家からいなくなり勘当までされてしまった片割れの分も、いつでもすぐに使えるように残しておいてくれたのだろう。

 

「……あの時のままだ。年頃の公爵家令嬢が住む部屋にしては、ずいぶんと質素じゃないか」

「父上に頼み込んだんだ。ボクの部屋は、これからも別邸のここなんだって。これでボクは思い出の場所を手放さないし、義母上もボクの顔を見る頻度を減らせる」

 

 ベッドに腰かけたレシルは、こちらを向きながら座っているとなりをパンパンとたたいた。隣に座れということなんだろうか。だが敢えて彼女の隣ではなく、昔自分が使用していたベッドの上に腰を下ろした。露骨にムッとした顔になるレシルに、思わず笑いが噴出した。

 

「義母上や義兄達とは、やっぱり疎遠なのかな」

「当然だよ。ボクは庶子の身だ。休暇期間も食事は別でとるくらいだよ」

 

 当時から僕たちにあまりいい顔をしていなかった、フォルガント家の本妻達。彼らとの関係性は、数年経過した今でも相変わらずのようだ。むしろ年齢が大人に近づき、跡継ぎやらなんやらの話が頭をよぎる今のほうが面倒になっているのかもしれない。レシルが父上の会議が終わるのを待つ場所に本邸から離れたここを選んだのも、なるたけ彼らと鉢合わせをしたくなかったからなのだろう。

 

 ポスっと、隣にレシルが腰かけてきた。こちらが行かなかったから、どうやら向こうから近づいてきたらしい。二の腕のあたりに風に吹かれた彼女の銀髪がさらさらと当たった。

 

「……この家で、ここが唯一の安らぎの場なんだ。ここならばあの連中もわざわざやって来ないし、使用人も最低限の用でしか訪れない」

 

 幼少期を過ごしたこの部屋で、昔のように兄妹二人きりで並んで座る。この今の状況が、本当に昔懐かしく思えた。月明りが部屋を照らしていた夜は、明るいから眠れないというレシルを寝かしつけるために、こうやってベッドに隣同士で座って現代日本で聞いた昔話や童話を聞かせたこともあった。

 

「なんだか、いっぱい話したいことがあったはずなのに、兄さんと並んで座ってたら眠たくなってきちゃった」

「……そうかい。夕方まではまだ時間があるよ。少しばかり昼寝をしたって良いんじゃないかな」

 

 冗談めかして膝をポンポンと叩いてみれば、待ってましたと言わんばかりにレシルは人の太ももの上に頭を乗せてしまった。少しばかり乱れた銀色の長髪を手で梳かしてやれば、彼女はくすぐったそうに頭を揺らした。部屋の窓側を見つめるレシルの表情はこちからか見ることは出来ない。ただ、何度か頭をポンポンと撫でているうちに聞こえてきた小さな寝息から考えるに、たぶん安心した笑みを浮かべていてくれているだろう。

 

 規則正しい寝息が聞こえ、どうやら彼女はすっかり寝てしまったようだ。片手はレシルの頭の上に乗せ、もう片方の利き手で持ってきた荷物をごそごそと漁りタブレット端末の電源を付けた。一応仕事は切りのいいところで中断しているとはいえ、ちょっとばかし時間が空けばすぐに再開できるようにファイルの一部をこうやってタブレット端末に移してきているのだ。やはりこの立場になってからは、扱うべき書類の数が学生時よりも膨大になってしまった感がある。ちょっとでも気を抜けば、こなさなければならないタスクはすぐに僕をぺしゃんこに押しつぶすだろう。

 

 そんなこんなで作業でもしようかなと思った間際、視線がタブレット端末の画面から、すやすやと寝息を立てるレシルへと移動した。指は開こうとしたデータファイルではなく、おのずと右下のカメラアイコンに向かっていた。ちょっとくらい、こんな無防備な姿で寝ている姿をカメラに収めたって良いだろう。小さなシャッター音は彼女を起こすようなことは無く、画面には窓辺から入る光をキラキラと反射する銀髪頭が映し出されていた。

 

「……意外と重いな」

 

 やはり幼少期とは体の大きさが違う。昔は何ら苦にならなかった膝枕も、お互い育った今じゃ意識して分かる程度には太ももの血流が阻害されている。たぶん彼女が起きた暁には、足のしびれで悶絶する未来が待っているだろう。ただそんなんで起こすようなことはしない。時折すりすりと頭を揺らすレシルを眺めつつ、意識をタブレット端末へと移した。

 

 

*  *  *

 

 

「レシルティア様、失礼します。テオル様の会議が終わりました……レシルティア様?」

 

 日が沈みかけて雲も厚くなってきたのか、部屋の中にはタブレット端末のぼんやりした光が妙に目立っていた。そして窓辺から聞こえる雨音に混じり、扉の外からメイドさんの声がした。返事がないことに不審に思ったのか、再度の呼びかけも聞こえる。ただそれに答えるべき人間は、昼寝を通り越して完全に爆睡状態にあった。等間隔で寝息を漏らすレシルは、まあちょっとやそっとで起きそうには見えない。そしてそれ以上に、僕も動けない状態になっていた。

 

「レシル、起きて。もう時間だよ」

 

 小声で呼びかけるが、無反応。肩をポンポンと叩いても覚醒する兆しは見えず、強めに体をゆすろうにも膝枕という体勢のために下手に揺らせばレシルの体が床に墜落しかねない。ついでに言うならばこっちも両足共に完璧に痺れてしまい、指先の感覚なんぞ全く感じられない。今無理に立ち上がろうものならもんどりうってぶっ倒れるのが目に見えている。

 

「レシルティア様、入りますよ?」

「だ、大丈夫だ。これから父上の元に向かうから、君は戻っても大丈夫だよ」

 

 少し声のトーンを落として、それっぽい口調を作ってメイドさんに返す。今彼女に入って来られたら、一介の客人がベッドの上で公爵家令嬢を膝枕して寝かしているなんていう現場を見られてしまう。自分でもびっくりするくらい似ていたレシルの声真似で、何とかこの場面を切り抜けられないものか。

 

「それが、テオル様はすぐにレシルティア様とご客人を執務室にお連れしろと言っておられまして」

「お兄ちゃ……まだ朝じゃ……」

 

 グシグシと瞼をももにこすり付けながらレシルが寝言を漏らしている。彼女の頭が動くたびに足の先まで電流が流れるかのような痺れが伝搬し、うめき声が出そうになるところを何とか飲み込んだ。

 まずい。動けないし起きないし、扉外のメイドさんは帰る気配もない。場を切り抜けようにも、まず何からすりゃいいのかさっぱりわからん。そして考えがまとまりきらないうちに、背後から扉がきしむ音が聞こえてきた。

 

「も、もしかしてお加減が優れないのですか!?」

「あっ、ちょまっ」

 

 冷や汗を流しながら後ろを振り返った僕と、こっちが何にも言っていないのに勝手に慌てて入ってきたメイドの少女の目が、ばっちりと重なった。お互い沈黙。沈みつつある太陽の光が窓辺を照らす中、両者ともに困惑気味の表情を向けあう。

 そんな人の気も知らず、太ももを枕にすやすやと眠り続けるレシルの寝息が、静かな空間に聞こえる唯一の音だった。寝返りと共にこちらを向いた彼女の寝顔は、それはもうずいぶんと幸せそうなものだ。まるで久方ぶりの心底の安心感に包まれているように、外の出来事など関心を向けることなく夢の中にいるのだ。

 

 僕とレシルが同じベッドにいる様子を凝視して、段々と顔を赤くしていくメイドの少女。まさかと思うが令嬢と客人のムフフな情事か何かと勘違いをしているのではないか。扉に手をかけてゆっくりと後ずさる彼女に、これは誤解だといわんばかりに全力で手を伸ばした。

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