ファンタスティック・アカデミー!【異世界×大学物】   作:丸いの

45 / 69
その3

 仕事というものは、ある程度の立場まで上り詰めなければいつまでたっても上から降ってくるのである。そしてある程度の地位まで上り詰めたとしても、今度は下から投げつけられるのだ。じゃあ中途半端に地位が上がるとどうなるのか。単純である、上と下の双方から挟みこんでくるのだ。

 

「少し休んだらどうかしら」

「サンドイッチってのはねぇ、上下からパンで具材が挟まっているから動けないのさァ」

「……駄目ねこれは」

 

 今の僕はサンドイッチに挟まれた鶏肉だ。こちらをつぶさない程度に押さえつける仕事という名のパンにはさまれて、自由な身動きなんて取れやしない。

 

 宿泊寮一階の食堂で軽めのランチセットを頼み、チキンサンドイッチを片手にパソコン画面を凝視する。目の前に映るは、各研究グループの学生たちから送られてきたシンポジウムの予稿だ。シンポジウムの当日は、これらの最終版をまとめた冊子を参加者に配布することになっている。どれもこれも内容自体は相当に単純。科学を全く分からない人でも理解できるようにと、各面々が己の研究分野を非常に簡単な言葉で説明しているのだ。

 

 中間報告会を目前に控えて僕が担当する仕事とは、各研究グループの予稿を添削することだ。藤沢さんを除いて全てが博士課程の学生以上という状況では、対外シンポジウムの予稿添削を他の人間に行ってもらうなんて普通は考えられない。しかし今回のような、価値観や常識が全く異なる人間相手のプレゼンテーションを行う場合は、普段の慣れだけではどうしても対処することは難しいようだ。

 

「……これはちょっと話の持って行き方が違うな」

 

 例えばだ。現代日本では共通の認識となっている問題があったとして、とある新技術が解決方策であるとする。その技術を改善することが目的の研究を行っている人は、普通の学会であれば緒言においてそのまんま説明すれば良い。しかしそんなバックグラウンドが存在しないこっちの世界では、同じ流れの説明は通用しない。

 何処とも知れない未開の地、二ホンとやらで起きている問題を解決する研究。そんなものにエルトニアの人は興味を示さないだろう。如何にして相手の聞きたい説明をしてあげられるか。そのためには相手のことを知らなければならないのである。

 

 その技術を用いてこの国ではどんなことに応用できそうか。そこをまず見つけてから、逆説的にその技術がなければ十分ではないというストーリーに持っていく。魔法が発達しているお国柄から言って、魔法を何らかの形で絡めるとよりキャッチーかもしれない。そんなことを考えながら予稿にコメントを追記していく。これらを送り主に返すまでが第一段階だ。

 

「当然といえば当然だけど、エルトニアについての考え方については浸透しているとは言い難いね」

「そりゃあ、大多数にとっては事前情報の全くない世界ですもの。三ヶ月間暮らしているとはいえ、住んでいる場所自体は日本人しかいない寮だし」

 

 エルトニアの雰囲気なんて、インターネットで調べて出てくるものじゃない。そのような情報を得るには実際にエルトニア生活を体験するか、伝手で聞くしかない。開校から三か月経った今は、まだまだ過渡期なのだ。

 

 

「――今日は何にする?」

「私はA定食。みんなは――」

 

 ふと周囲が騒がしくなった。耳に入ってくるのは、普段あまりこの場所では聞きなれない若い女子たちの声。どうやら授業を終わらせた学部教育課程の生徒たちがやってきたようだ。壁に掛けられた時計を見てみると納得だ。普段よりも遅めに食堂へ来たためか、いつもは時間的に被らない彼らと重なったようだ。

 ここの食堂は研究室所属のメンバーに対してだけではなく、最近では一般学生にも開放されるようになった。元々は日本人専用だったが、学生側から不公平だとの声が出たために現在へ至る。確かにここ以外で昼を食べるためには、結構な距離を歩いて大学の敷地を抜けて学生街へ向かわなければならないから大変だ。

 

「……昼に行く前にカツラを取ってきて正解だったね」

「当然よ。言われなくたって、普段から研究フロアを出る際は最低でも帽子持参は欠かしてないわ」

 

 その言葉のわりに、藤沢さんは少しホッとしたような様子に見える。現地人の前で、彼女の特殊な色の髪の毛は晒すことなどできはしない。うっかりも許されないのだ。

 先日川崎さんに言われたように、彼女については一層の注意を払う必要がある。何処から情報が漏れるのか分かったものじゃない。常にカツラを携帯することも対策の一環であるのだ。

 

「先に座っているね――あっ、ヒラツカ先生!!」

 

 開いている席なんぞそこら中にあるというのに、トレーに定食を乗せた一人の女学生がこちらの姿を視認して近寄ってきた。緑色のサイドテールをひょこひょこと揺らす彼女は、確かに見おぼえがある。担当していた授業でいつも前の方の席に座っており、時折授業後に質問をしてきたから印象に残っている。

 

「先生も来ていたんですね。一緒に座っても良いですか?」

「お疲れ様です。どうぞどうぞ」

 

 藤沢さんの隣に彼女が腰かけたのを皮切りに、一緒に来ていた他の二人も僕たちと同じテーブルについた。緑、金、淡水色。皆さん随分と個性的な髪色だ。それに加えて銀色、カツラで偽装しているけど赤紫色の僕たちが座るこのテーブルは、まるで仮装大会の現場だ。

 

「授業の外で話すのは初めてですね!!」

「エリッタは授業後いつも質問してたじゃない。あたしはミエルです。ほら、貴女も挨拶なさいな」

「ええと、私も授業を受けていました。名前は――」

 

 方やパソコンで作業をしていて、方やそれをわき目で見ながら時折話しかける。そんな盛り上がる要素の見られない一帯が、女学生たちの加入で随分と賑やかな空間へと変化した。女三人寄れば姦しいとはまさにこのことだ。

 

「へぇ、貴女たちが平塚さんの授業を受けていた学生さんね。私は藤沢レナ、彼と同じ研究室に所属しているわ」

「研究室ってことは、フジサワさんも先生なんですか?」

「いいえ。貴女たちと同じ学生よ。修士課程だけどね」

 

 途端に仲良さげに話し出す学生さん方と藤沢さん。彼女が同伴で本当に良かった。こういう若い学生相手で、しかも性別まで違うとなれば、こちらの立場が職員ということもあって壁が多いから中々話かけにくいのだ。

 

「もう一人ヒラツカって先生がいるんですよ。初等化学Aの授業を担当しているんだけど」

「そうそう。名前と苗字がそっくりどころかどちらも同じだから、てっきり先生が担当しているかと思えば全然違う人なんですよ。こう、髭がわしゃわしゃーという感じで」

 

 あごの付近でわしゃわしゃと手を動かすのは、緑髪が目立つエリッタという名前の生徒だ。平塚先生のひげは、彼女のジェスチャー程は生い茂っていないはずである。

 

「その人は私たちの研究室のトップよ。ここにいる平塚さんとは同姓同名だし、所属している部署も一緒だから混乱するかもしれないわね」

「そうなんですか。髭のほうの先生は何というか、見た目だけはちょっと怖いですよね。でも授業の時はヒラツカ先生と同じようにユーモアだし分かりやすいですよ」

 

 第三者から知人の評価を聞くというのは結構興味深い。聞いてみれば、平塚先生は授業中にちょくちょく小話や冗談を混ぜていくスタイルのようだ。そういったところから僕が行っていた授業と似たような雰囲気を感じるらしい。

 

「似てると言えば、ヒラツカ先生とすごく似てる人を知っているんですよ」

「それって、この前の闘技大会でライル殿下をあと少しまで追い込んだ子のこと? 髪の毛の長さ以外はそっくりだけど、性別はちが……」

 

 何の気なしに話の流れが僕のそっくりさんへと移り変わった。そのそっくりな子とは、まあ間違いなくレシルのことだろう。学校が同じ敷地にあってほとんど共同生活状態なのだから、こっちに通っている人間全員がレシルを見たことが無いなんてことはあり得ないだろう。

 きっとレシルとの関係性でも聞いてくるのかなと心の中で身構えていると、先にやってきたのはエリッタさんの遠慮がちな質問だった。

 

「……ヒラツカ先生って、男性ですよね?」

「――えっと……うん、その通りだよ」

 

 何を聞かれているのかを理解するために一瞬だけ考え込んでしまった後、どこか申し訳なさそうな顔をする彼女に対して肯定の意を示した。「ですよね!! 良かったぁ」という返事から、辛うじて彼女の中での僕の性別は男性側に触れてはいたらしい。

 まあ確かに授業の一回目でやった自己紹介ではわざわざ己の性別を述べてはいないし、名前が日本人の物なのだから彼女たちには響きで理解をしろというのが難しいのは分かる。ただ話し方や服装やらで察してほしかったし、見るからにどちらか判りかねるといった様子で聞かれるとちょっと心が痛む。

 

「闘技会でちょっと気になったから騎士学園の友達に聞いたら、あの人はフォルガント家の一族なんだって!!」

「えっ。フォルガント家って、あの公爵家の!? その子、いやその方ってかなりのお嬢様じゃない」

 

 フォルガントという言葉に対して、彼女たちの反応はおおむね驚き一色だった。確かに国の中でも有数の巨大な一族、しかもその本家となれば保有している権力は計り知れない。彼女たちの反応も納得である。

 

「……初回の授業から薄々気づいてはいたんですけど、ヒラツカ先生って二ホンの人じゃないですよね?」

 

 そうだ、思い出した。初回の授業の中でエリッタさんからそんなことを聞いてきた気がする。あの時は、レシル回りの状況を知らなかったから下手なことは言えないとノーコメントを貫き通したんだ。それをまた改めて聞いてくるとは、彼女も知りたがりな人間だ。

 レシル関係の話からそこに持ってくるあたり、彼女も予想はしているのだろう。僕とレシルの関係性や、その出自について。

 

「その前にちょっとだけ聞いても良いかな。エリッタさん、今話に出ているフォルガント家の子女についてどこら辺まで知っているのかな?」

「……血筋はフォルガント家だけど……ええと、身分的は庶子ということは知っています」

 

 庶子、という言葉を聞いて他のメンバーは少し気まずそうな顔をしていた。キリスト教が闊歩していたこっちの中世ヨーロッパほどではないにせよ、この世界においても庶子という身分は本家の人間よりもどうやったって下になる。お嬢様だと驚いた手前、その身分を聞いて肩透かしな気分になるのはある意味当然といえるかもしれない。

 とりあえず、レシルが庶子であるという情報は多少調べれば出てくるものだということが分かった。だとすれば、そろそろ関係性についてばらしてしまっても良いだろう。不自然に黙っていても、それはもはや正体を明かしているのと大差はない。

 

「それを知っているならばもう黙っている理由もない。僕は確かに出身はこっちで、彼女――レシルティアっていうんだけど、その兄ですよ」

 

 そこからこちらの出自について簡単に説明をしてみると、三人とも驚いた様子は見せながらも納得したような雰囲気を出していた。自分の出自なんてあんまりベラベラと喋るようなものではないが、相手がある程度把握している状況で下手に誤魔化せば有らぬ勘違いを招きかねない。こういう時は正直に話してしまった方が得策なのだ。

 それに、ただ此方から情報を渡すだけじゃない。騎士学園に知り合いがいるというエリッタさんは、もしかしたら向こうの興味深い情報を知っているかもしれない。

 

「それじゃあ今度はこっちから、騎士学園について少し聞きたいことがあるんだけど良いかな」

 

 こちらから騎士学園について知りたい情報。それは、ライル殿下の周囲に関するものである。こちらの大学計画を阻害する幾つかの要素、それらを束ねている可能性があるライル殿下についての情報は、噂程度でも良いから頭に入れておきたかった。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。