ファンタスティック・アカデミー!【異世界×大学物】 作:丸いの
先日の昼食の場で聞けた話は、多くは無かったがそれなりに収穫はあった。
特に興味深かったのは、彼がどのタイミングで大学計画に不信感を持っていたかということだ。当然大学計画が始動した去年以前、もしくは日本と交流を持った時からだと思っていたが実際は違ったようだ。確かに彼は当初から大学計画に良い感情は抱いては居なかったそうだけど、それはあくまで個人の好き嫌いの範疇に収まっていた。しかしそれがつい最近になって明確なものになったそうだ。
身内の人間たち、例えば取り巻きの学生やその近辺の貴族を動かしはじめたのは、ちょうど殿下たちが大学キャンパスの見学に訪れた時期と重なる。
『行き過ぎた技術は危険な存在に成りかねない。だがそれに待ったを掛ける人間は散発的でまとまりがない。だから私が懸念を示した』
ライル殿下が大学計画に対して否定的立場を表明した後、直接話を聞くと彼はこう言っていた。まるでずっと前から懸念を抱いていたかのような言い方。しかしエリッタさんの話を信じるならば、彼の考えが明確に変わったのは見学会の前後だ。
果たして見学会で何かの問題があったのか。川崎さんにいろいろと説明を求められて見学会当日の様子について話したからか、一か月以上経った今でのあの時の様子については記憶に残っている。そしてその記憶の中では、見学会の最中でライル殿下が目の色を変えるようなイベントは特に無かったのだ。終始淡々とした様子で見学会に参加をしていた彼が、その沈黙の裏で琴線を刺激されたのだとしたらもうお手上げだけど。
ならば他にどのような切っ掛けがあるのだろうか。一つだけ引っ掛かるのは、見学会の開催が決定された日にちと理由だ。開催決定のメールを受け取ったのは、ちょうどレシルと王都を散策して平塚先生を交えて知らない人との会話の練習をさせた後だった。あの日がライル殿下と初めて遭遇した日で、彼が日本や大学に良いイメージを抱いてはいないと思い知らされた時でもある。
そもそもの切っ掛けは、あの日に有るのではないか。昨日エリッタさんの話を聞いて以降、その考えが頭の中をぐるぐると回っていた。
「おはよ――レイ、その頭どうしたんだ?」
「この前学会で向こうに戻った時にこっそり買っておいたんだ。どうかな、これで大分日本人感が出たんじゃないかな」
手元のタブレット端末を眺めながら食堂の席に着いた平塚先生は、こちらをチラリと見た後、見事な二度見を披露した。ともすれば素っ気なさすらも感じる普段の彼とは思えない行動に、こちらとしてはしてやったりとニヤリと笑った。
僕の頭の上には、中程度の長さを持った黒いカツラが被さっている。藤沢さんリスペクトというわけではないが、カツラを被る彼女を見ていると確かに雰囲気をごまかすことは可能だということが良く分かった。
「いや、髪の毛がいくら日本人風味でも顔が和風じゃないから絶望的に合っちゃいない」
「すごく正直に言うよね。あれだよ、変装ってやつ」
「イメチェンって柄でもないし、どうせそんなところだとは思ったが。何でまた変装なんてしているんだ」
抱いて当然の疑問を口にする平塚先生に、その経緯を端的に説明した。
先日の昼食中に女学生たちと共に会話をしている最中、彼女たちに指摘をされたのだ。曰く、僕とレシルは見分けがつかないほど似ている。同じ服装ならまず違いが分からない、と。闘技大会でレシルの戦いを見た面々が、あの平塚という教員がとうとう頭狂って騎士学園の闘技大会に出たのだと思ったくらいには。自分でも瓜二つだと思うし、藤沢さん等の身内の人間からの評価もそう。だったら他人から見たらなおさらであるに違いない。
ここまでの話は前から分かっていたし、その上で特に変装しなければなどとは考えてはいなかった。しかし最近になって少しだけ事情が変化してきた。僕の存在とは、大学計画を主導する立場にある人間の一人である。その一方で、レシルはあくまで騎士学園の学生の一人。
「この前、騎士学園に詳しい人たちから聞いたんだ。あの学園の学生の中にも、大学計画をよく思わない人たちが一定数存在するようだよ」
レシルと瓜二つの人間が、この大学の中で研究活動を行う。その事実は、一歩間違えればレシルその人が大学計画に含まれる一人であるという誤解を周囲に与えかねないのだ。そしてそれが学園内に存在する反大学計画波の生徒に広まれば、レシルの立場がぐらついてしまう可能性があるだろう。今更手遅れなのではないかとも思う。でもやらないよりはたぶんマシだ。
「妹の立場を考えてみたんだ。姿がそっくりな人間がこっちの施設で研究者生活を行っているんだ。下手すりゃ彼女自身が大学側でなんかやっていると思われるかもしれない」
「……ふうむ。藤沢や俺を交えて何度か顔を合わせている以上、今更効果なんて望めるか疑問だな。まあ、一番顔を合わせるのはお前だから、お守り程度にはなるかもしれんが」
こうして変装して外出することを継続していれば、何らかのご利益もあるかもしれない。実益を兼ねたイメチェンと思えば安いものだ。それに今朝方鏡の前に立ってみて、己の髪の毛が黒いという事実に対して違和感よりも収まりの良さの方が強く感じた。生まれ変わってから十数年と立つが、精神のどこかに残る前世の記憶は案外根が深いようだ。久々に髪の毛が黒いという事実を堪能するのも良いことだろう。
さて、時計を見てみればもうそろそろ七時半時を回ろうとしている。食堂の込み具合は概ねこの時間がピークであるが、土曜日ということもあって平日よりも食堂にいる人の数は少なめだ。家族持ちの人や学生の一部は週末に東京へ帰り、リーヴェルキャンパスは全体的に閑散とするのである。無論研究に没頭するため実験スペースに缶詰の人たちもいるし、自分もレシルと会う用が無ければそちら側の人間である。
では配偶者無しの一人暮らしな平塚先生はどうなのか。彼は概ね週末はリーヴェルキャンパスで過ごすことが多く、自分のデスクで事務作業を結構な時間没頭しているのだ。ならば終日研究棟に缶詰なのかと言われれば、案外そうではない。現在の平塚先生の趣味は、王都リーヴェルの散策である。昼食がてらに学生街を散策して異国風の街並みを楽しんでいるらしい。数日前に先生が見せてくれた自作の昼食マップは、僕個人で細々と作ったものよりもよほど量質共に充実しており、思わず唖然としたものだ。
「今日の昼はどこ行くの?」
「そうだな……西地区は粗方回ったから、南側を新規開拓しようと思う。今日は藤沢はいないんだったよな。いつも通り正午くらいで考えといてくれ」
一応立場上准教授と卒業一年目の助教という隔たりもあり、リーヴェルキャンパス赴任当初は周囲の目を気にして藤沢さんを交えた平塚グループ三人での食事会は回数を控えめにしていた。しかし新学期開始から一か月ほどが経ったころから結局気を使うのが面倒になったこともあって、今では結構な頻度で一緒に食べることが多い。時間に余裕があり外で食べることが殆どの週末では、平塚先生のグルメマップが猛威を振るうのだ。
本日は所用で藤沢さんは東京に赴いており、今日は二人きりでのサシメシである。大体藤沢さんやレシルが混ざるため、平塚先生と二人きりで食事というのはあまりないのだ。いつもよりも、遠慮なく愚痴なりなんなりを言い合えることだろう。
「分かった。その時間までは実験室で作業してるね。正午になったらデスクに呼びに行けばいい?」
「いや、今日は俺も手を動かさなきゃならん用があるんだ。南の先生との共同研究で追加で調べたいことが有るって言われてな……本来なら学生に任すとこだけど、ウチは藤沢だけだもんなぁ」
ものすごく渋そうな表情で平塚先生がぼそりとつぶやいた。少人数で小回りが利くなんて詭弁に過ぎない。ここまで小規模ならば息が出来ないくらいに手が回らないのだ。昨年まではデスクワークバリバリだったはずの平塚先生は、確かに今年度になってから実験室で作業をしている姿を見かける頻度は高いのだ。果たしてここから別の大学に栄転するのと、リーヴェルキャンパス自体が人員豊富になるのはどちらが先なのだろうか。どちらにせよ早めに訪れてくれないと、いつかリーヴェルキャンパスにいる面々は誰かしらぶっ倒れそうな気がする。
「……やっぱお前の頭違和感あるな。変装なんぞ今日からでなくてもいいだろ、外してけよ」
「いーや。また明日を連日続けていたら何時までたっても始まらないよ。今日から着ける、それは決定事項だよ」
悪いがそれだけは断固拒否だ。カツラを取っ払うべくこちらの頭にのばされた手を、ペシっと払いのけた。