ファンタスティック・アカデミー!【異世界×大学物】   作:丸いの

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その2

 決戦の日に相応しく、今朝の天気は昨日以上に一面の快晴だ。窓辺から燦燦と差し込む朝日が容赦なく瞼の裏まで浸透してきた。涼しい気候のおかげで全く寝苦しくない真夏のエルトニアの早朝にて、珍しく目覚まし時計が鳴り響くよりも先に自ずと瞼が開いたほどの強烈な明るさである。

 

 歯磨き洗顔、その他基本的な準備を整えて食堂へたどり着いたのは普段よりも早い朝の六時半前である。何時もならばこの時間はまだ人の数も疎らだろうが、今日に限って言えば僕の他にも何名かのメンバーが少し早めの朝食を取っているようだ。概ねこの場にいる面々は、昨日の準備の時から一緒に作業をしていた人々である。

 普段はあまり顔を合わせないような他グループのメンバーも、報告会の準備に向けた顔合わせの中でそれなりに親交も深められた。居合わせた面々に挨拶をしながら、朝食プレートを机に置いてホッと一息を吐く。

 

『――日本重工業が、四葉工業医療部門の買収を検討していることが、4日明らかになりました。昨年秋から四葉工業の医療部門は業績不振に陥っており――』

 

 トーストを摘まみながら、テレビで流れているニュースをボーっと聞き流す。世間を騒がすには十分すぎるようなニュースであっても、エルトニアの大地にいる身としてはあまり身近な話には聞こえない。体感としては海外出張中にふと日本のニュースが気になり眺めているようなものだ。

 

「へえ、あの四葉グループがねぇ。向こうはあんまり景気が良くないわね。レイ、おはよ」

 

 同じく早起きしてきたのであろう藤沢さんが、和食膳を机に置いた。今日の会は若い人間が中心になって進められる。特に受付担当や照明マイク係などは学生が担当する運びになっている。開会自体は正午過ぎだが、昨日に引き続き会場の最終チェックやらなんやらでみんな早起きなのである。特に藤沢さんは、学年的な意味ではこの空間で一番若いため尚更だろう。

 

「おはようさん。昨日はきちんと寝られた?」

「……ええ。昨日はちゃんと早寝したし、疲労抜きはきちんとしてきたつもり」

 

 確かに彼女の言う通り、昨日の倒れそうな顔いろに比べれば今の藤沢さんは見た目にも大分体力が回復しているような感じはする。彼女の有様を、魔法を限界までぶっ続けで使用したようだと称したが、それほどまでに疲労困憊という状態だったのだ。よくもまあそんな状態で数日間も頑張ったものだと驚く。適度に私的をしてガス抜きをさせなければ、まだまだ若くて無理をしがちなこの娘はちょっと危ないかもしれない。

 

「見た感じ、大分元気そうにはなったね。藤沢さんは来場者が真っ先に顔を合わすことになる受付担当なんだから、そういう見た目の印象は大事だよ」

「分かってる。レイは今日どこの担当だっけ?」

 

 これまでの準備期間において中核メンバーとして奔走してきた僕であるが、当然当日にもやることが割り当てられている。まずは前々から決まっていた、開会の挨拶。元はと言えば、この役割への就任が事前準備の中心として動き回ることになった元凶である。

 それ以外にも、報告会の前半部分における各教員の講演における座長が宛がわれている。先生の紹介や質問者の指名等、講演をスムーズに進行させるには欠かせない役職だ。中でも座長の一番重要な仕事は、聴衆から質問者が出なかったときに、有意義な議論に繋がりそうな質問を講演者にするというものだ。科学とは一体何ぞという層が集まる会であり、魔法関連の有識者としての立場から質問できる僕はうってつけなのかもしれない。

 

「冒頭のあいさつと、座長だよ。それと藤沢さんと共同になるけど、後半のポスタープレゼンも入るかな」

「……相変わらず、詰め込まれてるわね」

「しょうがないさ。新入りだし、企画段階の司会でもあったし」

 

 因みに特別手当としてそれなりな額のボーナスがもらえるというのはナイショの話だ。

 

 

 

 程なくして藤沢さん共々朝食を食べ終えた僕は、自室に舞い戻っていた。今の服装は食事用ということもあってただの普段着であり正装ではない。クローゼットを開けて、四か月前の開校記念式典や外部の学会で羽織った以外には袖を通していないスーツ達の片割れを引っ張り出す。

 

 未だに慣れないネクタイ締めのために洗面台の鏡の前に立つが、鏡の中の自分を見て思わずため息を吐いた。一応社会人記念となったことだし使用機会も増えるだろうと思い増設した二着の代物である。しかし結局あまりお世話になることも無く、そして己の見た目からしてスーツが似合わないということもあり、まだ服に着られている感が拭えない。どちらかと言えば、エルトニアの貴族の方々が身に着けるような、現代日本のセンスからは遠く離れた社交用の礼服の方がまだ己の外見に合致するだろう。

 

――PiPiPiPi !!――

 

 そんな悶々とした気持ちを打ち消すかのように、ベッド脇に放り投げていたスマートホンがけたたましく鳴り響いた。まさか普段用の目覚ましアラームかとも思ったが、さすがに時間が遅すぎる。とすればメールか、それとも電話か。すぐに駆け寄って手に取ったスマートホンの画面を見て、首を傾げる。

 

 着信中 川崎義春

 

 これまで幾度となく彼と連絡のやり取りをしたことはあったけど、こちらからかけるはまだしも向こうから電話がかかってきたのは初めてのことだ。向こうからの用事は、ライル殿下の件で本人が直接こっちに出向いてきた以外は、急ぎの用であっても基本的にはメールであったはずだ。だからこの画面に川崎さんの名前が表示されていること自体に違和感を覚える。

 

「はい、もしもし。平塚です。どうしまし――」

『よし繋がった!! 川崎です!! 緊急の要件です、今すぐ出られますか!?』

 

 通話へとスライドさせた途端、スピーカーから聞いたことも無いような早口の川崎さんの声が鳴り響いた。驚きに思わず目を見開き、一体全体何の用なのかと聞き返そうとするが、それよりも早くに更なる文言が飛び込んでくる。

 

『ライル殿下が動きました!! クソッ、なんでこの日に――ともかく私は今一号館の一階ロビーに向かいます。詳細はそこで直接話しますので、急いでこちらに来てください!!』

「は……え? ええと、はい。今すぐそちらへ向かいます」

 

 何が何だか分からぬうちに、スピーカーの奥から聞こえるのは話中音のみ。いつの間にか通話は切られてしまっていた。話の全体像など何一つつかめていないが、少なくとも一つだけわかることは、あの川崎さんをここまで焦らせる何かがあったということだ。

 通話終了から時間が経つにつれて妙な汗が首筋を濡らし始める。髪を整えることもせずスーツのジャケットをベッドの上に放り出したまま、廊下へ走り出した。部屋のカギを閉めたかどうかなんて、今はどうでもいい。可及的速やかに、川崎さんの元へ向かわなければならない。

 

 ライル殿下が動いたと電話の向こう側で川崎さんが確かに言っていた。つい昨日に、川崎さんと話した時の話題に上げた、現状におけるもっとも注視しなければいけない人間だ。報告会開催日の今日に何かをぶつけてきたか、新たな声明でも出したか。はたまた大学への反対派を率いてデモ活動でも始めたのか。しかしそのようなことが起きたとして、川崎さんが僕を呼び出すだろうか。

 

 これまでの経験から言って、この手の厄介事は大抵のことはある程度川崎さん側で処理をしてから僕たちの耳へと入ってきている。しかし今回はいきなりの平塚礼二召喚だ。つまりはその過程をすっ飛ばすほどの大事か、もしくは渦中に僕本人がいるか。そして最悪なのは、今回の一件がその両方を兼ねているということだろう。

 

 

* * *

 

 

「まず現状をお伝えします。平塚さん、貴方の身柄一時引き渡しをライル殿下並びにエルトニア王室が早朝要請してきました」

 

 指先に力が入らずに寒くもないのに震えだし、何かが足元に落ちてごとんという鈍い音を立てる。それが己の手から滑り落ちたスマートホンであると気が付くよりも先に、頭から血の気が引いていくのを感じた。

 

「先方の言うことを信じるならば、第二王女の行方について事情を聴きたいということでした。無論私たちもこちらで検討する時間をくれとは言いましたが……」

 

 少し言いにくそうな表情で、川崎さんは額を揉んだ。その様子からして、碌な話の展開になんかなりやしないことが容易に予想される。そもそも何故僕が、そんなまるで被害者目線のような拙い感情までもが頭の中を駆け巡る。

 

「出頭期限は本日の正午前、それを越した場合は正式に指名手配とすると……現在うちの人間が交渉にあたっていますが、どう転ぶかは分かりません。そのため、平塚さんに前もってお伝えします」

 

 そして先方の人間から告げられたという内容は、明らかに事情聴取などという軟なものではない。理由についてはどうであれ、この僕を確保しようという意思は確固たるものに違いない。そしてこれまで見たことも無いような、険しさやら悔しさやら、いろんなものをまぜこぜにした川崎さんの表情がこちらへと向けられた。

 

「最悪の場合に備えてください。我々は最善を尽くします。しかし今回ばかりは、あなたを完全に守り切れる保証はありません」

 

 その言葉は、冷たい水のような現実だった。いきなりの話で考えのまとまらない僕の頭を一度暴力的なまでの冷たさで真っ白に染めあげ、その白くなった大地に理解すべき現実を流し込む。理由や経緯についてはどうでもいい。僕は今、その身柄をエルトニア王政府へと移されることがほぼ確定しているのだ。

 

 最悪の場合に備えてなどとは言うが、今の今までこの大学の面々に火の粉を被らせることなどさせなかった彼ら役人が覚悟を要求してくるということは、最悪の場合が起こる確率はかなり高いとみて間違いないだろう。開国時の日米みたいな治外法権条約でも結んでいない限り、この大学はエルトニアのルールが通用する。王政国家のエルトニアでは、王室の出した声明は逮捕状のように一人の人間を拘束することなど造作も無いだろう。

 

「平塚さんにはお手数ですが……私共の方に一度来ていただけますか? 我々はギリギリまで交渉にあたりますが、もしそれが実を結ばなかった場合には――」

「――やってられるか、もう」

 

 この状況について考えている内に、一度は冷や水のように真っ白になった頭が、段々と熱くなってくる。事なかれ主義で後手に回り続けた結果がこれだ。

 

「散々己を第三者だからと信じ込み、静観という名の放置に徹し、そして今は肥大化した状況に飲み込まれようとしている。もうこれ以上、やってられませんよ」

 

 怒りの矛先はこの状況、そし自分自身だ。時の流れが解決するだろうと藤沢さんの正体秘匿に積極的に加担し、彼女の肉親たるライル殿下と相対しても対岸の火事のように思い込み、あまつさえ彼が藤沢さんの正体に気が付いている可能性を最後まで考えようとはしなかった。その結果が、この様だ。

 

 間違いない。ライル殿下は、完全に藤沢さんがヘレナ・ヴィクトリウス・エルトニアであることに気が付いている。そして、最終目標である藤沢さん本人ではなく、それをひた隠しにしようとしている僕をとうとう逃げられないように呼び出したのだ。僕らの首を絞め続ける真綿の糸は、決して解れる様子を見せてはいなかった。

 

「川崎さん。僕、行きますよ」

「……向こうにつけられた条件は一つ。あなたと、一対一で話がしたいようです。弁護人も護衛も、今のままでは平塚さんの脇に立たすことは出来ません。それでも行きますか?」

 

 元より交渉の行く末など川崎さんもあまり期待はしていなかったようだ。弁護も何もつけずに仮にも日本国民を容疑者として他国の中枢に送り込むなど、普通に考えれば政府の機関としては到底看過できるはずもない状況だ。それでも現状彼らでは覆せないほどの、時間の切迫と強硬な姿勢なのだろう。

 

「ええ。今日という大事な日に、これ以上の好き勝手はさせません」

「……分かりました。平塚さんのご協力に、感謝します」

 

 いつの間にか手から滑り落ちたスマートホンを拾い上げる。画面に表示された時刻はちょうど八時。期限である正午までは、まだいくらか時間の余裕はあるはずだ。

 

「戦場に行く前に、仕事の引継ぎをしてきます。何も言わずに抜けるのは非常に宜しくないです。三十分後、またここで落ち合いましょう」

「そう、ですね……よろしくお願いします」

 

 先輩助教に平塚先生、その他話を通しておくべき人間を頭の中でリストアップしながら踵を返そうとした僕を、最後に一つだけと前置きした川崎さんが呼び止めた。

 

「今回の一件、藤沢レナさんには実情をお伝えしますか?」

「……いいえ。元はと言えば、彼女の立場を護るために始めたことですから。僕の我がままですが、最後まで彼女にこの件で心労を掛けたくはないですよ」

 

 自分の出で立ちで悩み、渦中の人間であると認識したときには一目瞭然なほどに焦燥する。彼女は今年の最後に二十歳の大台に乗る、こちらの世界の基準でいえば十分な大人の歳である。しかし、それでも自分に伸し掛かる重苦しい状況を一人で取り除くには、まだ彼女は若すぎる。

 

 肉体年齢がどうであれ、精神的な距離がどうであれ、僕は彼女に比べたら十分大人だ。大人というものは、後進を育成し、そして適度に火の粉から庇ってなんぼの存在だ。だから最後の最後まで、それが例え自己満足であろうと僕はこの件を彼女には知らせたくはない。それが。せめてもの年長者の意地の見せ所だ。

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