ファンタスティック・アカデミー!【異世界×大学物】   作:丸いの

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その3

「当日の朝ってのは困るが、それ以上に大変な事態なんだろ。俺らで何とかするから、ほら行きな」

 

 いの一番に状況を伝えた平塚先生は、拍子抜けするほど至極あっさりとした様子でこちらの話を飲み込んでくれた。てっきり小言や説明要求の一つでも言われるかと思ったがそんなことは全くなく。その様子に少々面食らって怪訝そうな表情を見せる僕に向けられた言葉からは、あっさりとした物ながら彼なりの親切心を感じる。

 

「大抵のメンバーは、お前が何か特殊な事情を抱えてんのも、それを明かせんのも何となく分かってる。そして彼らも深くは踏み入らんよ。ともかく今は、レイが反対派の親玉に参考人招致を食らって身動きできないってことが重要だ。そんな状況協力せざるを得ないだろう」

 

 僕や藤沢さんの正体について、平塚先生はともかく一般の日本人研究者たちには公式には知らされてはいないはずだ。だが彼らも知らされてないから全く存じませんという訳じゃない。4ヶ月もこちらで過ごせば、僕たちがどうみてもエルトニアに所縁のある人間であろうことは予想も容易いだろう。その上で今まで深く掘り下げて来なかったということは、無闇な詮索はしないという一種の親切心の故だと僕は考えている。

 

 卓上のパソコンを立ち下げた彼が「人員再編だ」と発し気合を入れて立ち上がった。本日の業務で僕が担当する箇所は座長と開幕の挨拶だ。多分に重要な役職ではあるが、事情が事情であるために付け焼刃の人員で対応する他は無い。

 

 あとは任せろと言い残して居室を出ていく彼を、再度呼び止めた。彼にはもう一つだけ、伝えなければならないことがある。今回の渦中の人物、その人に対する対応についてだ。

 

「……一つだけ、いいかな。藤沢さんについて頼みたいことがあるんだ」

「ほう、彼女がどうしたんだ」

 

 本来であれば今回の出頭命令は藤沢さんに向けられて然りの物だ。そこが敢えての僕という選択肢が最高にきな臭い。主目標ではなく、あえてその近場にいる人間を狙う。ライル殿下が何をどこまで考えているのかは分からないが、ここでぬけぬけと藤沢さん本人を巻き込むのは、彼女にキャパシティー以上の負担がかかるだけではなく少々危険にも感じるのだ。それゆえの、ある仕込みが必要となる。

 

「彼女には、もし事情を聞かれても僕の件について適当にぼかしておいてほしい。急用で東京に行ってるとか、そんなんで良いから。僕たちの数少ない生徒だし、余計な心配はかけたくない」

「まあ、それは別に構わんが」

 

 平塚先生は、そう頷きつつも少し眉をひそめた。何となく、今回の一件に藤沢さんも関わっていることを感じ取っているのかもしれない。そのうえで彼女を関与をさせるなと言われたのだから、いぶかしむのも無理は無いだろう。しかし彼は、ただ怪訝そうな表情だけではなく、少々その目つきを険しいものへと変化させた。

 

「……優しさと甘やかしは別モンだ。分かっているとは思うがな」

 

 そこに来て、僕は体の動きが止められた。意気軒昂としていたはずの己の意志に、一瞬の静寂が訪れる。

 

 踵を返して去る彼が振り向くこともせずに浴びせてきたその言葉に、ほんの少しだけ答えが詰まった。今の自分の行動に一かけらも甘やかしが混じっていないなどという保証は、一体何処にあるのだろうか。本人のあずかり知らぬところで奔走する、この行動の起源は何だ。それは間違いなく彼女への親切心ゆえの筈。否、それ以外が混じるはずも、混じっていいわけも無い。

 

 口を開きかけた時にはもう廊下の端まで離れた彼に、言葉も何も届くわけもない。しかしその遠い背中に向かって、短い言葉がぽつりと口をついた。

 

「……うん、分かっているつもりだ」

 

 一つだけ言えることはある。甘やかしだろうが何だろうが、今の自分の行動は己を渦中の人間だと自覚をした上で立ち回っているものだ。もう第三者だとか、静観をしようなどと考える時期は過ぎている。

 

 

* * *

 

 

 約束の時間になり、川崎さんとの待ち合わせ場所であるロビーにたどり着いたのが数分前の話だ。ちょうど彼はどこかに電話をかけていたようで、特に意識をしなくても自然と注意がその会話へと向けられた。最初は彼の所属する外務省派出所との間での会話かと思っていたけれど、時折駐屯地やら要人警護という単語が聞こえてくるものだから段々と冷や汗が湧いたものだ。

 

 粗方話を終わらせたのか、電話を切った後の彼はもう少しだけこの場所で待つようにと伝えてきたのだ。曰く、警視庁に要人警護のための人員の派遣をお願いしたのだとか。

 

『当初は北富士駐屯地から一小隊をとも考えたのですが、仮にも自衛隊の国外派遣となれば後々問題になります。なので今回は同じくプロ、特殊部隊の精鋭を付けることになりました。せめて直前までの護衛は手配しましょう』

 

 あなたの身に何かがあれば彼らが突入しますと険しい顔で話した川崎さんは、何というか色々と本気だった。彼も今回の一件で腹に据えかねたものがあったのかもしれない。呼び出された王宮に行くまでの道すがらでさえ、治安警備のスペシャリストを付けるのは精一杯の示威行為ということだろう。

 

 そんなわけで、彼らが到着してから行動を移すということでもうしばらくの暇ができることとなった。既に部隊は出動しており、ここまでたどり着くのにそう時間はかからないらしい。

 

「といってもねぇ……」

 

 朝一の特大の知らせで気を引き締めてから一転して待機となると、途端に手持ち無沙汰となってしまう。事務作業に取り掛かろうか、それとも気分転換がてらに実験の準備だけでも行うか。そんなことを考えて、結局適切ではないことを悟る。これから対面する事態を頭の片隅に置きながら、そんなことに取り掛かるのは無理が過ぎるというものだ。特に後者なんて、下手に手順を誤り機具を破損なんてことも考えられるのだ。そんなこと、教職の人間がやるべき行動ではない。

 

 ならば、今日のシンポジウムにむけての準備を始めている一部の学生に混じって手伝いでもするか。しかし仮にも急用という体で今日の会を不在とする人間が朝一で悠長に手伝いというのも違和感が残る。

 

 椅子に腰かけてどうしたものかと悩むこと数分、結局結論が出ないままにポケットの中に放り込んでおいたスマートホンが震えるのを感じた。発信元は予想通り川崎さんとなっている。しかし想像していたよりも随分と早い連絡だ。僕が考えていたよりも余裕をもって部隊の派遣要請をしていたのかもしれない。

 

「……はい、平塚です」

『川崎です。山梨県警の特殊部隊が到着しました。彼らの輸送車は乗り合いバス終点に待機しています。我々も出発しましょう。正面口の車にいますので、こちらに来ていただけますか』

 

 通話先に聞こえないようにゆっくりと深呼吸をする。ついに来たか、という心情が心の奥底から表層に向けて滲み出ようとしている。スマートホンを耳にかざしながら玄関ホールへと歩みを進める。その足の動き方が、いつもよりも不自然ではないか。何も持っていないはずの左手はいつの間にか固く握り締められていた。その手すらも、拳が震えてはいないだろうか。普段であれば絶対に気にしないようなことへ、妙なほどに神経質になる。

 

 情けない話だけど、間違いなく今僕は緊張のただ中にいる。これが平塚先生に見られようものならば、苦々しい顔で窘められかねない。自分自身なのに見ていて情けないなどとも言われることだろう。だけどしょうがないじゃないか。見た目以上の人生を過ごしているとはいえ、王族に事件の容疑者として呼び出されるだなんて事態なんて想定したことは無いんだ。

 

「ええ、今から向かいま――ちょっとすいません、一旦切ります」

 

 そして視界に映った人物を見て、思わず表情が強張るのを感じた。せめてこの電話が、もう一分早ければ遭遇をしなかったものをと心の中で悪態を吐いたほどだ。

 

「あれ、レイも手伝ってるの? あなたって朝一は準備を担当していなかったと思ったんだけど」

 

 事前の予定の通りであれば、確かに僕は居室で自分の作業を行っているはずだ。本来はこの場所にはいないはずの僕の姿を見て、今一番会いたくはなかった人物――藤沢さんは怪訝そうな表情を浮かべていた。

 

「本当、精力的ね。でもいくら何でも請け負いすぎじゃない? ほら、先生なんだからこういう雑務は私に任せなさいって」

「……ごめん、そういう訳じゃないんだ」

 

 いつもの朗らかな調子で僕を気遣う彼女の存在が、今は一番目を背けたいと感じていた。これからやることは、彼女のあずかり知らぬ所で行わなければならない。だからどういう動機であれ、非常に大切な事柄を当事者である藤沢さんを抜きにして行うのだ。そのことに対する負い目というものが、彼女を目の前にすると無視を出来ないものになる。

 

「実は……つい先ほど非常に重要な仕事が降ってきたんだ。だから、今から東京の方に向かうんだ」

 

 できれば、このような嘘は自分自身で行うのではなくて、平塚先生のような第三者を通して行いたかった。何故ならば嘘が苦手な僕ではボロが出るかもしれないし、それ以上に負い目が表情ににじみ出てしまうかもしれないからだ。

 

「東京って、じゃあ今日のレイの担当はどうなるの? 何なら代役の調整については私も協力するわ」

「いや、もう平塚先生や他の助教の人に話は通したから……大丈夫。何も心配はいらないよ」

 

 普段はあんなに生意気だというのに、何故こういう時ばかりは気を利かせてくるのやら。その気遣いが今は、どうしようもなく見ていたくはなかった。握りしめていたスマートホンをポケットの中に戻し、頭を振る。これ以上彼女と目を合わせていると、本当にボロが出かねない。

 

「ならいいけど……なんか残念ね。レイが最前線で頑張ってきたっていうのに、あなた自身が不在だなんて」

「まあ、世の中そんなもんだよ。じゃあ僕は行くから……今日は頑張ってね」

 

 普段よりも素っ気ない対応に、勘のいい彼女のことだから何らかの違和感を覚えているかもしれない。だが、そんなものもすべてが終わってしまえばもう問題ではなくなる。藤沢さんの隣を通り抜け、そして決して振り向かずに正面ホールを潜り抜ける。都合のいいことに、停めてあった車の窓は、外から見ても人間の顔が判別できない程度には黒さをもったスモークガラスだった。

 

 

 そしてこの会話が、何の変哲もない"ただの大学院生"である藤沢レナ/私と、僕/レイが交わした最後の言葉になった。

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