ファンタスティック・アカデミー!【異世界×大学物】 作:丸いの
「前半部のセッションの座長代役は梅田さんにお願い出来ますか? 開幕の挨拶は僕の方でどうにかしますので」
「まったく構いませんって。何なら挨拶や後半の座長も僕がやりますよ」
「ありがとう。だがうちの若い者の不始末ですから、そこまでお願いするのは悪いですよ」
このシンポジウム全体の世話人であり、当日の現場指揮を不在となったレイから引き継いだこともあって、私たちのトップである平塚先生はかなり忙しい様子だった。本来であればレイが担当していた仕事を、一部は他のメンバーに分配し、一部は自身で行うといった人員配分に追われているのだろう。事実、先生のデスクに行っても姿は見えず、焦りを感じながら周囲を探し回ったところ、梅田先生のところに仕事分担の交渉に来ていたという次第だ。
「ではすみませんがお願いします。今度何かありましたら、奴をこき使って構いませんので」
交渉は決着し、梅田先生はまた会場の点検に戻り、平塚先生は他の部署の調整に向かうのだろう。しかし今は、先生にどうしても聞いておかなければならないことがある。
「次は豊橋先生の所の誰かを――どうした。なんか用があるのか、藤沢……それとレシルティア君」
手元のタイムスケジュールから視線を上げた先生は、ようやくフリーになったところを捕まえようと歩み寄る私たちの姿を目にしてくれたようだ。私だけならばまだしも、一緒についてきているレシルちゃんをも視界に認めた先生は、露骨にいぶかしむ表情を見せた。
「お忙しいところすいません。先生に一つお聞きしたいことがあります」
「何となく、君が聞きたいことは分かる。レイに関することだろう」
何か事情を知っていそうな先生の返答に、やはりかという思いが駆け巡る。今日のレイの不在に対して、それを周知させてもろもろの処理を行ったのは平塚先生なのだ。ということは、その不在の原因について一番詳しく知っている可能性が高い。今考え直してみれば、レイがキャンパスを後にする寸前に妙に態度が余所余所しかったのは、私に対して何かを隠していたのが原因なのだろう。
「……はい。平塚助教が本日不在の要件について、その理由を教えていただけますか」
「単刀直入に行こうか。藤沢だけならまだしも、そんな険しい顔をした奴の妹さんが来ているというのは普通じゃない。君の想像通り、あいつは普通の急用なんかじゃないよ」
想像していた通り、レイは何か言えない事情を抱えていたんだ。それが知らされただけでも、このもやもやの一端が晴れるような気がする。
「ライル殿下、君の実の弟さんだったか。レイは彼の派閥によって、今王宮に招致されている」
それを聞き、思わず握りこぶしに力を入れる。レシルちゃんの話から予想をした通り、この件はあの弟一派によって仕組まれたことだったのだ。何が急用だ。レイは、やはり私に悟られないように下手なごまかしをしていたんだ。そして彼が誤魔化してまで隠したかったということを考えると、段々と相手方の思考が読めてくる。
「俺が聞いたのはそこまでだ。だがあいつが王宮に呼び出される理由なんて、そう多くは無いだろう。しかも、俺はそれを君に伝えることをレイ自身からやめるように言われていた。今となっては、藤沢も事情を知るところとなったから関係ない話だがな」
平塚先生の言う通り、彼が王宮に呼び出されるような理由なんて、彼とライルにどのような関係があるのかを考えたならば一つしか思いつきはしない。それは、十年近く前に消失したエルトニア第二王女の捜索。つまりレイは私に関する争いに巻き込まれ、それを私に伝えぬまま自分自身を差し出したのだ。しかしそこまで予想がついても、どうしても拭えない謎は残る。
「……エルトニア第二王女の捜索。でも、そしたら何故私じゃなくてレイが呼び出されたの……?」
「今度はこっちが質問する番だ。藤沢はともかく、何故レシルティア君までがここにいる? この際入構証の有無を問うつもりは無いが、一体どうしたんだ」
一旦謎について考えるのを中断し、私の後ろでやや険しい顔で平塚先生を見つめるレシルちゃんへと視線を移す。私が単独ではなく彼女を連れて平塚先生を探していたのは、レイ自身の状況を確認すると同時に、レイの不在がこのシンポジウムに与えうる影響を伝えるためだ。
「それはボクから話します。兄さん――ラスティレイがライル殿下に呼び出されたことは、もう事実として扱います」
そこから、彼女は先ほど私に語ったものと同じ話を平塚先生に聞かせた。曰く、レイの不在はライルだけではなくその配下である大学計画の反対派も知るところであり、今日の報告会にて彼の不在を起点として何らかの攻撃を行う可能性があるという。
通常の勉強会であれば、高々司会者の不在なんて、急用の一言で済ませれば特段の傷にもなり得やしない。しかし、現状における彼の立場や状況をかえりみると、あるかも分からない傷が致命傷へと昇華する可能性を秘めているのだ。彼は第二王女の失踪に関して嫌疑をかけられた身分となった。たとえ事実関係がどうであれ、その一点はこちらにとって明確な弱点となるかもしれない。
「……大学計画の反対派が一筋縄じゃないって話は、本当だったんだな」
話を聞かされた平塚先生は、露骨に表情を顰めた。本来であれば、ただのシンポジウムに関する運営的な話ならまだしも、要人が絡んだ政治的な話になると准教授という職の彼には任せられるべきものではない。それを押し付けてしまったということに、私としても後ろめたさを感じてしまう。
「……すいません。面倒な話を持ち込んでしまって」
「いや、この件は報告をしてくれて本当に助かった。とてもじゃないが放置をしていい問題じゃない」
その先生の一言で、いくらか肩の荷がおちる気がする。ため息一つを漏らした先生は、廊下脇の長椅子に腰を下ろして、タイムスケジュールが書かれた紙の裏にボールペンで走り書きを記し始めた。
「悪い展開を想定しようか。当日参加者に大学反対派、それも建設的意見を持った人間ではなくただ単に場を荒らすことを目的とした輩が紛れ込む。それでどのタイミングかは知らないが、そいつらが声高にレイの不在、及び奴の状況について糾弾する、と」
そして糾弾されうる内容は、レイが第二王女の失踪の容疑者であるということ。彼の不在が容疑に対しての取り調べであることは事実であり、そのレイが務めるはずだった司会者が別人に置き換わっていたら、理由は何故だという切り口で攻められるのだろう。
「そんで第二王女の不在に関与した人間を擁する、大学そのものに対するバッシングをあれよあれよと降らせるという感じか。学会進行を聴衆が中断させるなど常識じゃ考えられんが……レシルティア君の言葉を信じれば無いとは言えんな」
何たってその司会者を浚った人間と、シンポジウムを妨げようとしている人間が同じ一派に属しているのだ。「そんなに俺たちが邪魔かねぇ」と平塚先生は苦笑いを浮かべながら、走り書きしたメモにボールペンの先端をトントンと押し付けた。
怒りというよりかは半ば呆れた風を醸し出す平塚先生は、ため息一つと共にポケットから携帯電話を取り出した。
「こんながやのゴタゴタなんぞ、重鎮の先生方に影響を与える訳にはいかんよ。二人とも少し待ってなさい――いきなりお電話すいません。私東都工科大学の平塚と申しますが――」
そしてどこかに発信した彼は、私やレシルちゃんに少し待つようにと手で制してきた。その間にも、私の中には焦燥感や苛々とした感情が沸々と沸き起こる。今回のゴタゴタを引き起こした連中が、最終的に成そうとしていることとは何なのか。一人身を差し出したレイが一体何を問い詰められているのか。そもそも彼は何故私に一言も知らせることも無く行ってしまったのか。
「はい、こちらとしても現状では動きにくいので、そちらの方で調整をしていただければと――」
だが一番にもどかしく思うのは、本来であればこの問題の中心に取り込まれていたであろう私が、こうして外側から問題を眺めるしか出来ていないという現状についてだ。ライルが呼び寄せたのは私ではなく、そしてシンポジウム側の問題でも平塚先生に頼らなければ手も足も出ない。そんな状況が、酷くもどかしかった。
「それと後々の対応をお願いします。それとそちらの状況についてですが――」
二週間前に王室が私の捜索に乗り出したと聞かされて、私は一体どのような行動をした? 確かにあの日から今日にいたるまで、何かの足しにはなればとこの世界に向き合うための準備はしたつもりだった。でも私自身が第二王女であると認めるその一歩だけは踏み出せず、本当の私を知るレイという存在に依存をし、あまつさえその彼がこうして身代わりになるような状況を作ってしまったのだ。あの時レイの後ろでただ怯えるのではなく、この立場を捨ててでも第二王女であることを認めていたならば、もしかしたらここまで状況が拗れてはいなかったのかもしれないのに。
こうしてただ黙っていると、段々と自身の心情がマイナス方向に振れていく。それと共に考えている内容もネガティブな物へと変化をしていく。こんな精神的な側面へ負担を掛けるだなんて、一昨日までの精神疲労の状態に逆戻りしかねない。昨日にレイから精神疲労を指摘されて、気が付かれないようにと慌てて睡眠時間を長めに取ったというのに。それはいかんと、少し強めに自分の額を手で揉んだ。ひんやりとした手が頭に触れ、前頭部に伝わる緩やかな痛みが少しだけ気分を上向きにさせたような気がした。
「ではこちらも少し話を伝えてみますから、後々の調整をよろしくお願いします。あとはこちらで適当に誤魔化しておきますので」
それにしても、平塚先生は一体何処に電話を掛けていたんだろうか。先ほどまでの対処の難しそうな面倒ごとに直面した様子にしては、電話口で要件やらなんやらを伝える彼の口調は普段通り理路整然としたものであった。電話の最中も、会話の要約だろうかボールペンをすさまじい勢いで走らせ、僅か数分にも満たない中でも裏紙の半分がびっしりと文字で埋まる始末だ。
「それでは失礼します――とりあえずの行動指針は定まった。二人とも、これからやることについて話がある」
ようやく通話が終了したのか、電話を机の上に置いた先生はスケジュール用紙の成れの果てをこちらに差し出してきた。レシルちゃんとそろってそれを見つめるが、日本語の文字列がそもそも読めないレシルちゃんは良いとして、私でさえお世辞にも丁寧とは言えないその走り書きを見て解読することは困難だった。しかし先生は全く気にするそぶりも見せずに、おそらく論点が書かれた箇所をボールペンの先で叩いた。
「対処すべき問題は二つある。一つはこのシンポジウムの進行を阻害する輩について。そしてもう一つは、現在招致とは名ばかりの弁護人すらいない単独尋問を受けているレイについてだ」
「じ、尋問って……」
「ちょうど今電話をしていた相手、外務省の役人から聞いたんだよ。今アイツには、ボディーガードも弁護人も付けずに、たった一人で敵のただ中にいる。仮にも国同士の付き合いがあるっていうのに、どんな殿様対応だ」
そのどう控えめに言っても穏やかではない単語に聞き返す。レイが招聘されたのは、ただの事情聴取などではなかったのか。電話の向こう側にいるのが外務省の役人、おそらく川崎さんであるとしたら、多分その情報に間違いは無いだろう。それをみすみす見逃して彼を送り出してしまったことに、思わず歯ぎしりをした。
「両者共に、君たちの助けを借りようと思う。まずはレシルティア君についてだが――」
私とは裏腹に、平塚先生はあくまで淡々と行動指針を説明していく。先生のそういう冷静さは一見すれば冷酷にも見えてしまうが、こういう状況で感情的にならない上司の存在は非常に助けになるのだろう。しかし、そのさも当然のように話す行動指針は、よくよく聞いてみればとてつもなくぶっ飛んだものであった。
「君にはレイに成りすまして開会式の挨拶をしてもらおうと思う。証人尋問されているはずの人間が壇上に居るんだ。インパクトは十分だろう」
みんな驚くだろうなぁ、とさも他人事のように喋る平塚先生。だけどそれを目の前で聞かされる私やレシルちゃんは、この人は一体何を言っているんだろうかと思わず互いに目を見合わせ、首を傾げあった。