ファンタスティック・アカデミー!【異世界×大学物】 作:丸いの
「レシルさんを先輩の代わりとして使うって……先生、本気ですか?」
「冗談を言うような場ではないだろ。俺は本気でそう言っている」
どう聞いても真面目に考えたらまず思い浮かばないような案を出したにもかかわらず、それを疑問と共に指摘してみればまるで心外だと言わんばかりに平塚先生は肩をすくめた。
だが彼の言葉を冗談と思うのも当然だ。不在となったレイの代わりにレシルちゃんを登壇させ、その場を乗り切る。いくら二人の容姿が似ているとは言えども口調やら細かい様子の違いは隠し通せるものじゃないし、そもそも私たちの会を邪魔しようとしている人たちはレイの不在を前提とした上で行動をしている。急造で"レイもどき"を拵えたところで、何ら意味なんか無いはずだ。
「向こうは先輩の不在を知っているんですよ。なのにレシルちゃんを出したら、むしろ嘘を重ねていると紛糾されるんじゃ……」
しかしそんな懸念材料を提言したところで、平塚先生は涼しい顔をしながら首を振った。
「そこは役人の腕の見せ所だな。さっき連絡したときに話したんだよ。今回の一件、向こうの王室の別所に話を通して、そもそもレイの連行そのものが無かったことには出来ないかってな」
その発言の意図がよく理解できず、私は恐らく首を傾げながら不思議そうな表情を浮かべていたのだろう。「すまん、分かりにくかったか」と短く詫びを入れた平塚先生は、スケジュール表の僅かに残った余白部分にボールペンを走らせながら改めて説明を始めた。
「今回の一件をあえて"色眼鏡"を通してみてみようか。ある一人の善良な日本国民が急に身に覚えのない容疑で他国の上層部に召喚を強要される、しかも同伴者すらも許されないときた。話を通された日本外務省としては当然応じる理由も無いが、もし応じないならば指名手配すると強迫を受ける。周囲への影響を懸念した善良な市民平塚礼二は、外務省の反対をも押し切り本心を押し殺して出頭に応じた……といったところか」
平塚先生が揚揚とした様子で説明したのは、本人の言う通り見事に色眼鏡を通したストーリーだ。あることないことを脚色したとまでは言わないけど、善良とか本心を押し殺すとか、実情をかえりみたらその辺りはおそらく完全に正しい説明であるとはとてもじゃないが言えたものでは無い。
「説明の仕方にもよるが、要は日本外務省としては相当メンツを潰されたということだ。それにエルトニア側の対応も、第二王子が暴走しただけとはいえ友好国に対してやることじゃない」
平塚先生が紙に二つの大きな楕円形をすらすらと記した。それぞれ中心部に日本とエルトニアという名前が書かれ、今回の一件に対する両者の捉え方が簡潔に書かれていた。日本からは信用の喪失および不快感、エルトニアからは一部の勢力が起こした失態。そしてその下に、"それぞれが望む収束点"という文言が踊る。
「レシルティア君、私はこの世界情勢については詳しくないが、国同士のやり取りというのはやはり体面を重んじるものだろう?」
「……そのはずです。国対国の交流では、相手をいかにもてなすかはどこの国も重んじます。それが友好的な相手ならばなおさらで……」
その言葉を聞いて、平塚先生が日本とエルトニアの円の間に、"友好関係"という一言を付け加えた。つまりエルトニアにとってみれば友好関係のある国に対してとても無礼な行動を起こしたということなのだ。これはレシルちゃんの言うような国の体面を重視するという習慣とはとてもではないが一致するものではない。
「エルトニアの肩を持つとすれば、今回レイを証人尋問するという話はあくまでライル殿下単独の行動に過ぎない。俺もよくは分からんが、この話は王室の他の一派には届いていないそうなんだ。だがそんな行動を阻止できなかった時点で失態だといわれても仕方ないだろうな」
そして先生は友好関係という文字の上から大きくヒビの絵を描き加える。民間人一人に関する問題ではあるにしろ、それが及ぼす影響については現代日本がいる世界だって到底馬鹿にすることは出来ない。不当な理由で相手国の公的機関に拘束され、しかも弁護人すらも付けるのが不可能な尋問が勝手に行われるなんて普通に現場レベルを飛び越えて国の偉い人が動き出す事案だ。多かれ少なかれ国同士の付き合いにも影響を与えかねない。
「だからこそエルトニアの主流派は、何らかの帰着点を見つけたいはずだ。何しろ王族の一人が起こした問題だ。関係ありませんなんて口が裂けても言えんだろう」
"それぞれが望む収束点"。その部分を平塚先生がボールペンで黒々と二重線を引いて強調する。
「現時点では王室の他の派閥に、おたくんとこの王子はなにをしてんだと訴えている最中らしいが、向こうの主流派が現状把握するまでそうかからんそうだ。そんでもって、日本政府はすでにこの収束点の案を持っている」
その収束点とは何か。もし一連の騒動が明るみに出れば第二王子の暴走、並びにそれを看過してしまった主流派の汚点になる。そして日本政府にとっても、せっかく友好的に関係を結び始めた縁に傷をつけるのは望ましくない。つまり――
「おたくの若いのが仕出かしたことは目を瞑りましょう。だからそちらも今回の一件を無かったことにしてください。端的にいえば、臭いものには蓋をしましょうというとこだ」
全てを無かったことにする。これは、ただ単に双方が今回の一件に対してノータッチでいることなどではない。ライルの仕出かした出来事を消し去る。それは文字通りそのような騒動が無かったことにすること。全力をもって今回の事態の収束にあたり、そして関係している人間の口をつぐむ。
「……先輩の解放だけではなく、それを盾に強請をかける勢力をも黙殺するということですか」
「そういうことだ。あの役人は本気だぞ。日本側が問題にしないという最大限の譲歩していることを良いことに、この件を全て揉み消すと言っていたよ。やはり政治の側にいる人間は怒らせないほうが良いな」
このまま順調に交渉が進めば、レイがライルの派閥に証人喚問をされているということはおろか、このシンポジウムを不在としているという間違いのない事実さえも"事実"ではなくなるのだ。
「たとえ反対派の一部がレイの不在を理由に俺たちを糾弾しようが、それは誤りですのでそちらの政府にもご確認下さいととぼければ良い。そのうえ、知らん人間が見たらまずレイと見間違えるようなそっくりさんを置いておけば、もうとりつく島もなくなるよ」
そこまで来てようやく、平塚先生がレシルちゃんをレイの替え玉として登用させようとした意図を理解した。いくらエルトニア王室との交渉で事態の揉み消しを図ろうが、シンポジウムの本番にレイ本人がいないという状態だけはどうしようもない。だけどレシルちゃんがその穴を埋めれば、今回の一件を知る人も知らない人も、"予定通りにシンポジウムが進行している"ことを否定出来なくなる。
「長くなったがそんなところだ。レシルティア君、無茶苦茶で馬鹿げてると思うかも知れんが、引き受けてくれるかい?」
確かにこんな替え玉作戦なんて普通に考えればただの子供だましだ。でも下地の準備さえ完全に行えれば、立派な作戦になる。平塚先生に問われた彼女の返答は、悩む様子すらも見せずに頷き返すというものだった。
「勿論です。ボクの兄を演じきるなんて、ボクにしか出来ませんから」
彼女に課されたのは兄であるレイを取り戻すにあたり、レイ本人の救出ではなくその不在を埋める、いわばサポート的な役回りだ。普段のレイへの甘えぶりを見たら、直接兄の救出に行きたがるかとも予想はしていた。だけど今の彼女が浮かべている冷徹さも感じさせる険しい表情の通り、レシルちゃんは私が考えていたよりも余程冷静にこの事態を俯瞰しているのだ。
これで、二つある対処すべき問題の1つについては方針が定まった。ならば次に話すべきはもうひとつの問題。今回の一件の切っ掛けにもなった、ライルによるレイの証人喚問についてだ。
「……藤沢には、もうひとつの問題にあたってもらおうと考えている」
「先輩の奪還、ですね」
片方の役割がレシルちゃんである以上、私が担当するのは必然的にこちらがわの役回りだ。そしてただレイの身柄をどうにかして取り戻すことだけではなく、他のことに対しても注意を払う必要がある。言わば今回の一件を引き起こした総本山へと挑むのだから、ライルの考えていることについて把握をしておくべきだ。
「藤沢も、薄々はライル殿下の狙いは分かっているだろう。何故呼び出されたのがレイなのか。状況から考えて、彼は君の正体には気が付いているはずだ。なのに何故直接君を呼ばないのか」
平塚先生の言うとおり、もうライルが私に何をやらせようとしているのかは何となく理解をしている。散々私の周囲に圧力をかけ続け、そして敢えて私ではなく一番近い場所にいるレイをまるで人質のように呼び出す。いや、"ように"なんかじゃなくレイはまさに人質"そのもの"だ。
「……ライルは、私が自分の意思で宮殿に向かうように、これまでずっとけしかけていたんです。そして、とうとうレイを人質にとった」
考えてみれば単純な話だった。彼が大学計画に口を出したのも、直接指名をせずに第二王女の捜索依頼を発令したのも、全てはこの私が私自身の意思でヘレナ・ヴィクトリウス・エルトニアであることを認めさせるための布石だったんだ。
エルトニアに戻ってきてからこれまで、あくまでも元王族ではなく一日本人の藤沢レナとして振る舞い続け、例えライルと顔を合わすような状況でもまるで関係のないように隠してきたつもりだった。彼は、ようやく見つけた探し人が、知らない人のふりをし続けている様をずっと見せつけられてきたんだ。その探し人は、例え周囲を揺すろうが呼び戻そうが、いつまでたっても戻ってこなかった。今のライルは、他人のふりをし続ける姉を取り戻すために、最後の手を打ったということだ。
「彼の真の狙いなんて、ある程度状況を聞いたら難なく予想できる。だがレイは多分そこまで行き着かなかったんだろう。もしそのことを分かっていれば、俺達に相談も無しにノコノコと出ていかんよ」
それは何故だと思うか。言葉には出さなかったけど、平塚先生は見極めるようにこちらを伺っていた。
これまで、私は様々なプレッシャーを与えられながらも、良くも悪くもそれに流されずここまで一般の日本人大学院生として過ごすことが出来ていた。無論、それはただ私が耐えきったという訳だけじゃないのは分かってる。似たような境遇にありながら、毎日近くで見守ってくれた存在があったからというほうが余程大きいのだ。
レイは、同じエルトニア出身という立場で私を時に見守り、時には直接的にライルからの圧力の盾になってくれた。そんな日々を過ごしていく中で、私は今までそれに甘えてきて、彼もそれをいつ頃か自身の役回りと捉えていたのではないか。
「……奴は、藤沢を庇うことに気をとられ過ぎてたんだ。アイツが出ていく前に何て言ったと思う? この件は藤沢には伝えるな。余計な心配はかけたくないだとさ」
それを聞かされて、私の内心は彼にそこまで大事にされていたという嬉しさよりも、何故レイ自身が背負い込んでしまうのかという憤りのほうが大きく感じられた。
「俺に言わせれば、完全に己がやるべき範疇を超えている。確かに年長者が若い奴の尻拭いをすることはある。だが、全てを引き受けていたらそいつの成長はない」
顔をしかめて頭をふった先生が、銀縁眼鏡の奥から視線を投げて寄越す。
「藤沢の出自は確かにどうしようもない問題かもしれんが、これから少なくとも二年はこのエルトニアで過ごすことになる。お前自身の問題に、指導教員である俺はおろかレイですら直接何かをしてやれることはない。勿論助言や相談なら乗るが、最後に駒を進めるのは結局君自信でしかないんだ」
そう、先生の言うことなんて本当は当の昔に理解はしていた。繋がりの切れた世界と、再び考えてもいなかった形で向き合う。人の縁は、細く長くなることはあれどそうそう切れやしない。いつの日か、レイのようにこちらの世界に置いてきた縁と正面切って決着を着けなければならない。
「レイは、もう切れた縁だと口では言いながらも自分から進んで家族とのわだかまりに決着をつけた。レシルティア君だって、俺達の助力は借りながらも徐々に他人とのかかわり合いが改善しているようじゃないか」
いつのまにか、レイはおろかレシルティアちゃんにまで先を越されていたようだ。いきなり名前を出されておろおろとした様子の彼女の姿で、少しだけ毒気を抜かれるように感じた。
「次は藤沢、君の番だよ。向こうの意図に乗るようで気に食わんが、あの人騒がせの殿下の元に行って決着をつけてこい。お前が出張らなければ、彼は止まらん」
もう甘えられる相手もいない。いや、むしろその相手は今敵に捕らわれているようなものだ。今まで散々頼っていた人を、今度は私自身が助けにいくだなんて、なんて王道なお話だろう。無言で頷き返すと、平塚先生はその引き締まった表情をようやく崩して苦笑いを浮かべていた。
「……それと、あの小僧の尻をひっぱたいて、首根っこ掴んで連れてきてくれ」
「小僧って……先輩のことですか?」
平塚先生のいう小僧とは、今までの話の流れからしておそらくレイのことだろう。しかし先生が今まで彼をそのような呼び名で呼んだことはなく、若干の違和感を感じる。
「ああ、アイツは小僧だ。例え20と少しの記憶が上乗せされたとはいえ、結局は見た目の通りな17のガキなんだよ。本人は意図的に気が付いていない風を装っているんだろうが、考え方も行動も、俺なんかよりもずっと若い」
「……少し意外です。先生こそ、先輩を同じ目線の存在と捉えていると思ってましたから」
先生の苦笑いからは、決してレイを見下すような意図は感じられない。むしろ私たちがエルトニアに帰るなんて知らなかった頃、もう決して会うことの出来ない妹さんのことを話していたレイのような、穏和な雰囲気が見てとれる。
先生とレイの関係性を把握していないレシルちゃんは、そんな平塚先生を不思議そうな様子で見つめていた。そりゃそうだ。彼女にとって、平塚先生はレイにとってただの教員に過ぎない。
「……というわけで、詳しい手筈は例の役人から追って伝えられる。それまで藤沢は、レシルティア君をなるべくレイっぽく見せるような工夫をしてくれ。今のままでは流石にいかん」
仕切り直しとばかりに、彼は手をぱん、とうちならした。まだ自分自身が具体的に何をするのかははっきりとはしないが、少なくとも先生の発破のおかげて気合いは十分だ。
そして平塚先生の目線を追い、レシルちゃんへの視線を向ける。改めて彼女の全身像を見直してみるが、まあ概ね先生の意見に同意だ。確かに顔立ちその他諸々がレイの生き写しとはいえ、彼は決して騎士学園用の女子制服には袖を通していない。不思議そうに首を傾げる制服姿の彼女を、どうにかしてレイのような格好に仕立てあげる必要がある。
「向こうから連絡があったら知らせるから、携帯は生かしておけよ。では、一端解散‼」
その言葉と共に、彼はいそいそと立ち上がって足早に歩き去っていった。ただでさえ過負荷な状態でありながら私の問題にも関わっているのだから、せめて川崎さんの連絡が入る前に可能な限り仕事を片付けておこうということだろう。
そして私は、レシルちゃんの手を引いて先生とは逆の方向へと歩き出す。時おり向けられる他のメンバーからの視線は極力見なかったことにして、足早に玄関ホールを抜けていく。向かうはこの研究棟の外、寮にあるレイの部屋だ。