ファンタスティック・アカデミー!【異世界×大学物】   作:丸いの

59 / 69
その4

 炎の熱波というものは、今まで見た目以上の熱さがあるものの基本的にはストーブのように温かいものだという認識をしていた。イメージをするならばキャンプなどでおなじみの一般的な焚火だろうか。ぱちぱちと子気味のいい音と見ているだけで温かくなる暖色系の見た目から、案外大きな熱気を感じるのである。その炎の勢いが強くなれば、そりゃあ熱気だって強くなるだろう。だから視線の先で藤沢さんの両腕から爆炎が弾けた瞬間は、それなりの熱さはあるだろうとある程度は覚悟をしていたつもりだった。

 

「アンタがしてきたことが、一体どれほどの影響を与えたのか分かってるのか!? これがこの国の第二王子とは、何という体たらくだッ!!」

「貴女が――貴女だけは言う資格など無い!! 今まで王族であった過去を隠してきたことを、忘れたとは言わせるものか!!」

 

 燃え盛る炎を両腕に纏わした二人がぶつかり合った瞬間、部屋の隅ではなく外に逃げるべきであったと後悔をした。まるで嵐のようだと言う他はない。強烈な暴風のような勢いに乗せられた熱が、容赦なく皮膚に痛覚を伝えてくる。別に爆風なんか吹き荒れてはいないのに、暴力的な熱波がまるで重い波浪のように僕の体を押し流そうとする。何とかといった調子で辛うじて目を開け、顔を覆った手の隙間からこの途轍もない状況を作り出した元凶たちを垣間見た。

 

 普段は快活な普通の女子であるはずの藤沢さんが何の遠慮も無しに殴りかかり、一方のライル殿下は真正面から彼女の拳をがっしりと受け止めた。そんな両者の押し合いはただの物理的なものなんかじゃなく、双方の腕から轟々と吹き荒れる炎の嵐までもが互いを包み込まんと激しく姿形を変えながら絡み合う。近くにある先ほどまで僕が縛り付けられていた椅子がその炎に巻き込まれ、恐ろしいことに燃え上がって火災に発展するよりも先に煤と化して消滅した。そして絨毯に飛び火した炎の欠片が、その地点だけを消し炭に変えて武骨な石造りの床をあらわにする始末だ。どんな熱量を持っているのか、そして何で両者が互いの炎を目の前にして無傷なのか。さっぱり推し量ることは出来ないが、一つ言えるのはとんでもなく危険な状況だということだ、

 

「王家の皆が諦める中、私は貴女の帰還を最後まで待ち続けた。偶然見かけたニホン国渡来人の中に貴女を見つけ、それがヘレナ姉様であると分かったというのに!! その貴女はまるでエルトニアなど故郷ではない、私のことなど知らないと示し!! それを目の前で見せつけられた悲しさと憤りが、貴女に分かるかッ!?」

 

 一体どれほどの想いでその嘆きを吐いたのだろうか。感情を露わにしないというイメージとは真逆とも言える悲痛な叫びと共に、ライル殿下の腕から一段と大きな爆炎が巻き起こる。その圧力は両腕に金剛力士像を空見させるほどに野太い炎塊を纏わせた藤沢さんが一瞬たたらを踏むほどだ。数歩後ずさった彼女をたぶん色々な感情が入り混じっているであろう激情を込めた視線で睨みつけた殿下が、右手を周囲に滞空していた火炎に突っ込んだ。

 

「確かに貴女はこの宮殿へと戻ってきた。だが帰還をしての第一声が第二王女という地位への復帰を宣言するものではなく、こともあろうかこの私への雑言だ!! 長年貴女の帰還を待ち続けた私への褒美が、よもやそれだと言うのか!?」

 

 殿下の手に纏わりついた炎が、形の定まらない朧げな剣のような形へと変化をした。闘技会で妹と相対したときには実体のある剣に炎を纏わせていたが、今回は核となる物体無しの純粋な炎の刃だ。一体何をどうやったら、炎という燃焼反応の産物が剣などという実体を持つに至ったのか。目の前の光景は当の昔に僕の理解の規範を越えていた。まるで彼の心情を示すかのように形が幾重にも揺れる刀身が振りかざされ、その切っ先が藤沢さんへと突き付けられた。

 

「……ヘレナ姉様、炎を納めください。何年もの間二ホン国で過ごした貴女に、魔法での争いで勝ち目などない。それに私と癇癪を起こしあうよりも先に、貴女にはやるべきことがあるはずだ」

 

 少しだけ頭が冷めたのだろうか、彼は先ほどの怒声を感じさせない落ち着いた様子で藤沢さんを嗜めた。炎を収める、つまりは速やかに武装を解除せよということだ。彼のその勧告を前にしても、藤沢さんは相も変わらず拳に纏わせた炎を消そうとはせずにライル殿下を鋭く睨みつけたままだ。一見して、対照的な雰囲気で二人は向かい合っている。だけどライル殿下がその手に握りしめる炎の剣は未だ刀身が不安定に形を変えており、彼の心情は見た目ほどの落ち着きは無いのかもしれないことは容易に想像できた。

 

「……確かに、エルトニアへ帰る道を知ってからの私の行動は誉められたものではないわ。私の存在が混乱を招くなんて言い訳に過ぎない理由を盾にして、有耶無耶にしようとしていた。いろんな人に迷惑を掛けて、自分のことだというのに見て見ぬふりさえもした。まるで、モラトリアム人間よ。それにあなたが私の帰還にどれだけの心血を注いでいたか、省みることもしていなかった。だからその点に関しては、完全に自分の非だから言い訳のし様も無い。でも――」

 

 少しだけトーンダウンした藤沢さんが、頭を振りながら苦々しい様子で話した。藤沢さんがうちの大学がエルトニアに新しいキャンパスを作るという話を聞かされてから、時々僕に話していたことを思い出す。故郷に戻れるって言うのに、嬉しさよりも先に出て来るものが多い。その先に出てくるものというものが、きっとモラトリアム人間という言葉に集約されているのだ。次の段階へと至る絶大な変化、大人になるというよりもむしろもう無いものとしていた過去へ向き合わなければならないという責務。間違いなく今までの立場のままではいられないという恐怖に、彼女はその一歩を踏み出すことが出来ずにいた。

 

 でも彼女がこの王宮にいるということは、その恐怖に打ち勝ったということになる。それを象徴するかのように、たとえ相手が卓越した魔法の才覚の持ち主だとしても、藤沢さんは握りこぶしに纏わせた炎を弱める様子は全く見せない。一旦言葉を切った間の中で、彼女は目を見開いて殿下を凝視した。

 

「――私が標的ならば、なぜ私だけに接触をしなかった!? こともあろうか、政府の役人さんまで巻き込みそしてッ、彼に手を出すなんて!! それだけは、決して許さない!!」

 

 再度の感情の爆発に呼応して一層の熱気を放つ野太い炎の渦がうねり、生きている大蛇のようにライル殿下の持つ炎の剣に向けて鎌首をもたげる。僕と同じように魔法とはもう関りもありませんよという雰囲気を出していたのはとんだ猫かぶりだ。一体どれほどの才能や魔力制御の技術があれば、実体のある炎なんて代物を作り出せるのやら。

 先ほどまでの爆炎混じりの殴り合いなんかじゃなく、これでは本当の魔術を使った決闘だ。そういう文化に全く詳しくはないけど、見た感じじゃ全力でこの二人がぶつかり合えば周囲への被害は勿論のこと、確実にどちらも重傷を負うリスクがあることは間違いない。本当ならば諫めなければならず、しかしその手段はまるで思いつかない。もし僕がレシルほどの魔力があれば介入して辞めさせるなんて選択肢もあったけど、実際の実力じゃ本当に焼け石に水の影響しか与えられない。

 

 ふと、場違いな笑い声が響いた。吹き出すような、嘲笑うような、そんな乾いた声だ。炎が轟々と威圧的な音を立てる中で、その笑い声は不気味に耳へと届く。その音の発生源がどこだなんて、もはや探す間もなく見つかった。改めて啖呵を切った藤沢さんを目の前にして、炎の剣を片手にライル殿下が口元を歪めていた。

 

「……彼、か。やはりそうなのか……予想はしていたとはいえ、存外に来るものがあるよ――」

 

 彼のそれは果たして本当の意味での笑顔だったのか。否、そうじゃないことは状況からも言葉端からも、そして彼がつい先ほど僕に語り掛けた話の内容からも考えることは出来た。殿下はずっと彼女の帰還をまっていた。王女たる藤沢さんの牙を抜いたであろう僕を餌にして、そして彼女はようやくここへとやってきたのだ。その彼女が僕に危害が及んだことに怒り吠える。そんな状況、冷めやらぬ怒りの矛先が次にどこへ向くかだなんて、ちょっと考えればすぐに分かる。それを理解したときには、殿下の怒りに染まった金色の双眼が、燃え盛る炎の奥から僕を見据えていた。

 

「お前が……お前が居なければ、姉上はッ!! この様な醜態を、晒さなかった!!」

「――レイ避けて!!」

 

 全身を震わす殺気。殿下の怒声。藤沢さんの叫び声。その向こうで殿下の腕がこちら側に振るわれていた。風を切る音を聞いた頭が状況を理解するよりも早く逃げなければという意識が働き、しかしその咄嗟の判断に体がついてこない。見開いた視界の中央には、矢のようにこちらへと迫りくる炎剣の姿があり、その奥には顔を歪めて僕を見据える殿下がいた。刺されば間違いなく死ぬだろうなという気の抜けた様な感想が、走馬燈のようにゆっくりな景色の中で心に浮き沈みする。

 

 自分の顔にどんな表情が焼き付いているのかは分からない。でも一つだけ言えることがある。こちとら剣と魔法の世界からは早々にドロップアウトした身だから、その僕を魔法で攻撃なんてのはまるでナンセンスだ。どうしたってこんなもん防ぎようがないじゃないか。不気味なくらいに淡々とした感情が頭をめぐる中、投てきされた炎の剣はもう目の前まで迫っていた。

 

「煩いぞ、馬鹿者共」

 

 だから背後から聞こえたそんな声と共に剣が散り散りに砕けた瞬間、緊張を失った両足が立つことを放棄し、糸が切れたからくり人形の如く全身が地面へと投げ出された。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。