ファンタスティック・アカデミー!【異世界×大学物】 作:丸いの
いくつかのハプニングをはらみその都度継続が困難になるかと思われた中間報告会は、結果的に見ればスケジュールにあった全行程を無事に終了しつつある。会の本番も、レシルが僕の代わりに代理で行った挨拶で起きたいざこざで一時はどうなるかと思われたけど、その後は嘘のようにスムーズに進行したのだ。
あの場で状況を持ち直せたのは、フォルガント公の鶴の一声だけではなく、一般の参加者や大学関係者のみならず強硬派ではない大学計画への反対派閥までもが強硬派の過激な意見に耳を貸さなかったことが大きかったのだろう。前に聞いていた通り大学計画の反対派も一枚岩ではないようで、質疑応答の時間には大学で取り扱う技術の信用性やエルトニアにおける展望の是非を問うといった建設的な議論がいくつかなされる場面もあった。その一方で、ポスタープレゼンが始まる頃には、レシルに対して威圧的な発言をしていた青年やその仲間たちの姿は消えていた。本日最後のイベントである立食パーティーの会場には、もうそのような異物は存在しない。
「……僕は一体誰に挨拶すりゃ良いんだろ」
「んなこと俺に聞かれてもな。絶対にレイの方が万倍はこっちの事情に詳しいだろうに。フォルガント公には済ましたのか?」
「あの方についてはさっきのポスタープレゼン時に感謝の意を伝えておいたよ。なんたって彼が今日居なければ、全部おじゃんだったし」
その立食パーティーの会場である、普段はうちの学生や教員しか使えない食堂にて、適当にそこらへんから持ってきたソフトドリンク片手に隅っこで会場の喧騒を眺める。僕ら大学側の人間がスーツやカジュアルなジャケットを着た出で立ちの面々が多い一方で、エルトニア側の参加者は少しおしゃれ気味の儀礼服を身にまとった人びとが目立つ。見事にはっきりと見分けることができる格好の違いではあるけど、双方が料理をつまみながら会話を交わす光景は全うな交流会のそれである。
そんな全く異なる価値観や文化をもった人々が意見を交わす中で、その中間に立っているとも言って過言ではない僕は、特段活躍するわけでもなくこうやって同じ研究グループに属する平塚先生と無駄話に興じていた。本来であれば周囲の面々を見習って動き回るのが研究者の好例なのは分かってる。でも挨拶回りではなくて本当にやらなければならならないことは別にある。そしてそれ以上に、今の僕には意見交流に飛び込むだけの気力は正直なところ尽きていた。
当たり前のことだけど、一日は24時間という長さで成り立っている。でも今日あったことを整理してみるととてもじゃないけどその範疇に収まらない気がしてならない。
今日の頭から既に何かがおかしかった。藤沢さんを取り返そうと画策するライル殿下に王宮へ呼び出され、そこで椅子にがんじがらめに縛られて国際問題上等の監禁状態となり。そこへ藤沢さんが乱入してきて自分の正体を明かしながらまさかの殿下と殴り合いに発展し。更にライア王女が嵐のようにすべての問題を取りまとめ、そして早々に大学の方へ舞い戻ってきたのだ。それだけじゃない、僕がいない間は中間報告会でもトラブルがあり、ライル殿下の名前を借りた過激な若者達が報告会をオシャカにしようと画策までしていた。結果的にどれも致命傷を負うことなくここまで漕ぎ着けたけど、精神にかかった負担は無視できるものではない。
「ほら、藤沢を見てみろ。助教がこのザマなのに、随分と精力的に動いているじゃないか」
「……僕はもう40近いんだ。若いのとは違うんだよ」
「ほざけ。20にも満たん子供が偉そうなことを言うもんじゃない」
実際に40へ差し掛かっている先生に対して皮肉気に返してみれば、ため息を吐かれると同時に頭をガシッと掴まれた。相も変わらず背だけは高いだけあって、僕自身がそこまで小さいわけでもないのに二人並んだ様を見たら年齢差もあって大人と子供のような対比になってしまう。そのデカい方が小さい方の頭を掴んでわしゃわしゃとしているなんて、親が子供を叱りつけるという構図そのものだ。
なんとか彼の手を引きはがし、そして彼が言及した藤沢さんへと目を向ける。平塚先生の言うとおり、僕と同じく一連の事態の中心近くで動き回った彼女は、エルトニア側の参加者の面々に話しかけたり談笑をしていた。本日の後半のポスタープレゼンテーションにてうちの研究グループの説明をした一人だけあって、うちで扱う技術の応用や展望など話の種はまだまだ尽きないのだろう。平塚先生から座長の任を引き継いだ後は特に何にもしていない僕とは大違いである。
そんな彼女ではあるが、今日の会が終わった後には本日の総括か何かを話し合うのだろうか、彼女に時間を寄越せと言い渡されてはいる。藤沢さんも僕と同じく朝っぱらから色々あったというのに、今日の終わりまでそういう姿勢であり続けるとは見習いたいほどの勤勉さだ。
「藤沢とレシル君は今日のMVPだよ。そういえばレシル君はどうしたんだ」
「彼女は休憩時間に僕と入れ替わった後、他の人にばれないように校舎の裏手から離脱したよ。フォルガント公にあそこまで堂々とはったりをかましてもらったんだ。それなのに僕とレシルが同時にこの場に存在したら流石にマズいからね」
長い銀髪をこざっぱりとした短髪にまとめあげ、僕の部屋から引っ張り出してきた予備のスーツを身につけたレシルの格好は、近くで見てみると改めて僕と異様に似ているなと感じた。その彼女と向かい合う様を見た藤沢さん曰く、まるでミラールームか何かのようだとのことである。
本当ならばこの立食パーティーの場においても功労者たるレシルと歓談したいものであるけど、僕とよく似たそっくりさんが報告会の会場にいることが他の参加者に見られてしまうとフォルガント公がやってくれたはったりが意味を為さなくなる。だから後日に何らかの形で埋め合わせをするということで、レシルとは一旦分かれたのだ。
そんなわけでこの場にレシルの姿はない。ちなみに先ほどフォルガント公に挨拶と感謝の意を伝えようと顔を会わせた際に、レシルは居ないのかという問いかけをされた。事情が複雑であるため一度帰してあるという旨を伝えたところ「そうか」という短い答えが帰ってきた。返答としてはあっさりとした物ではあるけど、ほんの少しばかりの気落ちした様子を垣間見た気がする。もしそうだとしたら、レシルに会えなくて残念がるだけの意識はあるようだ。
こうして平塚先生と駄弁っている間にも特段何の問題も起こらず、平塚先生は再び挨拶回りに出撃しようと机に置いていたグラスを持ち上げた。そこで彼は何かに気が付いたように僕の肩を叩いてきた。
「ほら、レイ。奴が外務省の手先だろ」
「手先って……まあ、そうだよ。彼が川崎さん、何度か顔は見てるでしょ」
酔って気分が良くなったのだろうか、真顔ですっとぼける平塚先生を適当にいなしながら彼が手で指し示す方へと視線を向ける。フォルガント公と何らかの言葉を交わしている、スーツ姿の若い男性。間違いなく日本の在エルトニア臨時代理大使、川崎義春だ。
「見た目は若いんだが流石は外交の人間だ。今日フォルガント公に一芝居打ってもらったのも、彼の提案さ」
先生の言葉を聞いて、やはりなと思う。僕や藤沢さんとは違い、平塚先生はエルトニアにおいては特段の人脈は築いてはいない。そりゃあ当然だ。一度こちらの世界に転生をして曲がりなりにもエルトニア人として過ごした経歴のある僕とは違い、彼は順当にアカデミックの研究者としてのキャリアを積んできたのだから。あくまで一般の日本人研究者に過ぎない彼がエルトニアの北西部を統治する地方領主たるエルトニア公と話を付けるだなんて、彼だけの人脈からは考えにくい話だった。そうなれば仲介となった人間が存在して然るべきだ。一度フォルガント公と直接話したことがある川崎さんならば、その仲介たる存在になっていてもおかしくはない。
やはり彼は今日の一連の出来事に際し、何らかの形で関わっている。この日に僕が絶対にやらなければならないこと、それは川崎さんと一対一で話をすることだ。一体どこまでが彼の手のひらの上での出来事だったのか、それを知らなければ僕自身が納得をすることが出来ない。
「……川崎さんにちょっと挨拶してくるね」
「そんじゃ俺もまた挨拶巡りにでも行くかね。それと最後に、おっさんからの明日に役立つ小話を一個だけ伝えてやろう」
フォルガント公との挨拶を終えて会議室の外へと向かう川崎さんを追いかけようとしたところで、平塚先生に呼び止められた。何事かと振り向いてみれば、少しだけ苦笑いをしている先生の姿が目に入る。
「相手がこっちを利用しようとしているときは、逆にこちらも相手を使い倒してやろうという気概を持て。利用されっ放しは割りに合わんし、何より出世も出来ん。レイも人を使う立場になりつつあるんだから、そういう意識を持てよ」
「……例えその相手が、公共のためを思っていても?」
「ああ、勿論。相手のためになってやるのは前提で、その上で己の利益も追及してこそだ。100パーセントの受け身には、ならないにこしたことはないさ」
僕たちがいつの間にか川崎さんの計画の上にいたことを、おそらく先生は気が付いているのだろう。そして彼は川崎さんの計画に乗ったうえで自分の目的も達成している。大学反対派が引き起こした面倒事を最小限に抑えて、今回の中間報告会を乗り切るという形で。僕も本当ならばそういう割り切りが出来なければならない。何たって、もうこの身は既に学生ではないのだから。
* * *
「おや、平塚さん。色々トラブルはありましたけど、今日は本当にお疲れ様でした」
校舎の前に停めてある車に乗り込もうとしていた川崎さんが、エントランスを出た僕を見つけてドアに掛けた手を外した。今日の朝見た時と何ら変わりはない、いつも通りのスーツ姿に人当たりの良い笑顔を浮かべてこちらに歩み寄ってくる。しかしそれに対峙する僕は、お世辞にも普段通りの様子とは言えないだろう。
「……どうしましたか? あまり気分が優れないようならば、お早めに休まれた方が良いかもしれませんよ」
「いえ、問題ありません。今日一日色々としていただいたようで、ご挨拶をしようと思いまして」
多分僕の険しい顔を見て疲れていると思ったのだろうが、それを否定する。そして色々との部分を強調して話してみると、彼の眉毛が少しだけ動いた。
「そうですねぇ、確かに色々ありましたよ。貴方をお送りしたり、機動隊に出動要請したり、後処理に奔走したり……こんなトラブルはこれっきりにしたいものです」
しかし結局彼の調子は特段変わらず、苦笑いを浮かべて頭を掻いている。今日の頭から終わりまで、様々な事柄の対応に追われたと彼は言う。確かに今日の川崎さんは一見して、藤沢さんとライル殿下を巡るいざこざと大学の中間報告会の最中に勃発した妨害騒動の双方の対処をするべく、動き回った功労者だ。しかし果たして本当にそれだけなのか。ライア王女が事態を収束させたりフォルガント公に話をつけていたりという、最初から今日のような事態が起きることを見越していたかのような周到さ。一度疑いを持つと、もはやこの人の人の良い笑顔が仮面か何かにしか見えなくなってしまう。
「……腹の探り合いは苦手なので、まどろこしいやり取りは無しにしましょう。今日の一連の事象、何処までが川崎さんの計画なんですか」
「け、計画って……考えすぎですよ。私はあくまで今日起きた全ての出来事にやれるだけ奔走したに過ぎません」
目を細めて首を振る川崎さんを、意図して険しく冷徹な視線で見つめる。彼の無害そうなその仮面を取り払うことにもはや然したる意味など無い。しかしこのままやられっぱなしでは、僕の気が収まらないのだ。
「……過激な大学反対派とライル殿下の関係を断つことで大学の地盤が強固になった。ライル殿下が僕を拘束したことをエルトニアの不祥事にまで昇華させて、敢えてそれを追及することなく見逃した。建国以来他国の侵略を受けたことのないエルトニアの宮殿前に正統的な理由によって治安維持部隊である機動隊を展開させて前例を作った。そして、立ち位置が曖昧だったヘレナ・ヴィクトリウス・エルトニアの身元を日本国帰属とした」
パッと思いつくだけで、今日という一日の中でこれほどまでにエルトニアと日本という二つの国が関与する問題が起きている。そしてその全てで、日本はエルトニアに対して有利な立ち位置にいくような結末へと至った。
「最初から気が付くべきだったのかもしれない。外交官であるあなたが、一時的とはいえ一国民である僕をそうあっさりとライル殿下のもとに行かせるのか。そして解決に外交的な話し合いではなく藤沢さんを乗り込ませるという方策を取るのか。機動隊の配備だってそうだ。電話で呼び出して30分やそこらで装備の準備を全て済ませてキャンパスの外に待機しているなんて、よくよく考えたら不自然です。多分あなたは前もって話を通していたんだろう」
そもそもの切っ掛けである、僕の王宮への参考人招致。僕がそこへ赴くことで、波乱に満ちた一日が幕を開けたのだ。あくまで僕は自分の意志でライル殿下のもとに話を聞きに行こうという選択をしたと思っている。しかし冷静になれという一言を掛けずにそのまま僕の背中を見送ったのは、僕にその知らせを持ち込んできた川崎さんだった。
「……もう一度確認させてください。どこまでが、川崎さんの計画だったんですか」
絶対に答えてもらう、そう強く念じる。停車している車のエンジン音や背後から聞こえる懇親会の雑音も耳には入らない。あくまで川崎さんの放つ一字一句にのみ意識を向けるのだ。その疑似的な静寂の空間に、乾いた拍手が響き渡る。あきらめたように苦笑をし、そして手を叩く川崎さんは、ようやく硬い殻を開ける気になったのだろう。
「そりゃあ気が付かれますか。今日は全てを欲張りすぎた。もう一手と欲張るうちに計画していたすべてを達成してしまうなんて、厄日であると同時に佳日でもあると思っていた」
彼の顔に浮かぶ笑顔、それは本音を隠すヴェールを脱いだということを如実に示していた。人の良さを感じさせるような苦笑いなんかじゃない。爽やかさと残酷さを同胞するような、本心からの純粋な笑いだ。どことなく鋭さを増した彼の目が、再びこちらへと向けられる。しかし僕は絶対に視線をそらさない。外務省在エルトニア臨時大使の川崎義春という人間そのものを、ようやく目の前に引きずり出したのだから。