ファンタスティック・アカデミー!【異世界×大学物】 作:丸いの
「それで、どこで気が付かれましたか?」
「ライア王女が介入したところでようやくおかしいと思いましたよ。ライル殿下がやらかしたことは結構な問題なはずなのに、あの人の様子は淡々とし過ぎていた。まるで最初からこうなることを知っていたかのように。その彼女に状況を伝えうる人間なんて、臨時大使の川崎さんくらいです」
川崎さんは核心を突かれてうろたえるどころか、僅かな微笑みをたたえてさえいる。そして殻を破ったところで彼の本質は見えては来ない。これはボロが出ましたなんて様じゃない、別に計画遂行がばれようが何ら問題は無いということか。
「まったくあの人は……ライア様は良くも悪くも表情と行動が淡々に過ぎますから。十年来の妹さんとの再会に違いは無いのだから、もう少し驚いて見せれば良いものを」
エルトニア側の日本への窓口がライア王女が率いる派閥であるのならば、対エルトニアの使節の代表者たる川崎さんはライア王女と幾度か顔を合わせていてもおかしくはない。しかし彼がライア王女についてそのような苦言を軽い調子で呟く様を見ると、双方の関係性は僕が想像している物よりも友好的なものである可能性が高い。少なくとも今日のスムーズな情報伝達から考える限り、川崎さんとライア王女の間には何らかの専用の連絡手段があってもおかしくはないだろう。
「それでどこまでが私の計画だったか、でしたか。信じていただけるかは平塚さん次第ですが、発端であるライル殿下の暴走は全く関与はしていませんよ」
つまり、中間報告会が行われる重要な日にライル殿下が動き出したのは、川崎さんの計画の範疇には無かったということだ。切っ掛けが彼の計画ではないということは、あくまで今日あった一連の出来事を狙って起こしたわけでは無いのだろう。しかし、それでも彼が動く兆候を知らなかったとは到底思えない。
「数日前、僕はあなたに提言しましたよね。ライル殿下が本当は藤沢さんの正体に気が付いているかもしれないって。だけどあなたはその仮説を否定した。その時はあなたの説明に納得はしたけど、今では到底そうは思えない」
「……つまり、私が敢えて本当の情報を伝えなかったとお思いなのですか。それはある部分では正解かもしれませんが、私からすれば誤解ですよ」
やや肩をすぼめて心外そうに話す彼を、鋭く見据える。何が嘘で何が正論かなんて、この場ではもはや辞遊びにしかならない。嘘を真のように見せれるような人間でもなければ、今日起きた一連のトラブルを計画の範疇に収めることなんか出来ない。目の前にいるのは、そういう人間なのだ。
「彼は自身の狙いを隠すことに関しては徹底していたようで、ライア様等の外部から見たときはただの大学反対派にしか見えないように行動していたんですよ。おそらく、彼は藤沢さんに近いところにいた平塚さんにしか、本心を仄めかしてはいなかった」
当時のライル殿下からの僕への当たりの強さは、今思えば絶対に僕個人へ何らかの思惑があったことを如実に示していたのだろう。そして、そんな態度は他の人間には見せていなかったという。
「彼の本心は、ライル殿下が行方不明の王女の捜索を願い出た時に概ね推測できた。しかし彼の狙いについての確定的な根拠が無いまま、今日まで来ました」
「……要は、確定していない出来事は伏せた、と」
「そういうことです。あの時に平塚さんへ伝えたのは、私個人ではなくエルトニア人物交流室の総意ですよ」
逆に言えば、川崎さん個人の考えは違っていたということか。彼は外務省という組織の人間だから、たとえ個人がどう思っていようが組織の総意に従ったという体なのだろう。しかし彼はその組織でも上位に位置する、大使級の役職であるはずだ。彼の考えが総意に反映されないということは、恐らく敢えてそうしていたはずだ。
恐らく僕が何を問おうが、目の前で仄かに笑顔を浮かべる男は絶対に己が嘘をついていたと発言することはないだろう。ライル殿下が藤沢さんの奪還に執着していたことを黙っていたことも、そして今日僕が王宮に行くと決めるよう誘導したことも、全て彼に非が無いように繕うはずだ。だからとやかく問い詰めたところで全てが徒労に終わることはめに見えている。
「まあ計画とは言ったものの、全ては"偶然"起きた出来事に少しばかり手を加えたに過ぎませんよ。ライア殿下についても、事態を打破するために協力して頂いただけですし。あくまで偶然の方向性を変えただけのことですから、手のひらで状況を転がすだなんてとてもとても……」
芝居がかった様子で彼は首をふった。確かに手のひらで転がすようなほど川崎さんは積極的な行動をしていない。それどころか、全ての発端はライル殿下であり川崎さんではないのだ。だけどそれだからこそこの人は恐ろしい。他人が起こしたいざこざを上手い具合に操って自分の狙いを通すだなんて、下手な黒幕よりもよほどたちが悪い。
時間にして数秒くらいか。僕は黙って彼を見つめていた。どうしてこの人がというような意外さは不思議とない。むしろこの人ならばそういうこともあるかもしれないという気すらも沸いてくる。
僕の周囲にいる人間は、みんな表情や雰囲気から内面が読み取りやすい人間ばかりだ。藤沢さんは言わずもがなで、平塚先生は僕みたいな身内の人間相手ならば変な隠しだては基本的に行わない。レシルについては二面性を持っていてもそのどちらもが考えていることが分かりやすい。
そういう人たちと川崎さんは、明らかに毛色が異なる人種だ。彼は東京のキャンパスにレシルを連れてきた時から今まで、基本的に無害そうな笑顔を浮かべていたことがほとんどだった。常に人が良さそうであるということは、言い換えれば何を考えていても内心が分からないということである。だから今日みたいなことがあったとしても、裏切られたというよりもなるほどと思うことの方が大きいのだ。
「あなたの思惑通り、日本はエルトニアに対して優位な状況に傾いた。これから先、あなたは何を望んでいるんですか?」
もし彼に何かを成し遂げようという目的があるのであれば、今の状況はあくまで本当の狙いのスタートラインに過ぎない。国同士のパワーバランスを変える等という暴挙に出るくらいだから、まだ腹の中に大きい何かを隠しているのは明白だろう。それを包み隠さず聞き出すのはどうせ無理だろうけど、その一端くらいは教えてもらわなければ割に合わない。
「……いったんはここまでです。直近の何かへの足掛かりというわけでは無く、今は日本が少しでもエルトニアに有利である状況に持ち込んだことに意味がある」
しかし彼は頭を振ってそれを否定した。両国の関係性を日本側に有利とすることは、手段ではなく目的ということか。
「あなたは散々捲き込んでしまいましたから知るべきでしょうが、ご内密に願いますよ。来年初頭、政府は国内外に向けてエルトニアの存在を公表します。相応の審査を通過した人ならば、誰でもこの地を訪れることが出来る日が来るんです」
「……やはりあるんじゃないですか、とてつもなく大きな目的が」
周囲に誰か他に居ないかを確認した川崎さんが、小声でとんでもない重要な話をのたまう。確かにそんなものを見据えているのならば、多少の無茶をしてでも二国間の関係性を有利なものにしようとも思うだろう。巻き込まれた側としてはたまったものではないが、一応理解する余地はある。
「ただ一般への公表も、あくまで今後の両国間の繋がりを維持していくための足掛かりに過ぎません。私の本当の目的、それはエルトニアの体質をどうにかすることです」
彼の返答は、しかし僕の予想に反するものであった。普通に考えたら彼のような立場の人間であれば一般公表に向けた事務調整を念頭に入れて然るべきなのに、彼はその先を見据えているとでもいうのだろうか。この国の体質とは何か、と思わずそのまま聞き返す。
「……ライア王女のような改革派が頭角を現す傍ら、まだこの国は保守的な層が多い。拡張主義を忘れていない旧体制の残党たちが、まだ完全には姿を消してはいないんです」
紙の表と裏の如く、川崎さんの薄い笑顔が一瞬にして陰りを見せる。今まで見たことが無いような様子は、常に温和な雰囲気を纏っていた彼とは一致をしていない。僕に語り掛けるわけでは無く、まるで彼自身に説明をするように、揚揚と言葉が勢いを増していく。
「この国は歴史に威光を持ちすぎている。周辺国随一の学術都市を持っているからといって、魔術の宗主国を名乗れるわけではない。しかしそれを理解していない人間も多い。エルトニアは、力を失わなければいつかまた戦乱に沈む」
目の前にいる人間が誰なのか、僕は一瞬の間だけわからなくなった。別にいつの間にか別人に置き換わっていたわけではなく、確かに感情がみえない声でエルトニアを語る彼は川崎さんに違いはない。しかしその雰囲気は、彼の体を借りた何処かの知らぬ誰かがいるかのように僕の目には映った。
確かに川崎さんの言うとおり、エルトニアという国は魔術国家としての伝統がある。いくつもの学校やアカデミーがある王都リーヴェルはその象徴みたいなものだ。彼はその伝統の存在そのものが、癌となると言っている。その考えが正しいかどうかを断ずることはさておき、日本の外務省役人である彼がそのような内容を口にするということに戸惑いを感じる。
「この国が最初に相対した地球国家が日本だったことは最上の幸運だ。日本が相手であれば、仮にパワーバランスが崩れたところで少なくともエルトニアという国は無くならない。それに国一つが変わるには、中から新たな国の形を作り上げる他はない」
「……文化の地盤を確実に変える、そのための科学教育ですか」
彼の発言は、ひどく物騒に聞こえてならない。武力を行使する国家の占領か、それとも文化的侵略による実質的な支配か。どちらも手段は異なるものの目的は同一だ。
「……これから国交を深めていく国が、みすみす泥沼へ浸かることを避けよう。私は、その一心で動いています。ただ国を思い、国のために行動をする。これからもそれは何ら変わりはありません」
この人のいう国とは、果たしてどちらなのか。日本国外務省に属している公人として考えれば断然日本を示しているはずだ。しかしこれまで話していた内容を振り返ると、彼の言う国がもしかしたらエルトニアを示しているのかもしれない。彼が一体どちらの側に立っているのか、それともその両者に片足ずつ置いているのか。だけど、いつの間にか穏やかな笑顔を蓄えて「喋りすぎましたか」と頭をふる川崎さんからは、そこまでの真意を読み取ることは決してできないだろう。
しかし一つだけはっきりとしたことがある。彼は文化的侵略によるエルトニアの支配は望んでいるわけでは無いのだ。あくまでも泥沼に沈まないための措置であり、その先に何かをしようという意思はないのだろう。無論、彼の言っていた内容が本心であるという仮定の下で成り立つお話であり、その前提が崩れればすべてがおじゃんだ。しかし今日という日で彼に翻弄をされた身でいうのも変な話だが、先ほどの別人のような彼の様子はとても嘘や狂言を喋っていたようには見えなかった。少なくとも、彼は彼が想定する危機を回避するために動いている。
「……川崎さんの考えがとても高尚だということは分かりました。だがそれに全て賛同できるわけじゃない」
「無理はありません。あなたにとってみれば、祖国と今の国という難しい組み合わせなのだから」
僕と彼は、それぞれもう言いたいことは互いに言い終えたのだ。僕は今日という日の裏側の真実を、彼は本心の一端を。それを交わした今、もう気残りはない。僕としてもこれ以上彼を問い詰めたところで利は薄いし、彼にしたってこれ以上内心を語るようなことは無いだろう。結局何かを言い出すことも無く、彼は再び迎えの車の方に足を進める。そしてドアに手を掛けたところで、ふとこちらを振り返った。
「今回は私があなたを結果的に利用する形になりました。償いといっては何ですが、今度は私があなたの窮地をお救いしましょう。私にしか出来ないことがありましたら、遠慮なくお申し付けください」
「……少なくとも直近では、在エルトニア大使のあなたに頼み事は無いですね」
やや冗談めかしたように「そうでしょう」と小さく笑った彼は、スモークガラスの張られた車に乗り込むと、月明りの下ほの暗い道の奥へと消えていった。学園の外へと続く下り坂の向こう側を照らすヘッドライトの明かりが見えなくなったところで、僕はようやく深いため息を吐いた。
川崎さんが私利私欲で動いているただの畜生であれば簡単に怒りを向けられたものの、そんなことはあり得ないと最初から分かっていた。さっき彼に言った通り、彼の考えに対して全て賛同できるわけじゃない。しかしそれは、一部は理解を出来てしまうということだ。曲がりなりにも僕はエルトニアを第二の祖国とする人間だ。その祖国が抱える問題を提言されて全く心当たりがないというわけでは無いし、それをどうにかしようとするのは分からなくもない。ただ不思議なのは、それを日本人である川崎さんが言ったということだ。結局、この短い時間の中で川崎さんのことを一部は理解できたが、一方では理解が難しい点が浮かび上がってきたということだろう。
「……うん? 着信かな」
そこでふと、ポケットの中が小さく震えた。何事かとスマホを取り出してみると、薄暗闇の中に明るい画面が目を刺激する。そこに表示がされていたのはメッセージアプリの通知で、「今日10時、噴水広場で」と記されている。送信者の名前は藤沢さん。ついさっきまで精力的に懇親会で動き回っていた、僕と並んで川崎さんに翻弄された人物である。10時ということは、間違いなく懇親会の片づけまでが終了している時間だろう。彼女は先ほどから何かを話したいと言っていたが、恐らくその件に違いない。
スマホの右上を見てみると、まだ会の終了予定である8時にはまだまだ時間がある。えらいさん型にあいさつ回りをするにはちょうどいい時間の余り方だ。胸の内にあったもやもやが幾分かなくなったためか、さっきまであったはずの疲労感も少しは和らいだ気がする。最後の仕事とばかりに、僕は坂道に背を向けて新校舎の入り口へと歩き出した。