ファンタスティック・アカデミー!【異世界×大学物】   作:丸いの

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エピローグ
ここは異界の学術都市


 黒歴史、という言葉がある。その意味をざっくりと言えば、無かったことにしたい過去の出来事のことである。そういうものが極力無いような生き方をしてきたはずだけど、その僕が先日ドでかい黒歴史を打ち立ててしまったとは不覚も不覚。まさか、赤ん坊のようにわんわんと泣く羽目になろうとは。それも藤沢さんに抱きかかえられて、時々頭を撫でられながらなんて。今思い出しても、ここが実験室だというのに頭を抱えて転げまわりたくなる。劇物やら精密機械をはっ倒しかねないから実際にはやらないけど、それほどまでに羞恥心をぶっ叩かれるような代物なのである。

 

「おーい。レイ、ちょっと聞きたいことがあるんだが――なんだ、まだ悶えてんのか。実験作業中なんだからメリハリを付けろ。怪我をしたらどうするんだ」

 

 実験室に入ってきた平塚先生が、その僕を見て窘めた。そりゃあそうだ。僕だって心ここにあらずという人間が実験室で呆けていたら声の一つは掛ける。共用の実験作業スペースには幸運なことに僕一人。今日はやや長めの夏季休暇が始めって記念すべき一日目だ。普段から曜日の概念が消えかける程度には実験室に誰かしらいるという状況が続く中の長期休暇なんだから、そういう期間はみんな東京の方に帰還しているせいで土日よりもずっと人けがない。

 

 色々なことがあったファンタスティック・アカデミーが終結してから早二日。あれだけ準備や何やらで追われて当日もすさまじいトラブルまみれだったあのイベントも、過ぎてしまえばただの記録だ。僕たち現場の人間達の仕事は学術研究に戻り、後の処理や政治的な話はこちらが何か手出しをするようなもんじゃない。多分川崎さんを筆頭とする政府系の人達がエルトニアの科学技術振興に関する調整をしているんだろう。僕らの見えないところでやってくれているんだから、こちらもそれをわざわざ関知するようなことでもない。先生を見習って、僕も少しはそう思うことにした。

 

 そこでふと、平塚先生に関して疑問が浮かぶ。何故この人は、僕の様子を見て悶えていると判断したのか。一見すりゃあ体調不良か何かを真っ先に思いつきそうなものを、ピンポイントで当ててくるなんて、何か裏があるに違いない。

 

「……つかぬ事を聞くけど、どこまで知ってんの?」

「どこまでって、そりゃあお前と藤沢がようやくくっついたこと程度しか知らんぞ」

 

 そんな当たり前のことを聞くなよと言わんばかりに平塚先生は呆れ気味に話す。でも僕からすれば、むしろ何故それを知っているんだと聞き返したくなるような回答だ。気まずさと気恥ずかしさで頬が熱くなり、そして冷や汗まで出てくる。少なくとも僕は藤沢さんとお付き合いすることになった話は一切漏らしていないし、多分藤沢さんの性格から言って彼女もばらすようなことはしていないだろう。なのに何で、と聞き返すよりも先に、先生は僕の考えを読んだのか頭を振って話す。

 

「あのなぁ、昨日の様子を見ればちょっとお前たちを知っている人間なら誰だって気が付くぜ。この前まで軽い調子で冗談を言い合ってた連中が、ちょっと互いを見合わせただけで甘酸っぱく笑いあう。なんだこの青春模様は、こりゃあ報告会の後になんかあったなって。本人たちはそれで隠しているつもりだったってのが俺としてはむしろ驚きだよ」

「……それ、誰かに言ったりした?」

「ああ。朝の散歩の時にお前の妹さんに出会ってな。午後に藤沢と一緒に会いに行くんだろ。ちゃんとお前の口からも伝えてやれよ」

 

 目の前の景色がぐるぐると回り出す。端的に言って、全部パーになった。授業関連で大学の事務に用があるという藤沢さんがこちらに戻ってくるのはちょうどお昼ごろの話だ。その後に僕たちの関係性をそれとなく空気を読みながらレシルに伝えようとしていたのに、おしゃんだ。

 

 少しジト目で見つめてみるが、本人はなんか悪いことでもしたのか、などとむしろ疑問符をつけて怪訝そうにする始末。それに僕はため息を一つはいて首を振った。僕ならば、それとなく示唆するのは良いとしても流石にもう少し空気を読む。確かに僕と先生じゃ、やることなすことは完全な一致をしない。こう行動で示されたら、苦笑いをして受け入れるしかないじゃないか。

 

「そうだ、こんな話をしに来たんじゃないよ。多分後期に入る頃に、一人外部から研究員を受け入れることになったんだ」

 

 意図していなかった言葉のボディブローでくたくたの体に、平塚先生が更に追い打ちをかけるように重要な話をポンと投げかけてきた。ただしこちらの話題はさっきまでの内輪の話とは明らかに毛色が異なり、重要というよりもむしろ意外といった方が的確かもしれない。

 

「研究員って、どういうジャンルで募集を掛けてるの?」

「それがな、その選考は俺や学科じゃなくて、エルトニアキャンパスプロジェクトが独自に行っているんだ。だからどういった層が来るのかも分からないし、何なら日本人か外国人かも分からん。ただ、うちが一人受け入れることは確定しているそうだ」

 

 つまり、その新メンバーを雇い入れるのは単純に大学ではないということか。そうすると案外僕と近しい立ち位置の人間になるかもしれない。僕も所属自体は東都工科大学に間違いはないのだけど、僕を雇う予算の出どころは新キャンパスを運営するプロジェクトからである。これは大学と外務省、そして監修に文科省を入れた複合組織であり、言うなれば僕は正規というよりも特任という形に近いのだ。新しい人も、恐らくそんなポストになるのだろう。

 

「せめてジャンルくらいは教えてくれても良いのにね。こっちとしても何をやってもらうか詰めておかないと面倒だし」

「それな。ただ、一人でも戦力が増えるのであれば贅沢も言ってられない。最初の世話役はレイにやってもらうことになるから、まあそういうつもりでいてくれ」

 

 それだけを言うと、彼はまた来た道を逆戻りするように実験スペースから立ち去って行った。本当にそれを伝えるだけの用だったようだ。立ち去る間際の先生は、面倒事だなんて表情ではなく、どこか楽し気に見えた。そりゃあそうだろう。今までたったの三人、うち一人だけ学生という狂気の布陣で研究活動を回していたこの修羅の環境に、研究員という強力な戦力が加わるのだ。どう転んだって、状況は間違いなく改善に向かうはずだ。彼の肩の荷も、少しは降りることだろう。

 

 異世界で大学教育をだなんて、無茶が過ぎる話だとは常日頃から思っていた。でも僕たちは、たったの四か月目とは言えどもなんだかんだでまだ持ちこたえている。

 

 

* * *

 

 

「レナさんと兄さんが……むぅ」

 

 レシルが机の上に置いた手の甲にあごを乗せて、僕と藤沢さんをジトっとした目つきで見つめている。どことなく彼女はご機嫌斜めな様子で、そのままフンスと鼻を鳴らし頬を膨らませた。

 

「……ボクが仕方なく帰った後で、そんなふうになってたんだ」

「べ、別にレシルちゃんが居ないから抜け駆けしたなんて、そういう訳じゃないのよ」

 

 それにしどろもどろになりながら釈明を行うのは、僕と同じく張本人の藤沢さんである。それにひきかえ特に喋る機会が与えられない僕は、少しだけ手持ち無沙汰になっていた。少なくともこういう話題で僕が喋れば、間違いなくドツボにはまるだろうという賢明な判断のもとである。

 

 ここはレシルが行きつけのカフェテリアだ。彼女曰く、学生街の中にありながらも薄暗く落ち着いている雰囲気が好みであるという。ここならば普段騎士学園で威張っているプリンセスの皆様方も訪れないから、そういう派閥争いに全く関与しないレシルにとっては居心地の良い場所であるのだろう。僕たち三人で集まるときもまずはこの場所で集合することが大半であるくらい、僕や藤沢さんにとっても慣れ親しんだ場所になった。だからこれからもお世話になるような場所において、自分の恋煩いな話を他の人に聞こえるような大きさでやることに抵抗が無いわけじゃあないのである。

 

「でもボクが手出しできない状況で賭けに出たのは変わらないじゃないですか。フェアじゃないです!!」

「……レシルちゃんには真っ先にきちんと説明しなきゃとは思ってたわ。それに、フェアじゃないって、あなたはレイの妹さんでしょ」

 

 会話を半分以上聞き流しながら、ブーブーと互いにそりの合わなさそうな緩い文句の言い合いをする二人を眺める。こんな組み合わせでも、平塚先生曰く僕を王宮から救出する前に言葉を交わしていた時の二人は、びっくりするくらいキリっとしていたそうな。目の前の光景からは、そんな様相などさっぱり想像できないのが悲しいところだ。

 

 ただこうしてみると、レシルと藤沢さんはまるで姉妹のような親しい関係に見える。特にレシルに関しては、フォルガント家の本妻側の娘とは僕と同じく完全にそりが合わない間柄だったから、彼女に親しい姉妹のような存在が出来たというのは彼女自身に良い変化をもたらすかもしれない。現にこうして口喧嘩のような状況ではあるが互いに言いたいことが言えている。レシルが自分を変えたいと言い出す前は、こういうちょっとした言い争いを行えることすらも無かったのだ。彼女も彼女で、順調に自分というものを変化させているのだ。

 

「……兄さんが選んだのならばボクは何も言いません。でも、ボクはれっきとした妹ですから――」

「なっ、ちょっと!?」

 

 仲良きことは良いことかなと、のほほんとしていた僕の首に、ひんやりとした腕が巻き付けられる。何事かと思ったけど、頭上から聞こえてくる僕とそっくりの声色ですぐにレシルが後ろから寄っかかってきたのは分かった。

 

「ねぇねぇ兄さん!! レナさんがちょっと怖いよ」

「こ、怖いって……私何も怒っちゃいないでしょ!?」

 

 怖いとは、また物騒な話だ。彼女達の話にはあまり意識を向けず適当な考え事をしている内に、なにかあったのかもしれない。僕の顔に頬を押し付けて藤沢さんを指さすレシルと、それを目の前にして呆れた様な、そしてムッとした表情を浮かべる藤沢さんに視線を向ける。

 

「レシルがなんか変なことを言っちゃったのかもしれないけど、藤沢さんもその辺にしてあげてね」

「……ああ、もう。本当にレシルちゃんには甘いんだから」

 

 猫のようにすりすりと体を押し付けるレシルに、思わずこちらも頭をわしゃわしゃと撫でようと腕を伸ばしたところで、ようやく我に返る。藤沢さんからの異様に冷たい視線はもちろんのこと、今僕らがいるのは自室なんかじゃなくカフェテリアのど真ん中、思いっきり衆人環視だ。こりゃいかんと、心の奥底に眠る理性に働きかけ、彼女の背中をポンポンと叩くに留めた。

 

「……それで、今日はどこに行くのかな?」

「そうだね……学生街は粗方散策したし、貴族街は別にみて楽しいもんじゃないよ。一応王宮は観光スポットとして有名だけど、兄さんとレナさんはわざわざ行きたい?」

 

 元々、今日こうやって集まったのはレシルに報告会の最中色々とやってもらったことに感謝を伝えるためである。カフェに集まって適当に談話した後は、いつも通り街を散歩しようという流れになると思う。ただ、レシルの言う通りリーヴェルで観て楽しいと思われるエリアはもう概ね探索済みなのは事実だ。唯一このメンツでは王宮の観光に行ったことは無いけど、二日前にもう散々堪能をした。二人そろって首を横に振る様を、レシルは苦笑して眺めた。

 

「なら、今日は意向を変えてボクの学校を案内するよ。エルトニア王立騎士学園はこの街じゃ王宮に次ぐ歴史のある場所なんだ。兄さんたちのダイガクと隣接してるけど、案外見て回ったことは無いでしょ?」

「でも、流石に部外者が入るのは問題じゃないかしら」

「大丈夫です。ボクはこう見えても公爵家の令嬢なんですから、こんくらいの無茶は通りますよ。学園で威張り散らすメスのボス猿共も見逃されてるんだ。こっちが許されないいわれは無いですよ」

 

 フンス、とレシルは強気に鼻を鳴らす。確かにエルトニア王立騎士学園は今まで散々ご近所さんとして外観を眺めてはいたけど、実際に中に入ったのは闘技大会の一回のみ。しかもその時は、アリーナに赴いただけで観光という趣向ではなく、それに人で溢れかえっていたから風情もくそもなかった。一応、フォルガント公に連れられて幼少期に一回だけ来たこともあるけど、流石に昔過ぎるからノーカンだ。

 

「そんじゃあ今日はそこに行こうか。藤沢さんもそれでいい?」

「もちろん。さっそく行きましょう」

 

 お会計を机の上にポンと置く。騒がせ代ということで、チップをいつもよりも割増しにしている。これからもこの店を使いたいから、こういう気配りは大事なのである。ただし元々の値段設定が強気な店なもんだから、財布へのダメージも無視できるようなものでもないのが悲しいところである。

 

 机の上に残してきた銅貨数枚に後ろ髪惹かれる思いを持ちながらも、張り切った様子で先陣を良くレシルにほほえましさを感じながらそのあとに続いた。

 

 

* * *

 

 

 レシルも藤沢さんも、そして僕も、みんな一生懸命変わろうとしている。レシルは身内以外の人間に対して社交的になろうとして、藤沢さんは王族だった過去に向き合おうとしていて、僕は過去と今の関係性に決着を付けようとしている。まだまだ僕らの変革は終わっちゃいないけど、でもその過渡期であることは間違いない。

 

 公爵家の庶子として縮こまってた"ラスティレイ・フォルガント"の時と比べれば、大学所属の研究者である"平塚礼二"として同じ光景を見ると、確かに色々な違いがあった。父親との関係や魔法に関する考えだって、当事者の視点から少し離れてみるとより広いものの眺め方になった。でも、どちらか一つの立ち位置を選ぶんじゃなくて、その両方をその場その場で都合よく混ぜ合わせていけばいいんじゃないかと、僕は新たに学ぶことが出来た。それを知れただけでも、僕がエルトニアに戻ってきた意味はあったんだろう。

 

 

 

 

 

ファンタスティック・アカデミー! 完




小ネタとかもろもろのお話を割烹に書きましたので、よろしければそちらもご覧ください。
また、いったんは完結になりますが後日談についてはちょぼちょぼと投稿していこうとは思います。

ここまでお付き合いいただきありがとうございました。
また理想郷時代から見て下さっている方は、2014から長い間ありがとうございました。
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