ファンタスティック・アカデミー!【異世界×大学物】 作:丸いの
「藤沢さん、平塚さんの方が終わりましたよ」
「ありがとうございます。どんな感じになりました?」
「髪質がすごいサラサラなので、ショートボブ気味にまとめました。ただ今後はロングにするという話だったので、のびてきたらまた少しセットが必要ですね。まあ論より証拠、ぜひご覧になってください」
待合室で携帯電話をいじっていたところ、後ろから声がかけられた。ランチをどこで取るかについてロケーションや同伴者の好みを照らし合わせて選ぶのはいったん中断だ。「藤沢さんと一緒で彼女も地毛なんですか?」とちょっと驚いた様子のスタイリストさんの話に適度に合わせながら、カットが完了したというその姿を見るべく後に続く。
「あ、レナさん。待たせちゃってごめんなさい」
「……すごく良いじゃない。貴女、こういう快活な感じのショートもかなり似合ってるわ」
「えへへ……そう、ですか?」
照れ臭そうに笑う銀色ショートボブな女の子の呼び名は、平塚レシル。現代日本に来るにあたって、お店で使いやすい呼び名にするために名字を兄から拝借した次第である。貴族の身分だからもしかして別の名字を一時的にでも名乗るのは嫌かなと心配をしたのも一瞬で、兄さんと同じ名字ならばむしろ歓迎ですと二つ返事が帰って来て安心をした。
レシルちゃんと言えば、やっぱり銀色のロングヘアーというイメージが強い。でもつい最近、レイに成り代わるために髪をバッサリと切り落としてしまったせいで、一転してショートヘアーの女の子に変身をした。ただその時は時間がなかったこともあってきれいに切り揃えることはできず、それにカットといっても氷剣で文字通りバッサリと切っただけなので、近くで見たら少々違和感があったのだ。
断髪に立ち会っていた者として、彼女の髪型をなんとか行きつけの美容院で整えてもらおうと心に決めてから早数日が経った今日。ようやくレシルちゃんが日本に行くための申請が通ったので、すぐに彼女に連絡を取って東京へ行くこととなった。本当はレイにも一声かけるつもりでいたけれど、彼は彼でつくばでの実験という急用が入ってしまったので泣く泣くの不参加である。用件だけに仕方がないことだから、せめて彼には写真を送ってあげるくらいはしてあげようと思う。
「ほんと、藤沢さんと平塚さん、二人とももっとコスプレすればいいのにー!! 折角の秋葉原なんですよ?」
「ま、まあ……私たち、実はあまりそっちの知識が無くて」
「じゃあ例えば藤沢さんはこの作品の――」
私が行きつけにしているこの美容院は、一般にはとても特殊な場所にカテゴライズされている。スタイリストさんたちの腕前が優れているという以上に、彼ら彼女らのアニメやゲーム方面の知識がかなり深いという特徴があるのだ。ここのコンセプトは、オタク用の美容室。カットしてもらっているときの会話は漫画やアニメに関するものが多いという点でも風変りだけど、この店を愛用している客層も独特だ。スタイリストさん周囲の客をこっそりと見まわせば、アニメか何かのキャラを模した格好の人や、また髪の毛の色が奇抜な人もそこそこ居る。
別に、アニメや漫画の話に花を咲かせるためだけに、大月から遠く離れた秋葉原の美容院を行きつけにしているわけでは無い。最大の原因は、己の頭に生えている赤紫色の髪の毛にある。日本という国においてはこんな色の髪を地毛として持っている人間などほとんどいない。というか世界中どこを見ても赤紫色の髪の毛がメジャーな国などどこにも無いだろう。
そこまで髪の毛の色が特異に過ぎれば、ヘアスタイルのセットにまで影響を及ぼす。普通のヘアサロンではどうやら私の髪の毛は手に余る代物だったらしく、どうにかこういう奇抜な髪色に慣れた店が無いかと探し見つけたのがこの秋葉原の美容院である。有名なコスプレイヤーさんも客として訪れるくらいだから、青やら緑といったパッションカラーの髪の毛も扱いなれているだろうという予想はピタリと的中した。結果、特別に漫画やアニメに精通しているわけではないけど、私はこの店の常連となるに至ったのだ。
「そうだっ、平塚さんと藤沢さん、お二人ともサロンモデルになりませんか!?」
「い、いやー……私はともかくこの子はちょっと特殊な事情が……」
現状の日本におけるエルトニア人の法的な扱いについてはよく知らない。ただ、彼女の足跡を今の段階で日本側に残す行為は気を付けた方が良いだろう。勿論、銀髪ショートボブのレシルちゃんは、ここのヘアサロンの広告写真に使うには十分すぎる可愛らしさを感じる。でも、ちょっとした気のゆるみが後々大事に繋がる可能性は捨てきれない。結局、後ろ髪を引かれる思いで、レシルちゃんをサロンモデルにするのは取りやめてもらった。
「……なんか、すごい街ですね。トウキョウ見学には来たことありましたけど、ここは今まで観た中でも一番賑やかです」
ヘアサロンが終了したのは、およそ正午くらい。朝よりもいっそうの活気が街に溢れる時間である。レシルちゃんの言うとおり、東京の街の中でも秋葉原はかなり賑やかな部類に入るとおもう。新宿渋谷も人の多さじゃむしろ上回っているけど、この界隈は人の数だけじゃなくて街自体が放つ強烈な多種多様なサブカルチャーという特色がある。街の通りに立つメイドさんの数は間違いなく日本最多に違いない。
このまま周辺でランチにするか、それとも午後に彼女の洋服を見繕うことを考えて別の駅に移動をするか。その二つを天秤にかけていると、レシルちゃんが被っていた麦わら帽子を持って、うちわのように扇いだ。
「あと、すごく暑いですね。まるでお風呂みたい」
「……まずは涼しいとこに入りましょうか」
茹だるような暑さに、正直なところ私も参ってはいた。常に最高気温が25度以下の快適な気候であるリーヴェルと比べれば、30度近い炎天下に加えて高い湿度を合わせた東京は堪えるものがある。天気予報で今週は例年より涼しいなんて言っていたが、何の冗談かと思う。
「午後の予定はどこかカフェに入りながら話しましょ――」
『僕は労働者階級だ!! ほら、行きます――ムグッ!?』
ふと、視界の端に見覚えのありすぎる人影がちらりと映る。それも一人じゃなくて二人も。一緒に来ているレシルちゃんに異様にそっくりな中性的な見た目の、ポロシャツジーンズ姿の少年。それを羽交い締めにしてメイド服の女性の後について歩く、コスプレみたいな礼服を纏った長身赤紫髪の青年。何故と思うよりも先に、頭が痛くなった。
「レシルちゃん、今襲撃をかけるのは得策じゃない。追うわよ」
「……了解です。ここはニホンですから、手荒な真似はしません」
背を屈めて今にも飛び出しそうだった彼女に呼び掛けると、そんな答えが帰ってきた。ほっといたら構えたその手に氷剣が握られてそうだったのに、手荒な真似はしないとはなんたる矛盾。
「あとレナさんも、火事は厳禁ですからね」
「……何のことやら」
ちょっとだけ熱くなった握りこぶしをほどき、知らんぷりをする。今は、妙ちくりんな組み合わせであろうことかメイドカフェに向かう馬鹿二人を追跡する、それだけだ。
* * *
「お待たせしましたっ!! デミグラスソースオムライスと特製サンドイッチセットです!!」
メイドカフェの内装を見回して時折頭のねじが飛んだようなボケをかますライル殿下に突っ込みと解説を入れること十数分、拷問のような時間は頼んでいた料理が届いたことで一旦は終わりを告げた。客との会話を売りにしているこういう場所だから料理なんて二の次だろうと高を括っていたけど、目の前に置かれた二種の料理は存外においしそうな見た目をしてらっしゃる。目の前の青年の相手をしているだけで気力がゴリゴリと削られていく中、せめて食べ物が美味しくないとやっていられない。
料理を持ってきてくれたのは、僕らの机を担当することになっているメイドのりーなさん(仮称)。しかし他の客がメイドじゃんけんやメイドチェスという不可思議な競技に明け暮れる中で、僕らの机は打って変わって静かな雰囲気を無理やり保っている。これはひとえに、ライル殿下が他の客のような接客は必要ないと直々に仰ったからである。曰く、「今日はこの男と話がしたいから他のような対応はよしてくれ」とのことだ。
「ほう、旨そうじゃないか。話の続きは昼食を食べながらにするか」
「続きって……さっきからそんな重要なことなんて話して無いでしょうに」
やれ、なんでウェイターがメイド服を着ているのか、ここのメイドさん達を雇った覚えは無いのに彼女たちがご主人様と称してくるのは何故か。んなことメイドカフェという不思議な場所の文化だと言ってしまえば全てが終わるだろうに、彼の好奇心は落ち着いた見た目の割には尽きなかった。
ふと、彼の前に置かれたオムライスに視線を移す。ふわふわの卵の隣にかけられた濃厚な茶色のデミグラスソース。中々にボリューミーであり、見た目香りともに良い感じの洋食屋で出てきそうな具合だ。しかしそのオムライスには、メニューの写真とは決定的に違うところがある。ただ忘れていただけならば別に然したる問題じゃないけど、未だ机の脇に控えるりーなさんが手に持った物品を見て悟った。まさかこの人、この場で――
「て、ではっ。これから美味しくなる魔法をかけますっ!!」
「魔法……だと? ニホン国では魔法体系が成立していないという話だったが。それに料理の味を補強する魔法だと……とても興味深い、是非ともよろしく頼む」
双方が斜め上の方を向きながらも絶妙に合致した酷い会話が目の前で展開されている。というか、まさか本当にここでやるのかアレを。話には聞いたことがある、ケチャップで文字を書きながら唱えるという例のあれを――
「ではっ、ご主人様"たち"もご一緒に!!」
「――え、何。これ僕もやる流れなの!? いや僕は観てるだけでッ」
「ラスティレイ、お前もこのような特異な術式に興味くらいはあるだろう。それに私だけに詠唱しろと?」
真面目くさった顔でライル殿下が馬鹿を言う。そんな大層なもんじゃないよと言ったところでどうせこの人は聞かないだろう。というか、注文時にそういうオプションサービスは要らんと言っただろうと待ったを掛けようとしたところで、机端に立て掛けたメニューのオムライスの欄に、魔法の言葉サービス込みという文言を見つける。は、という意味の無い声がため息と共に出て、全てを悟る。今は、やるしかない。
既に美味しくなる魔法とやらの術式構成準備は完了済みだった。さすがはプロ、仕事が早い。オムライスの卵の上に描かれた「萌え萌え(ハートマーク)」の文字、そしてりーなさんの胸の前に両手で形作られたハートマーク。もう後戻りは効かない。覚悟は、決めた。
「ではせぇーのっ」
『萌え萌えきゅーん!!』
三者三様とはまさにこのこと。船頭たるメイドのりーなさんは満面の笑顔で元気よく、本当に魔術の発動が起きるのかと予想をしているライル殿下はひどく真剣な顔で注意深く、そして壮絶なる試練に向けて頭を空にした僕は悟りを通り越して究極の無表情で、その言葉を叫ぶ。
「……魔法とは、術式そのものよりも如何に自分の望みを願うかだ。己の意識の強さは、時に術式を通さなくとも世界を変えることだってある」
半ば放心状態で再起動を待つ身の僕の隣で、オムライスにスプーンを刺し入れたライル殿下が低く穏やかな声でそう呟く。メイドさんの魔法とやらは、言わゆるただのパフォーマンスでありあくまで出し物や非日常の雰囲気作りの物に過ぎない。しかし彼はまるで本当にその魔法があったのかのように、慈悲深い表情でスプーンの上に乗せられたオムライスをほおばり、そしてりーなさんに笑いかける。
「君のおかげで、とても美味しい食事にありつくことが出来た。君の魔法は確かに伝わったよ。感謝する」
「は、はうっ……あ、ありがとうございますご主人様っ」
そんな完全イケメンモードに突入したライル殿下から逃げるようにして、りーなさんがあたふたした様子で机から離れていった。こういう客商売がメインの店で売り手側が根負けするとは、流石は現役の王国王子、通っている騎士学園で貴族の女子達を侍らせているだけある。そんなりーなさんの後ろ姿を見つめ、案外可愛らしいなと思ったところで――ゾクリという寒気を感じた。いや、寒気というよりも一瞬だけ首元がチリチリと熱くなったような、そんな不気味な感覚だ。
「……どうした。何か探しているのか?」
「いえ……気のせいです」
ただ、僕のような平和な世界で暮らしていた人間が殺気なんてものを感じ取れるはずが無い。それに周囲を見渡したところで、普通にメイドさんやお客さんの姿しか見えないし、気のせいに違いないだろう。チクリとした感覚があった首元を撫でて、ライル殿下にそう取り繕った。
周囲を見渡したところで気が付いたけど、ここの客層は別に若い男性ばかりではないようだ。大学生くらいの友人同士で来ているらしい男子グループの他に、三十くらいの男性やもっと上の層、それだけじゃなくて女性の姿まである。中には麦わら帽子を被ったままで細かな年齢については分からないけどすごく若い二人組の女性客もいるし、いろいろな層の人たちがメイドカフェを使用している。今まで全く縁のなかった場所であるが、世間様にはそれなりに浸透しているようだ。
「料理も来たところだ。今日の本題に入るぞ」
野菜のサンドイッチに手を伸ばしたところで、彼はそう言いだした。確かに今までしてきたような無駄話を続けることが、今日わざわざ彼が僕に会いに来た理由とするのは不自然過ぎた。姿勢を正し、そして真面目に聞きますよオーラを出す。
「先日の件で、私はけじめとして自分の王位継承権の順位を下げた。結果、王弟殿下の子息よりも下の位まで落ちたんだ。国王本人の息子でありながら、異例とも言える待遇だよ」
「……その割にあまり落ち込んでいるようには見えませんが」
落ち込むどころか、むしろ穏やかに笑いながらしゃべるライル殿下の姿に、何処となく違和感を覚える。普通こういう王族の人たちは王位を目指す存在であり、その目標への足掛かりが遠のいたことに悲しみやくやしさを抱くことはあっても、嬉しそうに思うことなんて無いはずだ。しかし彼は、どうやらその範疇にはいないらしい。
「そりゃあ、端から王位継承など考えていなかったからな。元々長兄のベルナルドや長女のライアと比べると低位だったのは変わらない。彼らが王位につかなければ私に席が回ってきただろうが、その時はエルトニアは相当の事態に違いないさ」
ならば王位が下がったということはけじめでも何でもないんじゃないか、と思わず口を突きそうになったところで、恐らくその返答を予想していた彼が「もちろん痛手もある」と口を開く。
「私の元で旨い汁を吸おうとしていた連中は露骨に距離を置いたよ。これで下手な企みはもう出来なくなる。身軽になったとも言うがな」
「……やっぱりあまり痛手と思っていませんよね」
「まあ、これからを考えたら特に困らんというのが実情だ。ヘレナ姉様をかけて二ホン国に喧嘩を売るような行為はあれで最初で最後だ。ライアのおかげで不完全燃焼に終わったが、ようやく元ある鞘に収まったとも言う。ヘレナ姉様は王族復帰とはいかなくともその生存が王家の知るところになり、私ももう下手な策略は行わなくなる。それで良かったのさ」
ついでに言えば、川崎さんという背景のよく分からない人間に手のひらの上で弄ばれた同士でもある。この人が企てた事柄に巻き込まれた立場として、どうにも納得いかないところは存在する。しかしあの無表情がデフォルトだったライル殿下が肩の荷が下りたかのように朗らかに話す姿を見て、どうにも文句や苦情が吐き出せなくなってしまうのだ。
「さらに思ってもいなかった副次的な効果もあった。昔に決められていた六大公爵クーベルタン家の娘との婚約が、向こう側の家の懇願で無しになったよ。全くの英断さ、私に取り入るよりも叔父上のまだ小さい子供たちと取り付けた方がよほど良いだろう」
まるで人物関係の断捨離とも言えそうな事態だ。王位継承権が下がったというだけでこうもまあ彼の周囲から人が減っていくなど、悲しいくらいにドライでビジネスライクな関係だということを感じさせられる。王位から遠のいた彼は、六大家ほどの力を持った家からすれば用無しと判断されたのだろう。婚姻は彼ら有力貴族にとってみれば家と家の結びつきを強化する手段の一つに過ぎない。つい数年前まで身を置いていた貴族社会の恐ろしさを垣間見た気分だ。
「やっと、私は自分の気持ちに正直になれる環境を手に入れたんだ」
「……自由恋愛も、ですか」
ふと、闘技大会の時のライル殿下の姿を思い出す。レシルとの模擬決闘の後に姿を見せた彼の周囲には、同じく学園の生徒と思われる見目麗しい女学生数人がつきまとっていた。当時としてはコイツモテてんなとしか思わなかったけど、今考えてみれば家の事情で婚約者が決められていた彼にとって、周囲の女学生たちにすら正当な恋愛感情を向けることは敵わなかったのだろう。
「……貴方が若者として当たり前な生き方を少しでも出来るようになったことは、非常に喜ばしいことだと思います。僕は学生ではないし、ましてや騎士学園の所属ですらない。しかし人生の先達として、相談事があれば可能な限り乗りますよ」
いきなり自身の自由が得られたら、最初は混乱するかもしれない。それに学園内の学生たちの中にも第二王子としての彼に付き従っていた人間も居たことだろう。夏の休暇に入った学園が新たな学期を迎えた時に、彼の周囲の環境は激変している可能性は高い。そんな一人の悩める若者である彼に対して、せめて相談相手になるくらいならばやぶさかではない。
「……やはり今日お前に会って正解だった。ならば早速相談に入らさせて貰おう」
「ええ、何なりとどうぞ」
ようやく彼の人となりがつかめてきた気がする。ライル殿下はただの歳のわりに落ち着いた雰囲気をもった青年なんかじゃない。その心の内に持つ年相応の悩みを、王子という身分で蓋をしてきたのかもしれない。だからその彼がこうして僕に相談事を持ち掛けてくるということは、ようやく数日前までの敵対関係が解消できたということだ。当初こそは川崎さんの電話でとんでもない面倒事を吹っ掛けられたと恨みもしたが、存外悪い会でもないじゃないか。そんなどこか晴れやかとした気分でサンドイッチ片手に彼の話を聞き――
「お前の妹、レシルティア・フォルガント。私は彼女に恋をした」
――ボトリと手に持ったサンドイッチを皿へと取り落とし、真剣な顔で爆弾発言を吐いた目の前の青年を絶句して見つめることしかできなかった。