ファンタスティック・アカデミー!【異世界×大学物】   作:丸いの

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その3

"めいど いん へぶん"

 

 果たしてこの文字の並びを見て何を想起するか。何も知らなければ可愛らしい文字で天界の冥土などという物騒なものを思い付こうがものだけど、流石に10年もこちらで暮らしていたらそんな思い違いはするはずもない。

 

 そもそも私達が追っていた彼らを先導するように歩いていた可愛らしいメイド服の女性を見た時点で勘違いする要素も無くなる。加えてここはサブカルチャーの聖地、秋葉原。たどり着いた先が立派なメイドカフェだったことに、もはや驚きようが無いのだ。

 

「お帰りなさいませ!! お嬢さ――ピィッ!?」

 

 しかしそれは、あくまでも私の話。現代日本にあまり慣れておらず、現役でメイドというものが普遍的に存在する価値観から見たら、ここはメイドカフェではなくとてつもなく異様な空間に見えることだろう。

 

「お嬢様、だって? とんだ冗談を言ってくれるね。ボクは君たちの主人になんてなった覚えは――」

「は、はいはーい!! この子こういうお店に慣れてなくてごめんなさいねー」

 

 向ける視線は氷点下、まとう雰囲気も氷点下。出迎えてくれたウェイターのメイドさんに対して氷の令嬢モードで対応し初めたレシルちゃんを寸でのところで諌めながら、すっかり萎縮した様子のメイドさんになんとか笑顔を向けた。

 

 

 

「……ここ、メイドカフェっていうんですね」

「そうよ。私も実際に入るのは初めてだけど……案外そこまでドギツいものでも無いのね」

 

 ようやく注文を終えて時折メイドさんとお話をしつつ、やっとこの特異な雰囲気に慣れつつあるレシルちゃんにホッと胸を撫で下ろす。ポップな店の名前にふさわしく、賑やかな雰囲気の店内を彼女はキョロキョロと見回している。あの男衆を衝動的に追いかけはじめて勢いでここまで来てしまったが、そこまで大変な空間というわけでも無さそうで私も内心かなりホッとしていた。

 

 メイドカフェは行ったことがあるかないかはさておき、その存在自体は大分メジャーなものだ。しかし、エルトニア人のレシルちゃんにとってみれば、雇った覚えの無い何人ものメイドさんにお嬢様と呼ばれる怪空間だったのだろう。元々人見知りの上に警戒感の強い彼女だからだろう、対面一発目でメイドさんを威嚇してしまったのもしょうがない話だ。

 

 

「それで、レイたちは――」

「駄目です。麦わら帽子で顔を隠しているとはいえ、変に観察するとこちらに気が付かれます」

 

 そうして一段落したところで、私たちがここまで来た元凶を確認しようと首を伸ばし掛けたところで、すかさず彼女の待ったが入った。そしてまるでお手本のようにして、レシルちゃんは視線だけを対象へと向けた。流石はレシルちゃん、私やレイとは比較にならない身体能力を誇るだけある。ただし、果たして六大家の高貴なる家柄の令嬢としてみたら似合わぬ能力ではあると思う。

 

 彼女に倣って視線だけをチラリと対象へと向けると、そこにはちょうどメイドさんによって料理が運ばれてきたとあるテーブル席があった。その片側に座る人物は、置かれた料理や運んできたメイドさんをしげしげと興味深げに見つめる、赤紫色の髪の毛を無造作に撫でつける長身の青年。そしてその前に座ってどことなく疲れた様子を見せているのは、銀髪の中性的な見た目の少年。どちらもその見た目は周囲のメイドさんたちとは別ベクトルでかなりの派手さぶりであり、その上他のテーブルほどメイドさんのサービスを受けていないこともあって、何故か神聖な雰囲気すらも漂っている。

 

「……さっきからまともな話し合いはしていないわよね」

 

 男二人でメイドカフェに突撃したあの二人組――レイとわが愚弟ことライルは、聞き耳を立てている範囲ではどうにも普通の世間話しかしていない。こうしてレシルちゃんとメイドカフェをたしなみつつこそこそと様子を探っているのが馬鹿らしくなるほどだ。

 

 やれ、なんでメイドさんがいるのか、なんでこんなカフェが存在しているのか等々。少なくとも、ライルがわざわざ東京にまで出てきてレイを捕まえてするような話し合いになど思えない。つい数日前に日本とエルトニアの対立を煽ったライルとそのただ中にいたレイ、この二人の組み合わせということでただ事じゃないとわざわざここまで乗り込んできたのが、馬鹿らしくなるような雰囲気だ。

 

『萌え萌えきゅーん!!』

 

「あれ、何やっているんですか?」

「たしか魔法の言葉だったかな。取りあえず、こういう店にはよくあるお決まりのサービスよ」

 

 話には聞いていたけど、実際にああいうサービスを知り合いの人たちがやっているのを見るのは興味深いものがある。それも、あんなに見た目だけは見目麗しい組み合わせで全力で馬鹿をやっている物だから、否が応にも異様に目立つ。

 

 きっと流れで無理やりやっていたのであろう放心した様子のレイをジッと見つめている内に、ふと彼が恥ずかし気に小走りで去っていくメイドさんに視線を向けていることに気がついた。その横顔から僅かに察することが出来るのは――

 

「レナさん、一端収めてください。ちょっとですが、魔力が漏れ出していますよ」

「あ、あららー、それは注意しなきゃね」

 

 絶対あのメイドさんに見惚れてた!! そんな嫉妬心を慌てて頭から追い出そうと首を振る。レシルちゃんの言う通り、確かに魔力が漏れ出していたようだ。その証拠にレイが首筋をスリスリと擦っている。

 

「なんだか、なんにも無さそうですね」

「そうね……まぁ、レイには後で色々しっかりと聞いておこうかしら」

 

 レシルちゃんの言う通り、彼らの話し合いからは重大じゃ無さそうな雰囲気しか漂ってこない。レシルちゃん共々、ライルが何か変なことをした瞬間に飛び出すぞとまで言っていたのに、全くそんな場面は訪れようも無さそうだ。一応、告白をして恋人になった相手がこういう女の子がたくさんいる空間に訪れていることに何も思わなくはないけれども、それを差し引いたら単に彼らは世間話をしているに過ぎないのだ。

 

 当の彼らは食事が来たということで少々真面目な話をしているようだけれども、レイの様子から見て重大な話というよりは何らかの相談に乗っているように見える。それも、ライルの現状を考えれば何となく察しは付かなくもない。彼は、現在王位継承権を下げられた、言わば手傷を負った王族だ。そんな彼に対して中立を保って話を聞いてくれる相手というのは、そう多くは無いだろう。そしてあのレイのことだ、色々仕出かしたライルの対しても邪険な態度はそう取ることも無いだろうし。

 

「なんか、馬鹿らしくなっちゃった。折角だから私たちもメイドカフェってものをもうちょっと楽しんでいきましょう?」

「……そうですね。一応聞き耳は立てておきま――」

 

『――お前の妹、レシルティア・フォルガント。私は彼女に恋をした』

 

 その瞬間、レシルちゃんと見合わせていた笑顔が両者共に凍り付き。追加注文のついでに何かゲームでも、と手に取ったメニューがポトリと落ち。そして彼女と目と目で通じ合う、今のは聞き間違いじゃないよねと。

 

 爆弾発言ってのは、きっとこういうことを指すのだろう。本当に何の前兆も無く放り込まれた、とんでもなくその場を引っ掻き回すような発言。再びわき目で観察したその視線の先で、レイは手に持ったサンドイッチをボトリとサラの上で取りこぼしている。そして私の目の前にいる、急に彼らの話題の中心となってしまったレシルちゃんと言えば、数秒前の人懐っこい笑顔は完全に引っ込んで絶零の如き冷徹な無表情へと化してしまった。オーダーを取りに来たのか近寄ってきたメイドさんが「ピィッ!?」っと小さな悲鳴を上げたくらいだ、相当の変貌である。

 

 一体、我が愚弟は何を話しているんだ。こちらの頭が完全に向こうに追いついていないのを自覚しながらも、私はまた耳をそばだてて一字一句逃がさないように注意を向けた。

 

 

* * *

 

 

「――へ? 今、なんて」

「二度も言わせるな。私は、レシルティア・フォルガントを好いている」

 

 ついてこない頭を総動員しながら、そしてどこかで聞き間違いか何かなら良いなぁと思いながら問いかけなおした解答は、残念ながら僕の期待していたものでは無かった。再び宣言される、妹さん大好き発言。しかも二回目はちょっとばかり恥ずかしいのか頬をかきながらやられるとなると、こりゃあ本当にそうなんだぁと納得させるだけの説得力がある。

 

「それを、何故フォルガント家の人間では無くなった僕に話したんですか?」

 

 数秒間、頭のなかで彼の言葉を反芻して出てきた疑問はそれだった。今の僕はフォルガント家の家督を継ぐ資格はおろか、その家名を名乗る権利すらも持ち合わせていない、ただの平塚礼二という名前の日本人だ。もし家へのお伺いを立てる一歩目としての選択だとするならば、それは完全に誤ったものである。

 

「私はフォルガント家の一員のお前ではなく、レシルティアの兄としてのお前に、話をしたかった」

「分かりました。ではこれ以降、僕は一人の兄として話を聞きましょう」

 

 幸い、言わずとも知れた話だったようだ。実際に出来るかどうかはさておき、この僕に対してフォルガント家との取り次ぎを願うのは無意味なこと。それが念頭にあるならば、まだ話についていけるだろう。

 

「……助かる。この話をするのは、彼女の兄であるお前が最初でなければならないと思っていた」

 

 人は見かけにはよらない。ライルという青年は王族として当然の尊大さを醸し出しながらも、その辺の筋は通すということか。ただ、いきなりレシル本人には話しにくかっただけかもしれないけれど、それでもこうまで言われたら此方としてもしっかりと構えて話を聞いてやる他はない。

 

「それで、何故僕の妹なんですか。確かに彼女はまだ婚約者はおらず、そしておそらく特定の誰かと恋仲というわけでも無いでしょう。しかし彼女の身はあくまでも公爵家の庶子、政略結婚の駒にすらもならない身分です。第二王子である殿下の相手としては、到底なり得ないはずの存在です」

「……いきなり私を試してきたか。まずひとつ、断っておかなければならない。私は、レシルティアという人間に惹かれたのだ。彼女の背景など二の次だ」

 

 王家の人間の発言としてみたら、妃か側室か、そういう立場に迎えようという人間の背景を気にしないというのはひどく無責任なものだ。僕も、今日出会ってそうそうこんな話を聞いていたらきっとそう思っていた。だが、先ほど彼は自身の置かれている状況を話している。王位継承権は遠退き、付き従う人間さえも遠退いた。そんなある意味柔軟な状況だからこそ、こう言ってのけたのだろう。

 

「……じゃあ、何故レシルなんですか。言い方は悪いですが、それこそ殿下の周囲には様々な女性がいたでしょう」

「私の周囲には、確かに女性はたくさんいたさ。しかしそれらは、録に顔も会わせていない何歳も年下の婚約者、私の立場に群がる各家の令嬢たち。婚約者はつい先日赤の他人となり、そして令嬢たちには友と呼べる者さえ居なかった」

 

 あれほど周囲に令嬢たちを侍らせてたじゃねぇかとトゲを刺してみても、まるで痛がる様子もせずにライル殿下は達観したように小さく笑った。なるほど、確かにエルトニアで見かけたときのライル殿下は、そんな令嬢たちときの一緒にいたのは確かだけど、彼女たちと親しげにはしていなかった。

 

 しかし、だからと言ってレシルと彼の関係が良かったのかと言われると首を振らざるを得ない。ライル殿下に対する彼女の対応は、とてもじゃないけど友好的なものとは言えない。それどころか、今回のライル殿下の暗躍によって、恐らくレシルは僕以上に彼へ対してのイメージを損なったことだろう。その上で、彼がレシルに対してそのような想いを寄せたとなると――

 

「――色眼鏡の無い対応、ですか」

 

 レシルは、良くも悪くも本音を隠しながら立ち振る舞うことが苦手な子だ。僕や藤沢さんの前で見せる元気な姿も、きっと学園で見せているだろう冷徹然とした令嬢としての姿も、そのどちらもが彼女の本来の姿だ。だからきっと、ライル殿下に対しても王族への敬いを前面に貼り付けたような行動を一切取ってこなかったのだろう。

 

「……あの宮殿での出来事から数日後、私は一度彼女に呼び出されたんだ。正直、あんな事を仕出かした手前で私が言うのも変な話だが、レシルティアとは顔を合わせにくかったよ」

 

 彼のその気持ちは、僕にだって分かる。様々な人たちを巻き込んで、その末に僕という人間を拘束したことで彼はレシルの怒りを買ったのだ。そんなことがあってから日も経たずしての、二人きりでの対面。僕が思うライル殿下の人となりからして、そんな状況は気まずさを覚えないわけがない。

 

「どんな罵声を浴びせられようとも、それを私はずっと胸にしまってようと思っていた。そう意味のない覚悟を決めていたその時、頬に激しい痛みが走ったのさ」

「……え゛っ」

 

 え、ちょっとそれは果たして王族に対する行動としてどうなんだ。頬に痛みって、それってつまり問答無用のガチビンタってことじゃあ――

 

「放心していた私に、彼女はこう言った――

『これで、ボクからは以上です。兄さんはそこまで禍根を残したいと思ってはいないだろうし、ボクも今回の一件をずるずる引きずるつもりもない』

 ――そして私がなにかを言う間もなく、すぐに彼女は立ち去っていった。レシルティアは私の一件を、有耶無耶にする気も、それどころか政治的な好機ととることすらもしなかったのさ」

 

 レシルとしては、多分これは終わった話ということにして、ビンタの一つで後腐れなく終わらせたということなのだろう。そりゃあなんともクールなことである。相手が第二王子ということを除けばの話ではあるが。

 もう少し穏やかな話が出てくると思っていたところのビンタ騒動であるから、僕としても果たしてどう反応するべきか悩むものである。謝るにしたってレシルの意図を踏みにじることになるし、だからと言って知ってしまった以上何らかの対応をしなければこちらとしてもわだかまりが残る。

 

「……今や一平民に過ぎない私には、もはや頭を下げる以外に出来ることはありません」

「別に謝罪など求めてはいない。むしろ、あの出来事に彼女なりの方法で終止符を打ってくれたことに、私は感謝しているくらいさ」

 

 そんな彼の反応を見てホッとすると共に、きっとその出来事がレシルへの好意を抱いた最後のパズルピースだったんだろうなと思う。レシルはライル殿下と決して親しい間柄では無かったけど、きっと王族として特別に敬遠もしていなかったんだろう。取り巻きに突っかかれようが淡々と対応し、闘技大会では手加減抜きにして全力で立ち向かう。身分の差を理由にした忌避とは無縁の、良くも悪くもその人柄同士の関係性。きっと、彼にとってレシルはそんな数少ない特殊な立ち位置にいたんだ。

 

 

「レシルティアは私を特別扱いなどしない。私は今まで、そういう人間が少しは居た方が気が休まる程度にしか思ってはいなかった。いや、きっとそう思い込んでいたんだ」

 

 敵対的か友好的か、そんなある意味どうでもいい価値観よりもずっと前提の、彼を第二王子のフィルターを通して観ているか否か。レシルは、間違いなく否な側の人間である。

 

「……そんな存在の有難みをようやく知ったんだ。そしてそれを実感した瞬間から、私は彼女の特別になりたいと願った。私すらも特別としてみてはこなかった彼女にこそ、今は特別として見てもらいたい」

 

 照れくさそうに誤魔化すなんてことは一切なく、ライル殿下はその胸の内を僕へと語り切った。なんてこっ恥ずかしくて青臭い話なんだろう。つい先日に自分が藤沢さんに語った内容をすっかり棚上げしつつも、このライル殿下という若い男子が話しているのはまさに青春模様の恋バナという奴に分類されるものに違いない。そしてそれが純粋で混じりっけの無いものだからこそ、一層の若々しさを感じさせるのだ。

 

 家柄が良いとか、容姿に惹かれたとか、そんな即席の物であるはずが無い。決して仲が良かったわけじゃないからこそ抱いている、その立ち位置に向けての羨望や手に入れたいと願う欲求。知らぬ間に心へ積っていたそれらがレシルのビンタで一気に表層化して、居ても立っても居られなくなってここ東京まで出てきて僕をとっ捕まえたということか。

 

 

「レシルティアの生まれについては、私も少しは調べたから知っている。実質的に彼女を育ててきたお前にこそ、最初に話したかったんだ」

「育てたなんて買い被りです。僕は、自分の夢を達成するため、そして彼女への嫉妬心を増強させないために、レシルを育てることを放棄した屑だ。僕はもはや公爵家の令嬢たる彼女に対して何かを言えるような資格はないんです。だから僕のことなど気にすること無く、殿下の本心をレシルへと伝えるべきですよ」

 

 やはり、彼ほどの立場になればレシルや僕の生まれやその後の話についてはちょっと調べれば出てくるのか。ただの兄妹にしては歪んでいるであろうその背景を分かったうえでまずは話を通そうというその姿勢だけは、たとえ彼にされたことを抜きにしたって僕はとても評価をしている。きっとライル殿下という男は、僕が想像している以上によほど誠実な人間なのだ。

 

「……ここまでが、公爵家令嬢レシルティア・フォルガントの兄だった者として、本来言わなければならない台詞です」

「構わない。お前が思う、本当の言葉を聞かせてくれ」

 

 僕はもはや公爵家の人間じゃない。レシルが誰と婚姻を結ぼうがそれに意見をする立場では無い。彼女が誰かと結婚をするのであればそれを一歩引いたところから見守るべきだろうし、それに仮にも王位継承権を保有する者との関係なのであれば祝福するのが元貴族だろうと当然の姿勢である。

 

 だけどその本心はそうじゃない。本心を語っても良い、その甘い言葉に今は全てをゆだねることにする。

 

 

「――ならば遠慮なく言おうじゃないか。反対に決まっている。この僕の大切な妹を、貴方などに委ねられるか」

 

 彼がその心の内を全てさらけ出すというのならば、僕だってその本音を見せるのが筋というものだ。僕は身を乗り出して、彼の胸倉をつかみ上げていた。

 

「貴方はレシルを幸せにすることが出来ますか。貴方の立ち位置が現状宮殿の中ではどのようになっているかは知りませんが、一度やらかしたことがそう簡単に消えるとは思えない」

 

 がちゃんという大きな音が鳴り、周囲の人たちやメイドさんがギョッとした顔をしているのが見えた。しかし今は、彼らにまで構う余裕なんてこの僕には無い。目の前の、この青年の真価を見極めなければならないのだから。

 

「そしてその行動理念。自身の行動すらも客観的に見て修正出来ないような輩には、たとえ誰であろうと伴侶を持つ資格は無い」

 

 ライル殿下は凶行に出たこの僕をただ真正面から見つめながら、掴まれた首元を気にするそぶりも無く聞くに徹していた。その態度が果たしてこの場を乗り切るためのただの忍耐なのか、それともレシルを振り向かせるために本気で心に刻みつけているのか――その化けの皮を今ここではいでやる。

 

「最後に言わせてもらおうか。貴方がレシルを好いている、それは理解している。だがそれは果たして何人の側室と一緒になるんだ。それとも、まさか側室として迎え入れようなんて思っちゃいないだろうな。エルトニアではたとえ王族が側室を何人取ろうが常識だろうが、僕にとってはそれは到底看過できない。王子と庶子、その身分差から考えたら実情は側室が良いところでしょうが、そんな待遇で"俺"の妹をやる気には到底なれな――」

 

「――お前の最後の意見、それこそ看過出来ない。この私の、俺の好意は、そんないい加減なものじゃない!!」

 

 気がつけば僕の手は振り払われていて、目の前には明確な"怒り"を宿したライル殿下の姿があった。彼の身の回りを刺激する内容にはただ神妙に表情を変えず聞いていたというのに、その彼の好意を無下にした瞬間にこの怒りようだ。内心ではニヤリと笑いながらも、こちらも表情を変えずに更に続けた。

 

「ならばどうするっていうんだ。まさかフォルガント家の当主に、本妻の娘や直系の分家として貴族としての血のつながりのある子女たちではなく、ただの庶子である彼女との婚約を締結したいとでも頭を下げるか? それこそ貴族社会における王族としての貴方の評価は地に落ちるぞ」

「たとえ私の評価がどうなろうが知ったことか。辺境へ飛ばされようがどうしようが、私はこの夢を諦めない。絶対に、彼女と正面から向き合い、そして想いを伝えてやる」

 

 最後のセリフ、そこまでを聞けたのならばもはや僕の役目は終わったようなものだ。目を閉じて彼の言葉を反芻する。レシルという存在に対して、その身を捧げる。そこまでの覚悟があるっていうのならば、もうこちらが何を言っても仕方が無いんだ。

 

「……そこまでの啖呵をきったんだ。その決断が生半可な物じゃないのは分かりました。ならば、僕が言うことはもう何もありませんよ」

 

 僕がせめて出来るのは、精々が呆れたように、しかし眩しいものを見るようにただ笑うだけ。そんな僕の態度を見たライル殿下も、ここに来てようやく敢えて過激な発言をすることで覚悟を試されていたことに気がついたのだろう。どこか疲れた様子で、彼もまた再び食べかけのオムライスの前へと腰を下ろした。

 

 

 さて、と一息ついたところで慌てて周囲を見回して目についたメイドさんに深々と頭を下げる。メイドカフェという場において急に「妹さん下さい!!」「やらんぞ戯け!!」なんてやり取りをするなんて迷惑行為にも程がある。苦笑いを通り越して空笑いのメイドさんに頭を下げ続けること数秒、「アイスコーヒーお代わりを……」という事実上の迷惑料を払ったことで一旦は解決したものとする。

 

「……今日は話を聞いてくれて助かった。これで、自分自身に対しても己の気持ちというものを言い聞かせられた気がするよ」

「人に話を聞いてもらうってのは、それだけで色んなことが好転したりするんですよ。殿下も、そんな相手をまずは探すと良いかもしれません」

 

 ならば何かあればまた話を聞いてもらおうか、という冗談なのかなんなのか分かりにくい返答を、僕は曖昧に笑って誤魔化した。

 

 自分に言い聞かせるというのは、きっと正にその通りなのだろう。どう足掻こうがレシルへの好意は消えることは無いから、その事への覚悟を決めるために彼は今日この場に来たのだ。少なくとも僕が見た通りでは彼の覚悟に相違は無く、そうなればあとは実際に行動に移せるかという彼自身の問題だけでしかない。

 

 

 いつの間にか再び他愛もない世間話に戻りながらも、その合間合間にレシルの好物やらなんやらをそれとなく聞き出そうとしてくるライル殿下を見ていると、あんな啖呵をきったにも関わらず応援したくなってしまう。心の根底にある妹をあげたくないという気持ちとのせめぎあいに、僕は意味もなく苦笑いを浮かべた。

 

 

* * *

 

 

 レシルちゃんが、フリーズしている。

 

 あのとんでもない宣誓の後は、ライルとレイに気がつかれないようにこそこそとメイドカフェを嗜んでいる最中も、お会計を終えて灼熱の街に繰り出してからも、まるで魂が8割方抜け出たような有り様。

 

 まぁ、それも仕方がないことだろう。急過ぎる第二王子の大好き結婚してほしい宣言(本人一応不在)に、大好きな兄の「妹はやらん」宣言。そして色々あってライルが少なくとも兄公認の恋人候補枠に見事に収まる。

 

 当初こそ「そんないい加減な好意に付き合うほどボクは暇じゃない」と言ってたレシルちゃんも、段々と話が迫真さを帯びてくると顔をほんのり赤らめたり俯いたり、なんかスッゴく可愛らしい動作をしはじめて私も顔面が福笑い状態へと陥ってしまったものだ。

 

「これはきっと、学園でまともに顔会わせられない奴ね」

「う、うぅぅぅぅうー!!」

 

 やっべ、変な声でそう。レシルちゃんの声にならない叫びを受けて、変に顔を緩ませないようになんとか堪えながら、ポンポンと頭を撫でる。本当、こういう方面に心が追い込まれた時は、兄妹ともに人格変貌レベルの行動をするんだなぁと一周回って感心してしまった。

 

 聞き耳をたてていた限りでは、ライルはレシルちゃんの壁を作らない姿勢に憧れたと言っていた。でもそのレシルちゃんも、その人間性そのものに好意を持ったのだという話が出た辺りで氷の令嬢モードはもはや跡形もなく霧散していた。両者ともにそういう直接的な姿に弱いとは、案外似た者同士だなぁとしみじみ思う。

 

「に、兄さんがボクをやらんって……でもでも、やっぱり認めるって……っ!!」

「そうね……まずは、ゆっくりと考えるのが良いよ。動転した頭じゃ焦るばかりでも、一晩寝たら少しは落ち着く。そこで改めて、あのバカをどうしてやろうかと考えるのも悪くは無いわ」

 

 こうして頭をぐりぐりと押し付けられていると、まるで本当に彼女が妹に見えてくる。その悩みの種というのが、もう既に半分その身分とは言えども究極的には私の義妹になるかどうかというのも、ある意味面白い巡り合わせだ。

 

「……もしくは、もう一人のおバカさんにも話を聞いて貰ったらどうかしら。ほら、言ってたでしょう? 人に話を聞いてもらうのは良いことだって。私と彼で、今日は夜遅くまで貴女の相談に乗ってあげるとしますか!!」

「う、うん!! 兄さんにもお願いします!!」

 

 携帯電話の通話アプリに彼のアカウントを映してみれば、レシルちゃんはまるで待ってましたと言わんばかりに首を縦にブンブンと振った。それを見て、再び小さな笑いがもれる。

 

「……ようやく、私以外の大切な人を見つけたのね。頑張りなさいよ、おバカさん」

 

 小声でそう呟きながら、『メ イ ド カ フ ェ、楽 し か っ た わ よ ねぇ』とメッセージを書き残す。焦ったような様子の通話が着信するのは、きっともうすぐのはず。

 




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