ジャパリパークに紅く~Legendary Fish 作:天井in
前回ご指摘いただいたアライさんの二人称についてですが、修正せずこのまま行こうと思っております。そんなに深い理由もないですが、初対面の相手を(帽子泥棒でもあるまいに)お前呼ばわりもどうよ?と作者が思ったためです。作者はネクソン版をやった事がないので公式とズレがあるかもしれませんが、大目に見ていただけると幸いです。
まだ薄暗い明け方のさばんな。
昼行性のフレンズが活動するにはまだ早く、夜行性のフレンズは床に就き始める…そんな時間に。
巣穴(正確には彼女の物ではないのですが)から出てくる一つ分の人影がありました。
はぁ、と朝焼けの空を見上げてため息を吐くその女性は
「…おなか空いた…」
一言で神秘的な空気を破壊しました。
そんな彼女…衣玖さんが思い返すのはつい昨日のこと。
生まれたばかりの一日とは思えないほどいろいろな事がありました。が、よくよく考えてみるとフレンズとして生を受けてこの方、自分は何も口にしていなかったのです。
つまるところ、空腹で目が覚めてしまったわけです。
「フレンズって…というかそもそも、私は何を食べていたのかしら?アライさん達に聞いて…いやでも寝ているのを起こすのも悪いですし…おや?」
ぶつぶつと独り呟きながら考え込む衣玖さんの耳に、聞きなれないぴこぴこともひょこひょこともつかない足音が届きます。
足音のする方へ視線をやると、そこには耳の上にカゴを載せた小さな青いけものがいました。
そのけものは、彼女には目もくれず巣穴のほうへと歩いていくと、器用に耳を使ってかごの中身をいくつか取り出して巣穴の入り口に置いていきます。
作業が終わると、何事もなかったかのように立ち去ろうとして
衣玖さんと目が合いました。
「えぇと…お早う御座います?」
「…」
…返事がありません。どうやら彼(彼女?)は喋ることができないようです。
「……」
「……」
暫し無言の時間が流れて。
「……」
「…何だったのでしょう」
独特の足音を立てながら、やはり何事も無かったかのようにそのけものは立ち去っていくのでした。
「…二度寝しよ」
→
「もぐもぐもぐもぐ」
「あー、それは多分ボスだねぇ」
「ボス?」
二度寝を完遂した衣玖さんは朝方の事について、目を覚ましたフェネックたちに尋ねています。
「私たちもあんまりよく見かけるわけじゃないんだけどー、フレンズのいる所にじゃぱりまんを持ってきてくれるんだー。」
「もぐもぐ」
「じゃぱりまん…今アライさんががっついている?」
「そうそうー」
ボスが置いていった丸い水色の食べ物—じゃぱりまんをほおばるアライさんのほっぺたをつんつんつついて遊びながら答えるフェネック。
「むぐぅ!?」
「フレンズそれぞれの体に必要な栄養が詰まってるんだって博士たちが言ってたんだー」
「ふぁへふほばへふぇっふ(やめるのだフェネック)」
「なるほど」
いちど疑問が解けると不思議なもので、思い出したかのように胃が空腹を訴え始めます。
「まあそんなに深いこと考えずに食べちゃっていいんじゃないかなー」
「うーん、それもそうですね」
自身の取り分に口をつけながらはいよー、と衣玖さんの分のじゃぱりまんを渡してくるフェネック。
他に食べられそうなものもないし、何よりなんだか美味しそうなにおいもするし。食欲にせっつかれるまま、衣玖さんも受け取ったじゃぱりまんを口に運ぶのでした。
「ほへひょいふぁひにふぇへっぷふぉほへえほひいほば…(それより先にフェネックを止めてほしいのだ…)」
→
「いやぁ、美味しかったですねぇじゃぱりまん」
「衣玖さんのやつはなんだか不思議な味だったねぇ」
「今まで食べたことない味だったのだ!」
「私としては、不思議としっくりくる味でしたが」
「肉でも草でもなかったのだ」
「うーん…魚?とも違う気がするなぁ」
おたから探してきょろきょろしながら進むアライさんを先頭に、のんびりとお喋りしながら昼下がりのさばんなを歩く三人。
「アラーイさーん。何か見つかったかーい?」
「なんもみえなー…お?」
「なにか見つかりましたかー?」
「ボスが歩いてるのだ」
「なんだボスかー」
アライさんが見つけたのはどこかへ向かって歩いていく一頭(?)のボス。
例によって頭にカゴを載せたその個体は、空腹のフレンズでも探しているのか時たま止まっては辺りを見回し、向きを変えてまた歩き出します。
「…よし、あのボスの後をついていくのだ!もしかしたら何かあるかもしれないのだ!」
「はいよー」
→
「でねー、驚いた拍子にアライさんたら川に落ちちゃってー」
「ち、違うのだ!あれは…そう!足が滑っただけなのだ!」
「せっかちなのは昔からなんですね」
のんきに雑談しながらボスの後を追う三人。しかし話題はだんだんとアライさんの”やってしまった”話へと変わっていきます。
「他にもねぇ」
「あ、ボスが進路を変えましたね」
「ほ、ほんとなのだ!ほら、フェネックも急ぐのだ!」
「わぁー」
余計なことを話させまいとするアライさんに急かされ、低い草むらを急ぐ二人。
対するボスはというと、一度止まって向きを変えると、先ほどまでとは打って変わった様子でどこかを目指して淀みなく歩いていきます。
「怪しいのだ…おたからの臭いがするのだ!」
「どこに向かってるんだろー?」
「…だんだん地形が変わってきましたね」
衣玖さんの言ったように、次第に草はその姿を減らしていき、代わりに大小さまざまな砂利や岩が存在を主張し始め、また平らな草原と違い、坂や崖が増え高低差も大きくなる慣れていない者には歩きづらい場所です。しかしボスはぴょこぴょこと跳ねながら、そんなごつごつした岩場をものともせずに進んでいきます。
「おぉ、ボスすごいのだ!アライさんも負けてられないのだ!」
「道が悪くなってきたねぇ。衣玖さんだいじょぶー?」
「ふぅ…私には少し厳しくなってきましたね…」
体躯のわりに意外といえば意外な運動性に対抗心を刺激されたのか、アライさんもまた地形を気にせずにずんずん先へ進んで行ってしまいます。
一方後続の二人はというと、フェネックはアライさんと同じく順調に荒地を進んでいくのに対して、逆に衣玖さんはでこぼこの地形に慣れていない様子で、息が上がってしまっています。
「んー、少し休もうか―?」
「ご迷惑をおかけしまして…」
「いいのいいのー。フレンズによって得意なことなんて違うんだし」
「得意な事…ですか」
「そうそう。私なら穴掘りとか音を聴くことなんかが得意でー。アライさんはどこへともなく走り去ることが得意だしー」
「アライさんのそれは得意な事なのでしょうか…」
「そうだよー。それにみんな何かしら苦手なことだってあるんだしさー。そんなに気に病むことないさー」
私は泳ぐのなんかにがてだねー、なんておどけながら笑って見せるフェネック。ちょっと照れくさそうなしぐさに、衣玖さんもつられて笑みがこぼれます。
「…フェネックさんは優しいんですね」
「…褒めてもなんにも出ないよー」
「ふふ…そうですか?」
いつもの口調とは裏腹に、少し赤くなってぽりぽりと頬をかきながら彼女は答えます。
「おーい!二人とも―!遅いのだー!ボスが行っちゃうのだー!」
でこぼこの道の先。崖の上から、心配そうな表情でアライさんが手を振っています。
「アライさーん、すぐ追いつくから先に行ってなよー」
手をふり返す二人に、ちょっと迷ってから「わかったのだー!」と返事をして踵を返すアライさん。
「さて、どうしましょうか…」
「うーん、鳥系の子なら飛んでいけるんだけどなー」
「飛ぶ…」
まあゆっくり進もうかね、と歩き出すフェネックを衣玖さんが引き留めます。
「どうしたのー?」
「…少し、試してみたい事が出来ました」
なにを、とフェネックが聞き返す前に。その大きな耳が異変を捉えました。
それは、さらさらと風が吹く音。どういうわけか、空気が衣玖さんのいる場所へと集まっていくのです。
目を閉じて何かに集中する衣玖さんを見て。耳をそばだて、驚いたようにフェネックが息を潜めます。
「おぉー…!?」
けがわを揺らす風は彼女の羽衣を持ち上げて、円い形を作ります。
—そして。
「―空、飛んでみようかと」
ふわり、と
サンドスターの淡い光を放って、彼女の足が大地を離れました。
→
「おー、本当に飛んだ…」
「私も本当に出来るとは思っていませんでしたが…おかげさまで」
「そんなー、私は何にも…」
「そんな事ありませんよ?私が飛んでみようと思ったのもフェネックさんがヒントをくれたおかげですから」
ふよふよと空を飛ぶ…というよりは宙に浮くことに成功した衣玖さん。
勝手を確かめるように空中で体を動かしてみます。
後ろ向いて、前を向いて。右に移動、今度は左に。後ろに下がって上昇、下降、元の位置に戻って決めポーズ。
「うん、特に問題ありませんね」
「…最後のポーズは何なのさー」
「さあ?」
「さあって」
「やった方がいい気がしまして」
軽口をたたきながらフェネックの後ろに回る衣玖さん。何をするのかと首をかしげていると、脇の下から手を差し込まれて持ち上げられてしまいました。
「わわっ」
「さて、行きましょうか」
フェネックにとっては初めての、地面が無くなる感覚。恐る恐る目を開けてみると、自分ではジャンプしても届かないような高さを進んでいて。
気付かず、その口元には笑顔が浮かんでいました。
「おぉー、私空飛ぶの初めてだよー」
「ふふ…奇遇ですね、私もそうなんです」
「あはは、そっかー」
口調こそ変わりませんが、初めての体験に高揚しているのでしょうか。フェネックの語気もなんだか弾んで聞こえるのでした。
程なくして、一本の木の下で止まっているボスと、その後ろの岩陰から首だけ出しているアライさんの姿が見えてきました。
「あ、あそこにいるのアライさんですね」
「ホントだー。おーい、アライさーん」
「おお、二人とも心配し…あれ、どこなのだ?」
声はすれども姿は見えず。きょろきょろと辺りを見回しますが、二人の姿がどこにもありません。
「こっちだよー」
「ふぇ?」
「お待たせしました」
「うえぇ!?」
すわ幻聴か、声のする方を見上げてみると。今まさに、探し人二名が空から降りてくるところでした。
「やぁやぁアライさーん。今どんな状況―?」
「ふぇふぇふぇフェネック!?今空飛んでなかったか!?永江さん羽がないのに空飛べたのだ!?」
「取り敢えず見失ってはいないみたいですね。流石です」
「えぇー!?今のスルーなのか!?びっくりしたのアライさんだけ!?」
「あ、実は私飛べました」
「さらっと!」
「あはは、冗談冗談」
「まあまあ、後程説明しますから」
えー、とかすごいのだー、とかぶつくさと不満を呟くアライさんをなだめて、改めて状況を尋ねます。
「って言ってもアライさんも今着いたばっかりなのだ。追いかけてたらボスがあそこで止まったから、とりあえずここで様子をみてたのだ」
「なるほどー」
岩陰から首だけ出して様子を窺う三人。
見られているボスはこちらに気付いているのかいないのか、木の上を見上げたまま動きません。
「何を見ているのでしょうか」
「木の上に何かー…あれ、葉っぱの奥の方に何か見えない?」
「おぉ?言われてみれば」
「あれは…」
木の葉に隠れた枝葉の内側。
ボスの視線の先には、一対の羽飾りがついた帽子が木の枝に引っかかっていました。
一人になった時に衣玖さんの口調が崩れるのは仕様です。