歯抜けのジーニアス   作:clon

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どうもヘソ回です。


ドラマチック

夕方、部屋で漫画を読んでいたらスマホが震えた。

相手は市ヶ谷。

通知されたメッセージを見て笑みが溢れる。

どうやら空けておいた日は無駄にならないらしい。

 

終業式の日が楽しみだ。

軽く返事をして漫画のページを進める。

 

再びスマホが震える。

今度は着信だ。だけど相手は先程と同じ市ヶ谷。

 

『はい』

『っしゃ!見たかオラァ!』

『うるさい』

 

 

 

 

 

ドラマチック

 

 

 

 

 

 

中間テストも終わり、今日は終業式。

夏休みが始まる。

夏、夏、夏。

みんなが口ずさむそれはとても魅力的な響きだ。

 

我先にと教室を飛び出す人、教室に残り雑談に花を咲かせる人。

そんな中、俺は飛び出すわけもなく、教室に残るわけでもなく、のんびりと帰宅の準備をしていた。

 

決して暇だからではない、カラオケもゲーセンも誘われたものは全て断った。

先約があるのだ。

 

「じゃあ行ってくる。遅刻すんなよ」

 

市ヶ谷が鞄を持って立ち上がる。

 

「おう、じゃあまた夕方。頑張れよ」

「はいよ」

 

快活に笑い、市ヶ谷は教室を後にする。

少しして俺も教室を出て学校を後にする。

 

見上げれば夏真っ盛り。

雲1つない空に輝く太陽が黒焦げにしてやるぜと言わんばかりに照らす。

カラッと晴れた今日、絶好のライブ日和だ。

 

「ライブ楽しみだな」

 

そう、今日は市ヶ谷達、Poppin' Partyのライブがある日だ。

 

 

 

 

 

夕方、制服を着替えて家を出る。

日は傾いているがまだまだ暑い。

歩いているうちにじっとりと汗が噴き出してくる。

暑すぎる……シャワーを浴びたのにもう無駄になりそうだ。こんな日がこれから毎日続くかと思うと夏休みとは言え少し気が参りそうだ。

 

ベタつくから汗をかきたくないなぁ、なんて思いながら角を曲がったその先に見たものに諦めの気持ちが湧いた。

 

「うわーお……」

 

SPACEの前に見える人だかり。

ここが集合場所でこれからみんなでお出かけでもするのかなーなんてことはあり得ない。

みんな現地集合でSPACE に用事があるのだ。しかも大半が女性。

こんなに人がいるなんて思いもしなかった。

市ヶ谷達ってこんなに人気だったのか。

 

入り口の前で中には入れないとばかりにディフェンス達が組んでいる。

生憎俺にはあれを破るオフェンス力はない。

 

 

 

……仕方ない、突破力のあるオフェンスを召喚するか。

 

スマホを操作して女性客の視線に耐える事数分。

中から人をかき分けて市ヶ谷が出てきた。

 

「ライブ直前に呼びやがって。迎えに来て☆じゃねーよ!」

「ありがと☆」

「うるせぇ!」

 

圧倒的なオフェンス力を見せつける市ヶ谷がとても頼もしい。

腰に手を当て怒っている。が、それにしても、

 

「すごい格好だな」

 

ミニスカートに、サイズ間違えてますよと言ってしまいそうなTシャツ。そこ隙間からへそが見えている。

普段目にしないからだろうか何故か魅入られてしまう。

魅了の魔法にかかってしまったかのように。

 

しかし突如として隠されてしまいそれも覚めてしまう。

 

「へそ……」

「へそ見んな!」

「へそ……」

「へそ言うな!」

 

見せてるの市ヶ谷じゃん。

そんな事は言わない。

ライブの時にまたこっそり見てやろう。

 

「ほら、行くぞ!」

 

手を掴まれ、遂に俺はSPACEに乗り込む。

店内はより一層の混雑だった。

殆どが女性客だ。

 

導かれるままカウンターで入場料を払いドリンクチケットをもらう。

そのままコーラに交換してもらい、市ヶ谷と並びながら店の繁盛具合を眺める。

 

「市ヶ谷達すごい人気だな」

「ばっか、私ら目当てじゃねーよ。他の有名バンドを見に行てるだけ。

ぺーぺーで初ライブの私達の客なんていねーって」

「俺は市ヶ谷達を見に来たぞ」

「……お、おう。そうなのか」

 

そうなのかじゃないやい。

各メンバーから1回ずつくらい誘われてるぞ。勿論市ヶ谷からも。

発破のつもりがプレッシャーになったのかカチコチになっている。

 

「緊張してるか?」

「んなわけ……まぁ、少しな」

 

言い直した市ヶ谷は手を閉じたり開いたり、緊張のせいかぎこちないように見える。

かなり緊張してるな、これ。

 

「市ヶ谷」

 

コーラを置いて右手を差し出す。

 

「?」

 

疑問符を浮かべながら応じて右手で握り返す市ヶ谷。

少し冷たい。

 

「こっちも」

 

続いて左手を出す。当然だけどこっちも少し冷たい。

 

「なんなんだよ」

 

やけとばかりにそれにも応じる。

両手を交差してインフィニティー、なんてアホな事では終わらない。

 

右手と右手、左手と左手、それぞれ握手をして俺は笑う。

 

「∞のパワーだぁ!!」

「!?いだだだだだだ!」

 

あらん限りの力を込めて握り締める。

振り払おうとするがそうはさせない。がっつり10秒ほど捕まえていた。

 

「はい終わりー」

 

手を離すと市ヶ谷がその場にへたり込む。

わなわなと手を震わせている。

 

「いてぇ!」

 

若干涙目の市ヶ谷が吠えた。

 

「うんうん、効果は抜群だ」

「あぁ!?」

 

抜群すぎてちょっと怖い。

下から見上げてくる視線が本当に怖い。

 

「き、緊張とれただろ?」

 

逆にこっちが緊張します。言葉を選びながら言うと眉を吊り上げ、手を閉じたり開いたり。さっきより動きが滑らかなのが見て取れる。

 

「ん、まぁ……たしかに」

「ネットで観た。緊張をほぐす方法って」

「またかよ」

 

どうやらとことんネットの情報が信用できないらしい。

 

「効果あったじゃん」

「効果があったのか力技かもう分かんねぇよ」

 

痛い痛いと手を振る市ヶ谷に手を差し出す。

が、みるだけで一向に手を取らない。

探るような視線を受けても思い当たる節がない。

市ヶ谷と自分の手を交互に見ていると、ようやく手を取った。

 

「もういいからな?」

 

そういうことか。

 

「それってフリ?」

 

ちげーよ、溜め息混じりに言う彼女を引っ張り立たせる。

市ヶ谷の手はさっきよりほんのり温かかった。

これならもうやらなくていいか。

 

「頑張れそうか?」

 

問う俺に市ヶ谷は、疑問を全て吹き飛ばすような笑みを浮かべる。

 

「あったりまえだろ」

 

2、3言葉を交わして彼女は楽屋へと戻っていく。

そして俺はコーラを片手に、フライヤーを片手に開演まで少し気不味い時間を過ごした。

 

おかげで出演バンドについて詳しくなった。

最近は高校生のガールズバンドって増えてるんだなぁ。

みんな可愛かった事だけはしっかり覚えた。

 

 

 

 

 

「開場しまーす!押さないでくださーい!」

 

そんな注意はなんのその。

扉が開いた瞬間、発馬機から飛び出した馬のように雪崩れ込む。

麗しきガールズ達が1つの扉に突進するのを俺は後ろから眺めていた。

 

少しでも前で見たい気持ちは分かる。が、俺が突っ込んだらセクハラやらなんやらでつまみ出されそうだからゆっくり最後尾からライブを見る事にした。

そうしてライブハウスなるものに初めて足を踏み入れる。

そういった場所をハコと呼ぶらしい。どうしてそう呼ばれるのかなんとなく分かった。

無駄なものがなく箱のように見える。

 

「初めてなんですか?」

 

突然の声に肩が震える。

振り向けば男の子と女の子、2児と手を繋ぐ、ちょっとこの場に似つかわしくない母親が立っていた。

 

「ごめんなさい、物珍しそうに見回していたから」

 

人を安心させるような柔らかな笑みを浮かべて、俺はこの人のその笑みにもれなく安心する。

 

「はい。友達に誘われて初めて来たんです」

「まぁ。なら楽しんでくださいね」

「はい。こう言ったライブにはよく来られるんですか?」

「いえ、初めてです」

 

思わず固まってしまった。

 

「こういった場所には縁がなかったんですけど私も娘に誘われて。今日ステージで演奏するんです」

「へ、へー……そうなんですね。奇遇ですねー」

 

ねー、と小さな女の子が繋いだ手をブンブン振る。

違うんかい!出そうになった言葉をなんとか飲み込む。

常連さんのような雰囲気はなんだったのか、このファミリーも俺と同じでニュービーらしい。

でもどこかで見たことがあるような……。

 

「お兄ちゃんは1人なの?」

 

女の子が俺を見上げていた。

純粋無垢な目でこちらを覗き、ポカンと口を開けている。

 

「そうだよー」

 

俺の友達はみんなボーリングに行ったからね。友達自体はいるんだぞ。

 

「沙南はねー、お母さんとお兄ちゃんと一緒なの」

「そうなんだー。楽しんでね」

 

子供の無邪気は時に心を抉ってくる。

いや、俺が卑屈すぎるのか。ネガティブな考えはやめよう。

沙南ちゃんっていうのかー。お兄ちゃんはねー、独りでも寂しくなんてないんだよー?寂しくなんて、ないんだよー。

 

「お兄ちゃんも一緒に見よー?」

 

俺の手もギュッと握りしめて笑う。

寂しくなんて……。

少し、冷房が強すぎるのかな。握られた手が温かい。

 

お母さんを見れば俺たちを見てあの安心する笑みを浮かべていた。

 

「一緒に……!見たいです……!」

 

俺は人の優しさに心で涙した。

 

 

 

 

 

 

 

 

5分後、正気に返った俺はあの場にツッコミ役がいなかったことを激しく恨んだ。

熱に、熱気に当てられたんだっ!いつもの俺はこんなんじゃ……。

 

「楽しみだねっ!」

「そうだね!」

 

笑顔で答えると沙南ちゃんも笑う。

 

俺弱すぎ!

 

どうにもこの親子には逆らえない。

沙南ちゃんの反対側でお母さんと手を繋いでいる男の子の視線がなんだか冷たい気がする。

 

『SPACEに来たみんなー!準備はいいー!?』

 

不意にスピーカーから元気な声が響いて来た。それに合わせて湧き上がる歓声。

どれだけ待っていたのだろうか。あのやりとりのせいであまり思い出せないが、舞台の袖から衣装に身を包んだ1組目のバンドが飛び出して来た。

 

『GlitterGreenでーす!ラストライブ、盛り上がっていくよー!』

 

途端に上がる熱量。

彼女達はGlitterGreen。このSPACEでもトップクラスに人気のバンドだ。メンバーの詳細は省くが全員我が花咲川学園の生徒。戸山さんもこのバンドのライブを見てバンド活動を始めたという言わば全てのキッカケとなったバンドということだ。俺も実際見るのは初めてだけど分かっていることはみんな可愛い。中でもボーカル&ギターの牛込ゆりさんはすごく可愛い。何がって聞かれたら答えられないけどすごく可愛い。苗字から分かるようにウッシーのお姉さんだそうだ。姉妹がいるだーとしか知らなかったが今日フライヤーを見てビックリした。ウッシーに頼んだら写真の1枚でももらえないかな、いやいや流石に引かれるから隠し撮り?いや待てよ、あと2年待てばウッシーもあんな感じに……。ウッシーには真っ直ぐ育ってもらいたい。兎に角ウッシーとは今後も友好な関係を築いて……。

 

「一ちゃん?」

「はっ!」

 

ギュと握られた手の感触で現実に引き戻られる。隣には先ほどと変わらず沙南ちゃんがいた。

 

危ない……もう少しで何処かへいってしまうところだった。彼女達の魅力に引き寄せられていた。フライヤーだけでこの魅力。ファンになったらどうにかなってしまいそうだ。

 

『それじゃあ1曲目!みんなついてきてねー!』

 

牛込ゆりさんの掛け声で俺と沙南ちゃんはステージに釘付けになる。

ドラムのリズムが鳴り響き、SPACEのラストライブが幕を開けた。

 

『聞いてください、Don't be afraid!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

まだ熱気が冷めない。あれからクールダウンするには十分な時間が過ぎたはずなのに。

沙南ちゃん達と別れてから俺は誰もいない公園で、ベンチに腰掛けてきた。

静寂のはずなのに耳の奥でその熱気が渦巻いている。いつまでも音楽が鳴り止まないでいた。

 

それだけライブが凄かったんだと思う。あっという間の時間だった気がした。

様々なバンドが目まぐるしく入れ替わり、俺は息をつく暇もなくその演奏に飲み込まれていった。

GlitterGreenから始まり、俺よりも小さな女の子達が俺を圧倒していった。

 

どのバンドも凄かった。

また、ライブがあると知れば駆けつけたいほどに。

でも一番また聞きたいと思ったのは。

 

「よう、お待たせ。兵動」

「おう、お疲れ。市ヶ谷」

 

目の前に現れた市ヶ谷のいるバンドだった。

 

興奮さめやらぬご様子で頰が赤く染まっている。

んふー、鼻から蒸気が出そうな勢いで一息つく。

どんなもんだいとでも言いたげに。

ちょうどいい。俺も言いたい事があったんだ。

 

「へそ」

「は?」

「へそはもう出さないんだな」

「出すか!!」

 

もう私服に着替えてた市ヶ谷は肩を怒らせて俺の隣に座る。

 

「お前はへそばっかだな!」

 

だって仕方ないじゃないか。

 

「出す方が悪い」

「わたしのせいかっ!?」

 

そう、市ヶ谷のせいだ。

 

「すごく、楽しかった。誘ってくれてありがとう」

 

こんなに気持ちが高まったのは市ヶ谷のせいだ。

ステージに立つ彼女がキラキラしていた。奏でる音にドキドキした。

 

俺は……。

 

「またライブやってよ。絶対見に行くからさ」

「……調子狂うなぁ。おう。今度はちゃんと最前列で見ろよな」

「あーバレてた?」

「当たり前だろ。かっこつけて腕組みながら見やがって。もしかして恥ずかしかったか?」

「あー!夏休み始まったなー!なにしようかなー!」

「話題逸らしが露骨過ぎだろ!まぁ、いいか」

 

笑う市ヶ谷は空を仰ぐ。

釣られて見上げれば星々が煌めいていた。

 

「兵動」

「ん?」

「ありがとな」

 

ニシシと笑う市ヶ谷に、何のことやら身に覚えがない。

だけど、

 

「どういたしまして」

 

悪い気はしない。

 

 

俺の中で何かが変わろうとしていた。

 

 

 

16の夏が始まる。

 




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