すんげーお待たせしてすみませんでした。
本編の続きです。
「釣れますか?」
麦わら帽子から覗く目はキラキラと輝いていた。
真っ白なワンピースが風に煽られないよう抑えて。
見上げる俺には眩し過ぎて思わず目を細めた。
まほろば◯△
地元から車で数時間。
そこは綺麗な海が広がっていた。
水平線の向こうには大きな入道雲。頭上には燦々と輝く太陽。
まさに海日和。
そんな日に俺は、
「…………」
防波堤に1人腰掛け、釣竿から垂れるウキを眺めていた。
それにしても暑い、暑過ぎる。
借りてきた麦わら帽子だけじゃどうにもならない。というか下からの照り返しが凄い。
釣りの時期間違えたかなぁ……。
いやでもオールシーズン楽しめる趣味って父さんが力説してたし。
そんな父さんは1本先の防波堤でクイクイ竿を忙しそうに動かしている。
あれは魚が食い付いているのか?釣れているのか?
あれを隣で見るのが嫌で場所を変えたけどこっちもこっちでさっぱりだ。
「相変わらずですか?」
「聞くだけ野暮ってやつですよ」
「わっ、ごめんなさい」
天から降ってくるクスクスと反省の色が見えない声にこなくそと気合いを入れて椅子に座りなおす。
声の主である“彼女”は後ろから回り込み隣に立つ。座っている俺の目線に白のワンピースの裾が風に吹かれてヒラヒラ。き、気になる。
「お詫びにジュースを買ってきました。良かったらどうぞ」
「あ、ありがとうございます。いくらでし……」
「お詫び、ですよ」
野暮用と言って姿を消していた彼女は有無を言わさず俺にジュースを手渡す。
そこまで言うなら、
「頂きます」
「それに見学させてもらうんだからお礼はしないと」
そしていつの間に準備したのか、アウトドアチェアを設置して立派なパラソルを開いていた。
俺より上等なチェアで俺を日陰に巻き込む大きなパラソルだった。
日が当たらなくなるだけで随分涼しくなった気がする。
「……準備がいいですね」
「マグロ、期待してますよ」
マグロは陸釣りでは釣れません。
じゃあ何が釣れるんだろう。食べられるものならいいなぁ。
鼻歌交じりにそんな事を呟く彼女を横目にお詫びのジュースに口をつける。
彼女は……誰なんだろう。
父さんから離れて一人で揺れないウキを眺めている時、不意に声をかけられた。
地元の人なのかな。
いやでも、桃色の髪、可愛らしい容姿、どっかで見た事あるような……。
「よく釣りに来られるんですか?」
「初めてです。父さんは趣味で良く来てるみたいですけど」
あれ、と指差す先には我が父は竿を上げたり下げたり、不思議なダンスを踊っていた。
あれくらい恥を捨てなければフィッシングというものは楽しくならないのかもしれないが俺はまだあのダンスが必要な段階にすら達していない。
「俺には向いてない気がします」
あの段階に達しても恥を捨てきれないかもしれないのもまた事実。
「ま、まだまだこれからですよ!」
「東京からここまで来るのも大変ですし」
「え?東京?」
「え?」
「え?」
「なんだー。早く言ってくださいよー!私も東京から来たんです!」
「どうも東京から来ました」
「遅いよ!」
俺も地元の人だと思ってました。
俺たちはお互いに勘違いをしていたらしい。
だってチェアにパラソルってめっちゃ準備がいいんだもの。地元の人って思っちゃうよ。
「んー……」
「え?どうしたのどうしたの。もしかして私に見覚えがあるとか!?」
「そんな気もしましたけど……」
「ホント!?」
「気のせいですね」
「君ってひどいよね!」
ぷかぷか。
こんな会話をしている間も俺のウキは魚に脅かされる事もなく自由気ままに泳いでいる。
しかしあまりにも自由気まま過ぎる。
もしやと思い竿を上げると綺麗に餌だけなくなっていた。
あー……。隣から落胆の声を受けながら分けてもらった数少ないゴカイを釣り針に刺す。
お、おふ……。今度は引くような声。
見れば実際身を引いていた。
投げつけないから安心してください。貴重な餌は無駄にはできない。
ゴカイを再び海に沈める。一連の動作が終わる。というか今日これしかしていない気がする。
「……そういえば」
ウキが気持ち良さそうに揺れているのを見ているとふと疑問に思ったことがある。
「どうしてこんなところに?」
地元民じゃない、釣りもしない、こんな観光地でもない、お世辞にも楽しいとは言えないこんなところに何しにきたんだろう。
「あー、えーと……」
あからさまに、困ったぞと眉を潜める。
「や、野暮用で……」
そればっかりだな!
目を逸らしながら言う彼女は嘘が下手だ。
頰を伝う大玉の汗はきっと暑さのせいだけじゃない。
「嘘が下手ですね」
「そ、そんなことないよ!っていうか嘘じゃないよ!」
あー、今日もいい天気だなー。
何か釣れるとイイナー。
「聞いてよー!もう!」
「聞いてますよー。ホントいい天気ですね」
「聞いてないよね!?」
もー!牛も顔負け、見事なもーが炸裂する。
が、突然ニヤリと笑みを浮かべた。
「じ、じゃあ君は君はこんなところに!?」
「釣りですね」
「はう!そうだった!」
あたふたする彼女が可笑しくて思わず笑ってしまう。
出会ってそれほど時間は経っていないのに何故か気不味くならない。
スラスラと会話が出来る。
「実は今日ここで釣りをしてるのは趣味を見つけたくて」
だからだろうか。誰にも言わず胸の内に秘めていたものが飛び出してしまう。
「俺の友達が最近趣味を、まぁバンドを始めたんですけどね」
「バンド……」
「はい。それはそれは楽しそうで、ライブを見に行ったら俺まで楽しくなっちゃって。でもそこで気付いちゃって」
竿をゆらゆら、揺らしてアタリを誘うがこの努力はまるで実を結ばない。
「俺には何にもないなーって」
真剣になれる何かも、夢中になれる何かも、考えたら俺には何もなかった。
「だから趣味を探して釣りを?」
「はい」
「なんだか、OLみたいだね」
「言わないで!」
そんな気はしてたから!
「言うんじゃなかった……」
無言で肩をポンポン叩いてくるのが逆に辛い。
「うーん、そんなに無理して探す事はないと思うよ?」
「無理してますかね?」
「あっ、こうやって好きな事を探す事は凄い良い事だよ?だけど今の君は、うーん、なんて言うんだろ、探す事が手段じゃなくて探す事自体が目的になってる気がするの」
手段じゃなくて目的……。
「好きな事ってね、無理をしてでも続けたくなるものだと思うの。だから無理の使いどころはもっと先!好きな事は自然と好きになるから。フィーリング、だよ!」
ね!と笑う彼女が眩しくて、その言葉がストンと胸に落ちた気がした。それはきっと彼女も無理をできる何かを持っているんだろう。
「そう、ですね」
確かに無理をしていたかもしれない。
もっとゆっくりしてもいいのかな。
なんだか肩にのしかかっていたものが下りたように感じられた。
彼女に釣られて笑みが零れる。
が、俺と入れ替わるように彼女の笑顔が失われ、ワナワナと震え始めた。
え?何々?
「竿!引いてる引いてる!」
「マジで!?」
震える指の先を見ればピクピクと今までにない反応を見せていた。
つ、遂に来たー!
放置していた竿を手に取る。
「っ……!」
お、重い!これは大物だ。
「マグロ!マグロだよ!」
防波堤釣りで、マグロは釣れませんっ!
見様見真似、糸が切れないように竿を引いたり押したり、獲物との駆け引きを仕掛ける。
「そこ!引くべし!引くべし!」
「それはっ……打つべし!」
「結構余裕だね」
「ねーよ!」
いっぱいいっぱいだよ!
乗るんじゃなかった。
抉り込むジャブを打つ彼女からの引くべしコールは止まらない。
ぐっ、重い。本当にマグロなんじゃないだろうか。
「頑張って!もうちょっと!」
黄色い声援を一身に受けるが、海面に影すら見えないのに……いや!見えた!うっすらと糸の先の獲物の影が!俺には見える!
勝負を決める!
竿を一段と大きく引いてからリールを一気に巻き上げる。
「うおぉぉぉぉ!!」
「ファイトー!」
「いっ……ぱぁーつ!」
彼女の掛け声に合わせてもう一度大きく竿を引き上げる。
そして遂に竿のリールが巻き取られた。
すなわち、フィッーシュ!
人生初の釣果。
それは、
「…………」
「ね、ねぇ……」
「言わないでください」
「立派な長靴だね」
「言わないでー!」
長靴だった。
俺たち二人の視線の先にはそれはそれは立派な長靴がぶら下がっていた。
釣り針を外し、溜まっていた海水を流す。
「ま、まぁこういう事もあるよね」
「決めました」
あたふたとフォローをくれる彼女に俺は満面の笑みを向けた。
手が汚れるのも構わず、長靴を握りしめてバケツにぶち込んだ。
「釣りはもうやめます」
「諦めるには早いよ!?」
『皆さんこんばんは。23時のエンタメの時間です。今日は……』
風呂から出てようやく一息つく。日焼け止めを塗ったのに肌がヒリヒリと痛む。
長い間釣りしてたもんなぁ。
テレビの音をBGMに隣でご機嫌に釣り具の手入れをする父さんを見る。
あれだけ釣ればご機嫌だろうさ。
今日の夕ご飯は嫌になる程豪華だった。あれもこれも父さんの釣果だ。
息子を放ったらかしにして釣った魚はさぞ美味かっただろう。
実際美味かったが、俺は悔し涙を堪えながらそれを食べた。
とどのつまり、結論から言うと俺の釣果はボウズというやつだった。
長靴で心がポッキリ折れた俺であったが、ワンピースの彼女の励ましでなんとか持ち直したのであった。
しかしその後もゴカイを海に捧げるばかりで、結局分けてもらった餌を全て無くした瞬間俺の釣りは終了、お開きの運びとなった。
折角見ていてくれた彼女に良いところを1つも見せる事ができなかったのだ。
強いて言うなら海を1つ綺麗にした。
そして心に誓った。もう釣りはやるまい。
しかし、スマホを見て後ろ髪を引かれる。
メッセージアプリに新しい友達が登録されていた。
『○△あや』
ワンピースの彼女だ。
またリベンジしようと連絡先を交換したその一言が俺に釣りを引退させないでいた。
1日限りの趣味にさせない。そう意気込む彼女を裏切れないでいた。
次は、釣り堀から始めようかな。
いつの間にか釣りを続ける方向に気持ちが向いている事に気付き、笑ってしまう。
「っと、それよりこれ何て読むんだ?マルサンカクあや?」
『はーい、まんまるお山に彩りを。丸山彩でーす』
スマホを見つめ、解読に勤しもうとしていた俺の耳にBGMと化していたはずのテレビの音が鮮烈に響いた。
やけに聞き覚えのある、というか数時間まで隣で俺を応援していた声だ。
振り向き、テレビを見ればワンピースの彼女が小綺麗な衣装に身を包み、そこに立っていた。
『今日はこの時期ならではの海の幸を取材してきました!いやー、でも釣りって難しいですね!』
『アヤさん釣りをしたんですか?』
『見てただけだよ。でも今度は私もやりたいな。マグロを釣るの!』
『ブシドーですねっ』
『あはは、それはちょっと違うかなー』
テレビの向こうで笑いが起こるが俺はそんな場合ではなかった。
これ丸山って読むのかー。△って山って意味なのかー。確かに読めなくもないな。
スコン、そんな軽い音と共にマグロのスタンプが『○△あや』から届いた。
マイクを構え微笑む彼女が、俺には意地悪に笑う小悪魔に見えた。
『本日一夜限りのカバー曲を歌います。私の名前が入っているのでタイトルコールが恥ずかしいですけど。聞いてください』
道理で見た事があるはずだ。
アイドルに疎い俺でもよく知っている。彼女は有名人だ。
我が花咲川学園の2年生であり、人気ガールズバンドユニットPastel Palettesのボーカル。
『まほろば○△』
丸山彩は囁くようにそう言った。
湊友希那が幼馴染だった場合。でお気に入りが急激に増え、驚きつつも大変嬉しいです。
感想や評価、お気に入りを頂き、皆さんありがとうございます。
これを励みに次はなるべく早く次を投稿したいと思いますので、今後ともよろしくお願いします。
次は本編か番外編かは未定ですので悪しからず。