歯抜けのジーニアス   作:clon

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CATCHY

 

 

「イチくーん!」

 

 

朝一番、教室に向かう途中の廊下で独特の呼び名が聞こえる。

これは俺のことだ。振り向けば戸山さんがガッチャガッチャと重そうな荷物を抱えながらすごい勢いで走り込んできていた。

真っ赤なギターを手に彼女は元気ハツラツを体現している。

手を振って、俺に用事があるらしい彼女待つ。

そうして廊下の端から猛ダッシュしてきた戸山は乱れた息を整えることなく、高らかに宣言する。

 

 

「イチ君!私たちバンドやる!」

 

 

 

 

 

CATCHY

 

 

 

 

 

 

 

「バンド?」

「そう!ガールズバンド!」

 

 

ストラップを首から回し、持っていたギターを構えて弦を鳴らす。メロディと言うには足りない音が響いた。

 

 

「おおー、すごい!音が出た」

「へへー……ってイチ君、音くらい出せるよ」

 

 

鼻高らかに、そして萎んで拗ねるように唇を尖らせる。

そんなつもりで言ったんじゃないんだけど……。

戸山さんは俺のことをイチと呼ぶ。

‘一’と書いて‘ハジメ’と読むのが合っているのだけど彼女は兵動よりもハジメよりもイチの方が2音でお得だとのことだ。

お得よりも呼びやすいの方が正しいんじゃないかと俺は思う。

これを出会って2日目で呼ばれるのだから戸山さんのコミュ力には本当に驚かされる。

外部入学なのに既に俺より顔が広いってどういうことなの。

 

 

「昨日ね!有咲がこのギター使っていいよって!だからわたしこのギターでバンド始めるの!」

 

 

効果音がつきそうなほどキマっている。

 

 

「へー市ヶ谷が。よかったね。……あれ?でもそれって」

 

 

たしかネットオークションで30万くらい値がついてたはずじゃ。

続くはずだった言葉は話題の彼女が現れたことで途切れた。

 

 

「お前、早すぎ……」

「おおー、有咲!ごめんごめん!」

 

 

正に死に体。乱れに乱れた息を整えること叶わず。咳き込む市ヶ谷があまりに見ていられなくて鞄に入っていた水を差し出すが、のろのろと受け取っても力が入らないのか開封に手間取って中々水にありつけない。

 

 

「ほら。貸して」

「さ、さんきゅー……」

 

 

水を取り返してキャップを捻り、再び市ヶ谷へ。今度こそ水にありつけた市ヶ谷はゆっくりと体に染み込ませるように飲む。

半分くらい飲んだだろうか。キャップを閉めて一息ついた。

 

 

「バンドなんてやらないからな……」

 

 

そして最後の力を振り絞って呟き、教室へと消えていった。

それを珍しく静かに見守っていた戸山さんは顎が外れる勢いで愕然とする。

 

 

「そんな〜有咲〜!」

 

 

うっさい。今度こそ最後の力を振り絞った声だけ届く。教室を覗けば市ヶ谷は机に突っ伏していた。

ベソかきながらギターを鳴らす戸山さん。

シャララン。なんとなくギターも元気がないように思える。

語り弾きのようにポツリポツリと話す戸山さんが言いたいことをまとめるとこんな感じだ。

 

入学式の日に見たSPACEというライブハウスで開催されたライブ。

ずっとキラキラドキドキしたなにかをしたかった戸山さんはこれだと直感したらしい。

それで記念すべき同志1号に市ヶ谷を誘ったのだが……。

 

 

「全然いいよって言ってくれないんだよー」

 

 

しゃららん……。元気が益々なくなる。

今持っているランダムスターという真っ赤な星形ギターは市ヶ谷が小遣い稼ぎのために売る予定と聞いていたけど。

どう巡り巡ったのか戸山さんの手元にある。

それって……。

 

 

「そうだ!イチ君も一緒にバンドやろ!」

 

 

名案とばかりに目を輝かせる。

ジャカジャン!ランダムスターも輝く。

 

 

「ガールズバンドにメンズは御法度じゃない?それよりも」

 

 

チラリと見える教室の時計を指す。

 

 

「予鈴鳴っちゃうよ?」

 

 

そのタイミングでチャイムが鳴る。

戸山さんは隣の教室に消えて行った。

 

 

 

チャイムが鳴り終わる前に俺も席に着く。

市ヶ谷は未だに突っ伏したままだ。

先生が教壇に立ち、今日の予定を話す間もそのまま。そうして朝礼は終わっていく。

 

 

「バンド、やらないの?」

 

 

1限目が始まるまでの少しの時間、市ヶ谷にコンタクトを試みる。

 

 

「……やらない」

 

 

突っ伏したままだが交信は成功した。

 

 

「あのギター30万するって見せてきたじゃん。あれあげたってことはバンドやるってことじゃないの?」

「うっさい。疲れてんの」

「おっと、さっき飲んだ水の分くらいは喋ってもらうぞ。100円だ」

 

 

そこでついに市ヶ谷が顔を上げる。

恨めしそうに半分まで減った水と俺を順に見る。

 

 

「さっきの100円分」

「いやいや、何にももらってないよ、情報。

お情けで20円。あと80円」

 

 

せこい。市ヶ谷は呟く。もう飲んだんだもの。なにを言おうが俺が正しい。だって水をあげたんだもの。

 

 

「別に。蔵の掃除手伝ってもらったししつこいし大事にするっていうから」

「30万のギターの扱い軽いな」

「わたしの勝手だろ?」

「本当はバンドやってもいいって思ってるでしょ?」

 

 

市ヶ谷の肩が揺れる。

 

 

「そうじゃないと30万なんて簡単に手放せないだろ。やってみたいなら絶対やった方がいい」

「……うっせーなこっちだって色々あるんだよ」

 

 

疲れているからなのか段々と素直に話す市ヶ谷。

 

 

「難しく考えないでシンプルに、やろうって言ってるんだからやる!って言えば。戸山さんがシンプルなんだ、市ヶ谷もシンプルに行かないと」

 

 

うっせー。もう一度呟いたきり、交信途絶。

中々に気難しい。いい奴ではあるんだけど。

最後に一言だけ。

 

 

「30万円分の演奏期待してる」

 

 

実はあのギターが売れたら何か奢ってもらおうと思っていた。残念だ。

それにしても30万の演奏か。さぞ心に染みるんだろう。

元気ハツラツギター戸山さんとポジション不明のツンツン市ヶ谷。

自分で言っておいてなんだけど、面白そうではあるけど、心に染みることはなさそうだ。

想像して笑みが零れる。

 

 

「なに笑ってるんだよ」

 

 

交信再開。一人で笑っていたからかつい口を開いてしまったか。怪訝そうに眉をひそめる。

 

 

「30万入ったらラーメンでも奢ってもらおうと思ってて」

「売れても奢らん」

 

 

ですよね。想像通りの答えにまた笑い、授業のチャイムで交信は今度こそ途絶えることとなった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ん?」

 

 

ある日の朝、教室に入ると机の上にミネラルウォーターが置いてあった。

ここ、俺の席だよな?

席に間違いはない。

得体の知れないそれをつまんで目線の高さまで持ち上げて見てみるとマーカーペンで大きく100円!と書いてある。

100円?

このミネラルウォーターはたしかに100円だけど……。

正体不明のミネラルウォーター。不気味なそれを手に立ち尽くす俺。

 

 

「イチ君ーー!」

 

 

良く通る、聞き覚えのある声が俺を呼ぶ。

振り向けば廊下から顔を出す戸山さんがニコニコと手を振っていた。

 

 

「バンド!」

「バンド?」

「私たち、バンドやる!!」

 

 

近づく俺に戸山さんは彼女が待ち望んでいた結果を報告する。

 

 

「有咲がやってくれるって!……あれ?その水有咲が落書きしてた水?」

 

 

つまんだ水が目に入った戸山さんの言葉に、そこまで聞いてピンと来た。つまりはこの前渡した分のお返しということだ。

遠回し過ぎる彼女の行為に思わず笑みが浮かんでしまう。

一応、100円分話してもらったからお返しは貰いすぎになっちゃうんだけどな。

市ヶ谷に言うと怒りそうだから言わないけど。

市ヶ谷の好意を無碍にはできない。彼女なりの方法での気持ちなのだ。有り難く頂く。

 

でもとりあえずは、

 

 

「そんなことより、バンド始まるんだ?市ヶ谷をどうやって口説いたのさ」

 

 

市ヶ谷なりの素直な方法を、予鈴が鳴るまで戸山さんに付き合いながら聞かせてもらうとしよう。




文章にするって超難しい。

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