そんなこんなで遅くなりました。
カンカンカンと金槌を打つ音が響く。叩く叩く叩く。
教室内はワイワイガヤガヤ、そんな騒音に負けないくらいに。
そして遂に隣で同じく金槌を打っていた友達が根を上げる。
「終わらねー!」
「手を動かせ」
根を上げてもいいが両手を上げられるのは困る。
まだまだ釘打ちからのペンキ塗りもあるのだ。
「ちょっと休憩しようぜ」
言うが早いか、隣の怠慢野郎は金槌を置いて立ち上がる。
時間がないのに。まぁいいか。一息入れてそれから集中しよう。
隣に倣って立ち上がり、辺りを見回す。
どこもかしこも文化祭の準備一色。忙しそうに走り回ったり俺たちみたいに小道具の作成に追われていた。廊下に出てもきっと同じだろう。
ふと、廊下に目を向けた時、バチっと目があった。
加えて手招きをしている。お求めは俺じゃないかと思ったが、どうやら俺で間違いないらしい。
「ちょっと休憩してくるから作業進めてて」
「任せろ。お前の分はちゃんと残しといてやるよ」
「無理して残さなくていいから」
きっちり半分にするためか釘を数え始める友達を置いて廊下に向かう。
彼女は申し訳なさそうに眉を八の字に曲げている。
「ごめんね、忙しいのに」
「いいよ。休憩中だから」
手招く沙綾に吸い寄せられ、俺は人がひしめく廊下へと消えて行った。
「はい、これもらって」
階段の踊り場で紙袋を差し出される。
受け取って中身を確認してみると、
「パン?」
一口サイズのミニパンが何種類か入っていた。ピザパンやコロネ、どれも美味しそうで目移りしてしまう。
「そ。明日1-Aカフェで出すパン。準備頑張ってるみたいだし差し入れ」
1-Aカフェいいなぁ。まだ少したこ焼きに未練が残っている。いや、演劇も案外楽しいけどね。みんなで何かをするのは初めてだしあまり話さなかったクラスメイトとも仲良くなったし。
だからこそ来年こそはたこ焼きを出し物にしてみせる。
「ありがとう。後で食べるよ」
「うん」
それだけ、なのだろうか。会話がなくなる。きっとこれだけではない。沙綾がどうしよう、なんて言いたげに視線を泳がせているのだ。
「……この前はごめんね?」
沙綾の中でつっかえていた言葉が出てくる。
それは謝罪だったが、身に覚えがなかった。
「この前一緒に帰った時、走って帰っちゃって」
きっと俺の頭の上に疑問符が見えたのだろう。補足があり、ようやく合点がいく。
随分前の事なのに。
「そんなの気にしてないって」
「私が気にするのっ」
「そうなのか。じゃあ許す!」
許しを請われるのであれば許すのが当然。これで気が晴れるのならなんては事ない。
事実気が晴れたのか沙綾は笑う。
「ふふ、何それ」
それから他愛もない会話をしながらお互いの教室に戻る。休憩をしすぎると後が怖いから。
そして教室の前に着いて俺は沙綾に尋ねる。
「そういえば市ヶ谷達文化祭でライブやるみたいなんだけど沙綾も見る?」
いつかのリプレイを見ているかのようだった。
それを口にした瞬間、沙綾の時間が止まる。
「あ、あー、そうみたいだね。うーん、見に行こうかな」
言葉を必死に選ぶ沙綾。
「沙綾はドラムやらないの?」
「……もう出来ないよ」
「そっか、見てみたかったな。ドラムやってるとこ」
「ごめんね、見には行くから時間が合えば一緒に行こ」
2、3約束を交わして沙綾は1-Aに消えて行った。
意地悪し過ぎたかな。
ポケットに手を入れ、ある物を出す。
Poppin'Partyと大きく描かれたカラフルなフライヤー。
市ヶ谷達が作った自分たちのバンドの宣伝フライヤーだ。文化祭で演奏する案内には市ヶ谷達バンドメンバーの名前が書かれている。
そこには沙綾の名前も。
俺は知っていたのだ。沙綾がドラムを辞めた理由を。
戸山さんからその理由を聞き、沙綾をバンドのドラムとして迎え入れたい旨も聞いた。
どうすればいいか、戸山さんからアドバイスを求められたが、俺では無理だ。
多分俺では沙綾の気持ちを汲むことは出来ない。沙綾の本心を理解することはできないだろう。きっとそれは戸山さんの役目だ。
先に作業を始めてくれていた友達に詫びを入れて釘打ちを再開する。
間に合わないー!そんな声が隣以外からも上がる。
間に合わせるんだよ!弱音にはこんな喝が必ずセットで響きクラスで笑いが漏れる。
今日は文化祭前日。
開催は明日に迫っていた。
ヒーローになれずに
「か、完成ーー!」
最後の暗幕を貼り付けて、コミュ力モンスターB型戸山こと池杉君が拳を突き上げる。
今日一番の歓声が上がる。
しかし時間も時間なので池杉君が慌てて静める。
時間は19時。もう日も沈み、夜の帳とやらが下りきっていた。
「みんなの協力のおかげでなんとか完成することが出来ました!」
ロケット打ち上げ成功に値する喜びが湧き上がる。時間としてはロスタイムだけど何とか舞台の作成を終えることが出来た。
演劇の出来が思いの外クオリティが高かったため、それに合わせるように舞台演出の追加が決定されたのだ。
追加に次ぐ追加。結局客席を少し減らして舞台の拡張まで行う事となった。
俺達が釘を打っていたのがその舞台なのだ。
「じゃあ今日はもう遅いから明日文化祭が始まる前に劇を1回通しでやりまーす!今日は早く帰って寝ること!朝ご飯はバナナだけでも食べてくるように!」
池杉君のそれが合図となり、みんなが軽い挨拶をして教室から出て行く。
俺も釘打ちを共にした同志と帰ろうかと辺りを見回したその時、
「やっと終わったぁ……」
ぐったりと俺の制服を掴む市ヶ谷がいた。
ぐえー、そんな悲鳴がとても似合いそうだ。
「お疲れー。どうした?」
「帰るぞ」
クイっと廊下を指す。なんだか様になっててかっこいい。
けど、疑問が残る。
「そんな事言うの珍しいね」
というより初めてだ。
Poppin'Partyが名も無きバンドだった頃から練習漬けだった市ヶ谷達。
戸山さんが練習のお迎えでクラスに突撃してくるのが嫌だったから誰よりも早く教室から出ていた。
そんな後ろ姿を眺めるのが恒例となっていた。
だからこうして帰るぞなんて言葉は俺にとって雷に撃たれたと等しいのだ。
明日は雨なのか。
でもまぁ、いいか。誰かと約束していたわけでもないし外も暗くなってきたし。
「おっけー。準備するから待ってて」
「早くしろ!じゃないと」
「市ヶ谷さんっ」
じゃないと、その続きを聞くことが出来なかった。市ヶ谷の動きがピタリと止まる。
市ヶ谷の背後、つまりは俺の正面で池杉君が人の間を縫うように駆け寄ってきていた。
そこからの市ヶ谷の顔が面白かった。
焦る顔からげんなり、そしていつもの猫被りで振り返る。
どういう感情を経由しているのかよく分かるけどどうしてそうなるのかが謎だ。
「市ヶ谷さん一緒に帰らないっ?」
「ごめんなさい、約束があって……」
ノータイムで答える市ヶ谷。先約って俺の事なのか?
「そうなんだ……残念。それじゃあまた明日ね!文化祭頑張ろう!」
兵動君もまたね、そう言って颯爽と去っていく池杉君。展開について行けず、手を振るしか出来ない俺だったが、不意に制服を引っ張られる。
「ほら、早く帰るぞ」
「あ、ちょ、危ないって!」
バタバタと足並みが揃わずよろめく。それでも引っ張る市ヶ谷になんとか合わせて歩き出す。
教室を出て廊下を歩き、階段を降りる。
ここまでお互い無言。少し前を歩く彼女の姿はなんだか怖い。ようやく玄関にたどり着き、靴を履き替える。
そんな時、
「悪かったな、ダシにして」
市ヶ谷が詫びを入れてきた。
なんとなく分かっていた事だったからどうという事はないが。
「よく誘われるの?」
「文化祭の準備が始まってからちょくちょく」
「池杉君の事苦手なの?」
「別に苦手ってわけではないけど……」
「好きなの?」
「それはない」
言い淀んでいるので、察してあげたら真顔で否定された。
「猫被ってるのも疲れるし。ただでさえみんなを待たせてるのにバンドの練習にも遅れるし」
ブツブツと愚痴みたいなものを聞きながら学校を後にする。猫被りも大変らしい。
「これからバンド練習なんだ」
「明日が本番だからな。と言ってもドラム不在だけど」
「あー……」
結局沙綾をメンバーに引き込む事が出来ないまま明日を迎えてしまう。
「お前山吹さんと仲良いだろ。説得して」
「えー、無理。ちょっと話してみたけど駄目だった」
「そっかー……」
市ヶ谷の溜め息が空へと消えていく。
きっとドラムはパソコンの打ち込みで茶を濁すことになる。
「俺じゃどうにもできないと思う。きっとそういうのは戸山さんにしかできないと思う」
市ヶ谷は無言だ。多分彼女も分かっているんだ。そういったヒーローみたいな、どうにもならない問題を解決してくれる存在は戸山さんなのだと。
「バンドしたくても言えずにソワソワしてた市ヶ谷の事も引き込めたしな」
「はぁ!?そわそわなんかしてねぇ!」
「えー、ほんとにぃ?」
肩を叩かれ、強制的に黙らされる。
言い過ぎたみたいだ。
「まぁ」
前置きを一つ。前置きなのにその後に続く言葉は出てこなかった。
視線で続きを催促する。当然市ヶ谷はそれに気付いているがあっちこっちと彷徨わせるばかりで言葉が出てこない。
こうなったら意地でも言わせてみせる。
無言を貫く俺。耐え切れなくなったのか踏ん切りがついたのか市ヶ谷は遂にその小さな口を開いた。
「香澄だけじゃなくてお前が素直になれって言ってくれたから今こうなってると思う。どうにも出来ないなんて事はない事もない」
市ヶ谷がボソボソと語る。まさかの言葉に、まさに耳を疑った。
あの憎まれ口の権化のような市ヶ谷が最後にちょっと遠回しになったけど褒めるなんて。
俺は思わずスマホを取り出す。
「録音したいからもう一回言ってもらっていいか?」
「ばっ、もう言わねー!」
耳を真っ赤にさせてそっぽを向く市ヶ谷。ごめんごめんと謝り、スマホをしまう。
でも素直に嬉しかった。市ヶ谷がそんな風に思っていてくれた事が。
そういうのは、戸山さんとか、池杉君とか先導できる才能がある人だけの特権だと思っていたから。自分でも、少しでも特別になれると思うと嬉しかった。
「は、は、はっくしょい!」
不意に歩く市ヶ谷が大きなくしゃみをした。
とても花の女子高生とは思えないほどの。
感動が台無しになった気がした。
「くしゃみデカイなー、君」
「うっさい。寒いのが悪いんだ」
少し肌寒そうに肩を抱く。
確かに少し寒い気もする。
「ほら、これ着てなよ。主役が風邪引いたら不味いだろ」
ブレザーを脱いで市ヶ谷の肩にかける。
サイズ違いでコートみたいになったけど寒いからいいのか。
かけられたブレザーと俺を交互に見て市ヶ谷はいつものニヤリとした笑みを浮かべる。
「キザだな」
こいつ最低だ。
「でも、折角だから着てやるよ。私は姫だからな」
返せと言う前に市ヶ谷はブレザーに袖を通してしっかりと着込む。
あったかい。我らが姫はそう呟いた。
姫は猫被りで、口が悪くて、意地っ張りで、そして器用に見えて不器用なのだ。
上から目線もなんて事はない。それが市ヶ谷なのだから。
「ほら、早く行くぞ。香澄達が待ってる」
「御意」
「御意言うな」
姫と従者はそれから明日の文化祭の話で花を咲かせながら、城へと帰宅するのだった。
アニメの話の間だったりダイジェストの所ばっかりですね、この話。
おかげでアニメを何周も見直さなくていいんですけど。