歯抜けのジーニアス   作:clon

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この話を書きたいがために書き始めました。
これからどうしよう…。


MAGIC

天井が歪む。

呼吸をする度に、それに合わせて波打つ。

自分の鼓動が煩い。

ドンドンと頭の奥からノックされているみたいだ。

 

咳が止まらない。

骨が軋む音がする。節々が痛い。

 

こうして寝かされるまでは疲れてるだけだと思っていたけど、どうやら俺は風邪を引いている。

それもタイミングが最悪な事に文化祭当日に。

 

外は普段は流れないBGMが校内中で放送されている。活気が満ち満ちていて、騒ぎ声がここまで響いてくる。

 

待ちに待った文化祭。

それなのに俺は保健室で1人寂しく寝ているのだった。

 

 

 

MAGIC

 

 

 

今朝起きたら喉が痛かった。

口を開けたまま寝てしまったのかと思い、うがいとのど飴を舐めて登校した。

朝クラスのみんなと劇の練習を始めてすぐだろうか、喉が痛い、体の節々が痛い、段々と立っていられなくなり、保健室に担ぎ込まれたのだ。

診断の結果は風邪。

こういった季節の変わり目にはよくある事らしい。寒かったり暑かったり、気温の変化に体が追いつかなかったとの事だ。

 

そんな診断をした保健室の先生は運営本部で待機しており、俺は1人寂しく熱にうなされている。

 

 

「みんなには迷惑かけたな……」

 

 

最後の練習の出鼻をくじいてしまった。それに演劇にも出られなくなってしまった。

幸い、俺の役は一言セリフがあるだけ。出番も数秒。

みんなもなんとかなると言ってくれたけど負担をかける事にも代わりはない。

 

 

「あー、何やってんだろ。俺」

 

 

なんて迷惑なんだ。

熱のせいか保健室の薬品の匂いが鼻に付く。

気持ち悪い……。

 

クラスメイトが買ってきてくれたスポーツドリンクを飲む。

これも今度返さないと。

 

色々な思いが浮かんでくるが全然考えがまとまらない。グルグルとしていたら段々と眠くなってきた。

起きたら風邪が治っているかも。

そうだったらいいな、願いを込めて俺は睡魔に身を委ねた。

 

 

 

 

 

 

 

 

不意に意識が覚醒する。

ゆっくりと目を開けるとそこには人影があった。

 

 

「イチ君大丈夫?」

 

 

そこには戸山さんやPoppin' Partyのみんながいた。いつもの元気がない戸山さん。

心配してさせちゃったのかな。

なんとか笑って応える。戸山さんもようやく笑みを浮かべてくれた。

 

 

「…………今、何時?」

「10時だよ、兵動君。起こしちゃってごめんね」

「大丈夫だよウッシー。2時間くらいは寝てたから」

 

 

謝罪を手で制して起き上がる。

10時ってことは1回目の演劇はもう終わったのか。スマホを見れば劇の成功の知らせとたこ焼きなうという写真がクラスメイトから送られてきていた。

あんなに望んでいたたこ焼きだが、今は見るだけでも胃から何か込み上げそうだ。

 

残念ながら風邪はまだ治っていないらしい。

 

 

「ゼリーとかあるんだけど食べられる?」

 

 

ウッシーの手にある袋からゼリーがゴロゴロと出てくる。

お返しリストがまた増えてしまった。

 

 

「ごめんねいくらかかった?」

「あ、これは有咲ちゃんが兵動君にって」

 

 

ウッシーが横にずれて視界が開ける。

そこには眉間に皺を寄せた市ヶ谷がいた。

 

 

「病人がそんな事気にすんな。食べて寝ろ」

「ごめんな。演劇の事も迷惑かけてごめん」

「お前はっ……!」

 

 

怒られる。そう思ったが市ヶ谷はそれ以上何かを言う事はなかった。

 

 

「休憩の間に抜け出してきたから戻る」

 

 

そう言って彼女は保健室から去っていった。

みんな彼女の行動に何も言う事が出来なかった。

廊下を歩く音が遠ざかっていく。

 

 

「あのね、私たち有咲ちゃんが保健室まで走ってるの見つけて兵動君の事を知ったの。このゼリーも渡しにくいから渡してくれって。すごい心配してたよ」

 

 

足音が聞こえなくなる頃、おずおずとウッシーが語る。そうだったのか。市ヶ谷にも気を使わせちゃったのか。

 

 

「イチ、有咲に何かしたの?」

「何かって絶賛風邪っぴきで……っておたえさんそのカメラは何?」

 

 

今まで無言を貫いていたおたえさんは何故かカメラを構えてこちらを見ていた。

 

 

「お父さんに借りてきたの。色々写真を撮ろうと思って」

「そうなんだ。じゃあお願いがあるんだけどみんなの写真を撮ってきてもらえないかな。俺は文化祭参加できないから」

「オッケー。じゃあみんな並んでー」

 

 

違うそうじゃない。

ウッシーも写真を撮ろうとするおたえさんを止める。

カメラはもっと別の時に使ってくれ。

こんな病人を写しても何も面白くない。

 

 

「みんなの写真とかさ、ライブの写真とか撮ってきてよ。後で見れるように。

ライブ見に行く約束だったのにごめん」

「ライブは今日だけじゃないから大丈夫!次のライブはイチ君のために特等席用意しておくね!」

 

 

問題ありませんと胸を張る戸山さん。

 

 

「ライブの写真はバッチリ撮ってくる」

「おたえさんはギターを弾きなさい」

 

 

撮ってくるからねー。まだ言うおたえさんをウッシーは引きずって出て行く。

 

手を振ってそれを見送る。

彼女達といるといつもお祭り気分になれる。

思わず笑ってしまうのは彼女たちの魅力なのだろう。

 

 

「あのねイチ君……」

 

 

出て行った2人に着いていかず、戸山さんは保健室に残っていた。

 

 

「今日沙綾学校来てないんだ。お母さんが倒れたって」

「……そうなんだ」

「沙綾も、イチ君も、来られないのは残念だけど、私達一生懸命ライブをやるからいつか、見てほしいな」

「うん、絶対見に行くよ」

 

 

頷くと戸山さんは弾けるような笑顔を見せてくれた。

 

 

「じゃあ私も行くね!ライブ頑張るから!」

 

 

戸山さんが保健室を出て、再び静かになる。

ベッドに倒れこむと疲れがドッとなだれ込んで溜め息が出る。

楽しかったけど、疲れた。

もう一度、ゆっくり寝よう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ごめんな……」

 

 

声が聞こえる。

 

 

「……頑張ってくるから」

 

 

悲しい声が聞こえる。

そんな声するな。

頑張ってこい。

 

 

「ありがと、行ってくる」

 

 

そして優しい笑みが見えた気がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

冷たい。ヒンヤリとした何かが気持ちいい。

それが当たる額から中心に気だるさが少し楽になる。

 

 

「……市ヶ谷?」

「よう、起きたか」

 

 

重たかった瞼を上げると市ヶ谷がそばにいた。

額に手を当てるとハンカチがあった。

さっきのはこれか。

 

 

「体調は?」

「……ゼリーのおかげで全快だ」

「あほか」

 

 

ぺちり。ハンカチを外して叩かれる。

ぐっすり寝たからか朝よりは良くなった気がする。

時計を見ようと思ったが、それよりも外の日が傾いて茜色に染まっている事に気付いて悟った。

 

 

「文化祭、終わっちゃったか」

「今は片付け。それももう終わりそうだけどな」

 

 

市ヶ谷の言う通り、みんな何日もかけて作った出し物を解体している。

きっとそれは、俺達のクラスも同じだ。

昨日まで釘打ちをしていた舞台もああなっているのだろう。

俺の今年の文化祭はこれで終わってしまった。

1日中寝てるだけだったな。

 

 

校庭で、終わっても尚楽しそうにしている彼らを眺めていると、市ヶ谷がポツリと呟いた。

 

 

「ごめん」

 

 

それはまたゼリーのお世話になろうかと手を伸ばした時だった。

不意の言葉に市ヶ谷を見る。

彼女は俯いたまま、もう一度呟いた。

 

 

「ごめん。私が上着を借りたから」

「いいって。これだけ色々貰ったからもう充分」

 

 

サイドテーブルには消費し切れないほどのゼリー。向こう3日くらいデザートに困らない。今日のデザートはぶどうゼリーに決定だ。

 

 

「でも、あんなに楽しみにしてたのに」

 

 

腑に落ちないと言った様子の市ヶ谷。

いいって言ってるのに。

市ヶ谷はどこか頑固だ。本人がいいならいいと思うのに。

 

 

「じゃあ来年の文化祭こそたこ焼き屋を実現するのを手伝ってもらおうかな」

 

 

そんな提案をすると浮かばない顔をしていた顔がキョトンとする。

 

 

「まだ諦めてなかったのか」

「おう」

 

 

胸を張って言い切る。今年から根回しを始める。仕込みは時間が長いほどいい。

 

 

「ははっ、しゃーねー。来年はお前のためにたこ焼き屋にしてやるよ」

 

 

市ヶ谷が困ったように笑う。

検便の事を黙っていよう。もう言質はとったのだから。

女の子だから最終手段としてだが。

しかし最終となったら容赦はしない。録音はしていないがこれで押し通してみせる。

 

 

「ライブはどうだった?」

「大成功」

「そっか。よかった」

 

 

漸く話題が変わる。自信ありげに語ってくる。

心残りがあるとすればこれだけだ。Poppin'Partyの初ライブかなり楽しみにしていたんだ。

 

 

「実は……」

 

 

見れば恥ずかしそうに制服のポケットを手で抑えている。

 

 

「ライブを録音、したのあるんだけど。

も、勿論ちゃんとしたライブで聞きたいっていうのが良いのは分かってる!でももしかしたら聞くかなーって」

 

 

あれこれと止まらない市ヶ谷。それを見てたらなんだか笑えてきてしまった。

笑みに気付いた市ヶ谷はあれこれを止めてご機嫌斜めに俺を見る。

 

 

「んだよ、いらねーって言うなら」

「いるいる。聞かせてください」

 

 

なんだか納得いかない。しかし俺に催促されて仕方ないとばかりにスマホを取り出す。

それにイヤホンを刺して片方を俺に差し出す。

 

 

「ん」

 

 

もう片方を自分の耳につけて。

 

 

「市ヶ谷も聴くの?」

「恥ずかしいだろ。聴かれるのジッと待ってるのは」

 

 

それはたしかにわかる気もするけど……。

イヤホンの片方を受け取り、市ヶ谷と交互に見て耳に付ける。

市ヶ谷を持っていたそれを付けてスマホを操作する。

こっちの方が恥ずかしいと思うのは俺だけなのだろうか。

 

 

「よし、今から流……す」

 

 

準備が出来たのか顔を上げる市ヶ谷と目が合う。

かなり近い距離で。

 

 

「ばっ、近ぇよ!」

 

 

市ヶ谷が勢い良く仰け反る。そのせいでイヤホンが俺たちの耳から取れてしまった。

だから言ったのに。

2人して取れたイヤホンを眺めていたが、市ヶ谷がそれを取って再び装着。片割れを俺に差し出した。

 

 

「早くしろ」

 

 

顔から耳まで真っ赤な事に気付いているのだろうか。

恥ずかしいけど市ヶ谷がここまでしたのだ。俺も腹を括ろう。

受け取り、市ヶ谷に倣う。

 

 

「いくぞ」

 

 

その瞬間、世界が変わった気がした。

1秒でサウンドがなだれ込む。

 

10秒でコーラスが弾ける。

 

乾いた心が潤うように。

あっという間に魔法にかけられた。

イヤホン越しのとびきりのマジックに。

 

楽しそうな市ヶ谷達の歌声。

目を閉じるとそこに俺もいるかのように錯覚してしまう。

大勢の観客を前にして歌う俺を。

しかしそんな楽しい時間も終わり、少しの間もなくイヤホン越しでも分かる割れんばかりの歓声と拍手が聞こえる。

そこで俺は目を開いた。

 

 

「STAR BEAT、ホシノコドウって曲なんだけど……どうだった?」

 

 

 

イヤホンのコードをクルクルと弄びながら市ヶ谷はおずおずと尋ねてくる。

そんなの決まっている。

 

 

「もう一回、聴いてもいいかな」

 

 

その言葉だけで満足したのか、市ヶ谷も笑みを浮かべて録音をリピートしてくれる。

そして俺はまたマジックにかかった。

 

今日一日の褪せた色をとんでもない景色に塗り替えるようなとびきりの音のマジックに。

 




アイスティーさん感想ありがとうございます。感想があるとやっぱり嬉しいですね。

今回は超難産でした。
一が何回起きるか、有咲のごめんねシーンをどこに持ってくるか

書いては消しての繰り返しで時間がかかってしまいました。
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