歯抜けのジーニアス   作:clon

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場面転換の多さと文字数が倍プッシュになりそうなんで今回は2つに分けました。


強い人(1)

「オーディション落ちた……」

 

そろそろ初夏と呼ぶに相応しいほど暑くなってきたこの頃、朝一番から市ヶ谷有咲は項垂れていた。

晴れた空模様とは対極的に机に突っ伏し、心雨模様なご様子だ。

 

「オーディション?」

「SPACEはオーディションがあってそれに合格しないとだな……」

 

ポツリポツリと話のさわりを語り出す。

つまりはオーディションに合格しないとライブが出来ないらしい。

新曲を引っさげていったがまだまだSPACEで演奏するにはレベルが足りないとの事。

 

「レベルの事は分かってたけどやっぱ悔しいな」

 

呟く彼女は本当に悔しそうで。

 

「また受けるんだろ?」

「もちろん。まぁ香澄も合格するまで受けるっていうけど……」

 

歯切れの悪くなる市ヶ谷。

体を起こし、深い溜め息を吐く。

 

「もうすぐSPACEが閉店するみたい」

 

そいつはてーへんだ。

 

 

 

強い人(1)

 

 

 

元々SPACEでライブを目標にしてきたのにこの目標がなくなろうとしているのがPoppin' Partyを躍起にさせている原因らしい。

最近は練習も熾烈を極めているとか。

朝からぐったりの原因はこれか。

 

「あんまり根を詰めても逆効果って言うしほどほどにな」

「どこ情報だよそれ」

「ネットで見た」

「胡散くせぇ!」

 

漸くいつもの元気が見れた気がする。

頬杖をついて俺を見る市ヶ谷を見返して思わず笑いが出てしまう。

 

「んだよ」

「なんでもないよ。ほらこれあげるよ」

「……なんだこれ」

「飴。ピーチ味。一袋126円」

「金額は聞いてない」

 

机に置いた飴玉1つ、取ってビー玉のように眺める市ヶ谷。

付け足すのであれば最近の俺のお気に入りの飴だ。大粒で大満足の一品である。

 

「疲れた時は甘いものが一番っていうしな。練習で疲れた時に食べろよ」

「ふーん、それはどこ情報?」

「どこ情報か気にしすぎだろ。テレビでやってたんだよ」

「そうか。なら信じられるな」

「市ヶ谷の基準がよく分からん。ネットが趣味じゃないのか」

 

ヘビーユーザーたる市ヶ谷から趣味のネットが信じられないととんでない言葉が飛び出す。

ネットはダメでテレビが良いとは是如何に。

何が違うのか俺には分からなかった。

 

「趣味だから分かるんだよ。ネットは胡散臭いって」

 

そんな事を言いながら包みを解いて口を放り込む。

 

「あっ、練習の時にって言ったろ」

 

人の言う事を全く聞かない上に聞いていない。

モゴモゴと飴を味わう市ヶ谷。

 

「美味しいなこれ」

 

……まぁ許してやらんことも無い。この飴の美味さが分かるのなら。

 

「イチー」

 

追加で飴を差し出そうと思っていたら俺を呼ぶ声が。廊下を見ればおたえさんが小さく手を振っていた。

市ヶ谷と顔を見合う。俺?市ヶ谷じゃなくて?

市ヶ谷は俺を指差して行けと伝えてくる。

俺なのか。

 

未だに手を振るおたえさん。俺は小走りで彼女に駆け寄った。

 

「どうしたのおたえさん」

「これ現像できたから」

 

差し出される茶封筒。中を見ると大量の写真が入っていた。

これって……。

 

「文化祭の写真持ってきた」

 

おたえさんの言う通り、文化祭の写真がそこにはあった。

戸山さんやウッシーが出店で遊ぶ写真、1-Aカフェで接客している写真、ライブの写真、どれも楽しそうだった。

 

「あ、これ」

 

捲っていくとそこには俺がいた。

熱冷ましのシートを額に貼って寝ている俺が。

 

「それ自信作」

「その自信はどこから来る」

 

盗撮じゃないか。誇るおたえさんだが何とも間抜けな写真だな。

それは闇に葬らないと。手早く捲って隠滅する。

 

「ん?市ヶ谷?」

 

1つ、目に留まった写真がある。

インドアな市ヶ谷にしては珍しく走っている写真があった。フォームなど御構い無しに何かを抱えている。

 

「それはねー、イチのお見舞いに行く途中に撮ったの。タイトルは、お見舞いに行く有咲」

「タイトルそのままだね」

 

そうか。これはあの時貰ったゼリーが入ってたのか。一眼レフカメラの性能はすごい。跳ねる髪、流れる汗の一粒がはっきり見える。躍動感ってやつだろうか。

 

「これも自信作」

 

これまた誇らしげなおたえさん。

 

「うん」

 

俺もこの写真が一番気に入ったかもしれない。一通り見て写真を封筒に戻る。

 

「ありがと、おたえさん」

「来年はイチも一緒に撮ろうね」

 

また手を振り、隣の教室に消えて行くおたえさん。

俺も市ヶ谷の元へと戻って行く。

 

「んで、なんだったんだ?」

「文化祭の写真もらった」

「おっ、私にも見せて」

「あとでなー」

 

んだよー今見せろよー。市ヶ谷は飴を舐めながら抗議してくるが、俺は時計を指差し黙らせる。

もう授業の時間だ。納得したのか飴を舐めることに専念する市ヶ谷。

大きすぎる飴玉が市ヶ谷の頬をリスのように膨らませるそれがなんだかおかしくてそっとスマホを取り出した。

見つからないように何気ないふりをしてシャッターを押す。

不貞腐れながら右の頰を膨らませている。

中々良い写真が撮れた気がする。

 

予鈴が鳴り、市ヶ谷の隠し撮り写真は俺のポケットへと消えていった。

 

 

 

 

「へー、よく撮れてんじゃん」

 

結局、見たい見たいという市ヶ谷に押し切られ、写真は授業が終わるとすぐに見せることになった。

市ヶ谷の机の上に写真を広げて2人であれこれ手にとって眺める。

おたえさんの隠れた才能に驚いたのか、感心しながら写真を見る市ヶ谷。

勿論おたえさん自信の1枚というあの2枚の写真は抜いている。

1枚は恥ずかしいしもう1枚はきっと没収されるから。

 

そんな中、ライブの写真が目に入った。

みんな楽しそうに演奏をしている。

 

「みんな、楽しそうだな」

 

写真を誰かに頼んだのだろうか。客席から撮影されていた。

5人それぞれのアップの写真もある。

その中で手に取ったのは市ヶ谷の写真だ。

それは本当に楽しそうで、戸山さんの理想、キラキラドキドキを体現しているようだった。

 

「不登校でぼっちだった市ヶ谷がこうもなるかぁ」

「うっさい!ぼっち言うな!」

 

からかい過ぎたか、猫のように毛を逆だてる。ごめんごめんと謝るとキツかった目元が柔らかくなる。

 

「でも、戸山さんには感謝しないとな」

 

きっと俺達みんな戸山さんがいなければ知り合う事もこうして話したり一緒に帰ったりする事もなかった。

改めてそう思うと自然と感謝の気持ちが出てくる。

今度改めてお礼でも言ってみようか。

そう思っていたら市ヶ谷はフンスと鼻息荒く溜め息をついた。

 

「私は巻き込まれただけだけどな」

 

腕を組み、意地でも認めない姿勢を取る市ヶ谷。

でも市ヶ谷のそれは逆を意味している事を俺は知っている。

 

「なんだかんだバンドは続けてるくせに。正直なところ楽しいんだろ?」

「……楽しいかつまらないかって言えば別に楽しくないわけじゃないし……」

 

組んでいた腕を解き、視線を彷徨わせる。

途端に要領を得なくなる。

ブツブツと言い訳みたいな事を言っていた市ヶ谷だが、不意に静かになり視線を机に落とす。

 

「ぶっちゃけさ。SPACEのライブ、私はそんなに拘ってねーんだ」

 

唐突に、本当に唐突に市ヶ谷はそう呟いた。

 

「別にやる気がないとかじゃなくてさ、今のまま蔵で集まって練習して、この前みたいに文化祭とか披露する機会があれば披露して。それくらいでいいんだよ。何が何でもSPACEでライブ!って私は思ってない」

 

そんな市ヶ谷の告白。

それは戸山さんの意見に真正面から対立するものだ。

市ヶ谷はそれを分かっているのだろうか。

 

「でも戸山さんは……」

「分かってる。香澄がSPACEでライブをしたいって言うなら私も頑張る。香澄が始めたバンドだからな」

 

ライブするのも嫌いじゃないしなー。そう言って彼女は机に広がった写真を集めて封筒に戻して俺に差し出す。

 

「香澄の隣にいるのは大変なんだぜ?」

 

市ヶ谷は歯を見せ快活に笑う。封筒を受け取り、そんな姿を見て俺も笑う。

市ヶ谷は戸山さんが好きだから頑張っているんだ。

そういう気持ちは分かる気がする。

 

「戸山さんのお母さんみたいだな」

「そーいうのは沙綾の役目だろ」

「あー……たしかに。……じゃあ近所のおばさん?」

「誰がおばさんだ!」

 

市ヶ谷達を応援する気持ちはきっとそれと同じだと思うから。

市ヶ谷達の努力が報われてほしい。そう願った。


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