3回くらい書き直しました。
バンドリのイベントで初有咲をゲットしました。
思いを込めたノートの特訓後有咲やばたにえん。
君が泣いた、子供のように。
突然泣いた、崩れるように。
強い人だと思っていた。負けず嫌いで頑固者。でもそれはただの強がりで、そう演じているだけで。
だけどたまに見えるその弱さにきっと俺は気付いていたのかもしれない。
そんな彼女に俺は。
強い人(2)
「ダメだ。ライブには出せない」
それは無情で、はっきりと告げられた。
パクパクと金魚のように口を動かすが言葉が出ない。
グッと口を閉じ、一息おいてようやく言葉が出てくる。
「……なんで、ですか」
視線の先の初老の女性は鋭い視線を返す。
体は衰えてもその鷹のような眼光は衰え知らずらしい。
SPACEのオーナーたる者睨みで防御力を下げるくらい当たり前なのかもしれない。
「やりきったのかい?」
それは以前にも投げかけられた言葉だった。
それに答える事は出来なかった。
そしてそれは今日も。
やりきった、その言葉がどうしても出てこなかった。何故か嘘でも出てこなかった。
無言を答えとして受け取ったのか、オーナーは全て分かったように短い溜め息をついた。
「あんた、本気でキーボードやってないだろ」
市ヶ谷はまた、答える事ができなかった。
自分の手元のキーボードを見つめる事だけ。
それを沙綾達も見つめる事しか出来なかった。
「……そんな事があったのか」
夕陽も沈もうかとしている時、俺は沙綾から事のあらましを聞いていた。
話し疲れたのか沙綾はコーヒーを飲みながら頷く。
ここは商店街にある喫茶店。俺と沙綾は向き合ってコーヒーを飲んでいた。
何故俺たちが一緒にお茶をしているかというと、それはさっきの話に繋がってくる。
簡単に言うとSPACEの2度目のオーディションに落ちたのだ。
SPACEから家に帰る途中だったのだろう沙綾とばったり会ってこうして浮かない顔をしている彼女から訳を聞いたと言う事だ。
「本気じゃない、か」
思い出されるのは市ヶ谷のSPACEに拘っていないと言う言葉。
「市ヶ谷落ち込んでなきゃいいけど」
「それなら大丈夫。有咲強いから見返してやるー!って息巻いてた」
指で角を生やす沙綾。そんなに市ヶ谷は怒っていたのか。想像して笑ってしまう。
「次のオーディションが最後のチャンスなんだ。まだまだブランクあるし私も頑張らないと」
残ったコーヒーをグイッと流し込み、ソーサーに戻す。
なんか様になっててすごいかっこいい。
たまに男前なんだよなぁ。下手な男より、というより俺より男前。
狙ってやってるんじゃないだろうか。
「どうしたの、一」
「沙綾が男前だと思って」
「それ全然褒め言葉じゃないからね」
ぼんやりと考えていた俺の受け答えに不服そうに眉間に皺を寄せる。これは全然凄みがなくて怖くない。
「すみません」
「分かればよろしい」
頭を下げる俺と許す沙綾。数秒立ってこられ切れなくなり2人して笑いが漏れる。
「ふふっ、変なの」
「ホントだな」
「ねぇ、終業式の日何か予定ある?」
「んー、多分ない」
そう言うと沙綾の表情がパッと晴れる。
「じゃあさ、空けといて!その日がSPACEラストライブの日なの!」
そうか、彼女達の集大成はそこになるのか。
と言ってもまだ出れると決まったわけではないけど。
「空けとくから絶対合格してよ」
「うっ、プレッシャー。でも頑張るから!」
頭のカレンダーの終業式の日に丸を付けておく。
俺もコーヒーを流し込み、お互い空になったカップを置いて店を出る。
「家まで送るよ」
「いいよー。すぐそこだし。方向も逆じゃん」
胸の前で手を振る彼女のいう通り、山吹ベーカリーまですぐそこだし俺の家は反対方向だ。
「もう暗いし危ないから。さーさー行くよ!」
「あ、ちょ、もう」
背中を押して喫茶店の前から動かすと仕方ないとばかりに歩き出す。
と言っても沙綾の言った通り、ベーカリーは目と鼻の先だったのであっという間に到着した。
「とーちゃーく」
少し小走りで前を走る沙綾。
「走るとコケるぞー」
「もう着いたしコケないよ」
「それもそうか」
「折角だしお茶でも……ってさっきコーヒー飲んだばっかりだね」
名案!とばかりに手を叩くがすぐに舌を出して撤回する。
うん、俺もお腹の中がさっきのコーヒーで一杯だ。
「有難いけどまた今度ね」
「うん、また今度」
笑って家へ入って行く彼女を見送って俺も山吹ベーカリーを後にする。
俺も後は家に帰るだけ。
商店街を抜けて住宅街へと入って行く。
公園を抜けて角を曲がれば家が見える。
「……何してんの?」
「うっせー」
はずだったが、公園で珍しいものを見つけた。金の髪にツインテールが特徴。付け加えるなら最近胸が大きい事が分かった市ヶ谷有咲がベンチに座っていた。
自他共に認めるインドアが夕陽も落ち切ったこの時間に一番縁遠そうな所に。
「なにしてんだ?」
「別に。何にも」
「ふーん」
「……なにちゃっかり隣に座ってんだよ」
「別に。なんとなく」
「てめぇ……」
暗くなって心配だから沙綾を送ったのに市ヶ谷を見過ごすなんて事はない。
「もうこんなに暗いぞ。こんな時間に外に出歩いて」
「まだ19時だろ。それにお前だって出歩いてるじゃん」
「俺はいいの。男だから。市ヶ谷は女の子だから1人は危ないでしょ」
「……まぁそうだけど今日は外に出たい気分だったんだよ」
いつもよりなんだか素直な気がするが、やっぱり学校の銅像より腰が重そうな市ヶ谷の説得は早々に諦める。
「オーディション落ちたから凹んでんだろ?」
「うっせー」
図星らしい。
「いきなり図星付きやがって。誰から聞いたんだよ。香澄か?」
この問いには無言で返す。
仲間を売るなんてことは……。
「ま、どーせ沙綾とかだろ?」
もうバレていた。
項垂れていた顔を上げて空を見上げる市ヶ谷。
「やりきったって言えなかったって」
「…………」
「嘘でも言えばよかったのに」
「そんなの言えるか」
言ってみただけだけどすぐに否定される。
市ヶ谷は正直者じゃないけど嘘つきでもない。
「はー、嫌になるな。あんな事言われると」
「じゃあもう諦めるのか」
「諦めるわけじゃねぇけどさ……」
「うん」
「けど、やりきったとか、本気とか、私なりに」
言葉が止まる。横目に見ると合わせた両手を強く握りしめていた。
「っ、なんなんだろうな、そういうの……」
涙が伝う、市ヶ谷の頬を。
「やりきったかなんて分かんねぇよ。そんな事言われたって……っ、これ以上どうすればっ、いいんだよ」
濁った心が溢れ出すように、ボロボロと涙が溢れる。
分からないと愚図る子供のように、大粒の涙が。
拭っても拭っても出てくるそれは染みを作る。
市ヶ谷は強くなんてない。
みんなには強く見せているだけで、市ヶ谷はこんなにも脆くて弱い。
ゴールの見えないものに進み、迷い、涙している普通の女の子なんだ。
君のそんな姿に、
「市ヶ谷」
俺は、
「なんで、お前も泣いてるんだよ」
嬉しくて笑っていた。
「嬉しくてさ、市ヶ谷がそういうの話してくれて」
強がりな市ヶ谷が俺にだけ強がりじゃないその顔を見せてくれたことが嬉しくて。
釣られるように俺は。
「なんだよそれ……普通慰めるとかだろ。……ふふっ」
真っ赤になった目に涙を浮かべながらくしゃくしゃに笑う彼女。
俺も笑う。同じようにくしゃくしゃに。
「ははっ」
「ふふっ」
俺達は何をするわけでもなく、目を真っ赤に腫らして笑っていた。
「私、頑張るから」
「おう」
「ありがとな、兵動」
「……おう」
初めて、名前を呼ばれた。
笑う彼女に目を奪われた。
ふと、おたえさんの言葉を思い出した。
自信の一枚。おたえさんの一枚は俺と市ヶ谷だった。
自分でフレームを作って市ヶ谷を収める。
おたえさんの気持ちがなんとなく分かる気がした。
名前を付けるなら、そう。
『強い人』
最初はアニメ通り香澄の声が出なくなる話にしようと思いましたが、それじゃあアニメと変わらないじゃん。と色々考えて有咲メインにしました。
そろそろアニメの話も終わってオリジナル路線に行ってみたいと思います。
その分更新は遅くなるかもしれませんが、仏の心で待っていてください。