日常品使いの御祓い師 作:詩亜
『司さ~ん!』
『は~~~い!今朝はですね、静岡県庁舎前に来ていまーす!ほら!イルミネーションがキレイでですね・・・』
テレビに映るやけに明るい朝の天気予報コーナーが、寝ぼけた頭をつんざく。
私がみたいのはそこじゃない。今日の『悪魔』予報なのだ。
『・・・・本日は曇りで、季節風に乗ってフノホコリが降るかもしれません!「素質」のある方・霊感が強い方はフノホコリが溜まった側溝やマンホール、あとは強風に注意を払って下さい!悪魔予報でした!』
スタジオにカメラが戻り、そのまま次のニュースを流し始めた。ニュースキャスターがネットから拾った小見出しを読み上げ、コメンテーターがボソボソコメントしていく。
今日はフノホコリが降るのか。じゃ、マスクしてかなきゃなぁ。
あ、フノホコリっていうのは黒っぽいふわふわした毛玉からだにつぶらな目がついたほこりみたいな下級悪魔で、吸い込むと見える人、見えない人ふくめて有害だ。
森のある山間部から発生し、上昇気流にのり、都市部にもやってくる。性能も凶悪で、無機物、有機物問わず何でも腐らせようとしてくれるらしい。腐葉土を作るには便利だが、人間が吸い込み過ぎると、呼吸器系がやられて死んでしまう。
私はこたつから上がり、冬の朝の低い体温にぶるっ、となってから、学校にむかう準備をした。
制服を感想の終わった洗濯機から引っ張り出し、パジャマを脱いで洗濯カゴに叩き込む。毎日やる何気ない動作だった。 流れ作業のように、学校に行くための準備をした。
朝ごはんは簡素に食パンを焼いただけのものではあるが済ませる。栄養不足気味ではあるが問題ない。
きっと他の家の朝はこんなにさみしくないんだろうと思いつつ、口に歯ブラシを突っ込んだ。シャカシャカ歯を磨いていく。
私の家には他に家族はいない。父と母は別居中で、その父もこの企業都市の市長をしていて家にいない。
さあ、さみしさを紛らわすために学校に行こう。
☆
冬の厳しい向かい風が、自転車を駆る私を打つ。かなり寒い。天気予報は的中し曇天を要していた。日光がさえぎられ暗く自転車のライトが点灯してしまっている。正直ふわふわ舞うフノホコリのせいで視界も悪い。一応、高性能な防塵マスクで口元を覆ってはいるが、それでも体に悪いだろう。学校には特殊浄化装置がおいてあるから、問題なく校内では生活出来る。
不意に、ぶゅおっ、と冷たい風が吹いた。
「わぶっ!寒い────」
そんなことを誰ともなく呟こうとした瞬間に、私の視界がフノホコリで覆われた!真っ黒になってしまっている。何と今は自転車の運転中だ。大急ぎで右手で眼前を払った。
ここは十字路、横には大きな通りがある。
だけど、遅かった。道路を走るワンボックスカーが私に向けて突っ込んできた。どうやら相手も、私と同じように視界をフノホコリに持って行かれたらしい。
意味なく光るヘッドライト。全く掛かる気配のない停止装置《ブレーキ》。
「あ・・・・」
ドグワシャッ・・・・!
何かが潰れたような音が辺りをつんざき抜ける。
あれ?
私は潰れてない・・・・!生きてる!生きてるよ!
何とか自転車の車体を持ち上げ、私に突っ込む予定だったワンボックスカーを見た(そう思うとゾッとした)。
何と、うちの学校の制服を着た男子が、ワンボックスカーの車体を横から素手で手を突っ込んでいたのだ。そして、的確に一発でエンジンが止まるようにしていたらしい。
だが、肩の学級章《クラスマーク》や、制服は一緒でも、顔は知らないし、第一髪が肩まである。明らかな校則違反だし、見つかれば生徒指導部煩いハゲ共の強制教習を受けるはずだ。いやでも髪を切るだろう。
新品の学校指定バック《レグラトリーセンス》を片手に、無表情に淡々とワンボックスカーに片手を突っ込んでいる。
その構図にはシュールさまで漂っていた。
余りの出来事が一瞬で起きすぎてボーッとしているさなか、ワンボックスカーの運転席が開いたエアコンプレッサが抜ける音で一気に現実に戻る。
運転手が降りてきたのだ。まあ当然だろう。
「だっ、大丈夫ですか!?」
運転手であるサラリーマンらしき男性がわたわたした様子で話しかけて来た。男子と私に向けて必死な表情で弁明を試みていた。
対照的に、男子は全く表情が変わっていない。しかし、ゆっくりとその肩まである髪を揺らしこちらを向き、必死に弁明する運転手ではなく私に向けて、
「大丈夫か?」
と抑揚のない声で言った。
「う、うん。貴方は・・・?」
「あ、俺?」
彼は全く表情を変えない。自分を指さして、
「俺は、加藤 初亜しょうあ。しょうあでいいよ。初めての『初』に亜空間の『亜』。今日から多分同じクラスに通う事になる・・・・」
彼はとても中性的で、声を聴かなければ男子だと分からないだろう。
でも、私が心配しているのはそこではない。
「違うわ!手よ、手!右手よ!」
車に突っ込んだままの右手を指さした。よく見れば、長袖の制服の縁には深紅の筋が伝っていた。
しかし彼は痛がる様子もなく、ズゴッ、と言うような音を立てて右手を車から引き抜いた。
「ひぃっ!」
運転手が短い悲鳴を上げた。それもそうだろう。何せ、彼の右手は皮膚が破れて赤と白のまだら模様になってしまっていたからだ。
「あ・・・・」
彼は呟くように自らの右手を見た。
それでも表情は変わらない。
「イノセンス・・・・」
私には意味が分からなかった。『イノセンス』って言葉もそうだが今目の前で起きているこの現象のも。
白っぽい雷のような光が、右手を包んでいる。そして、ぐちゃぐちゃだった右手は少しずつ人間の形に戻っていく。
「治った」
つやつやである。
「遅刻するぜ」
彼は右手をポケットに突っ込み、左手に持ち替えたバックを肩に引っ提げて全てを無かった事にしようとした。
運転手を無視し、私に一瞥くれた後に通学路に戻ろうと─────。
「待って、くださぃい!警察、警察呼んだんで!」
「! 待って!」
それでも彼は踵を返す。
私が後を追いかけるが、
「警察?何だ?そりゃあ」
「え?」
余りに素っ頓狂な台詞に、私は反応することが出来なかった。
「あ、ポリスの事か」
彼は後頭部をガリガリ掻き、いかにもかったるいという表情をした。
「おはようございます」
不意に、声がした。それなりに年期の年季の入った声。青と紺の機動装甲を身につけ、胸部装甲チェストプレートにPOLICEの白い表示─────。
さらには頭部全体を覆うヘルメットとバイザーのせいで、表情は計り知れない。何でも、対悪魔兵装なんだとかで、原理は分からないが「素質」のない人でも悪魔が見えるようになるらしい。
当然、シルエットはかけ離れているが一応、人間である。サイボーグやらアンドロイドなんかではない。
「すいません、私が・・・・」
運転手の男性がおずおずと全てを説明した。
「君は・・・・手は何とも無いの?」
同様する様子無くしょうあと名のる男子に声をかけた。
「はい、大丈夫ですよ・・・」
「・・・・」
バイザーのせいなのかそれともこの警官自身がそうなのか分からないが、あまり話を聞いてもらえてない感じがした。だが、とりあえず
事故と言うことで処理されるみたいだ。
「貴方と貴方には、とりあえず署まできていただけますね?」
警官はしょうあと運転手を交互に指さして言った。
だが、彼は気にする様子は無く、自らのフトコロを探りだした。
ごそごそとしたあと、
「御祓い師特権 執行中断許可書発動。エクソシスト権限により、連行を中断します・・・・」
彼が急に事務的な口調に変わった。さらには、ごそごそしていた
フトコロから、銀色のバッチと鈍い石のような勾玉状のネックレスを取り出した。
「!!」
運転手の男性が一際ビクッとした。警官は動じずにネックレスとバッチをレーザー精査にかけた。結果、二つが本物だとわかり、
「了解しました。エクソシスト権限を了承します」
とだけいい、警官は巡回路に戻っていった。
エクソシスト。その単語には、聞き覚えがある。
対悪魔兵器のプロだ、と、テレビで沢山報道されている。
まさか、目の前のこの男子が、エクソシストだったなんて・・・・。
「そういう訳だぜ。さ、学校にはこれで遅刻しねぇ。それと───」
「はい!?」
運転手の男性にめちゃくちゃ平謝りされたが、当の男子は気を向けることは無かった。
「アンタ。危険運転には気をつけな。フノホコリはフロントガラスにつくとワイパーじゃ取れないからな」
「は、はいっ!」
男性は、エンジンルームにあいた穴を見てゲッソリし、仕方なさそうにレッカー車を呼んでいた。
男子は構うことなく、私に顔を向けた。
「そーいや、名前聴いてなかったな。名前は?」
「私は、今井・・・。今井 桜」
「桜、か。かわいい名前だな」
私は急に顔が熱くなった。何せ、親族にでさえそんなことを言われたことは無かったから。
冷たい外気とは対照的に、私の心は久しぶりに暖かくなった気がした。