機動戦士ガンダムSEED 理想の従者 作:傍観者改め、介入者
ざわざわとザフト兵士たちの間でも落ち着きのない空気が漂い始めていた。
3人が招待されたのは、もちろん砂漠の虎の本拠地、空母レセップスではなく、近くの建物である。車から降り立ったキラとリオンは、建物近くに居座るアークエンジェルにも引けを取らない大きさの敵本拠地を前に身構える。
――――どういうつもりだ、砂漠の虎
―――ラクス・クライン。あの子が、エリクさんが言っていた、NJの――――
バルドフェルドに案内され、その後をついていく。内装は豪華な装飾品が飾られており、その手のセンスはいいらしい。
玄関の扉を開け、階段を上った先には青いドレスを着た美女が目の前にいた。
前髪の両サイドが黄色い色で、青海のかかった美しい長い髪が特徴の女性は、リオンの姿を見て、
「あら? そこの坊やは?」
「ああ、アイシャ。うん、この少年はリディアとラクス嬢の恩人さ。二人で手当てをしてほしい」
バルドフェルドからの説明を受け、ラクスという言葉に少しだけ目を見開くが、すぐに表情が落ち着いたものへと戻り、リオンを手招きする。
「もちろんよ。さ、ついてらっしゃい、勇敢な男の子」
「――――また消毒は堪えるんだが―――」
「男の子でしょ?」
「完全ではないの。だから念入りに、ね?」
アイシャとリディアに連れられ、リオンは医務室へと向かうことになった。
その際に、
「本当に掠り傷のようね。でも、ここはどんな菌がいるかわからない場所よ。傷は念入りにね」
「よかったぁ、傷が小さくて……あと、その、ありがとうございます」
「耐える姿を見て、微笑む貴方には敵いそうにない。それと、目の前で死なれたら寝覚めが悪いだけだよ」
そっぽを向きながら、リオンは二人にぶっきらぼうに返す。
リディアは、バルドフェルドに言われた言葉を思い出していた。
――――ただ者ではない。彼は噂の赤い彗星かもしれないな
あの眼力、そして青く澄んだ瞳。意志の強そうな少年だった。なにより隊長を助けるために、最後の一人を容赦なく打ち抜く胆力を見せられたら、このあたりの者ではないと容易に想像できる。
あれほど自信に満ち溢れていた男など、ここにはいないはずだと。
バルドフェルドの部屋には、すでにキラとラクス・クラインが座っていた。
「―――――ふむ、そちらの少年は何も知らなかったみたいだね。となると、やはりクライン嬢が生還している原因は君かな、赤い彗星」
「―――――どんなぼろを出したんだ、キラ」
冷静な目で、キラに尋ねるリオン。
「何も言っていないよ!!」
慌てて否定するキラ。それを見たリオンは嘆息し、
――――まあ、俺のミスだ。
と頭に手を当てる。
「ポッドで漂流中に、リオン様に助けられたのです。そして偽名を使い、オーブ経由でプラントへと戻る手筈でしたのよ、バルドフェルド隊長」
あっけらかんと彼女に予定を暴露されるリオン。
―――強硬手段に取られれば、終わりだな
二人でこの場を切り抜けるにはどうすればいいかと思案し始めた時、
「心配しなくていい、赤い彗星。彼女の恩人を無碍には出来んよ。ただ、次の戦場で君の予定通りとなるのか、このまま僕経由でプラントに送るかの違いだけだろう?」
予想外な言葉が返ってきた。ここで自分たちを見逃すと言っているのだ、砂漠の虎は。
「――――貴方は、俺が彼女を人質にすると考えないのですか?」
だから思わずそう尋ねてしまった。すべてが有利な状況である彼に、その選択は百害あって、一利もないのだから。
「その時はその時さ。だけど、君という精神的支柱が折れれば、大天使は落ちる。隣の彼もかなりやれるだろうけど、要は君だからね」
「―――――――――」
リオンは黙るだけだ。迂闊なことは言えない。相手を刺激することも避けなければならない。
だが、
「貴方は連合軍なのに、どうしてラクス様を救ったの?」
リディアが唐突に尋ねたのだ。連合軍兵士がプラントの議長の娘を救うメリットなどない。むしろ裏切り行為だ。
「―――――それを君に言ってどうなる。俺は俺の意志で道を切り開いているだけだ。連合、ザフト。俺の行動指針に矛盾を感じるなら、考えてみればいい」
理由を言えるわけがない。リオンはそれを彼女にいう必要性を感じなかった。だが、連合兵士とみられるのはよろしくない。ゆえに、少しだけヒントを与えた。
「―――――貴方は、誰なの?」
「――――――赤い彗星。今はそれしか言えない」
リオン自身、最初は成り行きだった。カガリとアサギを無事、本国まで送り届ける。初めはそれだけだったのだ。
だが、ラクス・クラインの件から少しずつ変わり始めていた。ヘリオポリスの件で、プラントはさらに強硬派が勢いづくだろう。オーブを懐疑的に見る者も増えていることは間違いない。さらにここでクライン議長の娘が襲撃されたという事実。
だが、ここでオーブが彼女を救っていたと考えればどうか。オーブはプラントに恩を売る形となる。中立国として、連合への新型MS開発の一件をチャラにすることはできないが、それでも幾分かは関係改善につながるはずだ。
――――俺自身も、この行動にどれだけの効果があるのかはわからない。
行き当たりばったりなのは否定しない。まともな思考回路を持つハルバートン提督率いる第八艦隊の件も、戦争の落としどころを考える人材が消えるのを恐れての行動だ。
「ところで、さきほど彼にも言ったのだが、戦争には制限時間も得点もない。スポーツのようなルールはね」
彼から殺気を感じられないリオンは動かない。バルドフェルドが奥の引き出しから何かを取り出そうとするのを見て、キラは静かに立ち上がった。
「ならどうやって勝ち負けを決めるか、どこで終わりにすればいい?」
「―――――っ」
その言葉にキラの瞳が揺れる。それは、軍人が抱える苦悩でもあり、現在彼が抱えている問題でもあったからだ。
「敵であるものを、すべて滅ぼすか――――かね?」
「――――っ」
険しい表情になっていくキラ。
「バルドフェルド隊長―――――それはっ」
ラクスも何かを言おうとするが、バルドフェルドに手で制され、押し黙ってしまう。彼女にも明確な答えはない。子供の我儘のようなものにしかならないことを知るからこそ、彼女は黙るほかなかった。
「―――――君はどうかね、赤い彗星?」
「――――種族間の抗争に近い今回の戦争は、根底にある遺伝子の問題が発端。国家間の利害による戦争の落としどころを作るのは、至難の業でしょう」
リオンはそう前置きしたうえで、持論を続ける。
「ゆえに、利用するのは厭戦感情。その旗振り役はそれぞれの勢力の穏健派。ラクスはそのために必要な人物であり、第八艦隊もブルーコスモスに染まっていない勢力だ………後は状況次第だな。運が悪ければ、人類滅亡。現状分の悪い賭け」
「――――クライン派は彼女の生存を知らない。僕も今日初めて知ったからね。けど、オーブにたどり着くのはいつだ? 穏健派も染まっていくぞ?」
バルドフェルドも、オーブという国を軸に考えるリオンに、苦言を呈す。クライン派も抑えが利かなくなれば、殲滅戦争まっしぐらだ。
オーブにたどり着く前に、すべてが過激派になれば、彼の理想は水泡の泡と消える。
「――――だが、貴方を通して彼女の生存は広まる。アークエンジェルに保護された民間人として、正体を隠したまま、ね」
リオンはむしろ、その情報を盾に、暗に素通りさせろと言い放つ。
「人質にしないのではなかったのかね?」
しかし、プラントの心情的にアークエンジェルの中にラクス・クラインがいると広まれば、攻撃しづらい面というのはあるだろう。
バルドフェルドとしては、リオンの言葉に矛盾があったことを指摘した。
「むしろ、オーブで解放されるのが約束されている分ましだと思いますが。この二つの勢力の仲介になり得る、“実績を持った国”が必要ではありませんか?」
リオンはその回答に対し、半ば人質に近い状態ではあるが、解放されるのが分かっているので、まだましだと言い張る。そして、中立の立場で両勢力の仲介として、オーブを中心とした国家が立ち上がる。
穏健派を勢いづける布陣の完成だ。内政干渉を盾にするものなら、戦争国家が何を道理に言っているのかと切り返すことも容易だ。
オーブに戦闘データを送れば、後はキラを引き抜き、OSを完成させればいい。最悪、自分が大艦隊を殲滅できればいいだけのことだ。
「そこを突かれるといたいなぁ。確かに、それぞれの穏健派が単独で動いても、規模はたかが知れている。しかし僕は、アークエンジェルの追撃の任を与えられている」
「―――――うまく立ち回ってください。俺も上手く立ち回ります。盛大に、周囲をだますほどに」
「難しい注文だ」
笑みを浮かべる両者。キラやラクス、リディアは二人のやり取りについていくことが出来ていない。二人の会話を聞いているだけで、話に参加している、ということもできずにいた。
アイシャは、バルドフェルドのことを信頼しているし、クライン派閥の中枢の一人でもある。恋人でもある彼の願いは自分の願いでもあるし、覚悟をすでに決めているのでニコニコしているだけだ。
―――光明を見つけたような顔ね、アンディ
赤い彗星は、世界を相手取る不遜な少年だが、確かに世界を滅亡させないよう手を尽くしているのはわかる。オーブの利益を考えつつ、うまく立ち回っている。
そして、ラクスもまたリオンの真意に近いものを知り、それでも心が乱れることはなかった。
自分がシーゲル・クラインの娘としか見られていない、しかし不思議と動揺はなかった。
――――世界を想う貴方の心を知ることが出来ただけでも、よかった
根底にあるのは、カガリ・ユラという少女だ。あの高貴な雰囲気を持つ少女と深い絆で結ばれているのは知っている。
リオンは彼女に可能性を感じている。だからこそ、彼は彼女を敬う。彼女の可能性が、いつか世界を救うと信じているから。
――――ある意味、この戦乱だからこそ、なのかもしれませんね
世界に変革を齎そうとしている存在。まさに調停者ではないだろうか。彼はそこまで大それたことを考えているようには見えないが。
「まさか、連合のパイロットとこんな話をするとはね。有意義かどうかは今後次第だが、僕も君も正念場ということかな」
「まだまだ。正念場は連合とプラントが大量破壊兵器の使用に踏み切った時です。そこまでにこのプランを進める必要があります。それと、クルーゼ隊と呼ばれる中に、悍ましい存在がいる、気がします」
苦い顔で、リオンはクルーゼ隊のことについて言い放つ。戦闘で時々感じていた気持ちの悪いプレッシャーを放つ存在。
ヘリオポリスの時に、その後の戦闘の時に。
暗く、どす黒い、憎悪の炎を連想させる存在感。
「――――恐らく、それはラウ・ル・クルーゼのことだろう。僕も彼はあまり好きではなくてね。仮面で素顔を隠すという行為が、どうも引っかかる」
バルドフェルドはもはや予知や読心術に近い彼の勘の鋭さに内心で舌を巻く。パトリック・ザラ議員の腹心として暗躍しているのだが、どうにもきな臭い。
そして、彼が中枢に入ってから戦争の停滞感が増しているし、情報が筒抜けになっていることも増え始めた。
スパイという存在を疑いたくはないが、原因に近い場所に立っているのは確かだと彼は勘づいていた。
「―――――彼は、俺とは正反対の存在。油断のならない存在です。彼の存在は、世界を滅びへと誘う」
赤い彗星のお墨付きもあったのだ。それに、虚偽を言うならもっとましな嘘をつくはずだ。
「忠告をありがたく受け取っておこう」
その後、バルドフェルドが自分で滾れたコーヒーを堪能した一同は彼の本拠地を出ることになる。
「あの!」
その時、キラとラクスとともに帰るリオンに声をかけるリディアの姿があった。
「―――――キラ、ラクス。先に車に乗っててくれ」
リオンはキラとラクスに先に乗っておくことを言い、リディアの前に向き直った。
「どうかしたのかな。怪我のことならあまり考えないほうがいい」
「あ、でも――――いいえ、私が言いたいのはそういうことではなくて!」
意を決してリディアはリオンの瞳を真っ直ぐ見て言い切ることにした。
「名前! 貴方の名前は!? 戦場での異名ではなく、貴方の名前を教えてください…っ」
顔を赤くしながら、彼女はいろいろな決心をつけて尋ねてきたのだろう。大声を出して緊張しているのか、尚も頬がほんのり赤くなっている。
「――――リオン。リオン・フラガ」
「リオン――――リオンね。私はリディア! リディア・フローライト!」
互いの自己紹介をした二人。リオンはあまり意識などしていないだろう。しかし、リディアにとってリオンという存在は、大きな存在となっていた。
「―――――これは友人に対し、ある人物が言い放った言葉ではあるが――――平和な時代が来るまで、死ぬなよ」
それだけを言い、リオンはリディアに背中を見せてこの場を去っていく。敵同士だったのに、バルドフェルド隊長と話をして、いつの間にか和平への道のりに関するものへと変わっていった。
もしかすると、自分は後の時代にとって、重要な場面に出くわしたのかもしれない。
――――ああいう人が、世界を動かすのかもしれない。
そしてそんな人が、明日以降敵となってやってくる。
それがとても悲しかった。そして、自分の実力が届かないことも。
―――私の戦う理由は、貴方に比べて薄っぺらいのかもしれない。
プラントに生まれて、故国のために戦う。友人を守るために戦う。コーディネイターに生まれたのに、とても平凡な、ありきたりな理由だ。
それが悪いわけではない。しかし、ナチュラルに比べて優れているといわれているコーディネイターの自分が、リオンの理由に規模で負けている。きっと世界に求められているのは、彼の方だろう。
――――ああ、私。優秀でもなんでもなかった
一人のちっぽけな人間だった。自分たちはコーディネイターである前に人間だったのだ。世の中を動かす本物に出会って、初めてそれを完全に自覚できた。
「リオン、リオン・フラガ―――――」
そのつぶやきは、砂塵を舞い上がらせる風によって消えていき、リディアは3人の姿が見えなくなるまでその場を動くことはなかった。