機動戦士ガンダムSEED 理想の従者   作:傍観者改め、介入者

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悍ましいことを書きました。


信念の果てに…
第29話 無垢と悪意と…


バルドフェルド敗退の知らせは、プラントに衝撃を与えていた。低軌道戦線から日も経っていないうちのアフリカ戦線での敗戦。しかも、本国でも一目置かれているバルドフェルド隊の一方的な敗戦に終わったのだ。

 

ジブラルタル基地では、クルーゼ隊が取り逃がした戦艦アークエンジェルへの今後の対策について会議が行われていた。

 

「まさかアンドリュー・バルドフェルドまで倒すとはな。さすがは連合の赤い彗星。地上戦もお手の物か」

 

クルーゼはリオンの活躍を聞いて当然だと思う一方、何か頭の中で引っかかるものを感じていた。

 

――――あれは、私が知っている雰囲気を持つ存在だ。

 

忌々しいはずの存在。アレは一体誰なのだ。

 

「ええ。こちらはイザークを失い、ニーナにもつらい経験をさせてしまいました。あの部隊を他の隊に任せるわけにはいきません」

沈痛な表情で、アスランはアークエンジェルとは自分たちが戦う必要があると考えていた。他の部隊では嬲り殺しにされる可能性が高いからだ。

 

「ニーナももう大丈夫なのだな?」

 

「はいっ! えっと、アスランのおかげです。それに、もう赤い彗星の好きにはさせません」

燃えるような瞳で打倒赤い彗星を誓うニーナ。配属当初の明るい雰囲気は鳴りを潜め、戦士としての側面が強くなっているのだ。

 

「無理をするな、ニーナ。君にもしものことがあれば、フィオナはもちろん、リディアにも顔向けできない」

アスランは血気盛んなニーナを諫める。こんなところで、こんな場所で彼女を死なせたくない。

 

――――リディアはよく無事でいてくれた。赤い彗星と対峙するなんて、なんて無茶を

 

報告によれば、リディアがバルドフェルドの窮地を助けたという。艦砲射撃と合わせてのものだが、奴を押しとどめることに成功した。

 

アスランの仲間を大切にする姿勢は全員にとっては好ましいものだ。だが、ニーナは

 

「お気持ちはありがたいです。ですが、あんな危険な敵を放置なんてできません。アレは絶対に倒さないといけないんです。もう仲間は殺させない」

 

ニーナは燃えるような瞳で、赤い彗星に対して強烈な敵意を見せる。それはアスランやドリスにとってもただならぬ雰囲気を感じさせる。

 

「――――ニーナ。わかった。そこまで決意が固いなら俺は、君の背中を守るだけだ」

 

梃子でも動かないと察したアスランは、せめて彼女が犬死しないよう自分がうまく立ち回るしかないと考えた。

 

「アスランも、フォローばかりで自分を疎かにしないでくださいよ。何かあれば、私が貴方の背中を守ります」

ニコルも、責任感で出来ているアスランのことを心配していた。低軌道戦線のころからアスランの苦悩は深まるばかりだ。戦争の終わりについて、親友がアークエンジェルにいるかもしれないこと。

 

だが、こんなことは彼にはどうしようもできない。アスランの苦しみを強くするばかりだ。

 

――――だから、いざとなれば私が貴方を倒します、キラ・ヤマトさん

 

「俺も、仲間をやられたままってのは我慢できねぇしな。アスランの意見に賛成だな」

 

ディアッカも改めてザラ隊としてアークエンジェルを追う判断を支持する。

 

「まあ、そういうこと。俺たちがやらないでだれがするっていう話さ。ま、貧乏くじかもしれないけどさ」

ドリス・アクスマンもクルーゼにザラ隊として追撃することを希望した。

 

「私はスピットブレイクの件でまともに動けそうにないが、アスランを隊長として行動するならば、異論はない。直ちに母艦を受領し、追撃の任に当たれ」

 

 

クルーゼがブリーフィングルームから退出した後、ザラ隊は空輸機で機体を輸送させ、ボズゴロフ級に乗船する手はずとなる。

 

そしてザラ隊として最初の仕事は、インド洋で名を馳せているマルコ・モラシム率いるモラシム隊との合同でのアークエンジェル追撃の交渉である。

 

「我々クルーゼ隊がアークエンジェルを沈めることが出来ず、地球圏における戦局を狂わせることになってしまったことは、大変申し訳なく思っております。ですが、新型の性能は評議会が認めるほどの脅威でもあります」

 

 

「ふん。で、ザラ隊として我々に何をしてほしいのかね? 遠回りな言葉は止してくれんか?」

クルーゼ隊の秘蔵っ子でもあるアスラン・ザラをあまりよく思わないモラシムは、美麗字句と謝罪から始まるアスランの物言いが鼻についたのだ。

 

「ええ。本題はモラシム隊長と私の部隊でアークエンジェルをたたくことにあります。こちらの不始末を手伝ってもらうようで心苦しくはありますが――――」

 

「敗戦続きの部隊のひよっ子どもに用はない。地球の戦いに慣れてもいないお前たちの出る幕などないわ!! 引っ込んでおれ!!」

 

怒号とともに、モニターが切れる。アスランはお腹に痛みを感じたが、ため息とともにどうでもよくなった。

 

「アスラン、その―――大丈夫ですか? 顔色が良くありません――――」

フィオナが心配そうにアスランの横に寄り添う。隊長やリーダー的な立場になって、彼の苦悩はさらに深いものになっているのは知っている。

 

新人隊長が嘗められている、しかも敗戦が続いていた部隊だ。クルーゼに反感を抱く者も多い。覚悟していたとはいえ、アスランはこの先の戦略の見直しを余儀なくされた。

 

「大丈夫だ。フィオナの方こそ、ニーナの近くにいてやりなさい。アレから狂ったようにシミュレーションにこもる彼女が心配なんだ」

 

イザークの仇と憎しみに染まる彼女を見てやりきれない。ラクスの安否が絶望的になることで、その怒りに拍車がかかっている。

 

「イザークさんの敵を討つと。訓練校時代はあんな風ではなかったのに」

フィオナは悲しそうに豹変した親友の姿を見て、悲しそうな表情を浮かべる。

 

当然自分も怒りを抱いているが、アスランは虚無感すら抱き始めていた。もうこれ以上奪われないために、自分は最善を貫くしかない。

 

隊長になったのだ。アークエンジェルに友人がいたとしても、自分は彼を討たねばならない。

 

――――心優しいフィオナのことだ。いえば絶対に無理をする。

 

アスランもバカではない。フィオナが少なからず自分を想ってくれていることは知っている。だからこそ、ラクスのことで何も言わない彼女に気を使わせてくれているのも理解できている。

 

「フィオナ――――」

アスランは、ここでフィオナを励ましたい気持ちに駆られた。だが、片手が途中で止まる。

 

――――ここで手を出せば、ラクスへの裏切りにもなる。それだけは―――

 

生存が絶望視され、今も行方が分からない婚約者の姿を思い浮かべたアスランは、フィオナに伸ばす手を下げた。

 

しかし、フィオナは自分の葛藤を見透かしているようだった。

 

アスランの戸惑う瞳を見て、フィオナは無言で首を横に振る。どうやら見られていたらしく、手を下げるところを見て、その行動を肯定するような視線を向けていた。

 

「いいんです。私は、ザラ隊の一員ですから。隊長やみんなと一緒に生き残る。今はそれしか望んでいません」

 

一歩離れた場所で、隊長と部下という役目を果たし続けていることも理解している。

 

――――俺は、これ以上彼女を悲しませるわけにはいかないんだ。

 

「――――ブリーフィングを始めよう。モラシム隊の協力が得られない以上、ザラ隊単独で作戦を遂行できるよう、みんなの知恵を絞る必要がある」

 

「分かりました。すぐに招集をかけます」

 

 

 

ザラ隊が独自にアークエンジェルへの対策を考えるようになった同刻、モラシムはアスラン・ザラのことについて考えていた。

 

「親が議員ばかりの青二才どもが。だからこそお坊ちゃんは戦場では大した役目すら果たせんというのだ」

 

モラシムは最初からアスラン・ザラのことを信用していなかった。ザラ議員の息子ということで、いろいろと融通を受けているし、何よりあのクルーゼの部下なのだ。

 

あの仮面で素顔を隠し、若輩者でありながら年上の意見を両断し、それ以上の成果を上げ続けたあの男の部下なのだ。

 

 

――――まあいいだろう。あのクルーゼですら落とせなかった敵だ。

 

それを達成した暁に、あの男がどんな言い訳をするか楽しみではあった。

 

「アークエンジェル。ふざけた名前だ。このインド洋の藻屑に変えてやろう」

 

 

 

 

 

一方、アークエンジェルは紅海へ向け出港し、海の真ん中を航海することになる。

 

「フラガ少尉の言う通り、ザフトの人的資源の乏しさを鑑みた有効な航路でもあるな」

ナタルも、オーブへの道のりとして

 

「ええ。ここならば、大部隊を編成した敵とは遭遇しにくいでしょう。後は運ですが、仮に発見されても母艦を撃破すればそれですべて片が付きます」

 

 

「頼もしいな。だが、それがオーブまでというのは惜しい」

ナタルは常々思う。モビルスーツのパイロットとして実力者である彼が、冷静に母艦を落とすという答えに自然とたどり着くことに頼もしさを覚えていた。

 

MSの白兵戦だけではない。今はそれが取り上げられているが、母艦をつぶせば補給のない機体など粗大ごみにも等しいのだから。

 

「すいません。俺にも譲れない野望というのがあるんです。バジルール中尉を駆り立てる志があるように」

 

 

「――――私は代々軍属の家系の家に生まれたのだ。だからこそ、軍人に入ることが私の役目であり、義務だと考えていた。家の名を守るために、私の誇れるものを見つけるために」

 

数少ないナタルの語り。リオンはそんな彼女の姿に驚き、その話を真剣に聞く。

 

「だが、貴様を見ているとそういう道もあるのか、自分の意志で、道を切り開く姿はこんなにも私の目に眩しく見えるのか――――そう思い始めている」

 

己の意志で、己の願いのために動く少年の姿は、彼女にはまぶしすぎた。

 

「ですが、中尉の先人たちが築いてきたものを誇りに思うこと、それは何一つ間違いではないと思いますよ」

 

しかし少年は彼女を肯定する。積み重なってできたものが歴史であり、先人たちの努力の結晶でもある。一概に過去ばかりに目を向けることが悪ではない。

 

「もう滅びてしまいましたが、ある東洋の諺に、こういったものがあるそうです」

 

リオンは年相応な微笑みとともに、彼女にある言葉を贈る。

 

 

 

「温故知新。故(ふる)きを温(たず)ねて新しきを知る。なかなか面白い言葉ではないでしょうか」

 

 

「温故知新、か。そうだな、私も、私の家族も、そうやってここまで来たのだ。年下の少年に励まされるとは、最近の私は緩んでいるのかもしれんな」

 

 

「フォローはするつもりですよ。オーブまではね」

やや申し訳なさそうな顔をしつつも、自分の目的は揺るがない。リオンの強さは、手に入らぬとわかっていても、目を離すことが出来ない。

 

 

その時、リオンの脳裏に何かひらめきが起きたのだ。これはいつもの忌々しい時間を告げる合図でもある。

 

「―――――すみません。どうやら敵が近づいているようです」

 

リオンはそう言うと、機体の方へと歩いていく。パイロットスーツに着替えずに乗り込むリオンに待ったをかけるナタル。

 

「パイロットスーツを着ずに乗る馬鹿がどこにいる!? それに、貴様の勘の鋭さは重々承知しているが――――」

 

『ソナーに感あり!! 本艦に近づきつつある熱源を確認!!』

 

『第一種戦闘配備! 繰り返す!! 第一種戦闘配備!』

 

 

「なっ!?」

 

艦内放送で流れた敵影ありという報告にナタルは絶句する。

 

「――――時間があれば着ることにします、スーツに関しては」

 

リオンはそれだけを言い、ナタルの眼前でストライク2に号機へと乗り込んだ。

 

 

ブリッジでは、水中から接近しつつある機影を確認中だった。

 

 

「水中からのMSだわ!! おそらく機種は――――」

マリューはすぐに水中でこれだけ動ける機体の機種名を看破した。

 

「UMF-4Aグーンよ! 直ちに離水! ノイマン少尉!」

 

「了解しました!」

 

 

アークエンジェルの艦首を引き上げ、迅速に離水していく。水中からの強襲を考えていたモラシムは、上空からディンでその様子をモニターで捉えていた。

 

「補足されるまでに時間はなかったはずだぞ!? アークエンジェルには優れた目があるというのか!!」

 

 

モラシムは3機のディン部隊で上空よりアークエンジェルに強襲をかけることにした。

 

「ディン隊は空から敵艦を攻撃する。奴の高度を下げるんだ!! とどめはグーン隊のフォノンメーサーでエンジンを狙い打て!!」

 

 

 

強襲を受ける形となったアークエンジェルもこのままでは終われない。リオンの乗るストライク二号機がソードストライカーパックに換装し、水中用MSグーンの排除に動く。

 

「APU起動、ストライカーパックは、ソードストライカーを選択。カタパルト、接続。進路クリアー。発進どうぞ!」

 

 

「リオン・フラガ、ストライク二号機、出る」

 

一番厄介であろう水中用MSの撃退こそが、リオンの役目だ。一番技量のある彼が適任だろうと自身で進言し、艦長もそれを了承した形となっている。

 

 

「続いてストライク一号機。スタンバイ。APU起動。ストライカーパックはジェットストライカーを選択。進路クリアー、発進どうぞ!」

 

「キラ・ヤマト、ストライク。行きますっ!」

 

アークエンジェルの直掩につき、空から空戦を仕掛けることが彼の役目だ。

 

 

「エリク・ブロードウェイ。デュエル二号機、甲板にて敵MSを迎撃する」

 

「ムウ・ラ・フラガ、ジン。出るぞ!」

 

 

そしてエリクとムウはアークエンジェルの甲板で直掩。キラが発見するであろう敵母艦を発見次第、デュエルのレールバズーカ「ゲイボルグ」でとどめを刺すか、キラが戻りランチャーストライクで撃ち抜くかのどちらかになる。

 

 

 

海に入ったリオンが目にしたのは、水中で高速機動を見せつける敵の機影だった。

 

「なるほど。確かに特化型は速いな」

 

リオンは自分の周りを速く動くグーンの姿に苦笑いをする。

 

 

「宇宙用の機体で、このグーンに挑もうなど!!」

 

彼は軽い気持ちだったのだろう。いや、軽い気持ちではなくこれまでの常識で赤いストライクを計算に入れていた。

 

 

だからこそ、彼の反撃を全く考慮に入れていなかった。

 

魚雷の攻撃から回避することしかできていなかったストライクの背後にいたグーンが体当たりを仕掛けたのだ。水中では素早い動きは出来ない。如何に反応が良いといっても機体が思うように動かなければ意味はない。

 

「――――――侮ったな、ザフトのMS」

 

左マニピュレーターで突撃したグーンの先端を正確に掴み、その体当たりを寸前で躱したのだ。

 

「なにっ!? ぐわぁぁぁ!」

 

反転したストライクは逆に背後を付いてきたグーンの後ろに回り、対艦刀でその胴体を貫いたのだ。これではいかにグーンといえどどうにもならない。

 

水圧に押しつぶされながら、爆散する僚機を見たザフト軍兵士、ハンスは憤りを隠せない。

 

「たかがナチュラルが!! グーンをやっただと!?」

 

魚雷による飽和攻撃を仕掛けるハンス。爆炎に次ぐ爆炎で海水は視界が悪い環境となる。

 

爆炎の隠れる形でストライクはその陰に隠れる。リオンも理解しているのだ。

 

「単純な機動性、兵装では確かにそちらが有利だ。だが、」

 

 

リオンは負ける気など欠片もなかったのだから。

 

 

「だが、MSの性能の差が、勝敗を分かつ決定的なものとはなり得ない」

 

爆炎という環境を利用し、ロケットアンカーで魚雷の発射体制に移っていたグーンを掴んだのだ。

 

 

「なにぃぃぃ!? 水中のグーンをたかがアンカーで!?」

 

ありえない。コーディネイターでもあり得ない動体視力、いや、判断力だ。敵は一体何が見えていたのかがわからない。

 

視界が悪い環境下で、レーダーすら意味をあまり為さないグーンの軌道を予測で捕捉したというのか。

 

 

アンカーで文字通り捕獲されたグーンから見えるモニターには、勢いよく対艦刀を構えている赤い彗星の姿。

 

「いやだァァァぁァァァ!!!!!」

 

死を決定づける攻撃を見て、狂乱しながら暴れるハンス。だが、それを許すほどリオンは甘くない。

 

「―――――悪いが、貴方方はここまでだ」

 

グーンを貫いた瞬間にリオンはその言葉を回線でつないだ。相手はそれどころではなく、おそらくまともに聞くことすらできなかっただろうが。

 

 

一方空では、ストライクの乗るキラがディンを圧倒していた。

 

速度では同等の性能を誇るジェットストライカー。大気圏用とはいえ、破壊手段を持たないディンでは分が悪すぎたのも一因だった。

 

「ええいっ!!」

アークエンジェルの援護射撃と連携し、うまく相手の背後に回り込んだキラは、ライフルで正確にコックピットを撃ち抜いたのだ。

 

「なっ!? ハルがやられただと!? グーン隊の連絡も途絶えた!?」

 

何がどうなっているのかを理解できていないモラシム。水中用MSが宇宙用の機体に全滅させられたのだが、それを理解することが難しい。

 

当然だろう。セオリーを完全に破壊されたようなものだ。いうなれば、チェスの試合で盤上をひっくり返されたようなイカサマにも等しい行為であるからだ。

 

 

「ええいっ、撤退する!!」

 

 

しかし、母艦からの通信が途絶えたのだ。モラシムはここで己がアークエンジェルを侮っていたことを知ることになる。

 

「こ、こんなことなら―――――」

 

迫りくるストライクを見て、モラシムは涙を流す。

 

相手はあらかじめ役割を決め、対策を練っていた。そして、各々の技量でさえこちらを圧倒していた。水中では無敗を貫いてきた自分たちの力を必要以上に過信し過ぎていた。

 

迫りくる圧倒的な死の瞬間を見て、モラシムの心は折れていた。

 

 

その数秒後、ストライクのビーム攻撃がモラシムのコックピットを貫き、爆炎とともに彼はこの世から消し去られた。

 

 

 

そして、モラシムの心をへし折った張本人ことリオン・フラガは、爆炎と煙とともに轟沈するボズゴロフ級に対し、冷めた目でその残骸を見やる。

 

「何処の部隊かは知らないが、無謀にも程がある。ザフト軍のMS優位の時勢は、既に終わり始めていることに気づけないとはな」

 

こちらとしては、無策に仕掛けてくれたことを感謝するべきだと考えていた。幸い、こちらは戦闘データを集めることが出来た。

 

バクゥのモノだけでは手土産が寂しいことになっていたのだ。今頃キラたちが空の敵を倒していることだろう。

 

「こちらストライク二号機。敵母艦を撃沈した。帰投する」

 

紅海の鯱と恐れられていたマルコ・モラシム率いるモラシム隊は、こうして大した抵抗も許されずに全滅した。

 

 

アークエンジェルのハンガーまで戻ったリオンを迎えていたのは、アークエンジェルたちの喝さいだった。

 

「先遣隊の時に続いて、母艦とグーンをやっちまうなんてな!!」

 

マードック曹長が手放しで喜んでいた。どうやら相手はマルコ・モラシムというザフトの名将の一人だったという。

 

「いえ。単調な動きと油断をしてくれたので。相手がこちらを危険視してこなかったことが大きな勝因です」

 

「謙遜が過ぎるのは嫌味だが、お前の場合は頼もしさしかないなぁ」

 

 

一方、ストライクに乗っていたキラは、最後のディンがなぜ回避運動を取らなかったのかを疑問に感じていた。

 

――――あの時、なんであのパイロットは

 

しかし、一難が過ぎたことでオーブに辿り着けることを思えば、どうということはない。

 

アークエンジェルの現状がそこまで切迫していないことで、キラはアスランのことを考えていた。

 

ザフトがあのまま引き下がるわけがない。おそらく、次にぶつかる相手は彼らかもしれない。あの奪取された赤いモビルスーツ、イージスに乗るのはアスラン・ザラなのだ。

 

――――僕は、プラントには行けない。

 

プラントにわたり、ザフト軍にはいる自分を想像できない。それが最善とは思えない。

 

キラにとって、エリクから聞いた話では、ザフト軍は捕虜を皆殺しにする、キラの目の前では民間人のシャトルを撃墜しようとするなど、鬼畜染みた行為を繰り返す狂人としか思えなかった。

 

ヘリオポリスも民間人に死者こそいなかったが、あの日常を奪われた。

 

だが、ラクスはどうなのだ。

 

ラクス・クライン。プラントの議長の娘。あの少女はそんな狂気すら見えなかった。そして、アスランの婚約者でもあるらしい。

 

――――僕にはまだ、知らないことが多すぎる。

 

その為のアラスカなのだ。連合を見定め、ザフトを見定める。傲慢だが自分は迷いたくなかった。

 

自分が見定めるべきは何なのか。

 

 

キラは知らない。連合で今何が起きているのか。あの時地球に突き落としたデュエルのパイロットがどうなったかを、知る由もないのだから。

 

 

 

連合基地アラスカ。アークエンジェルがアフリカの砂漠の虎、インド洋の鯱を立て続けに撃破したことは既に聞き及んでいることだった。

 

長らく連合を苦しめてきたザフト軍を掃除したことに礼を言う、などということはなかった。

 

 

「アークエンジェル。存外持ちますね」

 

「なるほど、ハルバートンが何としても守り抜こうとするわけだ」

 

将校の間では、アークエンジェルの力を認める声が出始めていた。だが、

 

「しかし、我々の新型MSに乗っているのは一介の傭兵と、コーディネイターどもだ。あのエリク・ブロードウェイ、裏切り者が旗頭というのは、如何なものか」

 

しかし、ここでウィリアム・サザーランド大佐が異を唱える。裏切り者エリク・ブロードウェイ、民間人のコーディネイター、オーブ在住の傭兵気取り。

 

こんなふざけた奴らに連合の旗頭になるはずだった機体を遊ばれているのだ。

 

「サザーランド大佐。しかし、我々には今どうすることも出来まい」

 

「確かにコーディネイターが操縦するようでは、本末転倒もいいところだ。我々が求めているのは、ナチュラルが操縦できる機体だ」

 

同調する声も多かった。コーディネイター憎しで構成されている大西洋連邦だ。ブルーコスモスの巣窟となっているのは言うまでもない。

 

「そうですねぇ。このままアラスカに辿り着いて、そのままでは今後も活躍しそうですねぇ」

 

意地の悪い笑みとともに、よくない感情を含む声色で、アークエンジェルの活躍を口にする将校。

 

「特に、この16歳のコーディネイター。アラスカで確かめたいことがある、とまあ、突っ込みどころがあるどころの話ではありませんよ。彼はバカなのでしょう」

 

いったい確かめてどうなるというのだ。これでは自分の理想ではなかったから裏切る危険性があると教えているようなものだ。

 

「蒼き清浄なる世界に、コーディネイターは必要ない。ブロードウェイ中尉に毒されたな」

地球を守ることに、地球の同胞へのこれ以上の迫害を止めるために、ブルーコスモスとは対立している第八艦隊、第六艦隊に接近している。

 

このまま彼ら穏健派が強くなれば、停戦の動きが出始めるかもしれない。ブルーコスモスの思想を植え付けることで、テロ行為、ゲリラ、大量の兵士を強引に徴兵しているのだ。

 

それを邪魔立てするハルバートン中将と、ビラード中将は邪魔以外の何物でもない。

 

彼らは言う。紙面上の戦死者ばかりを確認するばかりではなく、もっと戦争を見ろと。我々は絶滅戦争を行っているわけではないと。

 

「本当に、軍略家として有能なのに、破滅の道を選ぶとは。なぜコーディネイターを庇うのか。彼らがいるから世界は混乱しているというのに」

 

将校たちの意見は完全に一致した。

 

「ムウ・ラ・フラガ大尉、ナタル・バジルール中尉をアークエンジェルから引き離せ。後はアラスカの贄になってもらおう」

 

「贄とは人聞きの悪い。コーディネイターの少年に関しては、奴の知恵が尽きるまで利用し、用済みになれば処分しろ。蒼き清浄なる世界のために、彼にも消えてもらう」

 

「あと、その傭兵とやらの正体だが。アークエンジェルはかたくなに情報を拒んでいる。ナチュラルなのか、それともコーディネイターであるかすらわからん」

 

マリューラミアス、そしてあのナタル・バジルールでさえ口を閉ざす存在。ということは、コーディネイターなのかもしれないと考えるのが普通だが、

 

「彼がもし、ナチュラルであれだけ動けるなら、我々は何としても彼を確保しなければなりません」

 

年若い青年の声が会議室で響く。

 

「アズラエル。それは空想ではないか。アレだけの活躍が出来る存在だ。コーディネイターである可能性は高いと考えるのが普通だ」

 

将校たちはアズラエルの言葉に疑問を抱いた。

 

 

「だからこそですよ。ナチュラルであれだけの活躍をする存在が傭兵? コーディネイターの少年を隠すより前に、彼の情報は一切こちらに流れてこない。彼は世界を変える存在ですよ。コーディネイターの意味を覆すほどの、パンドラの箱だ」

 

 

「――――確かに、コーディネイターの少年を機体に乗せているということさえ黙っていればいいのに、傭兵の存在は出ない。妙なことではある」

 

 

「いずれにしても、アラスカにたどり着くまで頑張ってもらいたいものですね。大天使の一行には」

 

アークエンジェルについての処分は既に決定され、今度は落下してきた連合の元MSとそのパイロットについてだ。

 

「例のザフト軍捕虜だが、エザリア・ジュールの息子らしいな。それにコーディネイターとしても能力がある」

 

「ブーステッドマンの素材としてはいいですな。同胞を使うよりも良心が痛まない」

コーディネイターを空の化け物としてただ処断するだけでは効率が悪い。

 

彼らには、彼らの罪を償うために、彼らを殺してもらわねばならない。その生涯を通して空の化け物を殺すマシーンとして。

 

「これからは、どんどんコーディネイターのブーステッドマンを使うべきだろう」

 

 

アラスカに巣くう悪意を、キラは知る由もなかったのだ。

 

 

底知れぬ人類の悪意を知るには、それに向かい合うには、キラは未熟過ぎたのだ。

 

 

 




過激派の連合は、原作より魔改造、戦力増強されます。

なお、まだあの死闘イベントが控えています。


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