機動戦士ガンダムSEED 理想の従者 作:傍観者改め、介入者
数多の戦いを経て、アークエンジェルはついにオーブに入港することになった。ザフト軍はすでに撤退し、衛星からの監視も行き届きにくいよう、スモークを使う徹底ぶりだ。
それをうまく爆炎と混入させることで、巧妙にアークエンジェルの存在を隠しながらの誘導。
アークエンジェルは無数のイージス艦に監視されるような形で、オーブ領土の一つ、オノゴロ島の秘密ドッグへと入り込んだのだ。
「―――――ふぅ」
大きく息を吐いたリオン。ブリッジに戻った彼は、オーブ軍と連絡を取っていた。
「それにしても、まさか貴方様がアークエンジェルにおられたとは。ウズミ様、そしてカガリ様も心配されておりましたぞ」
オーブ軍第2艦隊提督、アマダ・コバヤシ一佐がリオンの無事を確認し、笑みを浮かべる。
「いろいろ成り行きでね。カガリには悪いことをしたと思う。すまない」
「本当に破天荒なお方だ。フラガ家次期当主殿は」
先ほどの厳格な表情からは想像できないフランクな物言いのコバヤシ一佐。
「しかし、モビルスーツでの戦闘、お見事でした。ザフト軍のパイロットをあそこまであしらうとは」
オーブ軍の悲願でもあるモビルスーツの完全配備。そのカギを握るのはリオンであり、アークエンジェルが所持している戦闘データである。
「いや、相手も手ごわかった。蒼い機体はいささか厄介でね。一対一ならば、負ける気は一切ないが、それでも強敵だったよ」
「あの、リオン君?」
オーブ軍関係者と普通に話しているリオンを見て、驚きを隠せないマリュー。融通が利くとは言っていたが、秘密ドッグに入る途中からフランクな会話になっているのだ。
「ええ。いろいろ軍には融通が利く身分なのです。一応兵器開発もしたことがないわけではないからね」
「――――さっきは怒鳴って悪かったな」
エリクがその時、リオンに謝罪をする。リオンの言葉を信じろというのはなかなか厳しいものだったかもしれないが、リオンの言う通り寄港は認められたのだから。
「いえ、アレが普通の反応です。ザフト軍をだますにはアレぐらいギリギリに、徹底しないと騙せませんからね。皆さんにいろいろ心配をかけ、申し訳ありません。説明不足なところがあったこと、謝罪いたします」
そう言ってリオンは周囲にいるであろうクルーたちを見回し、謝罪をする。
「い、いや。フラガ少尉―――ああ違うな、リオンの言うことも一理ある。あの場はアレがベストだった。気に病むことはない」
ナタルの気にするな、という発言に、周囲は内心で驚いた。
―――ナタルが許した?
―――堅物の副艦長も撃墜とはなぁ
―――まあ、実際ああするしかなかっただろうし
「おうおう。敵に回したくないぜ、お前の狡猾さはな。けど、短い間だったけどありがとな。感謝してるぜ」
「ええ。ブロードウェイ中尉も、アラスカまで残り少ない旅路の期間、幸があることを祈ります」
がっちりと握手をするエリクとリオン。お互いの今後を気遣いつつ、一時の別れとなる。
「けど、フラガ家、ねぇ。親父が死んで潰れたと思ったらまさかオーブでここまでとはなぁ」
ムウの立場としては、今更家に戻るつもりはないのだが、本家ではなく分家がまっとうに商売をしていることに驚いていた。彼がいた時は既に末期の状態だったからだ。
「キュアンがいろいろ根回ししてくれたおかげです。彼の手腕は伊達どころではありませんから」
「なるほどな」
一方、オーブに辿り着いたことで除隊を考える者が少数いたのだ。
「ついにオーブかぁ」
トールはついにオーブに入ったことでその時が近づいてきていることを悟る。
「ああ。オーブに戻っても軍に入るから複雑だけどさ」
アルベルトはトールがオーブ軍に入ることを知っているので、内心複雑な思いである。ミリアリアとリア充すればいいのに、と。
「けど、フレイがニューヨークで頑張っているんだ。みんな自分のすべきことを考える時、なんじゃないかな」
サイはアルベルトと同様にアークエンジェルを降りない。このままアラスカへと向かうのだ。
「うん。いろいろ苦しいこともあったけど、アラスカで答えを見つけるまで、僕も降りるわけにはいかない」
キラは、アラスカで連合の真意を知りたいと考えている。彼らが何を考えなぜ戦うのか。ここまで戦争にかかわって、このまま中途半端に投げ出すわけにはいかないと考えていたからだ。
「見つかるといいな、キラの答えが」
トールは、そんなキラのことを心配しつつも、キラの探し物が見つかることを祈る。
「うん。トールもミリアリアと一緒にオーブに帰って、絶対に――――」
その時だ。ラクスが不意に食堂に姿を現したのだ。
「セイラさん?とカガリさん?」
キラはキョトンとした顔でラクスを見つめる。その隣には、屈強な筋肉と体格を誇る大男と、いつか見た金髪の少女、カガリ・ユラ・アスハがいたのだ。
「シャトルの時は肝を冷やしたぞ、二重の意味でな」
やや疲れた顔をしているカガリ。ラクスがいない事態に驚き、今度はシャトルがザフト軍に狙われ、苦労続きだった低軌道戦線から日がたち、ようやくラクス・クラインがオーブに辿り着いた。
「その節は本当に申し訳ありませんでした」
「でもいいさ。砂漠に海と、プラントでは見慣れない景色ばかりだっただろ?」
カガリはラクスの心情を察し、敢えて言及はしなかった。彼女にとってはこれまでの旅全てが新鮮で、地球という星を知るいい機会になったと考えているからだ。
「はい、カガリ様がおっしゃったように、地球は様々な顔を見せるのですね」
純粋無垢、天衣無縫、天真爛漫。様々な四字熟語が羅列するであろう彼女の朗らかな笑顔と、地球に対する純粋な好奇心は、アークエンジェルのクルーのハートを撃ち抜いていく。
ざわざわ、
「天使だ、天使がおる」
「やべぇよ。あんな民間人がプラントにはいるのかよ」
「プラント行きたくなったんだけど」
「護衛がストーカーにならないか不安だった」
「おいそこ」
「仕事しろ、お前たち」
保安官も悶絶する超常的な可愛さに、キラたちも困惑を隠せない。
「痛い痛い! だっ、違うって! 脇をつまむのやめてえぇ!!」
「むぅ、トールのバカ……」
トールが一瞬呆けていたので、嫉妬したミリアリアがトールの脇の下をつまんだのだ。彼女の可愛い嫉妬に笑みを浮かべつつも、やはり痛いトールは、かなり情けない表情になっていた。
「ほんと、とんでもないオーラだよな、あの子。本当に民間人か逆に怪しいような」
「うん。鼻血のことはフレイには黙っておくよ、サイ――――」
鼻血がだらだらと流れるサイに対し、キラは冷静な突っ込みを入れつつ、ティッシュを提供する。
「俺だったら口説くと思うな」
「口説いたらだめだよ、口説いたら――――」
アルベルトに突っ込みを入れるキラ。いつの間にか自分が突っ込みポジションにいることを自覚するキラは、
―――でも、こんな空気は久しぶりだ。
朗らかな気持だった。しかし、こんな日は長く続かない。
「さて、セイラ。お父様がご指名だそうだ。リオンと一緒に来てもらうぞ」
「分かりました」
ラクスはカガリの言葉にうなずきつつ、不意にこちら側に向いた。
「ポッドの回収から今日に至るまで、ご迷惑をおかけしました。そして、貴方方の善意で、わたくしをここまで送り届けてくれたこと、大変感謝しています。」
そしてラクスは深々とお辞儀をするのだ。それはまるで、どこかのお姫様のように違和感がなくて、慣れているイメージがあった。
「ありがとう。このご恩は絶対に忘れません」
男性陣が中心の保安官たちはそれだけで魂が抜けたように呆けた顔をしつつ、何かに操られたように敬礼で返すのだった。なぜ敬礼をしているのかはわからない。だが、なぜか敬礼をしなければならないと保安官の一人は語る。
ラクスがカガリとともにこの場を去った後、
「――――すごかったな、アレぐらいの美女がプラントにはいるのか」
サイは呆けたようにセイラの後姿を見続けていた。
「おそらくだけど、どこか高貴な身分の人だったりして」
「えぇぇ!? じゃあマジでお姫様かもしれねぇじゃん!!」
アルベルトとトールは、セイラの正体について言及するがすぐに結論を出すことはできないと言い放ち、結局放置することに決める。
――――ラクス・クライン。僕は、あなたの本当の姿を見ていない。
キラは、プラントに対して懐疑心を抱いている。だからこそ、ラクスの心根を信用できなかった。
しかし、リオンが気にかけている存在であり、これが素なのではないかとも思い始めていた。
―――貴女は、何を考えているんだ? 貴女はなぜリオンに?
本当に、そのままの人物なのだろうか。その後、キラはリオンとエリクとともにオノゴロ島のモルゲンレーテを訪れることになる。
しかしその前に、リオンはラクスとともに首脳官邸へとたどり着き、
「この馬鹿野郎。心配ととんでもない案件を持ってきやがって。けど、まあ結果的にはよくなりそうだ」
キュアンが泣きそうな顔でリオンを抱きしめる。ヘリオポリスからだいぶあっていなかったのだ。親として、家族として心配だったのだ。
「心配をおかけしました。ですが、案外うまくやったでしょう、俺」
しかし、いたずらっぽい笑みを浮かべ、自分のしでかしたことを誇るリオン。
「はぁ。無鉄砲なところは誰に似たのやら――――それで、その子がラクスさん、だったかな?」
キュアンは改めてラクス・クラインをまじまじと見る。シーゲル・クラインの娘だというが、
――――似てねぇ。マジでどこが似ているんだよ。
親の顔の名残というものが見られない。コーディネイターの子供はこうなのか、と心の中で複雑な心境を浮かべるキュアン。
「はい。貴方がキュアン様なのですね。リオン様からお話は聞いております」
「まあ、そんなに固くならなくていいさ。ここにあなたを縛るモノはないし。プラントとの交渉、貴女の返還まで、オーブで散策するのもいいだろう。仕方のないことだが、護衛はつけさせてもらう」
その際、リオンを連れて行くのがいいだろうと判断するキュアン。リオンを見る目が熱にうなされているように見えたので、
――――リオンの奴、ここにきてモテ期到来か。プラントとオーブの姫を撃墜するとはな
と、色々と変な方向に思考が向かっていたりする。
「それと、アルスター事務次官の権限でアークエンジェルから降りる民間人もいると思う。その時の対応は政府に任せます」
「わかった。しかしまあ、ヴィクトルとユウナも心配していたぞ。お前が戦争の前線で戦っていると知った時、ユウナは気が動転しているし、ヴィクトルは大泣きするし」
ユウナ・ロマ・セイランと、ヴィクトル・サハク。カガリとも親交が深く、リオンがヘリオポリスに向かう前に、あったことがある人物でもある。
「しかし、ロンド・ギナ・サハクの姿が見えないんだけど。謹慎?」
「ああ、いやまあ―――」
言葉を濁すキュアン。
「それは私がお答えしよう」
そこに現れたのは、ロンド・ミナ・サハク。ギナの妹に当たる人物だ。
「ミナさん。お久しぶりです。ギナさんは謹慎ですか?」
リオンはオーブに今帰ってきたばかりなのだ。情勢に疎いのは仕方がないところもあるのだが、彼がいなくなるというのはよほどのことが起きたのだろうと考えた。
「形だけではそうなる。一応ポーズを作る必要があったからな」
ミナはなんでもなさそうにすべてを話した。ヘリオポリス崩壊の責任と、プラントに対する釈明として、ギナの謹慎をプラント側に通知。しかし、その効力は微々たるものだったという。
「――――ラクス嬢のことは、渡りに船、そういうことですか?」
「ああ。オーブはモビルスーツの技術を確立できた代償に、ヘリオポリスを失い、プラントとの国交も一時的に悪くなった。だが、ここでその少女の引き渡しが実現できた場合は持ち直すことも出来よう」
ラクスを慕うコーディネイターは多い。だからこそその効果に期待しているとミナは言う。
「――――新型Gシリーズの件、私は性急すぎると考えていましたが、結果的にモビルスーツの実戦データは取ることが出来ました。賛同していなかった私がそれを集めることになったのは皮肉ですけど」
「そう言うな。私はもう一人の私とは違い、其方のことは高く評価しているのだぞ。王の器ではないが、確固たる信念を持ち合わせる英傑の一人であると」
「王の器でありませんし、英傑にも程遠いですよ、ミナ様。私は私の信念と思想に従っているだけです。あの一件から貴女の評価は過大が過ぎます。期待されるのは嬉しいですが…」
リオンとしては、あの一件以来ミナがこちらに期待をするような目を向けてくることが多くなり、それなりに重圧に感じていたりする。
そんなリオンの照れたような、謙遜の過ぎる態度を見ていると、いたずらっぽい笑みを浮かべながら、あの日彼が言い放った言葉をもう一度世に放ったのだ。
「――――国とは、民のことを指し、民があってはじめて国が成り立つ。支配者一人だけでは、国とは言えない、其方が放った言葉は、今も私の胸に刻まれている。それを臆面もなく言える存在が、果たしてこの世界にどれだけいるのやら」
「き、刻―――っ」
カガリが思いっきり赤面する。まるで恋人同士が話すかのような物言いに気恥ずかしさを感じてしまったのだ。
「好きですね、そのお言葉。ですが、ミナ様の心に深く刻まれたのであれば、幸いです。民を軽んじる施政者が生まれなかったことは喜ばしいことであり、仕え甲斐もありますから」
ミナとのやり取りは慣れている。というより、施政に関するものばかりなのだから緊張する必要もなかった。
「だからこそ惜しい。其方の慧眼が戦場で散ることが心配だ」
蛮勇にも等しいリオンの単騎掛け。ミナは彼の慧眼が失われることを心配していた。ゆえに、カガリが抱いていたような心配は一切ない。
ミナは、リオン・フラガがオーブに有益な存在であることを認識したうえで、その命を気遣っているのだ。
「帰る場所があります。それがある限り死ぬわけにはいきませんし、誰にも負けるつもりはありません。どんな相手であろうと乗り越えましょう」
「頼もしいことだ――――話が長くなったな。今日のメインはプラントの姫君だった」
ちらりとラクスを見やるミナは、話をいったん終わらせ、ラクスへと向き直る。
「リオンは其方に役目を期待している。プラントと地球、二つの勢力の和平のカギとしてだ」
「存じております。ミナ様やリオン様に役目があるように、わたくしは己の役目、わたくしが為したいことを為すだけですわ」
毅然とした目で、ラクスはミナの視線から逃げない。190㎝の高身長のミナ相手に、一歩も引かない雰囲気だ。
「――――で、あるか。ならば私が其方に言うことはもはやない。それまでは我が国の在り方を見ると良い」
一方、マリューとムウ、ナタル、エリクはウズミ・ナラ・アスハとの謁見を行っていた。
その謁見も佳境に入っており、オーブの現状、連合に入るわけにはいかない理由も当然含まれていた。
「やはり、オーブは戦闘データを」
「うむ。先にも申した通り、中立を守るには力が必要だ。こちらの要求に応えてくれれば、かなりの便宜は図れるだろう」
「――――リオン一人ではダメなのか? あいつはナチュラルで、とんでもない凄腕だ」
エリクが不思議そうな顔をしている。リオンならばそのすべての問題は解決するのではないかと。
「リオン・フラガ。彼もまた天才の一人だ。普通のナチュラルではない。彼はナチュラルに生まれた存在ではあるが、後天的に記憶転写を幼少のころから受けていてな」
「なんですって!?」
思わず立ち上がったマリューが、リオンの生い立ちに反応した。
「記憶転写? それはまさか、オーブで!?」
ナタルもリオンが年不相応な雰囲気を出していたのは大人びているだけではないと考えていた。だが、これではまるで――――
―――呪いではないか。先人たちの遺産が、今を生きる者を蝕むなど――――
「―――――彼がそのような処置を受けていたのは、フラガ本家が一度壊滅し、分家に引き取られる前だ。しかし、彼の様子は酷いものだった」
ウズミは年相応の感情すらなくしかけていた少年の未来を案じた。
「強靭な遺伝子。元より弄る必要のない本物の天才だったアル・ダ・フラガ。そしてリオンを生み出すためだけに生まれた女性の命。彼が背負っているものは大きい。ゆえに、普通のナチュラルの感覚というものが彼にも理解しきれていないところがある」
「天才として生まれ、後天的に鍛え上げられたスペシャル。ある意味ジョージ・グレンよりも異端だな。彼の存在だけで火種が爆発するだろう。胸糞悪い話だがな」
エリクも想像以上のリオンの生い立ちに眉間にしわを寄せた。ある意味コーディネイターよりも歪んだ彼の在り方に。
――――いつから世界は、人を人と思わなくなった?
自分もコーディネイターだ。強化されたのだろう。だが、周りの人間は自分をしっかりと躾てくれた。ナチュラルの子供と変わらない、
一人の子供として自分を見てくれた街があった。エリクでさえ得られた小さな幸福すら受け取れず、ナチュラルとして生まれた彼は、ナチュラルに生きることを許されなかったのだ。
エリクの沈痛な顔を見たウズミは一瞬だけ目を伏せ、説明を続ける。
「それに、餅は餅屋だ。彼にもできないことはないが、適任はキラ・ヤマト君だ。一番の理由は休暇を与えたいのだ、リオン君に」
「なるほど。あいつは俺の目から見ても頑張っていたし、あんたが休暇を与えてくれるなら安心だ」
ちゃんと彼を見てくれている。立場上厳しい時が来るかもしれない。しかし目の前のウズミはギリギリまで戦友のことを気にかけてくれている。
それが彼の戦友として喜ばしいとエリクは思う。
その後、アークエンジェルの士官たちには補給を受ける代わりに技術協力と戦闘データの公開を受け入れるしかないと判断し、この話し合いは終了となった。
リオンはその後ラクスの身柄をウズミに任せ、モルゲンレーテ社へと向かう。先んじてストライクとともに入場したキラの後を追うためだ。
そして、オーブという戦争の混乱の中を美味く泳ぐ中立国家を頼る、資産家たちが多いことを知ることになる。
「ウィンスレット・ワールド・コンツェルン、ね。連合、プラントにつながりを持つ会社らしいが、オーブに厄介ごとを齎すのでは?」
リオンは当初、連合とプラントにつながりのあるこの企業に対し、懐疑的な意見だった。
「だが、モビルスーツのノウハウを得る貴重なパイプでもある。バクゥのキャタピラは、今後の可変MSの設計において、重要な足掛かりとなるはずだ。空戦仕様の試作量産機が先行生産され始め、マリンタイプのアストレイも既に組みあがっている」
キュアンはリオンの懐疑心をやんわりと宥めつつ、メリットについて語る。
オーブの新たな剣となるべく生み出されたMS。ザフト軍のジンやシグーをはるかに上回る運動性能を誇り、連合軍少尉キラ・ヤマトの技術協力、これまでの戦闘データを取り込んだOSが導入され、量産機としては破格の高性能機として誕生したアストレイ。
MBF-M1アストレイは従来の設計通り量産がスタートしていたが、ムーバブル・フレームの設計思想が組み込まれ、新型Gシリーズすら圧倒しかねない性能を実現。その性能の高さを維持しつつ、量産コストもムーバブル・フレームの設計思想のおかげで当初の予想されたコストを下回ることに成功。
ミラージュ・コロイド仕様のサーベルからの切り替え完了には、早くても半年はかかる見込みだ。
MBF-M2アストレイ指揮官用は、運動性能を引き上げ、長時間戦闘に耐えうる仕様となった。こちらは先行量産型であり、トップガンたちが乗る機体だ。バックパックも強化され、一般機に比べて高速戦闘に主眼を置いた、一撃離脱戦法が主流となる見込みの模様。
MBF-M1-M水中用アストレイ。肩部と腰部にハイドロジェットを装備。背部は水陸両用を意識し、通常のスラスターを維持している。実弾兵器、レールガンが主となる見込みだ。
陸戦、海戦ときて最後に空戦仕様の主力MSの開発が難航していたが、ムーバブル・フレームとイージスの設計思想が相乗効果を生み出し、先行型可変MSが完成した。
MVF-M11C ムラサメ。早期からオーブにとって必要とされてきた空戦における優秀な継戦能力を有する完成度の高い機体だ。指揮官用アストレイを凌ぐ機動性を有しているが、装甲は薄く、被弾が命取りになる。
が、後にザフト軍で開発されたゲイツ、連合軍のストライクダガーを歯牙にもかけない戦闘能力を示し、プラントの技術者を驚愕させた。
そして、オーブ軍に寄り添う形で接近したのがウィンスレット・ワールド・コンツェルン社なのだ。
「で、これはどういうことですか、キュアン。なぜあのような小娘にアストレイを乗せているのですか?」
独り言をつぶやくリオン。キュアンは電話で少し離れた場所に移動しているため、彼の独白を聞く者はいない。
目の前のアストレイは確かにいい動きをしている。だが、すでにナチュラルのパイロットのアサギ・コードウェル、ジュリ・ウー・ニェン、マユラ・ラバッツがクールダウンを終えているにもかかわらず、アストレイが動いているのは問題なのだ。
目の前の少女、ラス・ウィンスレットの手によって確かにいい動きをしているアストレイ。だが、それとこれは別だ。
「これは遊びではないのです。Mr.ウィンスレットのご機嫌を無理にとる必要もないでしょうに。」
その後、子供用のパイロットスーツに身を包んだラス・ウィンスレットが機体から降りてきた。
「貴方が、リオン・フラガ様ですか? 初めまして、私はラス・ウィンスレットです! 父がこれからお世話になります!」
「!? あ、ああ。私がリオン・フラガだ。貴方の父上とは今後もいい関係を築きたい。それにしても、見事な腕ですね」
MSに乗る少女ということで身構えていたリオンだったが、快活な声色とともに出てきた彼女の雰囲気に驚いていた。
――――この子は、どんな願いをもって生まれたのか
だからこそ、その明るい声を発する少女に、どんな願いを込めてコーディネイターとして生を受けたのか、それを余り考えたくなかったリオン。
「はい! 以前からMSの性能テストに携わっていたので、大体の機体は乗りこなせます!」
胸を張って応えるラスの姿に、勝手に心苦しさを感じていたリオン。
――――彼女の父親と亀裂を生むかもしれない。だが俺は
「すみません。キュアンから許可があったとはいえ、あまりアストレイに乗るのは控えたほうがよろしいかと」
出来るだけ丁寧に、リオンはラスにMSに乗らないでほしいといった。
「???」
辛そうな顔をして、乗るべきではないと言う青年を前にして、ラスはキョトンとしていた。
「――――あれは兵器です。君のような少女が、進んで手を汚す必要はないのです。自分勝手な物言いですが、Ms.ウィンスレットには向かない」
「――――以前から私は、コーディネイターだからこそできるテストパイロットに近いことをしていました。パパの仕事を助けるためでした」
リオンの見る瞳の強さは変わらない。少女は彼に対し微塵も臆していなかった。
「でも、この国ではMSのいろんな使い方があると聞きました! 大型コロニー建設、宇宙探査。まったく別の、MSの可能性があるって!」
目をキラキラさせながら、ラスは言い放つ。
「それを推進していたのは、他ならぬリオン様でしょう!? 私、ここに来る前から調べたんです! オーブの神童、ここにあり、って!」
正直過大評価なのでは、とリオンは思う。強化外骨格では難しいので、大型重機の代わりにモビルスーツなら応用が利くという何気ないアイディアだったと記憶している。
この少女のような、壮大な志があったわけではない。単に効率の問題だ。
—————この発想の違いが、俺の限界か
少し見る目が変わり始めたリオン。この少女の戯言を真面目に聞くことにしたので、黙って聞き手に回る。
「モビルスーツの平和的な運用方法。それは凄いことで、私も大きくなったらやってみたいんです。きっとそれは、世界にとって素晴らしいことだから」
どうですか、と胸を張って自信満々の様子のラス。
「——————そんな言葉を頂いたのは、初めてですね。悪いが、そこまで壮大なことは考えていなかった。が、そういう考えもあったのだな」
リオンにとってMSは人殺しの機械だ。それ以上でもそれ以下でもない。しかし、それは戦争中だから仕方のないこと。
――――もし、戦争が終わって、平和な時代になった時
リオンはその先の可能性をもう一度考えた。MSという巨大人型兵器が、コロニー建設、宇宙での活動に有用であることは事実でもある。実際、ヘリオポリス再建計画に大いに役立っている。
————目の前の少女の様な思想が世界中で芽吹けば、あるいは……
「えぇぇ!? そんな!? 私、何か頓珍漢なことを言ってしまったの!?」
慌てるラスを尻目に、リオンは朗らかな気分になった。出任せ、思い込み、発端はむしろどうでもいい。
重要なのは、彼女がその思想に至ったことだ。
戦争に染まってしまった人間ではなく、染まり切っていない人間がMSの平和利用を考えた時が来る。そして、戦士はそれを実現するために戦っている。
—————我々の戦いが、無駄では無かった証、なのではないか?
プラント、連合、そして我々は、それぞれの思想に基づき、行動しているのだ。
「本当に……愉快なレディだ。MSをそんな風に考えている、中々ない発想ですね」
あまり素直ではない言い方ではあるが、リオンは既にこの少女の存在を認めていた。ああ、こんな思想もあり得るのかと。
ひどく安心感を覚えていた。
「バカにしていますね!? 確かに今は戦争中で、プラントと連合がいろいろな場所で戦っています。そして、その為のMSと誰がも思うでしょう」
言葉を切り、むっとしたような顔でリオンを睨むラス。
「でも、MSだって使い方次第でいろんなことが出来るんです!! そういう考え方だって、許されていいはずなんです!」
「―――えっと、これはどういう展開だ?」
遠目からリオンとラスが口論に発展しているのを見つけたキュアン。
「す、すみません、キュアン様!」
言い訳もせず、頭を下げるラス。そして、事態を把握できていないキュアンはリオンに視線を向ける。
「―――――叔父上、彼女は何一つ悪いことはしていません」
「「え?」」
キュアンとラスは、驚いた顔でリオンを見る。特に彼女は、リオンが否定的な意見を言っていたからこそ、強引に自分を否定しに来ると考えていた。
しかし、彼はそんなことはせず、逆に彼女を庇うような言動を選んだ。
「その思想さえ、世界は許してくれているのです。MSが人殺しの兵器である時代がいつまでも続くわけではありません。彼女は血塗られた思想に対して自由なだけですよ」
膝をつき、リオンはラスの目線と同じぐらいの高さまで自らの目線を下げた。
「こんな嫌な時代は必ず終わる。だからこそ、どうか今の君を忘れないでほしい」
だからこそ、少女には託さなければならない。身勝手だが、その先の未来で、彼女はきっと良い影響を与えてくれるはずだ。そして、彼女も幸せになれることを祈ろう。
—————俺が諦めた先の未来に、貴方は進む事が出来る。
「リオンさん?」
先ほどとは別人なのではないかと思うほど、優しい声だった。ラスはリオンの態度の変わりように驚いていた。
「リオン? いったいどうしたんだ?」
そして話の内容についていけないキュアンは蚊帳の外。
「Ms.ウィンスレット。勝手ながら、その思いを守り抜くアドバイスを授けましょう」
―――この尊さを持った命を、失わせてはならない
彼女一人では、世界を動かすことなど困難だ。だが、こうした思いが積み重なって、世界は変わり始める。
そして、その動きの中に、おそらく自分は入ることはできないだろう。第一資格がないし、その頃までリオン・フラガでいられるかもわからない。
「誰からも守りたいと思われるような人間になりなさい。大切だと思われる存在に」
その尊さを一笑に伏す人間はこれから先たくさんいるだろう。彼女に対する風当たりは厳しいものになるかもしれない。だがそれでも、彼女にはこの思いを捨ててほしくない。
コーディネイターとナチュラルに確執に、巻き込みたくない。
「誰からも守りたいと思われるような、ですか?」
キョトンとするラス。リオンの言っている意味は分かるが、それでも難しいことだけは理解できる。しかし、方法は分からないようだった。
—————既に君は、もう答えを持っているのだがな
困ったような笑みを一瞬浮かべ、リオンは心中でうまくいかないものだと思う。本当に欲しいものは、案外近くにあるのは、よくあることだからだ。
「そう、君の想いを否定する人間はいるだろう。だが、彼らはあきらめているからこそ、君を否定するんだ。戦争が人を捻じ曲げ、思いに蓋をする。戦争が終わっても、人は戦いから抜け出せなくなる」
戦争によって体を、心を乱された人間は出てくる。生き残ったとしても、その世界を笑って過ごすことは難しい。
「戦いを経験していない、次の世代が必要なんだ」
「でも、リオンさんは戦争で戦って、誰かを守って―――仕方がなかったって」
ラスは、リオンが民間人を守るために戦ったということをキュアンから聞いている。自分の言っていることが甘い幻想であることは自覚している。しかし、曲げたくないと考えているからこそ、リオンの優しげな声が聞くに堪えなかった。
――――でも君には、君たちの世代には、こんなことをする必要はないんだ
自分よりも年下の子供が今の自分と同じ年齢になるときまで、世界が荒れてほしくない。
「君たちのような思いは、平和な時代だからこそ輝く。だからこそ、その思いを曲げてほしくない。殺し合いよりもある意味難しい、俺の勝手な願いだけど、頼めるかな? そして―――」
その言葉を言うよりも早く、リオンはラスに頭を下げた。
「君を侮ったこと、謝罪させてくれ。俺もまた、君の想いを諦めていた一人だった」
頭を下げたまま、彼女の言葉を待つリオン。ラスはそんな彼の様子に狼狽えつつも、自分の想いを口にする。
「お顔を上げてください、リオン様」
さながら、懺悔をする戦士に寄り添う聖女のような光景だと、キュアンは思った。
「リオン様が、心からその平和を望んでいることを私は理解しました。だからこそ、その謝罪を受け入れるつもりはありません」
「――――――――」
否定の言葉を投げかけられても、リオンは動じない。彼女の言葉の全てを受け入れる気なのだろう。
「平和な時代になって、温かな世界になって。その未来でリオン様が笑っていられるよう、私は願うだけです」
「――――君に会えてよかった。今はただその一言だけだよ」
――――もし、世界に対する悪意があったとしても、動じずにいられる。
目の前にいる弱く、吹けば飛ばされるような儚い存在が、世界を芳しくする。それを知っているからこそ、どんな絶望が立ちはだかっても、歩くことが出来る。
————命を賭けるだけの理由が見つかって、その尊さが存在したことを、知ることが出来た。
「私も、リオン様に会えてよかったです! 平和な時代でまた、今度はパーティで踊りたいなぁって、思っちゃいました!」
にぱぁ、と笑うラスの姿に、リオンの頬が緩くなる。しかし、それは洗い流されたように清いものであり、邪心を微塵も感じさせない。
―――俺なら少しワイルドな気持が生みそうなのに、こいつ全然動じていねぇな
はたから見ていたキュアンは、幼女の純粋な笑顔を美しいとだけ感じているリオンに、戦慄を覚えていた。
「あっ! 着信……パパからだ!!」
慌てたように端末を手に取り、父親と連絡を取るラス。その慌てようがほほえましく、親子の仲が良好であることを証明するなによりの写真となった。
「ふふ、ダンスの心得は人並み程度しかありませんが、その御心が変わらぬようでしたら、いつでもお待ちしています、Ms.ウィンスレット」
「はい! 今日はいろいろな話が聞けて良かったです! 今度はもっといろんな話を聞きたいです! では、これで失礼させていただきます!」
最後にそう言い残し、ウィンスレットの令嬢はこの場を後にするのだった。
「―――――――まさか幼女すら撃墜するとはな」
「叔父上とは見解が少々どころか、大きく異なっていることを理解しました。幻滅していいですか?」
ジト目でラスには手を出してはなりませんよ、とけん制するリオン。
「おい。他意はないぞ、他意は! お前の人徳に感心しているだけだ! それだけだからな!!」
とんでもない警戒をされていることにショックを受けたキュアンは、誤解を解こうとする。いや、正直誤解ではないかもしれないが、何とか弁明するのだ。
「エリカさんになんていいましょうか」
「おいぃぃぃ!!!!」
軽口を言い合うキュアンとリオン。しかしキュアンはそんなリオンを見て言いようのない不安を覚えていた。
実は、キュアンは話の内容を理解していないわけではない。その全てを理解していた。
―――お前はその世界を実現するために、何を犠牲にする?
他人との関係に対し、仕分けが整っている甥のことだ。オーブという国を焼く選択肢は彼にはないと断言はできる。
まるで自分の願いを託し、覚悟を決めているかに見える彼の姿に、危うさを感じていた。
――――お前も子供なんだ。平和な時代を生きていいんだ
彼がある故人の記憶を有しているのは知っている。しかし、その記憶に引っ張られ過ぎず、リオンとして世界を生きてほしい。絶望だけの人生だったあの祖先のような生涯を歩む必要は、なぞる必要は全くないのだ。
――――自分の命を疎かにするんだったら、俺は許さねぇからな
尊さの為なら、それを守る為ならば、自分すら犠牲にするような生き方を、フラガ家は認めない。
生きて未来を勝ち取ることこそ、最善の道であると。
「まあ、今度ダンスの練習をしないといけないですね。参ったな……」
目の前の年相応な笑みを浮かべる青年は、その辺りを深く考えているのだろうかと。
外伝最新作の主人公ラス・ウィンスレット嬢が登場しました。親と会社を奪われることはたぶんないので、外伝には繋がりません。
リオンさんは、彼以上に純粋な存在をぶつけられると、勝手に覚悟完了するので正直地雷です。
程々に汚い大人だと覚悟完了はしません。
ある意味、リオンの運命が決定した話でした。