機動戦士ガンダムSEED 理想の従者 作:傍観者改め、介入者
フィオナとの面会を済ませた後、リオンはアスランとも面会を果たすことになる。
「イージスのパイロットは二枚目だな」
軽口から始まるリオンの言葉。しかし、アスランは目線を落としたままだ。
「―――――ザフト軍の俺をどうするつもりだ。――――もう煮るなり焼くなり、好きにしてくれ――――――」
頭を抱え、今にも壊れそうな雰囲気を出している青年を前に、リオンは嘆息する。
「運が悪いほうだと言える。特に、君と彼の関係はね」
「―――――ッ」
キラのことを知っていた。当然だろう。目の前の男は赤い彗星で、キラとともに自分たちと戦ったのだから。
「―――――貴方が、キラを戦場に?」
「俺は遠ざけたんだがな。思いのほか君たちの追撃が激しくてね。俺からは何も言っていないとだけ言っておこう。」
掴みかかってくるかどうか、出方を窺うリオン。しかし、アスランはそれでも無反応だった。
「――――――そう、ですか。」
しかし、今のアスランにはそれを問いただす力も意思もない。親友を殺したという事実が、彼からすべてを奪っていた。
「おいおい。今の言葉で信じるのか? 俺が保身のために嘘をついているかもしれないのだぞ?」
しかし、アスランは首を横に振る。
「同じです。原因は俺たちで、キラはそれを何とかしようとしていた。この件で貴方を恨むのはお門違いです」
「なるほど――――――」
リオンは、アスラン・ザラという男に興味を持った。プラントの過激思想の本山であるパトリック・ザラの息子でありながら、理性的な側面を失っていない。
――――戦後を睨んで、この男にも生き延びてもらわないとな
「―――――俺は、君がキラを倒したことを何とも思ってはいない。戦場に出たからには覚悟してもらう必要がある。」
あくまで、キラを負傷したことに関しては何も思うところがないと断言するリオン。実際リオンはキラの能力が手に入ればオーブの国益になると考えていた。
「―――――とにかくだ。ラクス・クラインと言い、君達と言い、オーブに居座り続けられると困るからな。まずはカーペンタリアに戻ってもらう。」
「―――――救命ポッドを拾ったのも、貴方、なんですね」
アスランは、ここでラクスの名を出したことで、赤い彗星が本当にラクスを助けたことを確認した。そして、それは恐らく今と同じく政治的な観点から判断したことなのだろうと。
「―――――まだ俺は何も言っていないのだが―――――」
「分かります。貴方は、ラクスと同じく世界単位で物事を見られる人だ。どう動くべきか、どういう流れが必要なのか。だから、彼女は貴方に惹かれた」
「買いかぶり過ぎだ。俺は彼女に想われるほどできた人間ではない」
肩をすくめ、苦笑いをするリオン。どうもアスラン・ザラは自分のことを過大評価しているところがある。
「―――――本題に移ろう。ザラ議員の息子である君ならば、核に対するカウンターウェポンがプラントにあるかどうかわかるからな」
リオンが気にしていたのはプラントの切り札は一体何なのかということ。地球軍が核兵器を取り戻せば、プラントも何か対抗できるものを用意する必要がある。
それが同じ核兵器ならば、オーブも他人事ではない。そして、それに匹敵、もしくは凌駕する兵器ならば無視はできない。
「――――――父上は、核ミサイルを嫌悪していた。だから、核兵器の直接的な使用はしないと思います」
「なるほど。」
リオンはそれを黙って聞いている。その様子を見ていたアスランは、この男に託すのもいいかもしれないと考えた。
プラントは裏切れない。だが、このままでは人類が終わる。自分と同じ視点でそういった危惧を抱いている人物であるからこそ、リオンに託すのもありなのかもしれないと。
「――――――――」
「??? どうした? 無理に話すことではないぞ。対応すればいいだけだからな」
「―――――巨大ガンマ線レーザー。レーザー推進技術をもとに作られた、宇宙線加速装置。それが兵器に転用されています」
アスランは、これでも裏切りだと思うが、もはや頼る人物がいない。
誰でもいい。だから、世界を救う力を持つ彼に託したかった。
「―――――君の手荷物にログのようなものがあった。それには君の言ったような図面も確認している。息子とはいえ、その情報を一介の兵士に教えるのかね?」
「―――――ハッキングすれば、大抵は見つけられる。父上には黙っている。」
フィオナがいなければ、気づきもしなければ、探そうという考えもなかった。
「―――――なるほど。確証は得られたか。」
良いものを見つけたと言わんばかりのリオンに対し、アスランは尋ねる。
「貴方はその事実を知ってどうするんですか?」
「プラントには一応その使用を控えるよう秘密会談で言うにとどまるだろう。そちらのトップが暴走すれば、砂時計には手を出さずとも、その兵器に対して攻撃せざるを得ない」
「―――――プラントには手出ししないんだな?」
念を押すようにアスランはリオンに確認を取る。
「―――――ああ。俺は重大な嘘はつかない。これほどの案件だ。これは一人でどうにかできる案件ではない。ユーラシア連邦の俗物の件では嘘をついたが、どうでもいい存在だったからな」
「―――――碌な嘘ではなさそうだ」
「単純な話だ。救えなくて悲しいと嘘をついただけさ」
アスランはリオンの言葉を聞き、彼は自分よりも視野が広く、どこまでもリアリストなのだと悟る。だからこそ、リオンは行動は信用できると感じてしまう。
「やはり貴方は有能だが、人でなしだ。」
命に優劣をつけている。しかもはっきりと。人は皆、命は平等と謳いながら、優先すべき命が存在する。それは目の前の男と自分も同様だ。
優劣をつけることで苦悩する人物がいる一方で、彼は利己的な目的ではなく、世界滅亡阻止のために命に優劣を決めている。
そして、救うつもりのないものに対しては酷く冷淡だ。
「―――――なんにせよ。君とは今度テーブルでいろいろ話をしたいものだ。プラントでクライン嬢によろしく伝えておいてくれ。婚約者の君からね」
「―――――もう婚約者ではないさ。彼女の心は既に貴方に向けられている。」
諦めたような表情で、ラクスのことはもういいというアスラン。
「――――弱気だな。二枚目な癖に」
「貴方はどうかわからないが、ラクスにとっては貴方が傍らにいたほうがいい。フィオナやニコルから聞いた。貴方のことを話す彼女の様子を。だからこそ―――――」
言いかけた後、リオンはアスランの口元にそっと人差し指を立てる。
「―――――そこまでだ。迂闊なことは言わないでもらいたい。この話は終わりだ。」
「あと、君がキラを倒したと言ったが、奴は生きている。」
言い忘れていた、とリオンは去り際に衝撃の事実をアスランにぶつけた。
「――――――え?」
呆けた様に口を開けたアスランを尻目に、リオンは有無を言わさず部屋から出ていったのだった。
一方アスランと同じく、オーブの飛行艇の中の一室で療養しているフィオナは、今になって犠牲になった人のことを考えていた。
ディアッカとドリスが沈み、ニーナは目の前で落とされた。ニコルも落とされてしまったのかもしれない。
「私が、弱かったから……」
戦友も、親友も守れない。それに、隊員の大半を失ったアスランは今どうしているのだろうか。
「―――――」
アスランに会いたい。今すぐに会いたい。身近な人間が次々と消えていくことが、今の彼女にとって一番の恐怖だった。
――――会いたいよ、アスラン……
銀色の乙女は悲嘆に暮れていた。
そして、宇宙でもアークエンジェルとザフト軍の戦闘の顛末は伝えられていた。
宇宙で赤い彗星と白い悪魔が撃破された知らせを聞いたハルバートン提督は。
「――――彼との契約はオーブまでだ。おそらく彼ではないな」
「連合としては、傭兵に新型兵器を乗らせていたという事実は隠したいようですからね」
ジョセフ・コープマン大佐は、リオンがオーブで船を降りるということは知っているし、部下たちもリオンの素性までは知らないが、彼が死んだわけではないことを感じている。
「ふん。アラスカの連中はオーブまでやってきた彼らに何の支援も寄こさんのか。コーディネイターと共に手を取り合うことがそんなにも嫌なのかねぇ」
そして提督が許せないのは、恩人である彼らに支援一つ寄こさない軍政部の方針についてだ。あの戦闘でキラ・ヤマトのMIAがほぼ確実なものとなっている。彼の友人も退艦したもの、継続して戦う者とで別れ、怪我を負った少年もいるという。
若者が明日を生きるために戦っているのに、それを理解できない軍政部に対し、提督は彼らを見限り始めていた。
――――このまま彼らに連合を任せていては、世界が終わりかねない
そして、この状況になったことでリオンの真意を改めて理解することになる。
――――君は、最初から軍政部のことを見抜いたうえで、私を利用するつもりだったのだな
恐らく彼が自分にかける期待は大きい。そして、何も連絡を寄こしてこないということは、これから起こること全ても、彼の予測範囲内なのかもしれない。
彼も正確なことは知り得ないだろう。しかし、彼は世界の流れを見定め、次の一手を考えている。
――――情けない大人の罪の象徴だな、彼は
情けない大人が上にいるから彼が生まれた。彼がその役目を果たさなくてはならない。
「―――――まだ動くな。我々はまだ動くべきではない。あくまで我々の戦う相手はザフト軍だ。決して我々のことは悟らせるな」
必ず来る。必ず自分たちが立ち上がる日が来る。
チャン・バークライト中佐も、ジョセフ・コープマン大佐も、おつきの部下たちも大きく頷いた。
彼よりも年を重ねた大人がいるというのに、それにすらたどり着けないものが多すぎる。
そして、その中に自分たちがいたということを知り、手遅れにならぬうちに行動しなければと固い決意を秘めたまま、その日を迎えることになる。
アークエンジェルでは、捕虜の扱いについて思わぬ悩みが生まれていた。
「――――うーん、いやまあ、女性があんまりいないからなぁ、うちの船」
エリクが難しい表情をしながら、支給された配膳食を食べる。
「それで、私が彼女の様子を見るのは構わないのですが――――」
ナタルもザフト軍兵士の捕虜のことについては国際法に則った措置が必要と考え、男性の目ではそれが厳しいのではないかというエリクの意見に傾いていた。
「サハン先生に頼むのも手かなぁ。あの子、まあまあ素直だし」
エリクとしては、そんなに暴れる心配はないと断じている。良くも悪くも真面目そうな彼女だ。
「ええ。私には医学的な知識は皆無です。彼がいなければ足手まといもいいところでしょう」
ナタルはサハンとともにその仕事をすることに異論はなかったが、自分一人ではどうすることもできないのでは、と考える。
もはや、彼女から聞き出せる情報はないように思えたのだ。
「まあ、なんにせよ。俺も少し面を拝むかもしれないから、その時はよろしく」
エリクはのほほんとしながらナタルに今後の予定について一方的に提案する。階級としてはそろそろエリクは少佐になる。だから形式上問題はない。
「貴方、本気でおっしゃっているのですか? 相手は—————」
ナタルはそれが信じられない。彼女は—————
「けど、大人しいんだろう? だったら危ないことはないだろ? 一度見たけど、育ちのよさそうな娘だったぞ」
彼女はムウを殺した張本人なのだ。
上司を殺されたにも関わらず、エリクはなんでもなさそうに言い放つ。
「――――貴方はどうして平気なのですか!? 彼女は貴方の―――――」
ナタルはエリクに詰め寄る。どうして仇なのにそんな風に言うのかと。
「なぜって――――――」
苦々しい表情を浮かべるエリク。そして絞り出た答えは――――
「戦争なんだから、としか言えねぇよ。俺も少佐も、たくさんザフト兵士を殺している。因果っていうもんは、いつ何時来るかわからねぇ。俺より先に、ムウさんに来ただけなんだよ」
「―――――憎しみのまま戦うやつを見てきた。そういうやつは、大抵ろくな死に方はしねぇ。」
蒼き清浄なる世界のために。
空の化け物を許さない。
そんなことを言って死んでいった奴らをたくさん見てきたエリク。
「俺はあんな無様に、無為に死ぬつもりはない。俺は、俺の信条の味方だからな」
「―――――貴方は――――本当に軽薄な人、なんですね」
ナタルは、それでも軽蔑した表情は浮かべない。任務をやり遂げる、大局を見失わない、それを出来るエリクに少しの信頼を寄せるようになった。
「いろいろ恩義はある。けど、辛気臭くウジウジしていたら、うっかり後追いしちまう。男を追う趣味なんざ俺にはないな」
「そうか―――――ブロードウェイ中尉がまだ平静でよかった」
ナタルは思い出す。ムウはアークエンジェルの中でもムードメーカー兼、周囲がなかなか言えないことを言うような、いわゆる汚れ役も買って出た貴重な人物だった。
「とはいえ、言葉遣いをいきなり変え過ぎでは? 違和感しかないぞ」
「だぁぁぁ!!! 俺だって自覚はあるんですから、突っ込まないでくださいよ!! 俺が兄貴ポジションをやらなきゃいけないんですから!!」
やや慌てた口調になるエリク。無理をして場を何とかしようとする彼の意気込みは買うが、どうも似合っていない。
「—————理解に苦しむな」
ナタルはそんないつもと変わらないエリクに安心しつつ、目下最大の悩みに該当する、ある事柄について考える。
彼に頼っていたメンバーもいる。そして彼の死を悲しむものが少なからずいた。
だが、あの女は例外だった。
心身ともに衰弱していた彼女は、あの優しげな雰囲気をかなぐり捨てていた。優しく、部下想いの、自分にとっては苦々しくも理想的な上官そのものだった艦長は――――
「―――――なぜなの? なぜ、貴方が死ななければならないの、ムウ?」
光を失った、優しさの欠片すら感じられない平坦な声で、彼女は―――――
「我々全員の至らなさ―――――私も甘かった。リオンが離脱した影響を、もっと計算に入れるべきでした」
ナタルは、マリューほど心を乱してはいなかった。ムウのことは悪く思っていたわけではない。だが、驚くほどに冷静な自分がいる。
「―――――あの子のことは良いわ。あの子にはあの子の道があった。でもね、私はもう、ザフトを許せない。」
「!?」
あの艦長からは考えられない言葉。ナタルは驚いていた。そこまで、そこまでマリューはムウのことを気にかけていたのかと。
「無論、あの捕虜に何かするつもりはないわ。私も命令で、あの子も命令を受けていた。捕虜に暴行なんて、軍人の風上にもおけない存在。だから勘違いしないでほしいわ」
毅然とした目を向けるマリュー。ナタルは深読みしていたどころか、浅はかだったことを認めた。
しかし、この女性に、この情に厚い艦長に、あんな言葉は似合わない。
「―――――ラミアス艦長、気持ちはわかりますが――――」
何となくフォローを入れるつもりだった。ナタルは何とかして、マリューを立ち直らせたかったのだ。
しかし、その軽率な行動は、彼女が最も後悔する呪いの言葉に成り果てた。
「貴方に何が分かるの?」
底冷えするような、どす黒い雰囲気を感じ取ったナタルは、本能的に一歩後ずさった。
――――私は今、誰と会話している?
今、目の前で自分の理解の及ばない事態がうごめいている。
「誰かを好きになったことのない貴方に、何が分かるというの?」
「!!! しかし、ですが我々は軍人です! 我々指揮官が私情に囚われ、大局を見誤ればいずれ取り返しのつかないことになります!! それを――――」
「私は、そんな冷徹な人間にはならない。私は、そこまで感情を抑えることはできないわ」
もう話すことはない、と言わんばかりにナタルを突き放すような言葉を言い放つマリュー。
そんなマリューに対し、ナタルは反論する術も、言葉も思いつかなかった。
――――愛する者との別離は、ここまで人を変えてしまうのか
そして、世界という盤上を見つめる道化は―――――――
暗い部屋の中で、リオンは確かにその情報を受け取った。
「なるほど、わかった――――よくそこまでたどり着いた」
穏やかな声で、彼はそのはるか先にいる戦士の声を聴いていた。
彼に対する手向けとして、この先の未来を必ず守るという決意を示す証として。
今、死にゆく同胞に、安らぎがあらんことを願う。
「よく私に伝えてくれた。安心して逝け」
『―――――――――』
その姿を、カガリは見ていた。ドアが半開きになっているところも、いつもの彼らしくなく、彼も気が動転していたことがうかがえる。
そして、そんな場所では彼が暗部の一人に対し、何を言っているのかがわからない、聞き取ることが出来ない。
しかし、上に立つ人間に、その立場になった時、今のリオンと同じように、部下の命を切り捨てることもしなければならなくなる。それが彼女には恐ろしく、しかしそれ以上に覚悟を決めなくてはならないと固く誓っていた。
「世界がお前を知らずとも、我らフラガ家は、お前のことを永遠に刻もう。」
そして程なくして爆発音とともに回線が切れたノイズの音がした。通信が途切れ、リオンと話をしていた相手が自決したのだろう。
「―――――死んだのか」
「ああ。世界を変える転換期になる。この情報は何よりも得難いものだ。彼の命が無駄では無い証だ」
無表情のまま、そう語るリオン。しかし、彼の拳は握られていた。震えるほど固くは握りしめられていない拳。しかし、彼の死はリオンに影響を与えているのは確かだった。
「―――――悲しいと思うそぶりも、見せちゃいけないのか? 上に立つ者は」
今の彼を見て、カガリはその問答を彼に問う。
「それが上に立つ者の責務だからだ。悲しむなとは言わない。その姿を見せてはいけない、とも今は言わない。しかし、その事実を背負って前に進むんだ。」
未来の主君に向き直り、リオンは真剣な目でカガリを見る。今後彼女にはその未来が遠からずやってくる。リオンも、カガリもそれは悟っている。
だからこそ、これはリオンの不安の一つ。
「自分の役目は何なのか。世界という物差しの中で、自分を客観的に見続けろ。カガリがオーブを背負うのなら、その覚悟も必要だ」
「うん……」
しおらしいカガリの様子に、リオンは少しだけ驚いた。
「―――――いつもとは様子が違うようだね。」
何事かとリオンは彼女に尋ねた。あの問答の中で、彼女が覚悟を決められていないなら、それは由々しき問題だ。彼女には主君として成長してもらわねば困る。
だからこそ、珍しくリオンも平静を装うことが出来なかった。
「―――――お前は、消えないよな?」
不安げな彼女の言葉に、反応してしまうのは、彼の青い部分だったのだろう。
「―――――俺を倒せる相手が、どこにいるのか。それを考えれば、答えは決まっている」
「最強の駒だって、万能ではない。ショウギも、チェスだってそうだ。クイーンが強いんじゃない。リュウオウが強いんじゃない。指揮者が強いから、駒は強く見えるんだ」
いつもミツルギの爺がいっていたことだ。指揮官次第で、駒は有用な存在から無能な存在になりかねない。ブレインというものはそれだけ重要だ。
「―――――それだけわかっているなら、カガリは大丈夫」
力に溺れることはないと、リオンは安心できた。ちゃんと地に足をつけている。
「この先どんなことがあっても、カガリなら乗り越えられる」
「―――――――うん………っ」
眼に涙をため、カガリは多くの言葉を堪えた。口に出して彼に言いたいことはたくさんある。しかし、そこでいつものように言えば、いつまでも変われない。
いつまでも、リオンに認められない。
「私は、必ずオーブをより素晴らしい国にする。私は、お父様とは違う、私の王道を…往く。だからその為に、お前の――――――」
震える言葉をつづけるカガリ。だが、最後の部分で言葉が途切れた。
「――――――」
リオンはカガリの姿をしっかりと見ている。まっすぐ、彼は彼女の姿を見ているのだ。
彼が意図する答えを、カガリは既に知っている。
「お前の命を、使わせてもらう」
その言葉を聞いて、リオンはとても穏やかな顔になった。その顔がカガリは嫌だった。肩の荷が下りたような様子に見えて、彼が自分を一人の政治家として、初めて認めてくれたような気がして、嬉しいはずなのに、それが嫌だった。
しかしカガリは止まらない。彼が考えていたことであろうこと、そしてこれからはカガリが推し進める道を切り開くために、リオンではなく、カガリが命じなければならない。
「だからこそ……、最初の命令として、お前に命ずる――――」
「アラスカに赴き、事の真相すべてを記し、オーブに帰還しろ」
敵が入り乱れる乱戦に飛び込めと命令したカガリ。アラスカでのプランがもし本当ならば、これは連合の牙城を崩す、連合の結束を崩壊させる大きなきっかけとなる。
そう、全ての連合軍人が蒼き清浄なる世界を謳っているわけではないのだから。
そして、後ろから不意打ちをされた怒りは、敵に殺された憎しみよりも根深いものだ。
「了解した。ついでにもし、“あの船”がいたらどうするべきかな?」
そしてリオンは、あの船が万が一捨て石にされているという推論を述べる。最新鋭の戦艦であり、キラが不在でもエースクラスが存在する部隊なのだ。
アレを捨て石にするという考えは、金塊を沼に捨てるほど愚かしい。しかし万が一拾えるチャンスがあれば、リオンはそれを拾い上げるつもりだった。
――――あれは、うまく取り込めばオーブの力となる。
個人の感情よりも先に、国益が真っ先に思い浮かぶほどだ。
「―――――状況次第だな。こちらに靡きそうなら保護しろ。もしも行く当てがないならこちらに誘導し、オーブに来てもらうことになるだろう」
カガリも同じ意見らしく、オーブの国益に彼らは重要な転機をもたらすと踏んでいた。捨て石にされた場合、彼らにはもう行く当てがない。
アラスカへの旅の最中に立ち寄ったオーブぐらいしか頼れる場所はないだろうから。
「―――――機体については、オーブ軍のMSを使用することはできない。オーブ軍の介入は、表向きにはできない」
「そこで、あの機体の出番ということか」
リオンは、カガリが持っているタッチパネルに映し出された機体を見て、縦に頷いていた
「連合もようやくMSを量産し始めたとはいえ、廉価版の機体を採用したそうだ。数こそいるが、アストレイに比べれば性能は酷い出来だ。一番の目玉だった換装システムをオミットするなど考えられないな」
カガリにもわかるぐらい、ストライクの性能は驚異的だった。しかし、ストライクの最大の強みを奪った量産型など価値を暴落させる暴挙だ。
「それだけ、MSが欲しかったのだろう。で、今回使用するのはオーブ製のそれか」
ディスプレイに映し出された機体名。
ORB-MSN-105E プロトダガー。オーブがストライクのデータを吸い出したときに生まれ、ストライカーパックの運用を視野に入れた量産機の試作型。
そして、キュアン・フラガの強い意向により頭部ユニットは連合の量産型に酷似したものとした。
「何度も言うが、オーブの介入を悟らせるわけにはいかない。その為、支援も援護もない。単騎で切り抜けてくれ」
「了解した。この件はすでに議会で提出済みかな?」
「ああ。ユウナが強く反対したが、賛成多数で可決された。お父様も私が強く言わなければ反対の立場だっただろうな」
ユウナが反対したことに驚くリオン。あの冷静で取り繕うのが取り柄の男が、強く反対したというのは、彼にも変革が訪れているのだと感じさせるものだった。
「意外だな、ユウナがそこまで反対するとは。それに、前代表は子供が好きだからな。もうすぐ19になる青年に、そんな危険な任務を負わせたくなかったのだろう」
「―――――そうだな。私の、自慢のお父様だ。矛盾を全く生まない人間はいない。世界はそんなに単純でもない。だからこそ、そんな世界で理想を掲げるお父様が好きだった。」
「――――私も、矛盾を生むかもしれない。私も間違えてしまうかもしれない。だから」
「二番目の命令。その命は私のものだ。だからこそ、勝手に投げ捨てるな。私が間違えた時、拳骨一発で目を覚まさせてくれ」
「人使いが荒いが、及第点だ。その命令、確かに承った」
カガリが部屋を出た後、今回のことをいろいろ考えるリオン。
―――――今回は運がよかった。あの少年にはまだまだ頑張ってもらわないとな
片目は最悪、義眼で何とかなる。最新鋭の義眼は生身の眼球よりも見える世界が広がるだろう。そしてその情報量に耐えうる頭脳を、彼は持っている。
――――視力を失う代わりに、知恵を備える。さながら、オーディンだな
北欧神話の主神のように、オーブに恵みを齎すのか、それとも終末を与えるのか。
――――奴を活かすも殺すも、お前次第だ。カガリ。
その頃、カガリに近しいアサギの口からアラスカの内情を知ったトールとミリアリアは、自分にも何かできるのではないかと提案するが、
「だめよ。今回の任務はフラガ特尉単独で行うもの。オーブはアークエンジェルのような強襲揚陸艦も保持していないし、仮に船を出したとしても、サイクロプスの範囲外に逃げ切れる保証もない。今回はあきらめなさい」
冷静な口調で、トールたちを窘めるアサギ。
「でもっ!! だってあそこにはアークエンジェルが!! 自爆なんて知らされずに―――あんなに頑張って、辛いことがあったのに、その果てがこんなだなんて!!」
食い下がるトールを前にして、アサギは「見殺しにするつもりはないわ」と告げる。
トールは、アルやサイほどアークエンジェルに肩入れはしていない。しかし、あの人たちが頑張ってきたのは理解している。その彼らが見殺しにされる事実が我慢ならないのだ。
「けど、アルが怪我をしてしまって―――――俺たちが抜けたから―――」
アルベルトがけがをしたことは、すでに知らされている。ショックだった、信じられなかった。
――――戦争に巻き込まれて、あんな重傷を負って―――――ッ
「あんなの、あんな現実がおかしいだろ!!」
憎しみではない。親友傷ついた悲しみもある。だが、トールが感じているのは世界に対する不信だった。
どうしてここまでコーディネイターとナチュラルの争いは激化しているのか。どうして
「―――――分かるわ。その理不尽を少しでも終わらせるために、私たちは動かないといけないの」
そして、ここでフレイ経由である情報を口にするトール。
「―――――サイは、アークエンジェルを抜けるって。フレイのパパさんが引き抜いたんだ。だからもう、あの船には俺の親友はいない。けど、あの人たちはあのまま死んでいいのかと思うわけがない!! 俺にも何かできることはないのかよ!!」
頭を下げ、懇願するトール。何かできないのか、何かあの人たちにしてやりたいと。
「大丈夫、リオンさんを信じてあげて。あの人は、厳しいことは言うかもしれないけど、とてもやさしい人だから」
「————それは————はい」
トールは、アサギの言葉に納得する。しかし、彼女が知らないであろうこと、今の彼に余計かもしれないが必要なことを言い出した。
「俺見たんです。民間人と交流しているあの人を」
避難民として不便な生活を強いられていた彼らに対し、元気づけるようなことをしていた。
自分がいるからこの船は落ちないと、自分には戦う力しかないが、彼らの未来を守るぐらいはできると。
「あの人。本当に貧乏くじを引いていますよ。もっとお姫様と違った付き合い方だってあるかもしれない。あの歌姫とも、もっと話したかったんじゃないかって」
貧乏くじを引いたと思わせない。あの人は妙に器用であるからこそ、何でもできてしまう。だから、彼は苦労していないように見える。
「無理をし過ぎですよ、あの人は。いつまであの人は仮面をつけないといけないんだ? もっと自分に正直な人生を—————」
そこまで言うトールを手で制すアサギ。
「——————ええ。そうかもしれない。けれど、それがあの人なのよ」
「え?」
「ああいう不器用な一面もあるから、カガリ様を含め、みんなに慕われているの。だから、彼の願いを叶えたいし、私たちも同じ夢を見たいの」
人を巻き込み、世界を変革していく。それが彼の在り方。この戦争という局面でも彼は変わらず、その影響が強まった。
「—————彼の夢、どういうものか知っている?」
背を向けて、アサギはトールに話しかける。声色も若干だが震えているような気がしてならない。
「リオンさんの夢、ですか?」
色々なことを考える彼のことだ。きっと崇高な夢に違いないとトールは考えた。
「それはね—————」
その話を聞いたトールは心底後悔した。そして、リオンという人物を見誤っていた。
彼は、どこまでも純粋だった人間だったのだと。純粋だからこそ、彼は—————
「いろいろな場所をめぐりたいそうよ」
—————あの人は、大人をさせられた子供だったんだ