機動戦士ガンダムSEED 理想の従者 作:傍観者改め、介入者
時系列的に、少し時間が遡ります。
プラントでは、食料工場が破壊されてしまい、事態の収拾と同時に動き出したジェネシスと占拠されたヤキン要塞の処理に追われていた。
「ジェネシスが、動いている!?」
「このままでは地球が射程内に入るぞ!! ポイント到達までの時間は!?」
ザフト軍総司令部では、ジェネシスが何者かにコントロール権を奪われ、そのコントロール権を持つヤキンすら制御を奪われている。
しかし、現在ヤキンの奪還に主力部隊が動いており、制圧は時間の問題と思われていた。
「戦争終結間際になぜ!? 何が起きているの!?」
その戦線で先頭を走るのはリディア。不測の事態に混乱しつつも軍人として彼女はヤキン奪還に動いていたのだ。
「今は、突入だけを考えて!! 部隊を入れなければ、ジェネシスの暴走は止められない!!」
そして、彼女の同僚となっていたシホ・ハーネンフースが戸惑いを未だに持っている彼女を叱咤する。
シホ・ハーネンフース。彼女はリディアやドリス、そしてフィオナの乗る機体のビーム兵器の開発を手掛けた人物であり、アスランとも少なからず交流があった。勝気な性格が災いしてボーイフレンドは今までいないのがコンプレックスな少女だ。
「なぜ我らの邪魔をする!!」
「コーディネイターこそが、世界を混乱させ、人類は間違えたのだ!!」
まるで、譫言のように叫び続ける兵士たち。彼らは過激派ではなかったのか、いったい何を言っているのだと、二人は寒気がした。
「なんで!? なんで貴方たちが—————どうして自分を否定するのよ!!」
リディアは無駄だと思いつつも叫ぶ。次々と襲い掛かるかつての同胞を撃墜しながら、彼らに問う。
なぜ、自分の存在を否定するのかと。
「コーディネイターが新人類ならば、どうして我らは!!!」
「なぜ望まれた能力に届かなかった!? なぜだぁぁぁ!!!」
「色が違うことで、顔が違うことが!! そんなにいけないのかぁぁぁ!!!」
鬼気迫る攻撃を繰り出しながら、シグーが実体剣を抜き、リディアの乗るゲイツに襲い掛かる。
「くっ」
聞かない話ではない。地球でもプラントでも、望まれた遺伝子操作に満たさない存在はいる。人類の技術が完璧ではないのは事実だ。しかし、コーディネイターのアイデンティティーを抉る言葉を彼らは言い放つ。
「ぼさっとしないで!! 止まるな!!」
横っ面からリディアに肉薄するシグーをビームクローで切り裂いたシホ。そして、彼女を機体ごとマニピュレーターでどかし、ライフルで周囲を牽制する。
「今は考えるな!! 私は私、貴女は貴女!! くだらない感傷で、全てを失う気なの!?」
「このっ!! エリートは言うことが違うなぁぁ!! 俺らの事なんか考えずに!!」
しかし、そのリディアを庇う行動に隙が出来てしまう。背後からリディアごと攻撃をする機体がいたのだ。
それは最新鋭だったはずのジン・ハイマニューバ。しかも、奇しくもシホが開発したビーム重残刀を装備していたのだ。
「っ!?」
咄嗟に突き飛ばした彼女の機体をシホは、その攻撃を受けてしまい、機体の左マニピュレーターを失ってしまう。
「なんの……っ!!」
衝撃で胸を打ち付けられるシホ。意識が一瞬とびかかるが、気合で取り戻し、腕がダメなら足でと飛び蹴りでカウンターを浴びせる。
「ぐあぁ!!!」
そして吹っ飛んでいくジン・ハイマニューバ。体制を完全に崩した機体に迷いなくライフルを発砲し、撃墜することに成功したシホだが、まだヤキンの突破口を確保できていない。
「シホさん! 怪我をして————ッ」
先ほどの衝撃で頭も打っていたのか、目がかすんでいる状態のシホ。そして額から出血が見られる危険な兆候。
「味方は何をしているの!? いったい何を———」
先ほどから乱戦となっている宙域。混戦していて状況が錯綜している。IFFの切り替えも完全とは言い難く、不意を衝かれた離反にプラントは後手に回っていた。
「——————クルーゼ隊長は!? クルーゼさんは何をやっているの!?」
リディアは、この戦闘に参加しているはずの彼は何をしているのかと考えていた。
彼には今回最新鋭の機体を送られているはずだ。しかし、戦況はあまり変化がない。
そして運の悪いことにシホが先ほどの戦闘で出血を起こしていた。
「—————リディ、ア。私は、大丈夫……」
「どうして私を庇って————早く戻ってください!! そんな体で————」
強がるシホを僚機に任せ、リディアは戦闘を続行する。新たに来た僚機とともにヤキンの入り口付近までの制圧を完了させ、反乱分子も残り少し。
「最後まで気を抜くな! ヤキンを何としても、そして、ジェネシスを発射させるわけにはいかない!!」
そんな彼女の気迫に押され、ついに門番の最後の一機を撃墜したのだ。
「これで、ラストだァァァ!!!」
味方がやってくれた。これで、突入班のルートを確保できる。リディアは安心しきっていた。
————あとは、突入班が内部を制圧して、ジェネシスのコントロール権を取り戻せば
しかし、不意に味方に緑色の閃光が走ったのだ。
「え?」
まともに反応することなく、戸惑いの声を出したまま、爆炎とともに存在を消された味方に驚愕したリディア。
————なん、で!? 敵は全て撃破したはず!? 切り替わったIFFは————
しかも、複数の攻撃。多角的な攻撃を繰り出す正体不明の攻撃に、リディアたちは翻弄される。
「!? まだこんな数が!! どこから攻撃を————ッ」
何とか致命傷を避けながら回避するリディアだが、次々と見方は消えていく。
「な、何が————」
「こ、これ」
「なんだよ、これはぁぁぁ!!」
断末魔をまともに上げることなく死んでいく味方。漆黒の闇に潜む何かが、自分たちを狙っている。
「この、そこか!!」
パターンが見えてきたリディアは、反撃としてその方向を予測し、攻撃方向にカウンターをお見舞いしたのだ。常に死角から攻撃をされる限定した攻撃だったことが幸いした。
しかし—————
漆黒の小さい何かが蠢いていた。そして、自分の攻撃は着弾せず躱されたことが分かる。
「—————そん、な!? その攻撃ユニットは—————」
そしてついに最後の僚機を落とされてしまう。残るは自分だけ。敵の正体はおおよそを掴んでいる。しかし、信じられない。
「—————筋はいい。まともな機体ならば、もう少し耐えたかもしれんな」
漆黒の闇に消える、男の呟き。
聞こえるはずのない声が、リディアの頭に響いた。
「まさ、か—————」
振り返った瞬間に、リディアはまばゆい閃光を目の当たりにした。圧倒的な死の世界。死を悟らせる緑色の閃光が飛び交う地獄の光景。
それは、単騎で起こせるはずのものではない何か。そして、乱戦を再現してしまっている空間に放り出され、サポートもなしの状況。
—————あっ
そんな状況で、彼女が生き残る確率は、ゼロに等しいのではなく、ゼロだった。
爆炎とともに自分の体が焼かれていく感覚がスローモーションに感じたリディア。これが死の直前なのかと、妙に冷静になっていた自分がいた。
————ごめん、アスランさん。守れなかった
自分を守ると言ってくれた優しい人。きっとあの人は恐れていた。自分の大切なものを奪われることに。だから、フィオナをすごく大事にし、愛していた。
————見たかったなぁ、貴方の描いた未来
そして最後に、あの金髪の青年の姿が目に映った。
彼の描いた世界。リディアは、彼の真心を感じ取っていたからこそ、彼の未来を見たかった。
そして、全てがゼロになる。彼女の意識は完全に消失し、その器は炎に包まれた。
司令部でも、突入班を護衛していた部隊が全滅したことで、動揺が広がっていた。
「—————リディア!? 応答しろ!? くそっ、まさか彼女が———」
レイ・ユウキ隊長は、司令部でシグナルロストした彼女に応答を催促するが、ノイズが走るだけの状況ばかりが返ることで、彼女が戦死したことを悟る。
「何が、起きておるのだ?」
パトリック・ザラは、信じられない気持ちだった。突如として反乱因子にプラントを荒らされ、ヤキンを介してジェネシスの制御圏まで奪われた。
この瞬間もジェネシスは自立移動を進めており、中からの操作が不可能な状態。このままでは地球攻撃すら可能となってしまう。
「あれを何とかしろぉぉ!! 地球が終わるのだけは、阻止せねばならん!!」
しかし、虚勢に近い言葉に彼らは絶望を深めるだけだった。彼らは最後の最後、渡してはならなかった存在に、渡してはならない機体を渡してしまったのだ。
「ごきげんよう、ザラ議長閣下」
モニターに映る仮面の男は、彼らの絶望と怒りを深めた。なぜ彼はここで裏切る、彼は抗戦派だったのかと。
「なぜだクルーゼ。なぜ貴様が————」
呆然としているパトリックに対し、不敵な笑みを浮かべるだけのクルーゼ。
「私を重用してくれたこと、未だに感謝はしておりますよ。おかげで、私の計画を進めやすかった」
まるで純粋な少年の如く、嘘偽りのない声色。純粋に、彼は最初からこれが目的だったのだと彼は悟る。
「連合に恨みがあるのか!? だからジェネシスを————そうなのだな!?」
叫ぶパトリック。彼の気持ちはわかる。彼もきっと連合に大切なものを奪われたのだ。だからこんな暴挙を行っているのだと。
その言葉に、周囲の人間も納得する。あの聡明な指揮官がどうしてこんな暴挙に及んだのかを考えれば、理由は一つしかない。
憎しみだ。彼を突き動かしているのはその感情に違いないと。
「————————————————」
しかし、とても残念そうな目で彼らを見つめているのはクルーゼ。彼らに対して見下した視線を浴びせるだけだった。
「なんとかいったらどうなんだ、クルーゼ!! 貴様、今何をしているのか、本当に分かっているのか!!」
レイ・ユウキ隊長がクルーゼに対して怒鳴りこんだ。信じられないことに対する理不尽と、彼への怒り。いつもは温厚な彼でも、これは怒るような事柄だ。
「—————議長。私は、連合に恨みを抱いているわけではありませんが」
とてもつまらないものを見ている様子で、とてもつまらない声色で白状するクルーゼ。
「—————は?」
では一体彼の恨みとは何なのだ。彼を突き動かす理由は何なのだと、彼らは混乱する。そして恐怖した。
その憎しみは、地球というスケールに値するほど範囲が広いのかと。地球を攻撃するほど根が深いのかと。
彼が憎しみを抱いている存在は一体何なのだと恐怖した。
「—————ええ。敢えて言うならば、それは世界ですな、議長閣下」
世界、彼らの想像をはるかに超えた真実が晒された。世界を恨むほどの憎しみ。戦争の理不尽を誰よりも感じていたパトリックだが、世界を滅ぼそうとは考えていなかった。むしろ、世界を作り変える気でいたのだ。
理不尽な世界を壊し、コーディネイターの未来を作り上げるのだと。
「私を生み出した世界。そして、免罪符を片手に愚かな行動を繰り返す人類にぃ!!」
叫びだす。叫ばずにはいられない。もはや仮面の意味はない。クルーゼは仮面を剥ぎ取ったのだ。
「なっ、貴様は—————」
ユーリ・アマルフィは驚愕した。あれはいつか見た勘の鋭いナチュラルの男性と同じ顔だった。
「知っているのか、アマルフィ!?」
エルスマン議員が彼に尋ねる。
「アレは、あの顔は————アル・ダ・フラガと同じ————貴様、まさか————」
そしてその瞬間、口元を覆うアマルフィ議員。慌ててエルスマン議員が介抱するが、事態はそれどころではない。
「その通りだ。私は、金ですべてを手に入れることが出来ると叫んだ、あの愚か者のクローンだッ!!」
クローン。それはプラントでも禁止していた手法だった。あくまで人の命を作り出す、それは母体あってこそだと考えていたコーディネイターの中でも禁忌の方法。
「私はぁッ!! 生まれた瞬間から祝福されなかった!! ああ、この世界は歪んでいるッ!! 人並みの人生と、時間も与えられなかったこの世界に、何を感謝しなければならない!!」
仮面を脱ぎ捨てた彼にブレーキは存在しなかった。
「私に賛同した者はなぁ! 私と同じ期待を背負えなかった者たちだ。規定値に届かず、コーディネイターの中でも無能の烙印を押された奴らだ」
そして、コーディネイターの闇を、克服できなかった課題を抉る。
「彼らに期待した者はいなかった。当然だ、遺伝子的な能力ですべてが決まる世界で、彼らは数値を示せなかった! ならば、その命を作り出したのは誰だ!! 命を弄んだのは誰なのだ!!」
クルーゼは、彼らに同情しているわけではない。あくまで感情的なふりをするために、仮面を脱ぎ捨てる行為を見せつけ、プラントに自身の存在を否定させる。彼らの存在定義にくさびを打ち込むという、悪趣味な理由だけである。
「それは世界だ! ジョージ・グレンを生み出した世界だ!! 彼らを認めてしまった世界だ!! コーディネイターという、人類の闇だ!!」
自分のことを棚に上げて、彼は叫び続ける。人類の悪意を、人類の罪を突きつける。これが結果なのだと、これが結末なのだと。
「そして愚かにも! それを止めるために外道に落ちた者ども!! 憎しみが憎しみを呼び、その身を食い合う世界に、生きる意味があるのというのかッ!!」
詭弁だ。クルーゼは湧いて出た言葉をぶつけているだけだ。あくまで自分のエゴを彩る為の言葉遊びに過ぎない。
しかし、彼の絶望はなぜ生まれたのか。彼の憎しみはどうして生まれたのか。この場にいる全員には、そこまでの考えが及ばなかった。
「外道には外道で対抗した愚か者ども!! やがてはいつかは、やがてはいつかはと!! そんな甘い毒に踊らされ、いったいどれだけの命を浪費し続けてきた!!!」
しかし、尚も屈さない意思を持った存在がプラントにただ一人存在した。
「しかし、世界は自分で滅びを回避しようとしていました。それは、世界の意思です! 滅びを肯定していたわけではありません!」
いつの間にか、司令部に飛び込んでいたのはラクス・クライン。何か悪い予感を感じ、彼女は司令部に無理を言って入り込んできたのだ。案の定、世界の悪意を背負うものにより、絶望的な状況に陥っている光景に出くわしてしまった。
「—————ほう? だが、私も世界の一部だ。そして、この兵器は醜悪な悪意の結晶そのものだろう?」
「道具も使い方次第で、人を殺める凶器となりえます。しかし、人の可能性は、それをうまく扱うことも可能です! やり直すことも、過ちを認めることもです!」
毅然とした視線をクルーゼにぶつけるラクス。クルーゼはこの程度では彼女は折れないと悟っており、彼女自身の役目に直結した歪みをぶつけてみることにした。
「だが、君も世界の歪みにより、望まないものを背負わされたはずだ。コーディネイターの総意を汲む存在。彼らの総意を体現し、具現化する装置。君は、彼らを統制するために生まれたのだろう」
「!!!」
周囲の目がラクスに集中する。そして、クルーゼの戯言に心を乱されてしまう。
「君は望んでいたかね? そんな力を!? 君自身は最初から歌が好きだったのかな? 君もまた、人類の闇が生んだ醜悪な象徴なのだよ!」
一部のコーディネイターからは驚愕した表情を向けられる。しかし、ラクスは尚も屈さない。その役目は既に捨てている。自分にはもう必要のないことだ。
「————何とでも言いなさい。私は、私の生まれを否定しません。それが私、ラクス・クラインであり、他の何者にもなれないのですから」
しかし、アウェーな空気の中でもラクスは自分を見失わない。そしていつしか、彼女の周りに流れが生まれ始める。
「私の生き方は、私で決めます。抗うことをしなかった、貴方とは違って」
彼女は鋼の意思を持っている。彼から贈られた未来への希望。それが彼女を奮い立たせている。
彼に託されたのだ。このプラントに平和を届けるのだと。
「しかし、君はそうでも他はどうかな? 君のようなカリスマを誰もが求めていたはずだ。アスラン・ザラのような、力を欲したはずだ。知ればだれもが望むだろう。君たちの様でありたいと!!」
だが、悪意は止まらない。クルーゼの矛先は、彼女自身の強さに抉りこんできた。
「それは—————」
言葉に詰まるラクス。自分は自分の意思で今の自分を会得したはずなのに、その言葉に戸惑いを覚えた。
「他者より強く、他者より先へ、他者より上へ!! 望まれた能力と、望まれた命を贈られた存在が、世界に一体どれだけいる!?」
そして悪意はアラーム音とともに会話を突如として中断させる。
「フフフ、アハッハッハッ、アァーハッハッハッ!!!」
突然笑い出したクルーゼ。気味の悪いものを見ていると感じたラクスと、ピンポイントに精神を抉られた周囲のコーディネイターたち。
「どうやら時間の様だ。ヤキンは自爆し、ジェネシスの制御はもう誰にも止められない。地球を捉える距離に到達した瞬間、全てが終わる! すべてが始まるのだ!!」
「—————ッ」
「そして最後に伝えておいてやろう。ジョージ・グレンのコーディネイター、調整者の意味を—————」
そして、とどめとなる言葉を彼女らに送ろうと考えていた矢先、ラクス・クラインはフッと笑ったのだ。
「—————可哀そうな人」
見下したわけではない。彼女はただ悲しいと、その感情しか彼に向けなかった。
「なん、だと——————ッ」
初めて、クルーゼのペースが崩される。ラクスの言葉一言で、彼の仮面がさらに突破されていく。
「—————ジョージ・グレンのおっしゃった言葉の真意。今ならわかる気がします」
まるで愛おしそうな顔で、宇宙を見上げるラクス。まるで誰かを待っているかのように。
「彼は、単に調整された存在を私たちと定義したわけでは、なかったのかもしれません」
ラクスは、自分が今禁忌に触れようとしていることを自覚した。しかしそれでも、怖くなかった。自分たちという種族全ての意味を否定されても、なぜだか恐怖を感じない。
むしろ、今ここで言わなければならないと考えていた。
「この母なる星と未知の闇が広がる広大な宇宙との懸け橋。そして、人の今と未来の間に立つ者。調整者、コーディネイター」
クルーゼが掌握していた流れを、ラクスは完全に自分のものとしていた。
「遺伝子ではないのです。人は、自分の意思で、いつだって世界の中で生きていけるのです。それがいつしか、彼の言う調整者になり得るのです」
失いかけていたその定義の意味を、この戦争でほころんでいた意味を彼女は作り替えた。
「ゆえに、私は“コーディネイター”であることを目指しましょう。悪意だけを振りまき、理解を拒絶した貴方とは違って、未来に希望を抱いたまま、“彼”とともに歩みます」
彼という言葉。クルーゼは直感で理解した。ラクス・クラインが好意を向けるたった一人の存在。
彼女を絶望から救い、彼女をあるべき場所へと戻し、この戦争の流れを変革させた忌々しい宿敵。
世界で名を轟かせつつある、赤い彗星のことをさすのだと、クルーゼは激怒した。
「—————はっ!! 甘い理想を未だに抱くか、歌姫!! ならばその理想ごと、彼を葬り去ってくれる!! もはやプラントに、ジェネシスを追撃する余力は残っていないのだからね!」
捨て台詞を吐き、クルーゼは遠い姿になっているジェネシスを追いかけ、この宙域を後にする。
「—————ラクス、様—————その」
レイ・ユウキはいまだに事態を完全に理解できていない周囲の代弁者として、彼女に問う。
「—————大丈夫です。人類は、この先も続きます」
安心させるように、微笑んだ彼女は、本当に彼の言うコーディネイターなのかもしれないと、彼は思った。
「地球に平和の花が広がっています。植えたのは彼で、咲かせたのはオーブの友人です」
今は遠き彼方にいる友人と、彼女の愛しい人。二人は比翼だ。片方がいなければここまでことをうまく運ぶことはできなかっただろう。
そして、それ以上の強い絆によって、彼と彼女は結ばれていた。
「そして私は、彼から種を貰いました。だから、私も彼らと同じように花を植えるのです」
本当は二人と一緒に歩きたい。今この瞬間でも二人に会いたい。普通の女の子として、恋する乙女として、
リオン・フラガに会いたいのだ。
「彼—————そうか、赤い彗星、なのだな」
シーゲル・クラインは、ラクスの指す存在を悟る。娘の命の恩人は、本当に娘を大事にしてくれたのだと感謝する。
その言葉に無言でうなずくラクス。しかし、徐々にリオンのことを思い出してから彼女の様子がおかしい。
「—————その、言いにくいことなのですが—————」
頬を赤く染めるラクス。何か言いにくいことでもあるのか、シーゲルは耳を近づけ、まずは娘の翻意を知ろうと努める。
「その—————私、貰われてしまいました」
「————————う、う~ん!?」
その一言で、シーゲルは立ったまま失神してしまったのだ。娘の残酷な真実を前に、父親はショックを受けたのだ。まさか赤い彗星に、知らず知らずのうちに奪い取られていたとは
「し、シーゲル様!?」
「衛生兵!! 衛生兵!!!」
その後シーゲル・クラインは衛生兵に運び出され、医務室で目を覚ますことになるのだが、後に英雄の子供を宿している娘を前に、男泣きを繰り返すのだった。
周囲がシーゲル様の失神で大慌てしている中、ラクスは楽しげに笑っていた。
あの夜のことを思い出して、色々なことを想うのだ。
—————たった一日だけ、貴方の恋人でいたいのです
—————俺は、ラクスとともに未来を歩めない。それでは君を傷つけるだけだ
彼は最初、彼女の申し出を拒絶した。彼は、カガリのことを考え不義理に思っていたのだろう。しかし一番彼の脳裏にあったのは——————
————俺がこの戦争を生き残れる保証は、ないんだぞ
赤い彗星だから、自分は大丈夫だとは微塵も思っていない。ただ、やるべきことから逃げない。それだけなのだと、ラクスにだけ弱気な本音を晒したのだ。
彼は、自分がこのまま無事であるとは思えない、と考えていたからこそ、想いには応えられないと断じたのだ。報いが来るだろう、外道なことも、人殺しをさんざんやってきた。
中世の宗教に、こんな考え方があるという。
————神は全てを許し、殺めた人間は俺を許さないだろう。ラクスまで業火に焼かれる道理はない。
いずれ因果は回ってくる。その時もし彼女らにその業火が回るのなら耐えられない。そうであるなら、一人でその報いを受けたいとリオンは考えていた。
—————それでも、です。迷わないように。世界中に貴方の帰る場所を作りたいのです
都合のいい女でもよかった。彼がそんなズルい、器用な男ではないと理解していた。しかしそれでも、自分の近くにあるものは見捨てない。そして必ず彼は勝利すると信じていた。
————それでも、貴方とともに地獄に落ちたとしても、私は後悔しません。貴方を想って果てられるのなら。
今の彼にだって、希望が必要で、誰もが持っていている帰る場所を与えたい。自分の全てを捧げて、彼に尽くしたいのだ。
—————後悔するなよ。ただ一度の日々だ。それで、後は未来に祈れ。
ぶっきらぼうに、彼は最後には折れてくれた。そして、戦争が終わって、また会えるのなら、覚悟を決めるとリオンは観念したように項垂れたのだ。彼は決して自分を嫌っているわけではない。むしろ、求められた時はとても優しさに溢れていた。
彼は、他人の善意が苦手だ。彼と接していれば、そんな単純なことはすぐにわかる。そして、彼の欠点でもあるその性格を、必ず直したいとラクスは意気込んでいる。
自分は純粋な癖に、そして汚れているから悪意には敏感な癖に、善意には脆く弱い。それがどうしようもなく傲慢に思えるのだ。彼を愛する者が、傷つかないと思っているのかと。
その傲慢な性格を修正してやるのだと。彼のトラウマも傷も、自分とカガリで埋めてしまおうと。
—————ずっと、背負い続けていたのですね。貴方が始まった日から
—————生き残ったんだ。生き残って、俺には力があるから、何とかしなくちゃって。
あの火災は乗り越えた様に見えているのかもしれない。しかしそれは違った。彼はずっとあの火災を引きずり続けていたのだ。自分だけが助かったあの惨劇の夜に苦悩していたのだ。
————貴方は世界で一番幸せになるべきなのです。いいですか?
リオンの口に人差し指を差し出したラクスは、宣言してやるのだ。
—————これでも歌姫なのです。貴方の太陽には、僅かに劣るかもしれません
—————ですが、貴方の傍で、貴方だけの歌姫にだって、なれるのですよ
存分に彼の思いを受け止めた。彼が涙を流した光景はいまだに忘れられない。
—————俺には、幸せになれる可能性も、あったのだな
—————誰かと想い合える未来が、あったのだな………
彼女を求めた彼は最後に、自分に尽くしてくれた女性を抱きしめながら、微笑み続けていた。
「ラクス様。私たちはどうすれば—————」
一人の兵士が尋ねた。コーディネイターという定義を失い、もはや何者でもなくなってしまったことへの不安と恐怖で彼らは押しつぶされようとしていた。
「世界を想う心だけは、最後まで持っていてください。それがきっと、彼の背中を押す大きな力になります」
「それに、自分の在り方は、自分でしか決められませんけれど————そうですね、強いて言うならば——————」
うーん、とこの場に似合わない可愛い思案声を出すラクス。この空気を無理やり帰る為なのか、それとも素でそれをやっているかは分からない。
そして、その思案した果ての答えはごくごく当たり前で、今の世界が忘れていた言葉だった。
「私も貴方も—————親から命を授かった、人間ですわ」
その瞬間、押し殺したような鳴き声が聞こえた。それが引き金となったのだろう。周囲から違う声が同様に聞こえてきた。
ようやく、彼らは解放されたのだ。この世界で遺伝子に縛られていたのは、彼らだったのだから。
人らしく生きることを潜在的に求めていた彼らは、鎖から解放され、コーディネイターの真意を知った。
奇しくも、“コーディネイター”を統制する立場にあった彼女によって、その鎖は完全に破壊された。
この瞬間に終わったのだ。コーディネイターという定義と、ナチュラルという定義の争いは。
プラントが、真の意味で因果から解放され、プラントの歴史が終わった瞬間でもあった。
————リディア。
この場にはいない、彼によって撃たれてしまった友人を想い、心の中で涙するラクス。今の彼女には強い光であることが必要だった。
彼女がぶれてしまえば、この空気は瓦解する。だからこそ、彼女は仮面を被らなければならなかった。
遭難した時の、か弱い乙女であった頃では、どうすることもできなかっただろう。しかし、今の彼女は違う。
地球でたくさんのものを見た。たくさんの出会いがあった。それが、彼女を傷つけ、彼女を成長させた。
————私はかなり遅れて、そちらに参りますわ
そして、ラクスは不意に自分のお腹をさする。
————長く遅れて、数人来られるかもしれませんね
いつか、人類の世界が終わる時が訪れるかもしれない。それは遠くない将来かもしれないし、膨大な時を超えた先に待ち受けているかもしれない。
しかし、その瞬間が今日ではないと信じたい。
————結局、リオン様は私たちの希望を背負うのですね
彼が、この事態で躊躇するはずがない。彼はきっと、この世界の危機にはせ参じる。
数時間後、リオンの乗るストライクグリントが、ジェネシスの宙域に到達したことが伝えられ、ラクスは彼の無事を祈るだけだった。
—————ですから、帰ってきてください。リオン様を待っている人たちのために、そして……
違う。その言葉は本音を微妙に誤魔化している。しかし、その言葉に偽りはない。彼を待っている人たちがいるのは事実だ。
————はぁ、参りましたわ……
こんな図々しい言葉を吐くようなこと、ありえないはずなのに、とラクスはその言葉を笑って受け入れた。
————もし宜しければ、“私達”の為に帰ってきてくださいね、リオン様
世界の悪意との邂逅は、聖女を普通の乙女にしてしまっていた。しかし後悔はない。自分は自分の意思を示して世界を、未来を歩くと決めた。
他ならぬ自分の為に。そしてそれが許される世界を生きるために。
彼女の声は、コーディネイターを統制するために調整されたといううわさ話があったので、それを元ネタに考え付きました。そして、コーディネイターを統制する立場にあった彼女が、コーディネイターの歴史を終わらせ、本来のコーディネイターの歴史を紡ぐ。
彼女は、自暴自棄になる同胞をすべてナチュラルへと回帰させるまで、表舞台に立ち続けなければなりません。それが彼女自身の使命だと信じて。
安息の日々は、人並みより劣るでしょう。今回は、そんなラクスのこれからを暗示する話であり、人類の決意表明でもありました。
悲報 リオンさん不倫確定。なお、批判する者は皆無な模様。
オーブ 肯定
プラント 歌姫の恩人→ふさわしい!
連合 そうなのか
大洋州 そうか
南米 そうなん?
ユーラシア なんでもいいから助けて
アフリカ 絶対そうなると信じていたよ!
スカンジナビア 異議なし