機械の少女は世界の終わりに何を見る【完結】   作:イヴ

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その場所はきっと、自然に溢れた場所だった筈だ。


海岸

 少女と邂逅してから百八十七日目。

 

 

「おししょーーー! でかい川見付けたよ、でかい川!!」

 現人類は語彙力が削がれている気がします……。

 

 明くる日も明くる日もただ歩き続け、ただ生きる日々。

 この生活の先に何があるのか。竜人族の寿命は長い。……きっと何か見付ける事は出来る筈。

 

 

 そんな日々の一日。いつものように食料を探していた少女が大声で戻ってくる。

 いや、だから、そんな大声を出したらモンスターが来ると何度言えば───

 

 

「うわぁ?! 出たな?!」

「ウァゥッ!」

 言わんこっちゃない。

 

 少女を囲む小さなオレンジ色。ランポスとは違い小柄な体格を持つその生き物も───モンスターである。

 ジャギィ。ランポスと同種属の肉食小型モンスターだ。

 

 

「ウァゥッ、ウァゥッ」

 薄紫とオレンジ色。そして扇のような耳な特徴的な竜が、四匹で群れて少女を囲む。

 少女は背中に背負っていた木の板と棒を瞬時に構えて、ジャギィ達を牽制した。

 

 

「来るならこーい!」

 先端を削った木は槍となり、持ち易く取っ手を削った堅い木の板は盾となる。

 ランスと言われる武器を模した様な、そんな彼女の得物が飛び掛かってくるジャギィを貫いた。

 

 

「やぁっ!」

 振り払われ、地面に転がる息途絶えた竜。

 それを見た仲間達は心底驚いたような鳴き声を出してから、全力で逃げて行く。

 

 退治完了だ。

 

 

「上手く使えるようになってきましたね」

「それほどでもー、あるかなぁ? なっはっはっ」

 彼女と出会ってから約半年。あまり干渉するのは良くないと分かりつつも、少女に戦い方を教え、武器まで与えてしまったのはきっと間違いだろう。

 

 それは人類の最期を変えてしまうかもしれない行為だ。しかし、それでもやってしまった事はしょうがない。

 本機はポンコツである。それは本機の所為ではなく、本機の製作者の問題だ。

 

 

 ほ、本機悪くねぇ! 本機は悪くねぇぇ!

 

 本機ばっか責めるな!

 

 わ、悪いのは製作者だ! 本機は悪くないぞ!

 

 

 ……失礼。

 

 

 これでもし人類だけでなく世界が終わるようなら本機の責任はとんでもない事になる訳だが。……まぁ、その時はその時です。まずありえないでしょう。

 

 

 話を戻して。

 

 

「それで、そのでかい川というのは?」

「あ、そうだでかい川! こっちこっち、でかい川があったんだよ。水が赤いの!」

 水が赤い……?

 

 木々の間を通り抜けて数分歩く。

 ここ半年で川を見る事は希にあったが、その全てが普通の水だった。

 

 赤い水? 何かの見間違いではないだろうか。

 例えば夕暮れが水面に反射しているのだとか、水中に赤い体色のモンスターがいるとか。

 生き物の血が大量に流れているのかもしれない。川の水が赤いというのは理解に及ばないので、本機はそう推定する。

 

 

 しかし、少女が案内したどり着いたその場所には───紛れもない赤い水が広がっていた。

 

 

 少女がでかいというだけあって、その水面は地平線まで続いている。そして視界に映る限りの一面の水は赤かった。

 多分これは川ではなく海なのだろう。しかし───海とて本機の記録では赤い筈がない。

 

 

 ……これは何だ?

 

 

 これは本当にこの地球の海なのか?

 

 

 

「赤い……海」

「ねーねーおししょー。この川だと流石に水浴びしない方が良いかな? なんか汚いよね」

「まぁ、どう見ても辞めた方が賢明ですね。それと、多分これは川ではなく海だと思われます」

「うみ?」

「川の水が流れ着き、世界の七割を締める膨大な水の溜まり場の事です。海の水分は蒸発して雲となり、雨となって再び地上を循環します」

「んー、よく分かんない」

 このバカが最後の人類だと思うと心が痛みますね。心はないですが。

 

 

「つまり、川の流れる先に海があるのです。この海岸沿いを歩いていけば、いつか川に辿り着きます」

「おー、なるほどねぇ。そろそろ水浴びもしたいし、それじゃ川を目指そう!」

 分かってるのだろうか。

 

 

「それじゃー、こっち! こっちの方に行こう」

 彼女が指差す方角へ本機と少女は歩いて行く。

 

 この旅は本機の旅ではなく、少女の旅だ。

 本機はただこの少女の最期を見届けるのみ。そしてその中で人類の最期を見定める。

 

 

 

 ……しかし、なぜこの海は赤いのだろうか。

 

 

 この先にその答えがある事を信じたい。

 

 

   ☆ ☆ ☆

 

「まさか、船が見付かるとは」

 数刻歩いたのち、岩が見えたと思い近づけばそこにあったのはこの旅で二度目の発見となる───人工物。

 

 

 鉄等で作られた巨大な箱───船。

 人や物を乗せて海を渡る為のこの乗り物は、人類を大陸進出に進ませた大きな発明であった。

 

 

「おししょー、これはなに? 人の家……にしては大きいよね」

「人を乗せて海の上を進む為の物です。考え方を変えれば家という表現も間違いではないですね」

 海を渡るというのは数日や数ヶ月だって掛かる行為である。その為、船の内部には人が生活する為の拠点が築かれている事が多い。

 つまりは、この船の中には人の生活の痕跡が残っているのかもしれない。この海が赤い理由も謎の為、その事に関して本機は非常に興味があった。

 

 

「……調べて見ても宜しいでしょうか?」

「んー、そうだね。それにもう暗いし、この家が安全そうならここで寝よーう!」

 誰かの根城になっている可能性もあり、人類を発見出来るかもしれない。

 そんな可能性も考えながら、本機は船の入り口を探す。

 

 

 浜辺に打ち上げられる形になっている船は五メートル程。元々港の船着場から乗るのが当たり前なのか、下面に入り口は見当たらない。

 

 ならばと、本機はヒーローブレードを構えた。

 

 

「え、おししょー? 何する気?」

「どうせ消え逝く人類の痕跡ですし、壁を破壊して中に侵入しようと」

「いいの?!」

「そーい!!」

 粉砕。玉砕。大喝采。

 

 

 腐りかけていた鉄の壁はいとも簡単に切り裂かれ、内部への道を開く。

 

 

「おー、中に入れる……」

「さて行きますか」

「おししょーって凄い冷めてるように見えて偶に突拍子もない事するよねぇ」

「頭のネジが飛んでるんです。行動処理能力を行う端末が長期の稼働によりバグを起こしていて、人でいう感情染みた感性を作り出しています。要するに本機はポンコツです」

「よく分からないけどおししょーってやっぱり人間じゃない?」

 それは常々言っている事なのですが……。

 

 

 まぁ、彼女にとって本機が人間であるかそうでないかなんて些細な問題だ。

 他の人間と長らく関わっていないのだから。

 

 

「では気を取り直して」

 船内に侵入。初めに入ったのは格納庫だと思われる場所である。

 中には何もなく、階段が見えたので素直に上に登った。

 

 

 上の階層には人々が生活するためのスペースが設けられていて、個室のような物が並んでいる。

 一つ一つ扉を開けていくと、そこには確かに人が生活していたという痕跡を垣間見る事が出来た。

 

 椅子やベッドが並んでいて、少ないが本も残っている。しかしどれもこれも一度炎に包まれたかのように黒い墨となっていた。読めるものは少ないだろう。

 何処かに人類史について書かれた本はないだろうかか? 殆どが燃えた部屋を探る中で、気になる一冊を見付けたのは本機ではなく少女だった。

 

 

「こんなのもあったよ、絵が書いてあるの!」

 文字の読めない少女が見付けたのは、手描きでイラストが描かれたページが開かれた一冊の本。

 本機はソレを手に取ると、何ページか開いてそれがどのような物なのか確かめる。

 

 

「これは……」

 それは───日記。

 

 人々がその日その日の記憶を記録する為の本。

 書き手がその時思った事が率直に書かれており、この船の過去を垣間見る事が出来る内容であった。

 

 

 読み上げる。

 

 

 ◯月◯日。

 私達の住んでいる島を襲っていた地震が止む気配はなく、住人達は島から離れる事を余儀なくされた。

 大きな船を二台用意して、二手に分かれ大陸の港に向かう。

 大海の荒ぶる神を討伐する事叶わず、故郷を離れる皆の思いを考えると心が痛い。

 

 

 ◯月◯日。

 航海の途中、もう一隻の船が原因不明の轟沈。

 なんらかのモンスターの攻撃を受けたと思われるが、救助も間に合わず気が付いた時には船は炎に包まれていた。

 生存者無し。調査に向かった乗組員も帰ってくる事はなかった。危険を感じた乗組員達は急いで現場を離れる事に決定。

 現場海域の海はまるで血のような色に染まっており、乗組員達は恐怖に震え上がる。

 我々に明日はあるのか? もし朝を迎える事が出来たのなら、その時にはやっと犠牲者の無念を考える事が出来るだろう。今はただ、恐ろしい気持ちでいっぱいだ。

 

 

 ◯月◯日。

 夜中になって大陸の光が見えてきた。明日の昼には辿り着くだろう。

 

 今朝方、海岸方面に山が現れた。

 まるで大地の化身かとも思える巨大な何かが。

 ソレは生きている火山のようで、我々の船を攻撃してくる。

 この日記を書いている時既に、まるで火山の噴火のような物が直撃して船は炎上。

 脱出は不可能だろう。煮えたぎるような赤い海に身を投げる乗組員達を見ながら、私はこの日記を書き連ねようと思う。

 

 私達、人は自然の怒りでも買ってしまったのだろうか?

 大地の怒りは故郷を揺るがし、新天地に向かう事すら許してはくれない。

 

 部屋が熱い。もう既に視界は火の海だ。この本も燃えるだろう。それでも私は書く、書く、書く。それしか出来ないのだ、それしか出来なかったのだ。

 

 嫌だ、死にたくない、誰か助けてよ。どうしてこうなったの? なんでこうなったの? 私達人は何を間違えたの?

 

 熱い、嫌だ、死にたくない。死にたくないよ、死にたくない、まだ手は動く、死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にた───

 

 

 

 乱雑に数ページにも及んで書かれた執筆者の最期の言葉。

 

 

 人類はやはり自然の怒りを買ってしまった。

 

 その結果、龍は怒り人類を攻撃した。

 

 

 

 やはりこれが答えなのか。

 

 

 人類の最期とはやはり、過ちの結果なのだろうか。

 

 

 少なくともこの本にはそう書かれている。

 

 

 

 ───人類は繰り返した。

 

 

 

 

「おししょー、なんて書いてあったの?」

「……あなたは知らない方が良い」

「えー、なんで?」

「ここに書かれていたのは愚かな人類の失敗の歴史、その末端です。これからを生きる人類にとっては必要ではありません」

「だからこそ、知りたいんだよ」

 だからこそ……?

 

 

「その、もじ? っていうのは私には分からないから。この先何が起きても未来に残す事は出来ない。だからこそ、未来に文字を残したいって思うんだよね。その気持ちが分かるっていうか───私だったら、残した文字を誰かに読んで欲しいって思う」

 なるほど……。

 

 

 未来のある彼女だからこそ、そんな考えを持っているのだろう。

 その気持が理解出来るのは本機がポンコツだからだろうか。

 

 

「では、教えます。この船の乗組員、この日記を書いた者に何があったのか……───」

 

 

   ☆ ☆ ☆

 

「昔の人は、悪い人だったのかな?」

「全てがそういう訳ではなかった筈です」

 ただ、折り合いが悪かった。時と場合と場所が悪かった。簡単で単純な事だったのかもしれない、難解で難しい問題だったのかもしれない。

 

 

 ただ、人類はほんの僅かな過ちを繰り返してしまっただけなのだろう。

 

 

「うーん、悲しいなぁ。……おししょーは、悲しい?」

「本機にはそのような感情はありません。……ただ」

「ただ?」

「あなたには繰り返して欲しくないですね」

 この先の未来を生きる者として、彼女には繰り返して欲しくない。

 

 ただ、それだけ。

 

 

「それじゃ、文字を書けるようになりたいなぁ」

「教えましょうか? 大陸統一言語」

 かの時代の少し前から、人類の言語はある程度纏まった。その理由は分からないが、元々人類は一つだったのだからなんの不思議もない。

 

「おー、本当に?!」

「えぇ、勿論。そして未来に文字を残すなら、ある意味でそれは本機の目的と合致します」

 手頃な場所に落ちていた読めそうな本を一冊拾う。この日記で文字を伝えるのは、少々気が引ける。

 

 

 

 タイトルは『五匹の竜の話』。ありがちなおとぎ話だが、このくらいの方が、文字を教えるのなら都合が良い。

 

 

 

「それでは読んで生きますよ。……むかしむかし、白いせかいのまんなかに、五匹の竜と人々がくらしていました」

 彼女の未来の先に何があるのか。

 

 

 それを文字にする事で、人類の最期の記録を残す。

 

 

 それでもきっと、本機の使命は達成される事になる筈だ。

 

 

 

 

 彼女の未来、人類の最期を記録に残す。それが、本機の使命なのだから。




きっと人類は繰り返した。
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