少女と邂逅してから三百五十九日目。
「人が住んでたのかな……?」
「痕跡は見当たりませんが、この遺跡は人々の住居として機能していたと推測出来ます」
辿り着いたのは広大な敷地に広がる遺跡群であった。
これまで小さな遺跡を見つける事は何度かあったが、ここまで大きな遺跡が見つかったのは初めてである。
しかし、やはり人類は見付からない。地球上に人間はもう存在しないのだろうか……?
「今日はこの遺跡で寝ようかなぁ。屋根もあるし」
「賛成です。近くに川もあるので、都合が良いですね」
「魚狩猟して食べたいなぁ」
あの赤い海を見つけてから半年。赤い海は広範囲に広がってはいたが、数日歩いた所で普通の海も見る事が出来た。
あの海域に現れた何かが原因だと思われたが、真相は結局掴めなかったのである。
その後川を伝って陸へと進んでいくと、人が住んでいたと思われる痕跡を時々見つける事が出来た。
今回見付けた遺跡群はその中で一番大きな物で、人類はこの辺りで繁栄していたのではないかと仮説を立てる。
「頑張って下さい」
「おししょーも偶には手伝ってよー」
「本機は人類の最期に深く干渉する事を良しとしません。己の生きる糧は己で手に入れるのが、ハンターです」
「んもー、自分は食べなくても生きていけるからって。……よーし、一狩りいこうぜ」
そう言うと少女は背中に木で出来た槍を背負って、川へと向かった。
魚が食べれる事を最近知った少女は、積極的に川で魚を狩るようになったのだが、それは狩りなのだろうか?
いや、間違ってはいない。釣りの仕方を教えていない本機が悪いのである。
そろそろ教えるか。
「うわぁぁぁあああ?!」
そう考え込んでいると、岩影を曲がった所で少女が大きな悲鳴を上げた。
何事かと思って本機は走る。彼女の身に何か起きたなら───
「な───」
───そこに居たのは紛れもなく、人だった。
「に、人間さんだ!! 人間さんだぁ!!」
「え、ちょ、何? え?! 竜人族?! 待ってくれ、落ち着いてくれ!! 落ち着いて?! 魚が逃げる!!」
ヒト科ヒト属。ホモ・サピエンス。かの時代、その前から己を霊長と呼び、この世界に君臨していた生命体。
人類。
人間。
平均的な一般男性よりも少し痩せた男性は、少女に驚きながら釣竿を一旦引き上げる。
どうやらこの川で釣りをしていたようだ。少女が完全に邪魔をしている。
「人間さんだよ人間さん! みてみておししょー、人間さん!!」
「ちょ、え、本当、何?!」
「人間さ───」
「やめい」
「───うぎゃぁぁ!」
本機は背後から膝かっくんで少女を転ばせた。
騒ぎ立てたい気持ちは分かりますが、流石に語彙力が無さ過ぎます。
「……失礼。質問します、あなたは人間ですか?」
「え? 人間? あー、うん。そう……だよ? ディックっていうんだ」
ディックと名乗った男性は膝かっくんで地に伏せた少女に手を差し伸べた。
立ち上がった少女はいくつかは冷静になったが、未だに興奮鳴り止まないといった表情でディックを眺めている。
「人間は絶滅したと思っておりました」
「自分も人間だろうに、かなり悲観的な事を言うんだね……」
「本機が再起動してから約一年ですが、人間にあったのは始めてなので」
つまり、本機は彼に非常に興味があった。
彼は何故ここで釣りをしていたのだろう?
もしかしたら近くに人間の集落があって、食料を集めていたのかもしれない。
「まぁ……人間は極端に減ったからねぇ」
ただ、その言葉で本機の考えは否定された。
話によれば、彼は一人でこの辺りに住んでいるらしい。
昔はキャラバン隊で旅をしていたらしいが、この辺りでモンスターに襲われてキャラバン隊は彼以外全滅。
彼は生き残り、この辺りに住み始めたということである。
残念な話だが、キャラバン隊が存在する程にはまだ人類は残っていると言う事は本機にとって重要な発見であった。
この出会いは本機の使命にとって非常に重要な事になるだろう。
「人間さんはどのくらいここに住んでるの?」
「うーん、もうそろそろ十年くらいじゃないかな?」
引き戻した釣り竿の先にミミズを括り付け、再び川に投げ入れながら彼はそう語る。
十年。消して短くはない時間を彼は一人で暮らしていたのだろうか?
「寂しくないの?」
「それ以前に、キャラバン隊が襲われた時のショックの方が大きくてね。……今は何よりも、死にたくないってだけの感情の方が優ってるんだ」
明後日の方角を見ながら男性はそう言葉を落とした。
彼の身に何があったのか。
「僕のキャラバン隊は世界中を旅しながら集まって出来たキャラバン隊だったんだ。色んな人が出入りして、それは賑やかなキャラバン隊だったよ。君達は見た事ないかもしれないけれど、人が集まってる村とかも見た事あるよ?」
「村がある……」
まだ人類は生きている。この情報は重要だ。
「ただ、この遺跡群を通ってる途中で奴に出会ってしまったんだ」
「奴、とは?」
「……黒い、影みたいな化物かな。もう記憶も微かだけど、四本の脚と翼を持った……そう、ドラゴンみたいな生き物だった」
「……詳しく形状を教えて頂きますか?」
四本の足に翼。その存在を本機は認知している。
まさか───
「えーと、黒くて翼と脚があって……あと眼が無かった気がするんだよね。気のせいかもしれないけれど。……あと、身体から黒い靄を出してたよ」
「……成る程。情報に感謝します」
「おししょーはその化物の事知ってるの?」
記録に残る
しかし断言出来ず、その質問への回答は否である。
「いえ、確証がないのでなんとも」
「おししょーでも知らない事あるんだねー。あ、そうだ! ディックはさっきから何をしてるの?」
「何って、釣りさ。魚を釣って食べるんだよ」
ディックは答えてから「お、丁度来た」と言って釣り竿を引き上げた。
その先にはサシミウオが引っかかっていて、彼は水から上げられて尚も身体を振るサシミウオを捕まえて縄で作られた籠に叩き付ける。
中々の手際の良さだ。
「か、狩らずに捕まえた?!」
「……狩る?」
こちらの話です。
「こうやって糸に魚が食べそうな生き物を引っ掛けて、魚が喰い付いたら引き上げるんだよ。僕は化物を倒せないし、こうやって食料を手に入れるしかないんだ」
彼はそうやって十年間暮らして来たのだろうか?
これも人類の最期の記録としては重要だ。
「おーーー、凄い! 私も出来るかな?」
「僕が寝床にしてる場所に釣りの道具がいっぱいあるから、一つ貰っていくかい?」
「え? いいの?」
それは彼の生活の糧の筈。一つとはいえ譲る事は問題ではないのだろうか?
「うん。久し振りに人に会えたんだ、その記念として受け取ってくれ」
☆ ☆ ☆
「さっき釣った魚は明日のご飯にして、と」
ディックに連れられて向かった先は、やはり遺跡の並ぶ場所である。
「うぉぉ?! なにここ?!」
徐ろにその一つの中に入ると、そこには信じられない程の人工物が並べられていた。
望遠鏡に虫取り網、釣り竿、ピッケル。
本や衣類もいくつかある。
「……これは、キャラバン隊の?」
「そう。あの化物に襲われても残ってた奴を掻き集めて持って来たんだよ。釣り竿は色々調べてる内に自分でも作れるようになったから、別に渡しても問題ないのさ」
彼はそう言ってから、物珍しい物にはしゃぎ回る少女に己の住処にあるものを逐一説明してくれた。
これだけの物を作る文明が残っていたのなら、少なくとも十年前はまだ人類が活気的に繁栄していた筈である。
───探さなければ。
「質問宜しいでしょうか」
「どうぞ」
「あなたが最後に見た人の村の場所を教えて頂きたい」
本機はそこに向かい、人類の現在を見なければならない。
少女との行動をどうするか選択しなければならないが。
「……十年前の話だけど、ここから北に使った所に雪の積もる山があるんだ。そこに、小さな村があったのは覚えてるよ」
「なるほど、情報に感謝します」
「なら次はその山に行くの? おししょー」
「そうですね。その場合あなたには酷かもしれないので、ここで別れるという選択肢を提案しますが」
「え、なんで?」
なぜ聞き返されたのか。
「私はおししょーと旅をするって決めたから、寂しい事言わないでよぉ」
こいつアレですね、雪山が過酷だとかそういう事が分かってない。
まぁ、少女の選択に干渉するのは野暮ですが。
「雪山に行くのかい?」
「そうなりましたね」
「そうか。でも夜は辞めた方が良いよ。活発になる化物もいるし。今日は泊まっていきなよ。特別にベットも貸すからさ」
彼は脇にあるベッドに手を向けながらそう言った。
「やましい気持ちでも?」
「な、ないない! これでも奥さんが居たんだから」
今は亡き伴侶を思い出したのか、彼は少し表情を曇らせる。
悪い事をしたかもしれない。
「……申し訳ありません」
「いやいや、昔の事だよ。……まぁ、ここも安全という訳ではないけど、夜に歩き回るよりはマシだと思うからさ」
素直に言葉に甘えた方が良さそうだ。
どのみち、この世界で安全な場所などもう殆ど残されていない。
「十年前見付けたあの化物以外は他に何も化物がいないどころか、その化物も一度しか見た事なかったんだけどね。ここ数年で他の化物も多く見掛けるようになったんだ。ここでの生活もそろそろ危ういかもね」
「逃げないのー?」
ディックの言葉にベッドの感触を確かめながら少女はそう聞いた。
「……まぁ、そろそろ生きてるのも潮時かなと思ってたのさ」
部屋の周りを見渡しながら、彼は小さく呟く。
まるで悟ったような表情で、さらにこう続けた。
「ずっと死にたくなくて生きてきた。あの時に感じた恐怖で、妻が目の前で死んでも、ただ死にたくないってだけで生きてたんだ。……ただ、薄々思ってたんだよね。これは生きてるっていうのかなって」
生と死の境目か。
それは本機にとっては明確である。
生命活動の継続か停止。ただそれだけの問題だ。
しかし、彼等人類はその事について深く考える傾向がある。
死後の世界だとか、生への価値観だとか、人間とはそういう事を考える事の出来る生き物だ。
「ただ死なないために活動して、何も考えずに日々を過ごす。……生きていても死んでいても、変わらないんじゃないかなって、そう思ったんだよね。だから僕は、その時が来たらきっと素直に受け入れると思うよ」
そしてそれが彼の考えの答え。
人類はこうして最期を迎えて行くのだろうか。
最後の一人の人類は、最期に何を思うのか。
「……それは違うと思う」
ただ、少女は男性の目を見て言葉を落とす。
違う……?
「……どういう事?」
「ディックさんだって、私だって、おししょーだって、皆今日を目一杯生きてるんだから。何も考えてないなんて事ないと思うし、そうして過去や未来を考えているうちは、まだ生きてると思うんだ」
過去や未来を考える……。
「昨日はこうだった、今日はこうしよう、明日はどうなるかな。……そうやって考える事が生きるって事なんだと思う。だから、明日を見ている内はちゃんとディックさんも生きてるよ! ちゃんと明日のご飯も用意してたもんね」
そういえば、さっきの魚は明日の分と言ってましたね。
それが、彼女の『生きる』事への答え。
───良い記録だ。
「君は、中々おもしろいね」
「そうでもありますかなぁ」
「ふふ。……そうかぁ、僕は生きてるのか」
どこか遠くを見ながらそう言った彼は、何か鞄のような物に色々な物を詰め始める。
何をしているのだろうか?
「これ、君達にあげるよ」
そうして、ディックは突然鞄を本機に向けた。
「……何故?」
どういうつもりなのか。貴重な資材がそれなりの量入った鞄を。
「ここにある物全部は持っていけないからさ。君達にも使って欲しいなって」
「まさかあなたは……」
「ここを出て、新しい生活でも見付けてみるよ。ここに居たらきっと未来を見れなくなる。……そうだなぁ、いつかまた沢山の人と集まって旅をしながら暮らすのも良いかもしれないね」
そう言いながら、彼はもう一つ鞄を用意して資材を詰め込み始める。
未来……。
人の未来は何処に向かうのか。
「貰っても良いんですか? おー、釣り竿もある!」
「僕の使わない分だけだけどね。……あ、でも今日のお礼に食料も少しだけあげるよ。アップルって言うんだけど、これが中々美味しいんだ」
アップル……林檎でしょうか。
「うぉぉ、果実がある!」
「今日のお礼さ。さて、もうそろそろ日も沈むし寝る準備もしようか。……どうか僕等に明日や未来がありますように」
人類はまだ未来を見る事が出来るのだろうか?
「それじゃ、おやすみ」
「おやすみー!」
「あの子は寝ないのかい?」
「おししょーは寝なくてもずっと動けるらしいよー?」
「え、なにそれ……」
「分かんなーい。ふぁぁ……考えても仕方ないし寝よー」
その答えはこの先にあるのだろうか?
この旅の先に、彼女の未来に何があるのだろうか?
「……ウォゥッ、ウォゥッ!」
ただ一つ言える事は───
「……自己防衛、開始」
───少女の旅は明日も続く。
しかしそれが生きるというのなら、人類は本当に生きているのだろうか。