【完結】アーロン帝国建国記(仮)   作:あきすて

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1話

「シャーハッハッハッ! ご機嫌麗しゅう、くだらねぇ人間どもよ」

 

 ここは東の海、コノミ諸島、ココヤシ村。

 

 馬鹿みたいな笑い声を上げたアーロンが両手を広げ、集まったココヤシ村の住民に向かって一方的な要求を告げている。

 その要求を簡潔に言えば、

 

【殺されたく無ければ金を払え】

 

 と言った、ヤクザも真っ青の暴論だ。

 

 少しはオブラートに包んで「治めてやるから税金を払え」位に言ってやれば、あるいは反発を抑えられ…………って二重の意味で無理か。

 

 俺は一歩下がった立ち位置で溜息を吐いた。

 

 アーロン一味で最年少の俺ことシュヴァは、前世の記憶らしきものを持ってこの世界に生まれ落ちた。

 だから、この先に待ち受けるアーロンの運命は破滅の一言だと知っている。

 出来る事なら漫画に描かれていた様な展開は、アーロンの為にも、村人の為にも、そして俺自身の為にも避けたいところなんだよな。

 しかし、未だ幼く10歳の俺には、物理的にも思想的にもアーロンを止めるだけの力は無い。

 

 さて、どうしたものか?

 

 アーロン一味による傍若無人な振る舞いを眺めながら、俺は自身の生い立ちを思い返した。

 

 

◆◆◆

 

 

 俺という存在を言葉で表すなら、中途半端で歪な存在だろう。

 

 シャボンディ諸島と呼ばれる地で、人間の母と魚人の父との間に産まれた俺は人間ではなく、かといって魚人でもない、半魚人と揶揄される種族だ。

 違う世界で生きた記憶を思い出していた3歳頃には、自身がこの世界でたった一人の異物だと思っていた。

 確たる一個人としての、連続した生涯の記憶でないのも悪かった。

 どこか朧気で断片的な記憶。

 幼い頃は今よりも発達した文明社会で生きていたはずが、大人の頃には今よりも野蛮な世界で生きていたとか意味がわからない記憶。

 年老いた頃の記憶がないのは、きっと早死にしたからだと思うが、肝心な部分が虫食いの様に抜け落ちていて、自分が誰だったのか名前すら定かじゃない記憶。

 

 この中途半端な記憶は俺に知識を与えてくれたけど弊害も多い。

 

 前世を思い出した事で日本語ベースで物事を考える様になり、ソレに併せてポロッと口にしてしまう日本語を気にした俺は、基本的に喋らなくなった。

 喋らないから言葉が身に付かない。

 身に付かないから喋らない。

 悪循環だったけど、仕方が無かった。

 半漁人というだけで色眼鏡で見られるのに、変な言葉を口走るとか噂でもされてしまえば、シャボンディでは暮らせなくなる。

 母さんを含めて誰とも話さなくなった俺は、この世界の言葉を覚えるのが他の子供達より遅くなった。

 前世の記憶が有りながら、言葉の面では普通の子供に劣るとか……なにやってんだと自分に言いたい。

 

 この記憶の中の一つに、この世界を描いたと思われる漫画、ワンピースがあった。

 記憶の中の俺はコミックスだけでなく、週間連載が載ったジャンプを買うほどワンピースが大好きだった。

 その割に、何故かコミックスにして10巻程度しか読んだ記憶がない。

 いよいよこれからグランドラインに入るというタイミングで、前世の俺は飽きたのだろうか?

 

 読まなくなった理由はよく分からないが、随分と後になってハチやアーロンに出会い、この世界がワンピースと類似した世界だと認識した時はビックリしたもんだ。

 だってそうだろ?

 大好きだった冒険活劇として描かれるワンピースの世界で、奴隷や差別がまかり通っているなんて、誰が想像できるんだ。

 差別される側に生まれたからこそ言える…………この世界は腐ってる、と。

 

 それはさておき、前世の記憶を思い出した俺は、身体は子供でありながら思考だけが変に大人びた。 

 どこか人を見下したような態度の、無口で生意気な半魚人のガキの完成というわけだ。

 

 俺が幼少期を過ごした地域には、前世で言うところの託児所のようなしっかりとしたモノは無かった。

 それに代わる物として、子を持つ親が公園に集まって子供達を遊ばせ、それを親達が互いに協力して見守る仕組みがあった。

 そこを俺達親子も利用していたのだが、中身が普通じゃない俺が、周囲の子供達の輪に入っていかず孤立したのはある意味で当然だった。

 子供達の中で孤立する姿を見た母さんがいつも申し訳なさそうにしていたのが、逆に申し訳なかったな。

 

 海に出て帰って来ない父の分まで、女手一つで昼も夜も働き俺を育てる母さんに、感謝はしていたし尊敬もしていた。

 しかし、この頃の俺はどうしても母さんを実の母とは思えなかった。

 これも前世の弊害だったのだろう。

 別に母さんが嫌いだったわけじゃない。

 ただ、どこの誰ともわからない記憶を持つ俺なんかが、多くの人を殺めた記憶を持つ俺なんかが、母さんを実の母と思って良いのか戸惑っていたんだ。

 どう接したら良いのか分からなかった。

 俺に出来ることは、迷惑を掛けない様に良い子として振る舞うくらい……そう思っていたのに、それさえも出来ていなかった。

 

 そして、これが根本的に間違っていたと知ったのは、母さんと過ごした最後の日の事だった。

 

 

 

 

 俺が6歳になった頃だ。

 退屈だけど平凡で、母親が居るだけで幸せだった日々。

 それがある事件をきっかけに予告なく終わりを告げた。

 

 どこかの馬鹿が聖地マリージョアに襲撃をかけ、手当たり次第に奴隷を解放するという事件が起きる。

 一見良いことに見えるこの奴隷解放行為は、裏で新たな悲劇を産んだ。

 奴隷を失った天竜人と呼ばれるゴミ共が、失った奴隷を取り戻すのは当然として、それまでの間に合わせとして新たな奴隷を求めたのだ。

 

【天竜人が金に糸目を付けずに奴隷を買い漁っている】

 

 まことしやかにこんな噂が流れ、それを信じたクズ共が俺を攫いにやってきた。

 俺の魚人としての特徴は背中にしか無い。

 一見すると人間にしか見えない。

 それが逆にレアものとして高値になる。

 そんな噂が街中に溢れた。

 いや、そんな噂を公園に集う母親達が広めたのだ。

 

 俺は背中の特徴を隠す為、母さんが作ってくれた空のリュックを常に背負っていた。

 大きくなっても使える様にと、幼い俺には不釣り合いな程に大きなリュック。

 そのリュックと長く伸ばした髪で背中が隠され、見た目では半魚だと判るはずもない俺の正体を知っていたのは、多少なりとも俺達の事情を知る母親達しかいなかったのだからな。

 

 その日の事は、意識が飛んだ一部を除いて、今でも鮮明に思い出せる。

 

 それは昼飯時に起こった。

 その日は珍しく、昼も夜も母さんは休みだった。

 俺達は向かいあってテーブルに座り昼食を食べていた。

 こぼす事無く上手に食べる俺をニコニコと見ていた母さんが、突然叫んだ。

 

『バーに行きましょう! あそこなら誰も手を出せないわ! シュヴァっ、早く!』

 

 いち早くクズ共の襲撃を知った母さんは、テーブル越しに伸ばした手で俺の手を強く握り締めると、着の身着のまま裏口から家を飛び出て駆け出した。

 

『おいっ! 裏口から逃げたぞ!』

 

 後ろの方で男達の喧騒が聞こえた。

 チラリと振り返ると、軽く10を越える人数の男達が銃を構えて俺達の家を取り囲んでいた。

 

ーーバンっ!!

 

 銃声が響くより早く俺は母さんに引き寄せられ、銃声が響くと同時に母さんが倒れた。

 

『馬鹿かっ、ガキに当たったらどうする!?』 

『へへっ、すまねぇな。でもよ、動きを止めてやったろ』

 

 後ろの方で男達が下卑た笑いを交えながら話していた。

 母さんが倒れ、俺がその場に留まった事で獲物を仕留めたと思ったのだろう。

 男達が性急に追ってくる気配はなかった。

 

 皮肉な事にこいつらの弛みが、俺に母さんと会話をする最期の機会を与える事になった。

 

『良かった……シュヴァ……怪我は無い?』

 

 良いことなんか何一つないのに、口元から血を流した母さんが微笑んだんだ。

 

『ダメな母さんでゴメンなさいね……あなたの心が知りたくて……何を考えているのか知りたくて……レイさんから見聞色まで習ったのに、何も分からなかったの……覗き見しようとした罰かしらね?』

 

『何言っテるノ? 駄目ナンかジャなイヨ! アナたハ立派に僕ヲ育てテクれテいル!』

 

 俺は倒れた母さんを抱き抱え、声の限りに叫んだ。

 この時の俺は、母さんが何を言っているのか理解は出来なかった。

 ただ、胸の辺りから滲み出る血を見て、もう助からないと強く恐怖したことを覚えている。

 

『他の記憶が有ってもね……シュヴァ……あなたは私達の大切な子供なの……だけどね、いつまでも子供じゃいられないの……だから、大きくなったら海に出なさい……海は広いのよ……あなたを大切に思ってくれる人に、きっと巡り逢えるわ』

 

 俺の頬に力なく伸ばした母の手が触れる。

 

『な、ナんデ、記憶ノ事ヲ!? ソ、ソンな事ヨり分かっタからモウ喋らないデ!』

 

『良かった……上手にお話できるじゃない……こんな事なら、もっと早くあなたと、お話しておけば良かったわね……でも、ゴメンなさい、母さんはもう、あなたとお話出来そうにないわ……。シュヴァ、人を怨んではダメよ……そんな事より海に出て、幸せ、に、なっ…………』

 

 最後まで言い終える事無く、俺の頬に触れた母の手が崩れ落ち、それを合図に母さんは二度と言葉を発する事は無かった。

 

『母さぁンっーー!!』

 

『お? 当たったのは親の方だけか』  

 

 俺達の背後までやって来た男達が笑みを浮かべて見下ろしていた。

 

『オ前らカ? お前ラガやっタんだナ?』

 

 母さんは人を怨むなと言った。

 だけど、こいつらは人間なんかじゃない……クズだ。

 

『なんだぁこのガキ? まともに話も出来ねぇのか。こんなんで売り物になるのかよ』

 

『ギャハハ』

 

 何が面白いのか、俺達の回りを取り囲んだ男達が笑っていた。

 人が死んだのに、母さんが死んだのに平気で笑っていられる男達を見て、俺の心をどす黒い感情が支配した。

 

『死ネ!!』

 

 俺は抱き抱えた母さんをゆっくり地面に寝かせると、男達に襲い掛かった。

 

 そして、俺の記憶はここで途切れた。

 

 

『遅かったようだ』

 

『にゅ~? コレをあの子供が一人でやったのか?』

 

『その様だな。マズいことに打ち所が悪かった何人かが息絶えておる』

 

『ニュッ? どうしてマズいんだ?』

 

『コヤツ等は正規の免状を持っておる。しかも今回は天竜人のお声掛かりの様なものとして動いておったのでな。下手をすれば天竜人への反逆者、そうでなくとも犯罪者として追っ手がかかる』

 

『にゅ~』

 

 意識が戻った俺が目にしたのは、死屍累々と倒れる男達の中心で、白髪交じりの爺さんが深刻そうに話し、タコの魚人が頭を掻いている姿だった。

 

 未だ正気に戻り切っていなかった俺は、咄嗟に爺さんに飛び掛かろうとしたが寸前で思い止まった。

 それは魚人としての本能か、あるいは記憶にある強者と比較して尻込みしたのか、一見すると好好爺にしか見えない爺さんは、絶対に勝てない相手、と言うより人の皮を被った化け物だと気付いたんだ。

 暴れても無理……そう感じ取った俺は、母さんの亡骸を背にすると敵意を剥き出しにして、爺さんを睨み付けた。

 

『そう睨まんでくれ。私の名はレイリー。君の母親の…………そうだな、雇い主の様な者だ』

 

『にゅ~。オレははっちゃんだ。皆からはハチって呼ばれてる。おれ達はオマエ達を助けに来たんだ』

 

『一足遅かったようだがな』

 

 六本腕が特徴的なハチの姿と名に覚えはあったが、レイリーの名は記憶になかった。

 ただ、母さんが言っていたレイさんがこのレイリーの事だと目星が付いたので、敵意を抑えて瞳を閉じた。

 

『ひとまずここを離れよう。君の母親を弔ってやらんとな』

 

 レイリーからそう提案された俺は、黙って頷き母さんを抱き抱えて二人の後を付いて行ったのだった。

 

 

 

 

 海が見える小さな墓地に母さんの埋葬を済ませた俺は、レイリーとハチに連れられて【ぼったくりバー】と巫山戯た看板を掲げた店の前にやってきた。

 ここが母さんの職場だったらしい。

 

 店内に入ったレイリーが慣れた様子でカウンター席に座ると、そこにスッとグラスが置かれた。

 

『遅かったよ』

 

 グラスに入った酒を口にしたレイリーが短く呟いた。

 

『そう……残念ね』

 

 カウンター内にいるボブカットのおばさんも短くそれに答え、タバコの煙を吐いた。

 たったこれだけのやり取りだったけど、二人は母さんの死を悼んでくれている、と何となく理解できた。

 チョロいと言われるかもしれないが、俺はこの時から二人を信じてみようという気になっていた。

 

 少し落ち着いて店内を見回してみると、他にも誰かが居る事に気づいた。

 小さな婆さんを先頭に、黒い長い髪の少女と、その後ろで隠れ切れていないが隠れる様に、ぽっちゃりした二人の少女が俺の様子を窺う様に見ていた。

 

『さて、何から話そう』

 

 出された酒を飲み終えたレイリーが口を開いた。

 小さな婆さん達が気になったが、レイリーが人払いをしないなら、聞かれても構わない相手なんだろう。

 

 だったら全部だ。

 俺がそう想いを込めてジッと見つめると、レイリーは小さく頷いた。

 

 それからレイリーは色々と語ってくれた。

 小さい頃の俺は酷いかんしゃく持ちの乱暴者だったこと。

 ある日を境に俺は大人しい手の掛からない子になったこと。

 その代わりに話さなくなったこと。

 それを母さんは先祖帰りをしたと心配していたこと。

 見聞色の覇気と呼ばれる技術が極まれば、他者の心を読み取れること。

 そして母さんはその見聞色を身につけ俺とコミュニケーションを取ろうとしていたこと。

 だけど、俺の思考が難解、と言うより多分日本語だったから何も読み取れ無かったこと。

 

 色々と聞いた。

 

 詰まるところ母さんは、俺が変な記憶を持っていると知りながら、それでも俺を愛してくれていたのだ。

 

 俺も母さんも馬鹿だった。

 何のことはない。

 話せば良かったんだ。

 この日の出来事は避けられなかったかもしれないけど、もっと楽しい日々を過ごす事は出来たハズだ。 

 

 母さんの優しさに、自分の愚かさに気付いた俺は泣いた。

 この世界でただの一度も泣いた事がない俺の涙腺から、堰を切ったように涙が溢れ出た。

 

 どれくらい泣いただろうか。

 ふと気付くと目の前にハンカチがあった。

 俺を笑わせようとしたのだろうか、長い黒髪の少女が天井を見上げる様な体勢で差し出していた。

 あんなに綺麗だったのに鼻の穴が丸見えだった。

 俺は少女からハンカチを受け取り、

 

ありがとう

 

 そう告げたかったのに、言葉が出ない。

 俺はこの時から喋らない子供ではなく、喋る事が出来ない子供になっていた。

 我ながら脆いメンタルだと思うが、どうしても言葉がでない。

 礼を言う代わりににっこり笑ってみせた俺は、ハンカチで涙を拭うと、見られていたと気付いた気恥ずかしさも手伝って、ようやく泣き止むことが出来たのだった。

 

『問題はこれからどうするかだ。私は君に選択肢を提示できるが、決めるのは君だ』

 

 俺が落ち着いたのを見計らったレイリーから、今後の身の振り方の指針が告げられた。

 

 俺に提示されたのは四つ。

 ぼったくりバーに残るか、

 ハチと共に魚人島に向かうか、

 少女達と女ヶ島に向かうか、

 自分の家で一人で暮らすか。

 

 最後の一つはあまりおすすめしない、と付け足してレイリーは酒を口にして話さなくなった。

 

 俺は、迷うことなくハチの手を取った。

 レイリーに示されるまでもなく、俺はこの時点でハチと一緒に行くつもりだったんだ。

 

『にゅっ!? おれと来るのか?』

 

 ハチは選ばれた事に驚いていたが喜びを隠さず、選ばれなかった黒い髪の少女はどこか残念そうにしていた。

 この日以来会っていないけど、あの少女達は元気にやっているのだろうか?

 

 

 そんなこんなで、とんとん拍子に俺の魚人島行きが決まったけど、ここで小さな問題が判明した。

 魚人島が有るのは海底10,000メートル。

 生粋の魚人なら生身でも潜っていけるのだが、半魚人の俺はエラ呼吸が出来ない。

 俺にある魚人としての特徴は背中から突き出た黒いヒレと、左右の肩甲骨の下にある気泡だけだった。

 

『お代はいつでも構わんよ』

 

 結局、レイリーがコーティングした蛸壺に乗り込みハチに運ばれて魚人島に向かい、そこでアーロンやジンベエに出会った。

 レイリー程じゃないが二人とも化け物だった。

 それからタイガーにも出会った。

 

 タイガーこそが奴隷解放事件を引き起こした張本人だと聞いていた俺は、内心で複雑だった。

 コイツが余計な事をしなければ母さんは死なずに済んだ、と思わなくもなかったが、瞳を閉ざすと首を振り、その怨みを水に流した。

 ホントに悪いのはタイガーじゃない。

 俺が怨むべきはタイガーじゃないんだ……。

 

 意外だったのはアーロンだ。

 俺が半魚人でも、話せなくても、水中で呼吸が出来ないと知っても、ただ魚人の血を引いているだけで個性として受け入れてくれた。

 必要以上に人間は下等で魚人は上等と偏った思想を植え付けようとする事を除けば、アーロンは俺にとって良い奴だった。

 タイヨウの海賊団へ参加したがる俺の意をくんでくれなかったのは残念だけど、これは実力不足が理由だったから、ある意味で過保護だからだろう。

 でも、参加の条件が大人になるか、ジンベエを倒す事だったのは厳し過ぎだと未だに思う。

 アレは無理。

 

 海賊団への参加を認めないかわりにアーロンは、俺に住み処を与えてくれた。

 アーロンの異母妹、シャーリーの店だ。

 そこで世話になった、というより世話をした。

 アオザメの人魚であるシャーリーは、日常生活に支障をきたす程の巨体を誇っていたからな。

 炊事洗濯。

 料理に買い出し。

 一般的に言われる家事全般が俺の役割だった。 

 

 俺は言葉を口に出来ないままジェスチャーや筆談を駆使して魚人島での日々を過ごしたけれど、そんな程度の事で色眼鏡で見てくる人は魚人島にはいなかった。

 家事をして、余った時間で身体を鍛え、魚人島の人達と触れ合い、タイヨウの海賊団が帰ってくればジンベエに勝負を挑んで完膚無きまでに叩きのめされ、また見送る。

 

 アーロンが東の海に出航するまでの腰掛けのつもりだったけど…………楽しかった。

 もう無理に事を荒立てなくても、このまま平穏に暮らしていくのも悪くない…………そう思いかけていた。

 

 そんな日も長くは続かなかった。

 またタイガーと天竜人だ。

 天竜人に粘着されるタイガーが、海軍の罠にはまって命を失った。

 タイガーを大アニキと慕っていたアーロンは、単身で海軍に挑んで捕らわれの身となった。

 タイガー死亡、アーロン捕縛の報に魚人島は揺れた。

 

 アーロンの強さを知る身としてはにわかに信じられなかったけど、天竜人が存在する以上、魚人島や俺に平穏は訪れないとよく分かった一件だ。

 

 暫くして、ジンベエが七武海に入るのと引き替えにアーロンが魚人島に戻った。 

 アーロンは今まで以上に強く人間を憎み見下す発言が多くなっていたが、俺には何故か、畏れや怯えを隠す様に強がっている様にも見えた。

 

 アーロン帝国を作る。

 

 そう掲げたアーロンはジンベエと袂を分かつと、同志を募り海賊団を立ち上げた。

 

 そして、出航の日。 

 

『どうしても行くのかい? フゥ…………自慢の鼻をへし折られないよう、せいぜい麦わら帽子に気を付けるんだね』

 

『シャーハッハッハッ! へし折れねぇから自慢の鼻だ! 行くぞ、同胞達!』

 

 見送りに来たシャーリーが謎めいた予言を告げた事で場は一時騒然となった。

 アーロンが力強く笑い飛ばしてみせたが、場は騒然としたままだった。 

 

『行くんだろ? アーロンの事、頼んだよ』

 

 乗船が認められず、密航しようと船に乗り込むタイミングを探っていた俺の頭上からシャーリーが声を掛けてきた。

 この兄妹、仲が良いのか悪いのか……兄であるアーロンは俺にシャーリーの世話をさせ、妹であるシャーリーは俺にアーロンを頼むと託す。

 

 言われるまでもない。

 アーロンの野望の先に俺の目的がある。

 きっとアーロンも俺と同じ考えに至ったのだろう。

 この腐った世界をぶっ壊すには国が要る、と。

 

 シャーリーに向かって小さく頷いた俺は、喧騒に紛れてまんまと密航に成功したのだった。

 

 

 グランドラインの航海は順調に進んだ。

 襲ってくる海賊達を返り討ちにして海軍に引き渡して路銀を稼ぐその様は、七武海の別働隊にも見えた。

 

 そして、1年の時をかけて目的の島に辿り着き、海軍の案内でカームベルトを越えて今日に至る。

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