ゴム野郎なのか
「嘘だろ……?」
魚人島から戻った俺は、誰の気配もしないココヤシ村の大通りで立ち尽くしていた。
漫画通りの出来事が起こった……誰も居ない状況がそう考えるしかないと如実に表していた。
なんでだ、アーロン?
どうしてナミの金を奪わせた?
行き掛けの駄賃のつもりか?
ナミから金を巻き上げようが巻き上げまいが、間もなく魚人島へと凱旋する俺達にとっちゃあ大した違いはないハズだ。
ナミもナミだ。
ルフィに助けを求めなくても、あと少し。
あと少しでココヤシ村だけでなく、この島丸ごと解放されたんだ。
悪い様にはしない……そう伝えていたハズだが、信用されなかったってことか。
儘ならないもんだ。
だが、ここで嘆いていても何も変わらない。
「こうしちゃいられねぇっ……」
そう呟いた俺は、アーロンパーク目指して駆け出した。
◇
「あれは、ココヤシ村の連中か?」
アーロンパークと門の周りに群がる人の群れが見える。
今がどのタイミングか判らないが、建物が健在って事はまだ間に合う。
気合いを入れて大地を蹴った俺は、人の群れを飛び越えアーロンパーク内へと脚を踏み入れた。
「無事かっ!? アーロンっ!!」
着地と同時に辺りを見渡す。
武器とも言えない得物を持ったココヤシ村の連中が勢揃い――いや、ノジコと駐在が見当たらないが――揃いも揃って絶望的な顔をしているな。
そんなビビるなら大人しくしてりゃぁ良いものを……と言いたい所だが、それだけ俺達の支配が我慢ならないということだろう。
こうは成らないようにしてきたつもりだが、俺が考えていた以上に種族の壁があった。
「あれは、ヒレ?」
「魚人だったの!?」
「でけぇっ!? アイツもサメなのか?」
「1200万の賞金首、シュヴァっす」
「アイツは千人殺しの異名を持つ、アーロン一味の中でも厄介な男っすよ」
リュックを背負わない俺の
ムカつくが、想定内の反応だな。
コイツらにかまけている暇はないし、とりあえず放置だ。
「戻ったか、シュヴァ。ちょうど今、どこぞの海賊達を始末しようとしていた所だ」
俺に気付いたアーロンが、さも何事もなかったかのように話しているが、内心はらわたが煮え繰り返っているのだろう。
パッと見た感じ倒れていない魚人はアーロンだけで、アーロンパークは
ビリビリとした怒気を放つのも当然だ。
そのアーロンと対峙する三人。
刀を構えた緑髪がゾロで、片膝突いた金髪スーツがサンジか?
そして、ナミ。
なぜかアーロンの直ぐ近くにナミがいる。
「嘘っ……シュヴァ? もう、最悪っ……」
「ふざけろっ、最悪なのはこっちだ。こんなことになるなんてな……やっぱりお前は殺しておくべきだったか」
今さら言った所で詮無きことか。
ホントにこの事態を回避するなら、有無を言わさずナミを殺せば良かっただけだ。
それをせず、それが出来ずに中途半端な対応をしてきた俺にこそ、この事態を招いた遠因があるのだろう。
そうだと判っていても、怨嗟の言葉が口をつく。
「〰️〰️っ!?」
下唇を噛んだナミが驚きに目を見開く。
だが、なんだ?
ナミから感じるのは恐れよりも哀しみに近い気配。
いや、今はナミに構ってる場合でもない。
最悪を想定した最後の手段。
俺が今日まで鍛えてきたのは、物理的にルフィ達を黙らせる事が可能なように、との意味もある。
ルフィはどこだ?
俺がルフィを抑えれば破滅の予言は変えられる。
辺りの様子を探っていると、水門の方から噴水の様に水飛沫が高く上がった。
「ちっ……
「30秒。それ以上はもたねぇ」
小声で呟き刀を咥えたゾロが、俺とアーロンに刀を向けるとサンジが海へと飛び込んだ。
「させるかよっ!」
「ま、待って!」
ゾロには構わずサンジを追って海に飛び込んだ俺の背後からナミの声がするが、誰が待ってなんかやるもんか。
おそらく、気味が悪いくらい漫画通りに、重石を付けたルフィが海中に居るのだろう。
さっきの飛沫がその証拠だ。
海中のルフィを確保さえすれば、この場はなんとでも乗り切れる。
破滅の未来になんてさせてたまるか。
俺はそんな結末を迎える為に今日までやってきたんじゃない。
アーロンは、アーロン一味は、勝利者として魚人島に凱旋するんだ。
◇
あれは……ノジコか。
海底から海面に向けて伸びる
その
海中でサンジを追い抜いた俺は、その
「っ!?」
俺に気付いたノジコが泡の様に空気を出すと、両手を拡げて行き先を塞ぐ。
やはりというべきか。
俺の前に立ちはだかったノジコをやり過ごそうと回り込むも、腰の辺りに抱きつかれた。
おいおい、マジか?
なんでそんなに早く動ける?
てか、不用意に近寄り過ぎだ。
この状況下で俺が攻撃しないとでも考えているのか?
『邪魔だ』
別の機会なら嬉しい体勢だが、今はそんな事を考えている場合じゃない。
押し退けようと肩を押すも、首を横に振ったノジコがしがみついたまま離れない。
――ドカッ
そうこうしている内にサンジがルフィを沈める重石を蹴り砕いた。
足枷が無くなったルフィの身体が勢い良く海面へと登っていく。
なんだってんだよっ。
何故こうも
これが定められた運命とでもいうのか?
呆然としかける俺だが、まだだ。
まだ、終わってない。
腰を掴んでいた手を力なく離したノジコを抱き抱えた俺は、ルフィを追って海面へと急いだ。
◇
「ゴムゴムのガトリング!」
俺が海上に飛び出ると、ルフィの攻撃で吹き飛ばされたアーロンが建物の瓦礫に埋もれる光景が飛び込んできた。
「テメェッ……
「なんだぁ、お前?」
「問答っ無用っ!」
ノジコを抱えたままの俺は、一足跳びに距離を詰めるとルフィの顔面目掛けてハイキックを放つ。
「痛ってー。なんだぁ? アイツの攻撃?」
外壁にぶつかり瓦礫に埋もれたハズのルフィは、何事もなかったかの様に瓦礫をはね除け起き上がる。
ゴムゴムの実。
思ったよりも厄介な能力だな。
攻撃を当てた箇所にしかダメージが通らず、今みたいに吹き飛ばしてしまえば、吹き飛んだ先でいくら衝撃があった所で意味は無さそうだ。
だが、いくらでもやりようはある。
掴んでから殴っても良いし、うち下ろす攻撃を多用するのもアリだろう。
首尾よくマウントを取って押さえ付ける事が出来れば、俺の勝ちは揺るがない。
だから、
「覇気よ。シュヴァは覇気と呼ばれる力を使う覇気使いよ。それを纏った攻撃は悪魔の力の実体を捉えるのよ」
俺とルフィとの間に割って入ったベルメールが、種明かしとばかりに助言した所で構わない。
「退けよ、ベルメール。余計な真似はするなと伝えていた筈だぞ」
「いくら怖くたって、そういう訳にはいかないのよねぇ。
アンタに出来るとは思えない、そう付け加えたベルメールが煙草に火を点けてニカッと笑う。
さすがに堂々としている。
むしろ今日まで大人しくしていたのが不思議な位の女だからな。
それにしても……何か嫌な感じがする。
なんだ? このベルメールの自信は?
怖いと言いつつ、俺を全く恐れていない?
「……なら取り消しだ。ナミもお前も、村の連中も殺さねぇ。そこの
「そりゃぁ聞いてやれねぇ話だ」
ベルメールとの対決を避けた俺の背後に、瓦礫の中から這い出たアーロンが立っていた。
聞いてやれないって、何に対してだ?
面倒だが先にアーロンを説得か。
そんな風に考えていたらヒレを掴まれた。
「アーロンっ……!?」
後ろに引っ張られたかと思ったら、そのまま後方へと投げ飛ばされる。
意識を失ったままのノジコを護る様に抱えた俺は、受け身も取らずにココヤシ村の連中とは反対側の外壁に勢い良くぶつかった。
腕の中のノジコが「きゃっ」と小さく悲鳴を上げる。
「テメェッ、アーロン! 何しやがる!」
痛くないけど、意味がわからん。
「テメェはすっこんでな、シュヴァ。ゴム小僧はおれが……殺すっ」
「っ!? い、いや、駄目だ。あんたは一味の
「そうだ。おれが
「それはっ……」
負ける。
そうだ……このまま闘えばアーロンは負ける。
だから俺は、アーロンを止めるべき。
でも、どうやって?
一度進言して却下された俺が、ここまでハッキリ自分でやると言っているアーロンをどうやって諫める?
お前はその人間に勝てない。
だから俺が代わりにやってやる?
そんな事、口が裂けても言えないし、言った所でアーロンが聞き入れる筈もない。
アーロン一味はアーロンを慕う魚人達の集団で、基本的に決定権はアーロンにしかない。
それは今も昔も変わらない。
意見を言う分には、言いたい奴の自由だろう。
しかし、それを採用するかどうかはアーロン次第。
アーロンの方針が嫌なら一味を抜けるのが筋になってくる。
だったら俺が取るべき道は一つ。
「……思ってないっ! だから、勝ってくれっ! アーロン!! そして、
「シャーハッハッハッ! 判ってるじゃねーか、シュヴァ! 逆らう奴、舐めた真似をしてくれた奴は殺すっ! 先ずはテメェからだ、ゴム小僧っ!」
高らかに笑い声を上げたアーロンと、何を考えているのかイマイチ掴めないルフィの闘いが始まる。
腰を落として胡座をかいた俺は、ノジコを隣に座らせるとアーロンの勝利を願って闘いを見守るのだった。
◇
――おれとお前の絶望的な違いはなんだ?
先ずは舌戦とばかりに、アーロンとルフィの問答が繰り広げられている。
「アンタは加勢しないの?」
それを見詰める隣に座るノジコが、正面を向いたまま俺に話しかけてくる。
そういや、こうやってノジコと話すのは久しぶりだな。
「アーロンが殺るってんだから俺の出る幕は無いんだよ」
俺の出る幕が有るとすれば、それは決着が付いた後になる。
どっちに転んでも面倒な事になりそうだ。
「随分と自信があるんだね。それは上等種としての余裕ってやつかい? 足元掬われたって知らないよ」
「は? そんなもん有るわけねーだろ。てか、お前、アーロンが本気で“魚人は上等種”とか言ってると思ってんのか?」
「ナミから聞かされてるし、私も何度かアーロンの講釈は聞いたからね」
「そんなもんは自分達を奮い立たせる為の只のスローガンだぞ? 魚人は上等種……それを本気で信じてるのは魚人島に居る馬鹿共くらいのもんさ」
――トゥースガムっ!
自らの歯を両手に持ったアーロンが攻勢に出た。
「それってどういうこと!?」
アーロンの攻勢はルフィのピンチ。
それなのに驚いたノジコが俺の方を向く。
ちゃんと闘いを見ていろよ、と思いつつも向けられたノジコの顔に、俺はどぎまぎしている。
顔の造形だけで判断するならハンコックの方が上だろうに、どうしてコイツはこうも俺を惑わせる?
って、そんな事はとっくの昔に判ってる。
俺はナチュラルに物事を見てくれるノジコが、初めてあった頃から好きだったんだ。
それに気付きながら出した答えに背を向け続ける俺は、どこまでも中途半端なヤツなんだろう。
今だってそうだ。
アーロンは負けると判っていながら何も手を打たず、闘いの後を考えてしまう。
冷酷に成りきれず考え付く限りの最善手を打たない俺は、次善の策とか嘯いて態度を変える。
多分これが後手に回る原因なんだ。
と、判ったところで変えられない。
「…………俺達にも色々あるんだよ。アーロンは一度、人間に負けて投獄もされてる。それで人間が下等なんて本気で言ってたら単なる馬鹿じゃねーか? 平均値なら魚人の方が強いのは間違いじゃないけど、人間は数が多すぎる。一千万人に一人位の才能の持ち主になってくれば、俺やアーロンより強いんだよ」
こんなことをノジコに語った所で意味はない。
でも、今日で最後かと思うと、無性にノジコと話したかった。
「そう、なんだ……って、やっぱりアンタも魚人だったんだね」
「…………魚人で何が悪い?」
「悪いなんて言ってないさ。ただ、どうして隠してたのかと思ってね」
「別に隠して…………いや、お前に嫌われたくなかったんだ」
「み、見くびられたもんだね。私はあんたが魚人と知ったら掌を返す様な奴……そう思われてたんだ?」
「そうじゃない……けど、まぁ…………そうなるのか。悪かったな……」
「そう素直に謝られてもね? だけど、私とアンタじゃどの道上手くいきっこないし、これで良かったんだよ……。アンタは支配する側で、私は支配される側。ねぇ? どうしてこっち側に来てくれなかったのさ? こうなる前にっ、アンタがこっちに来てさえくれればっ!」
――シャーク・オン・ダーツっ!
海に潜ったアーロン。
水面に突き出たアーロンのヒレに皆が注視する中で、ノジコだけが俺を見ていた。
ノジコの言い分は理解出来る。
だが、さすがにそれは受け入れられない。
「俺がそっちに行ってどうする? 俺は支配する為に、アーロン帝国を作るためにやって来てたんだぞ? 大体な、それを言うならノジコが
「そんな事出来る訳ないじゃ、ない……って、アンタ今、過去系で話してない?」
「そりゃそうだろ。この闘いにアーロンが勝とうが負けようが、元々近々この島から撤収する予定だったんだからな」
「嘘っ!? どうしてっ?」
――ゴムゴムの網ぃ!!
海中から高速で飛び出たアーロンを、指を網状に伸ばしたルフィが捉えた。
器用な真似をする。
というか、これはほぼ漫画通りの闘いか?
結構色々してきたハズなのに、変わって欲しいことは変わらないのか。
因みに、ノジコはもう闘いを見ていない。
撤収の一言が予想外だったのか、立ち上がったノジコは闘いに背を向け、俺と向かい合っている。
「さっきも言ったし、昔にも言っただろ? 俺達は虐殺する為に来たんじゃない。支配する為に来てたんだ。それが不可能だと気付かされれば、これ以上この島に留まる理由はない。無駄な事に時間を費やす程、俺は暇じゃないんだよ」
「ふざけてるの? 散々好き勝手してっ、それで今になって無駄な事に費やす時間? アンタはこの島の人達をなんだと思ってるのよっ!」
「そりゃこっちが聞きたい。お前らは俺達をなんだと思ってるんだ? 前々から知りたかったんだ……お前は、島の連中は、
「それ……本気で言ってるの?」
「当たり前だ。そりゃぁ、金は取ったさ。逆らう奴は殺しもする。けど、そんなもん
――ゴムゴムの槍!
両足を伸ばしたルフィが、アーロンの腹部を貫かんばかりの勢いで打ち付けた。
「それはっ……」
形勢はルフィが有利なのに、俺の話を聞いていたノジコの顔が曇ってく。
やっぱりノジコは良い女だ。
憎むべき俺達が相手であっても、事情を聞いてしまえば同情が出来てしまう。
「そんな顔すんなよ。別にノジコを責めてる訳じゃなければ、お前は違うって信じてる。これは単なる確認だ、確認。支配が無理だってのは結構前から判ってたしな。これで心置き無く撤収できるってもんだ」
「支配が無理って、じゃぁ今アンタ達がやってるのはなんなのよ!?」
「今は単なる金儲けだな。
ノジコはさ、若夫婦が子供の事で相談に来た日の事を覚えているか?」
「えぇ、覚えてるわよっ。私はアレでアンタが魚人だって気付いたんだから」
「ん? そうなのか。まぁ、それは良い。
あん時に若旦那は言ったよな……“子供を作る気はなかった”って。それは、あの夫婦だけの事じゃない。この島にいる若い夫婦は834組、夫婦でなくてもベルメールやノジコみたいな独り身の女も300人程居る。お前は8年の間にこの島で何人の子供が産まれたか知ってるか?」
「えっ……? それは知らない……けどっ」
「ゼロだ。
笑えるだろ? 子育て適齢期の人間が2000近く居て、誰一人として子供を作らない……大人達は生きる為に妥協して渋々従う道を選ぶとしても、魚人のアーロン一味が支配する
新たな命が誕生しない。
このままいけばそう遠くない将来、支配するべき住民がいなくなる。
そうなれば支配も何もあったもんじゃない。
「それはっ、違うよ」
「違わねぇよ。これが人間は魚人の下では暮らしたくない、何よりの証。…………さぁ、無駄話も終わりだ。そろそろ決着が付く」
キリバチを手にしたアーロンが、それを振り回しながら跳び跳ね避けるルフィを追っていく。
それにしても、ルフィは思ってたより強い。
もっと苦戦したイメージで覚えていたが、闘いを通してルフィには余裕があった。
こりゃ、
「この闘いに決着が付いたら……アンタはどうするのさ?」
「決まってるだろ? 俺はシュヴァ。アーロン一味の幹部、シュヴェーアトヴァールだ。アーロンの決定に従い、一味の
「馬鹿だね、アンタ」
「そうだな」
「でも、話して判ったよ。アンタはやっぱりいいヤツだよ。そんなアンタを立場なんてものがそうさせてる。
だから……」
そこで言葉を区切って俺に背を向けたノジコは、大きく息を吸い込むと物が吹き飛ぶアーロンパーク最上階に向かい、
「お願いっ! アーロンに勝って!!
勝って私達をっ、この島をっ、ナミをっ!
シュヴァを解放してあげて!!」
――ゴムゴムの斧っ!!
ノジコの叫びに応える様に、アーロンパークから伸びた足が勢い良く振り下ろされた。
そして、崩れるアーロンパーク。
「やっぱ、これが
シュヴェーアトヴァール
シャチのドイツ語。
略してシュヴァです。
次で最後になります。