あの夏の日の思い出。


一人の少年と一人の少女が海でお話をする、ただそれだけの物語。

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初投稿です。よろしくお願いします。


君とみた海

 夏至も過ぎて日も随分と長くなった夏の日、僕は海岸沿いに立っていた。心地よい風が汗ばんだ体に涼しさをもたらす。上がっていた息も徐々に落ち着きを取り戻していく。さっき学校から飛び出して、何をしているのかもわかっていないまま走って走って。気が付いたらここに立っていた。

 何も考えずにここまで走ってきたことが恥ずかしくなる。家に帰ろうと思うが、荷物を持たずにここまで来たことに気づいてしまった。鍵は鞄につけてあるので、これでは家に入れない。

「はぁ…。」

 あの場所に戻らなければならないと思うとため息がこぼれる。仕方がないので、学校に人がいなくなるまで時間をつぶすことにした。ここは、近くに大きな道路があるわけでもなければ、近くに人が住んでいるというわけでもないので、長時間ここにとどまっていても誰にも気づかれることはない。そういえば小学生の頃はよくここで一人で時間をつぶしていた。

 それはさておいて、きっと日の入りを見てから学校に戻れば生徒はいなくなってることだろう。久しぶりに機会が巡ってきたのだから今はこの時間を楽しもう、そう思いながら目の前の海を見た。

「この場所ってこんなに綺麗だったんだ。」

 誰に言うわけでもなく、気が付いたら言葉が口から洩れていた。空は澄み渡り、海はキラキラと輝くその光景に僕は見とれていた。思えば、今まで周りの景色に目を向けたことなどあまりなかった。今まで景色を見る意味を見出すことが出来なくて、ずっと気にしてこなかった。今日こうして目の前の景色に感動しているのはこうやって意味もなく時間をつぶすことになったからだろうか。いや、それだけではないのだろう。

 僕には友人がいる。僕に景色を教えてくれた友人が。人とのかかわりなど全くなく、周りから忌避されてきた僕に手を差し伸べてくれた友人が。彼女はいつも風景に目を向けていた。毎日のように僕に景色を眺めることの良さを語ってくれていた。全くそのことに興味を持っていなかった僕は、その話を聞き流していたつもりだった。けれど、どうやらそういうわけでもなかったらしい。今こうして昔から見てきたはずの何の変哲もない風景に心が動かされているのだ。

 知らないうちに彼女に影響を受けていたということに思わず苦笑いを浮かべてしまう。でも、僕の視線は再び目の前の景色に吸い込まれていった。ただただ、目の前の風景に心がくぎ付けになっていた。

 

 

 どれほどの時間がたっただろうか。まだ高かったはずの太陽もすっかり傾いて、目の前の海は赤く染め上げられていた。あと数十分もすれば太陽は落ちて夜になる。そうしたら…最初の目的通り荷物を取りに戻らないといけない。ずっと海ばかりを見ていたので、これからのことを全く考えていなかった。荷物のことを忘れて家の前で立ち往生するところだった、危ない危ない。まあ、大事なことも思い出だせたので、思う存分目の前の夕焼けを堪能しよう。そう思った矢先、やけに上ずった声と共に一人の少女があらわれた。

「やっと見つけた…。」

「なっ…!?」

肩で息をしながら現れたのは、僕に風景を教えてくれたその人――南 由希だった。

「え…どうしてここに?」

全く予想していなかった彼女の登場に思わず疑問を零す。

「いきなりいなくなるからずっと探してたんだよ!どれだけ走り回ったと思ってるの!」

彼女は顔を真っ赤に染めながら僕に向かって大声でそう言い放った。

「別に…そんなこと頼んだ覚えはないんだけど。」

なんとなく一人でいたいと思ってしまった僕は、由希にそっけなくそう言ってしまった。

「別に、私がやりたいから…やったのよ…。」

息も絶え絶えに彼女はそう言った。それは僕にとっては少し驚きの答えだった。

「そうなの?てっきり先生か誰かがやらせたとばかり…。」

「先生がそんなこと頼むわけないじゃない。ああ、本当に疲れた。こんなに走ったの久しぶりよ。明日は動けないかも。」

由希は呆れたように、でも笑顔でそう言った。さっきは、一人でいたいと思っていたけど、今は由希が来てくれて少しうれしく感じていた。恥ずかしくなって思わず顔をそらしてしまう。だけど、一つ忘れてはいけないことがあった。

「わざわざ見つけてくれてうれしいんだけど、学校には一回戻らないといけないんだよね。」

顔を伏せたままそう言う。もともと僕は一度学校に戻るつもりだった。なぜなら…

「荷物を忘れたから?」

そう。僕が学校に荷物を忘れたから…

「え…?」

思わず由希のほうを見つめてしまう。由希は満面の笑みで僕に鞄を差し出してくる。

「はいこれ。蒼真君の荷物と私の荷物両方持って走るのほんと大変だったんだから…。」

なんと、由希は僕に荷物を持ってきてくれていた。僕が学校を出てから数時間経っているから、その間ずっと彼女を走らせてしまったことになる。そのことに気が付いた瞬間、僕の心は彼女に対する罪悪感で満たされた。

「ごめん…。そんなことをさせてたなんて僕知らなくて…。」

思わず口をついて出てくるのは、言い訳の言葉。そんな自分が嫌になってしまう。でも、彼女は笑顔でこう答えてくれる。

「気にしないで。私がやりたくてやったからいいの。」

なんというか、僕は彼女に助けてもらってばっかな気がする。僕は、彼女に何かしてあげたことが今まであっただろうか…。

 それからしばらく、由希の息が整うのを待ちながら静かに二人で海を眺めていた。もう太陽は半分ほど沈んで、空は徐々に青が増えてきた。聞こえてくるのは二人の呼吸の音と波の音だけ。そんな静かな空気があたりを満たしていた。

 いよいよ陽は沈んで、空にはきれいな満月が煌々と輝いていた。相変わらず海を見つめながら彼女はこう言った。

「ねえ、せっかくここまで来たんだから少しおしゃべりに付き合ってよ。」

 由希もだいぶ落ち着いたようで、息はもう上がっていなかった。

「もちろん。」

断る理由はなかったし、僕も数少ない友人である由希と久しぶりにゆっくり話をしたいと思っていた。そのまま僕らは海を眺めながら言葉を交わし始めた。

「で、何を話すの?」

 とは言うものの、僕は会話があまり得意じゃない。特に、会話の始め方がわからない。いつもこれを考えるのが苦手でよく会話で周りの人を困らせていた。

「う~ん…そうだね…。」

 由希も話題を考えていなかったようで、困った顔をしながら話題を探していた。少しして、顔を引き締めて「よし」と言って僕にこう言ってくる。

「じゃあ、せっかく海に来てるんだし。ちょっとした質問。海って、何で満たされているか知ってる?」

由希は、海から目を離すことなく僕にそう質問してきた。それに対して僕は数秒考えてからこう答えた。

「海?水。塩水。」

ひねりなんてあったものではないがこれしか思いつかなかったのだ。その答えを聞いて彼女は僕を少し睨んで

「味気ないなあ。私はそういうことは聞いていないの。」

と言った。塩水なのに味気ないとはこれいかに。なんて下らないことを考えながら僕は言葉を返す。

「味気ないって、じゃあ答えは何?」

その時の彼女の表情は月明かりの陰になっていてよくわからなかった。彼女は「聞いても笑わないでね」と前置きをして、少しの空白の後こう答えた。

「私は、涙が溜まっているんだ、って思っているの。」

「涙?」

自分が全く予想していなかった答えに、思わず彼女のほうを見つめてしまう。

「うん。みんなが流した涙が溜まってこの青い海を作っているんだって、思ってるの。」

そう彼女は続ける。彼女の言うことはただの空想でしかない、ということは分かっていた。でも、不思議とその考えは自分の中に浸透していく。

「そんなふうに考えたことはなかったよ。」

変化のない日々を過ごしていた僕にとって、その答えは今までのどんな問題の回答よりも輝いて見えた。

「…可笑しいよね。高校生にもなってこんなこと考えるなんて。」

由希はそう言って力なく笑う。

「いや、素敵だよ。その考え方は。」

 これは僕の本心だ。いつも現実的な考えしかできないような僕にはできない考えで、彼女から語られる言葉に僕はひきつけられているのを感じていた。

 「僕なんかには絶対できないような考え方だよ。でも、由希がそんなこと考えるなんて意外。」

 由希は僕の前ではいつも底抜けに明るくて、なんというかロマンチックなことを言うイメージがあまりなかった。

「そりゃ学校ではこんなこと言わないよ。言ったら笑われるし。…もうこれ以上嫌われるのは嫌だし。」

 彼女はうつむいて、少しくぐもった声でそう言った。彼女もまた僕と同じように周りから避けられ続けてきたのだ。彼女の抱える闇を垣間見た気がして僕も暗くなってしまう。それでも、彼女のそんな小さな秘密を知れたことに僕はうれしくなる。

「ありがとう。由希のことを知れてうれしいよ。」

「ん…ありがとう。そう言ってくれて。」

 彼女はまだうつむいたまま、でもはっきりとそう言った。僕は視線を海に戻し、彼女の言葉を反芻する。海には人々の涙が溜まっている…。

「人っていうのは悲しい生き物なのかな。」

「え?」

 今度は由希が不思議そうにこちらを見てくる。

「だってさ、これだけたくさんの涙を流してるんだよ。」

 もちろん、本当に海が涙で満たされてるわけではないということは解っていた。でも、自分のその考えが間違っているとは思わなかった。

「ふふふ。蒼真君もそういうこと考えてるの?」

 由希は何かを期待したような表情でこちらを見ながらそう言った。

「まさか。今が初めて。」

 今まで決してすることのなかった現実味の欠片もない会話。でも、不思議とそれに違和感は感じなかった。

「ふ~ん。あのさ、蒼真君にとって涙は悲しいもの?」

 由希は少しだけ残念そうに微笑みながらそう僕に聞いてきた。

「そりゃあ、ね。」

 涙、それは僕にとって悲しみや辛さの象徴だった。いつも、家に帰っては枕を濡らしていた。

「そっか。でも、涙は悲しい時だけに流すものじゃないんだよ。」

 でも、僕の思考が沼にはまりそうになった時、由希ははっきりとそう言った。言っている意味が解らず黙って由希のほうを見ていると、彼女はこう続けた。

「うれしい時に流す涙っていうものもあるんだって。海にたまっている涙が全部悲しみに染まっているだなんて、それほど悲しいことはないじゃない。」

 その言葉は、今日で何回目になるかわからない驚きを僕にもたらした。彼女はいつも僕が今まで見たことのない世界をたくさん見せてくれる。

「こういうことを考えてると世界が楽しく見えてくる。私はそう思うの。蒼真君もそう思わない?」

 由希はそう満面の笑みを浮かべて僕にそう語る。

「やっぱり由希はすごいよ。」

 僕はただそれしか言うことができなかった。だけど、もう最初の時の様な憂鬱な心は全く残っていなかった。海には、二人の楽し気な話し声が響いていた。

 




 最後まで読んでくださりありがとうございました。Naka_YUJIと申します。
かつては別サイトで夢小説を書いていましたが、初ハーメルンです。

 この作品は昔長編作品として書こうとしていたもののほんのワンシーンを切り出してリメイクしたものです。気が向いたら、これを基にして長編を書き直してみてもいいかな?
 
 次に作品を投稿するのは当分先(おそらく一年近く)になると思いますが、必ず帰ってきます。是非そのときもよろしくお願いします。

 最後になりましたが、感想評価是非よろしくお願いします。未熟者故、至らぬ点多々あったと思います。これからの糧とするために是非感想等よろしくお願いします。
 
 改めて、最後まで読んでくださりありがとうございました。

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