ゲート 日本帝国軍 彼の異世界にて、活躍せり   作:西住会会長クロッキー

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第十一話 希望と絶望

ソビエト社会主義共和国連邦 モスクワ

クレムリン

『ヨハン・シュムスキー』書記長と『李 汀洲(り ていしゅう)』国家主席は、机上に置かれた日本に関する情報が書かれた報告書を手に取って見つめていた。内容のほとんどが特地に関する情報ばかりだった。

李は、コーヒーの入ったマグカップを片手に報告書を眺めていた。シュムスキーに関しては、何かに取り憑かれたかのように報告書を眺めていた。

「ヤポンスキーめ……ハバロフスクやウラジオストク、カムチャッカ半島を屠ったにもかかわらず。今度は異世界に手を伸ばすのか……」

シュムスキー書記長は、日本が憎くてしょうがなかった。

というのも。日本が日ソ戦争において、一時的にソ連側に奪われた地域を奪還した後に、反共産派のソ連軍人などと結託してハバロフスクやウラジオストク、そしてカムチャッカ半島を占領したのだ。後に、ハバロフスクなどの外満州地域が満州国領として。カムチャッカ半島が日本帝国領として成立した。

また、日本などにこれらの地域を奪われる前に、ソ連政府はこの地域に住まう人々を激しく迫害したこともあり。

以前から迫害を非難していた日本は占領した地域の住民から信用を得るためにインフラ整備や食糧、生活用品の配給などを行なった。

このような経緯もあり、住民達は、新しい支配者となった日本や満州を歓迎したのであった。

こうして、住民達による歓迎を確認したアメリカをはじめとした反共主義諸国はこぞって日本を圧政に苦しめられた民を救った解放国家として評価し、満州国を古来の領土を正当に奪還した国として評価していた。

これらの経緯でソ連による領土奪還を正当化するのが難しくなったということもあり。シュムスキーは、日本を強く憎んでいた。

「同志シュムスキー。私は日本による独占だけは許せないと思います。我が民族を裏切った国民党の猿とその下僕達をハバロフスクに匿っていることもあり、私も日本に対して怒りを感じます」

シュムスキーの気持ちに共感するように、李が応じた。

李もシュムスキーと同じように日本を憎んでおり、その理由としては、日本が国民党派の人々と、国民党員の亡命を受け入れ、ハバロフスクに臨時政府を成立させたからだった。その上国民党を支援していたからというのが、主な理由だった。

「そうだ。従って我が祖国の領土奪還正当化と特地住民の娘共を拉致してくるように、潜伏している工作員達に命じようと思う。李主席、貴方はこの案に協力してくれるかね?」

「かしこまりました。我が国も日本に潜伏させている工作員を動かします」

「そして娘共を人質にし、領土の返還を迫る……実現すれば理想的だな」

「それは素晴らしいお考えで」

「李主席。貴方なら理解してくれると思いました。ふん……今に見ていろ。極東の猿共め」

シュムスキーと李は、不穏な微笑みを浮かべると。日本に潜伏している工作員達に命令を下した。

 

 

 

日本帝国の市ヶ谷国防総省本部には、地下に作られた公の場に出ない部屋があるようだ。

この部屋は、各国の事情……特にソ連と隣接している樺太府やカムチャッカ州、満州国の事情を把握したり。軍事作戦を極秘裏に立案する場であった。

この部屋に、国防大臣の高野が、『日向 昭了』中佐に付き添われてやって来た。

「おはようございます、閣下」

「うむ、おはよう」

高野も手を挙げつつ椅子に腰を下ろした。

「閣下。今のところ計画は順調です」

高野の横に腰掛けた日向中佐が、差し出された写真付きの資料を持って高野に報告する。

「そうか、それは良かった。確か来賓の方と相馬中尉は、箱根の温泉宿に泊まっているそうだね」

日向に感想を告げながら、高野は用意された紅茶を口に流し込んだ。

ここで高野や他の軍士官達は、状況を確認するために地図を広げる。

「温泉旅館の山海楼閣。美味い料理に、絶景を堪能できる場所として評判です。ここと、ここに我が国の精鋭『霞部隊』が布陣しています」

旅館の周辺の山や、川といった地形の周囲を万年筆で指差す。その周辺には、隊員を表すこまが置いてあった。

「霞部隊……第二前世の欧州戦線で活躍した陸軍の精鋭部隊か。すると、あの方もこちらにいるのか」

霞部隊とは、高野が言ったように第二前世の大戦末期において活躍した特殊師団で、猛威を振るっていたドイツ第三帝国に打撃を加えた精鋭集団だった。

その活躍の例として、暗殺には至らなかったものの、第三帝国総統の『ハインリッヒ・フォン・ヒトラー』の別荘に強襲を掛けて、ヒトラーを含む軍令部の者に致命傷を負わせた。その上、第三帝国の指揮系統を麻痺させたので、日本やイギリスの勝利を決定付けたといっても過言ではない。

そんな精鋭部隊の指揮官が、この日本帝国にも転生していたのであった。

すると、部屋の扉を三回ノックする音が聞こえた。

「噂をしたらか……どうぞ」

高野がそう言うと、陸軍の制服を身にまとった男が入って来た。

この男こそ、霞部隊の総指揮官である『千葉 州作』少将であった。

「ご無沙汰しております。高野閣下」

「ああ、千葉少将。霞部隊は順調にやっているようだな」

「はい、その報告で参りました。昨日から来賓をつけ回していた集団ですが。箱根に到着する前になんとか撒きました。それを現在、寺田少尉の憲兵小隊が調査中であります」

相馬達を護衛していた装甲車から撮影したとされる一枚の写真を高野に差し出しながらそう言う。

「しかし、敵がこうも早く動いて来るとは……それにしても怪しいと思わないか?」

「ええ。私もそう思いました。もしかすると……敵に何らかのルートがあり、そこから流出してしまったのではないのでしょうか」

高野と千葉は、顎に指を添えて考え込んだ。

「何らかのルート……すると、旅館の従業員に敵の工作員がいる可能性があると思うのだが」

「たしかにその可能性は、拒めませんね。ちょうど、調査に向かわせることが出来る小隊がありますので、小隊を向かわせます」

千葉はそう言うと、高野達に一礼してから部屋を後にした。

 

 

箱根山・山海楼閣付近

正体不明の武装集団が宿に近づいて来るのが確認されると、静かな戦闘が始まった。

「右斜め前に敵を発見。撃て」

「了解」の一言と共に小銃から静かに弾が撃ち出される。

霞部隊の隊員は、この箱根山中を自分の家の庭のように知り尽くしていた。

敵側は、とりあえず山海楼閣がある方向へと進むしかなかった。

そして、自身の庭に入って来た害獣を退治するかのように、隊員達が無造作に近づいて来た敵を一方的に無力化する。

これに対抗するには、数を活かした連携での攻撃しかないだろう。愚かなことに、敵側には確認されているだけで七個のグループが存在するのに、その数を全く活かしていなかったのだ。

「たくっ、連中め。しつこいな」

隊員の一人がそう愚痴りながらMP40J短機関銃の引き金を引く。

短機関銃が大きな金切り声を上げたにも関わらず、敵は山を登るのに必死で一方的に撃ち倒された。

敵からの反撃がある程度あったものの、地形を知り尽くしている隊員の前では、大して効果が無かった。

こんな事が繰り返して続いているうちに、敵は少しずつ後退していった。

「よし、敵の遺体を確認するぞ。他は、引き続き周囲の警戒にあたれ」

『小野田 元治』中尉が部下に指示を出しながら、横たわる遺体を確認する。

「……やはりか、敵の銃で察しはついていたが、ソ連と中共か」

小野田は、敵が握りしめていたSKSカービンとトカレフTT-33を見つめながらそう言う。ふと、遺体の懐にある手帳のような物が目に入った。

小野田は、それを手に取ると息を呑んだ。

「これは、あの宿の従業員証明書……」

それは、一枚の証明写真と住所が明記された同胞のものであった。

この後、小野田は状況を知らせるべく。近くの小屋に潜伏していた通信兵を通じて国防総省に電文を発信した。

こうして、高野と千葉の予測通りとなってしまった。

 

 

 

部下達が寝静まっている中で、相馬は眠れずに、窓側の籐椅子(とういす)に腰掛けながら、ゆるく三つ編みにした長い髪を、うなじの上で巻き上げて留めている少女が映る一枚の写真を月の光を浴びつつ見つめていた。

その傍らで相馬の護衛として付いてきた室井や富河は、浴衣を着て布団に覆いかぶさって眠っていた。

特地から来た女性達も静かな寝息を立てて眠っている。

それに対して相馬は、浴衣では無く。将校用の軍衣を身に纏っていた。

ふと、相馬は気付いた。

向かいの籐椅子に人影が一つあるということに。

ガラスのコップに入った氷を転がす音。外の風景を酒肴とし月の光を浴びながら、誰かが透明な酒精を傾けていた。

それはすぐにロゥリィであると分かった。

いつもの黒ゴス神官服と違って、どこか色気を感じさせる着こなしで浴衣を羽織っていた。

染み一つ無い肌に見惚れそうになった相馬は、我に返って目を逸らした。

相馬が目を逸らしたところでロゥリィが相馬の存在に気づいた。

「全然寝れないのよぉ。どう……これは何ぃ?女の子が写っているわ」

「これは、写真というんだ。それに……今日はこの子の命日なんだ」

「命日ね……この子はレレイと同じ年頃って感じがするわぁ」

ロゥリィは相馬の持つ写真を覗き込みながら、相馬の左膝の上に座り込む。

相馬は、そんなことも気に留めず。写真を見つめていた。

「鈴麗は、天国で楽しく暮らしているのかなぁ。それとあの事件からもう八年が経つのか……早いもんだぜ全く」

相馬は呟きつつ、蒼白く輝く満月を見つめながら鈴麗の姿を思い浮かべる。

ロゥリィは静かに微笑むと、相馬を驚かせる一言を言い放った。

「これが、ヨウスケの強さの秘密なのね……あなたは、とても悲しい過去を乗り越えているのね。少しだけ心の奥を覗かせてもらったけどぉ」

「すごい、さすが亜神と呼ばれるだけあるなぁ。あの時からもう悲しみなんて見たくなくて、気付けば君が言った俺の強さの秘密になったんだな」

相馬は、そう言いながらロゥリィに微笑みかける。ロゥリィも満足気に静かに笑う。

健全的な意味で良い感じの雰囲気になって来たその時、相馬達がいる部屋に向かって誰かが忍び寄ってくる足音が聞こえた。それも、一人だけではなく、複数人であった。

「さて、ロゥリィ。面倒なお客さんがやって来たみたいだ。迎えてあげよう」

「時と場所を選ばないなんてぇ、鬱陶しい客ぅ」

相馬が鞄の中に隠していたMP40J短機関銃を取ったのと同時にロゥリィも部屋の隅に置いてあったハルバートを手に取ると、拗ねた態度で渡り廊下に面している襖を睨みつける。

しばらく深呼吸をして息を整えると、部屋の隅に行き、襖に向かって短機関銃を構える。

襖の前で誰かが立ち止まると、「カチャリ」という音が複数回響いた。

そして、勢いよく襖が開かれた。

 

 

 

NKVD(内務人民委員部)工作員 『ヴィクトール・グレチャニノフ』と共に、行動する共和国国家安全部工作員『(ちょう) 余暉(よき)』は、順調に旅館の中を歩んでいた。

この二人のチームは、霞部隊の攻撃を振り切り、旅館に潜伏していた仲間の情報を頼りに旅館の中まで侵入したのであった。

来賓がいるとされる部屋の前まで忍び寄りつつ、周囲を警戒する。

「日本の渡り廊下は本当に歩きづらいものだ……」

「そうでしょうな。床はミシミシというし、砂利よりも堅いしで、俺も嫌になる」

ヴィクトールと張は、愚痴をこぼしながらゆっくりとフスマと呼ばれる扉に近づいていった。

目標まであと少し、警備も薄いこんな温泉宿だったら警備(三人の日本兵)も眠り込んでいるし、目標も眠り込んでいれば最高の獲物として確保出来る。そして、警備の三人を纏めて始末してあとは娘達を拉致するだけという簡単な仕事であった。

扉の前に差し掛かると、二人のチームのメンバーは、短機関銃や小銃などを構える。

さて、目の前には最高の獲物が待っている訳だ。早くこいつらを仕留めて、本国に帰還して英雄と讃えられるのを待つだけだった。そして、張が扉を勢いよく開けるのだが……。

「みなさまぁ、こんな夜半に、わざわざご足労様ぁ」

扉を開いた先には、目標の幼い少女がいたのだった。でもわざわざその娘が自分達の目の前に躍り出て来るなんて思ってもみなかった。

工作員達は、罠かも知れないなんて考えもせずに、一歩二歩と近づいて行く。

「さぁ、おいでお嬢ちゃん……」

「そうそう。いい子だよ」

張とヴィクトールがそう言いながら、がっつく姿勢で近づいていった。

少女は、「うふっ」と笑うだけであった。こんなにカモな獲物は、初めてだ。楽勝だ。ラッキーだ。この三つの感情が張達を完全に支配したとき、信じられない出来事が起こった。

軽快な金切り声を上げる何かによって部下達があっさりとなぎ倒されていった。それから張とヴィクトールは、我に返った。

気が付けば、将校と思われる男が短機関銃の銃口を自分達に向けていた。

「今だロゥリィっ!やれ!」

将校の男がロゥリィと呼ぶ少女に目を向けると、さっきまでは持っていなかった斧のような鉄の塊を持っていた。

人間という生き物は、不思議なものだ。己の身が危ないと分かっておきながらも、つい目の前にあるものに見入ってしまう。

二人は、危ないということを理解しつつも抵抗する術がなく、鉄の塊によって意識を刈り取られた。

あたかもそれは、使えなくなったマッチ棒を真っ二つにへし折ったときのようだった。

 

 

相馬とロゥリィがひと暴れしたせいか、眠っていた全員が飛び起きた。閲覧注意という言葉が似合う状況だったので、敷居の襖を閉めて相馬は状況を説明した。

それから数十分後、ようやく小野田中尉の小隊が到着した。

到着した小野田は、相馬達が泊まっているとされる部屋の光景に圧倒された。

部屋に入ってすぐの所で、敵工作員の遺体が横たわっており、数メートル先にはそのそれぞれのリーダーと思われる二人の男の惨殺体が転がっていた。

小野田は、その部屋に残っていた相馬に声をかけた。

「……当然のことだが。あの二体の惨殺体は、君がやったんじゃないよな?」

「俺ではありません。イタチとか猪が紛れ込んでいたかと」

「なるほど……失礼だが、思った以上の化け物が味方についたというわけか」

小野田は、顎に指を添えながら空気の読めた感想を相馬に告げた。

すると、小野田の部下が一人の男を連れてきた。

その男は、いかにもアメリカ人という感じだった。また服装からして、旅行客になりすました工作員であろう者だった。

「露天風呂から逃げようとしたところを捕えました」

「うむ、ご苦労。そこの米国人に聞くが……日本語は、分かるかね?それと名前を聞きたい」

「イエス。少しだけなら分かる。名前は『トーマス・フォレッリ』だ」

小野田に名前を聞かれたトーマスと自称する男は、少し達者な日本語で軽い自己紹介をする。

それからトーマスはゆっくりと口を開いた。

「大統領令により、あのロゥリィという娘の戦闘能力を調べて来いと言われた。ただそれだけ」

「本当にそれだけか?」

「そうだ。それだけだ」

その証拠として鞄の中には、軍用の通信機が詰められていた。

「なるほど。こちらに危害を加えるつもりがないことは理解した。しかし、貴方が行なったことは、立派なスパイ行為だ。我々はこれを見逃すつもりはない。悪いのだが、こちらに投降してもらおう」

トーマスは、拒否的な反応をせず。大人しく小野田の部隊に投降した。

しばらくして、憲兵隊の自動車が到着する音が聞こえた。相馬と小野田は、トーマスの身柄を憲兵達に引き渡した。しかし、彼は最後まで抵抗の意思を示さなかった。

 

 

 

箱根山中でのいざこざから、早くも四時間が経過しようとしていた。

寺田少尉の部隊に再び護衛された相馬達は、国道一号線を走り抜けていた。

午前六時ということもあり、国道上には運送屋のトラックなどが走っていた。

そんな中を軍の装甲車が高級車を囲って走り抜けて行くという奇妙な光景だった。

当然のごとく、トラックの運転手達は、車を路肩に停めて相馬達を見つめている。

「やれやれ、今日は来賓が銀座事変の敵軍犠牲者慰霊碑を訪問することもあってか、一昨日より注目の視線が多い気もするな」

「そうですね。さっき寺田少尉から渡された新聞を少しだけ読んでみたのですが。特地で撮ったレレイ達の写真が派手に掲載されていました」

富河が、折り畳まれた新聞を助手席の相馬に手渡す。

「すごいなぁこれ。しかし、こんな派手にしちゃって大丈夫なのか?失礼な話だけど。ピニャ殿下達は、国民達からすれば初めて見る敵国人だ。特地のことを快く思わない連中が逆恨みでしかない感情を彼女達にぶつけようとして、見物人達に紛れていたら厄介だ。軍による警備はどうだ?」

「そのために、銀座基地の警備兵をこの日だけのために増員しました。あと、基地の周辺にそびえ立つビルには、狙撃兵を配したようです」

室井が丁寧に、警備態勢を説明する。

彼女の説明を聞いた相馬は、ひとまず安心した。

「ソウマ殿。一つ聞きたいことがある。妾達は、一体どこに行くというのだ?」

ここでピニャが数時間ぶりに口を開いた。

「それは、私達との戦いで犠牲になった貴国の兵士達を、弔った慰霊碑と呼ばれる場所に向かいます。私達としては、殿下が犠牲者達を慰霊していただけるということを望んでいます」

ピニャは、この日本帝国が敵味方問わず。死者の魂をいたわる風習に感心してしまった。この一風変わった風習を帝国でも広めてみようと試みるピニャであった。

それから、さらに一時間が経過して。気付けば、車から降りて銀座の街の地面を踏もうとしていたのであった。

 

 

 

 

「ファンタジー世界のエルフ娘って本当に居たんだ」

車から降りてきたテュカを見て、群衆の中の一人がコンパクトカメラのシャッターを切りながらそう呟く。

見物人達を整理する警官達も、整理を忘れてロゥリィとレレイに見入ってしまった。

ロゥリィに関しては、見た目と年齢が大幅に釣り合っていないせいか。見物人達の心をそそらせた。

「あの青髪の子ってひょっとして魔法使いかしら?まぁ、それにしても美人な方ね」

ビルの中にあるカフェに居た高貴なご婦人が、夫の手を引きながらそう言う。

夫の方は、レレイの持つ長杖に興味を持っていた。

「あれ。来賓にあんな女性なんて居ましたっけ?」

警備兵の一人がピニャとボーゼスを指差しながらそう言う。群衆は釣られるようにして、警備兵が指差した先に注目する。

そこには、豪奢な赤毛女性と金髪縦巻きロールの女性と彼女のボディーガードなのか、案内役なのか、日本人の男女がいた。

群衆は状況をなんとなく理解したのか、呼び掛けあって道筋を広くしていった。

女性達が献花台に近づくにつれて、群衆は静まり返っていった。

それからピニャ達特地五人組が献花を済ませる頃には、完全に静まり返った。

「鎮魂の鐘が必要ね。誰かぁ鐘をならしてくれるかしらぁ?」とロゥリィが声をあげた。

その時、まるで彼女の求めに応じたかのように、銀座の時計塔がチャイムを鳴らし始めた。ロゥリィは「うん。ありがとぉ」と微笑むと、静かに瞑目を始め周囲は厳粛な雰囲気に包まれた。

五名が哀悼の意を表している姿を、新聞記者達が撮影してゆく。

こうして相馬達は、ゴタゴタを乗り越えて、銀座の『門』へとたどり着いた。

そして、大群衆や基地の兵士達による歓迎ムードの中で一行は門を潜っていった。

 

 

 

「くそっ、早く撤収の準備をしろっ!」

都内某所の閑静な住宅街、その一角にある住居は、中ソ連合情報本部の日本支部であった。

各所に配置した部隊が全滅したことを悟った情報部日本支部員の統括責任者、『ボリス・チャフキン』は態勢を立て直すべく、撤収の準備に勤しんでいた。

こんなところで日本の憲兵隊にでも拘束されれば、せっかく築いた我が国のネットワークがズタズタになるではないか。と思いつつ床に落ちた書類をまとめて行く。

あと少しで、逃走の準備が完了しようとしたところで、外で銃声が鳴り響き、仲間の悲鳴が聞こえた。

「何っ?!奴らはもう動いたのかっ!」

ボリスは舌打ちすると、必要な書類が入った鞄を手に持って、建物の裏口にある用水路を伝って逃れようとするが。

その先には、小銃を持った禿頭の兵士が立っていた。

拳銃を抜き取ろうとした時に右腕が撃たれた。

「無駄な抵抗はやめろっ!!お前達をスパイ容疑で逮捕するっ!!」

「畜生っ!!」

こうして、ボリスは兵士を罵倒しながらその身を拘束された。

「相馬中尉……露払いはしておきましたよ」

寺田秀夫少尉は『門』がある方を見ると、静かに敬礼をした。

「おのれっ!ヤポンスキーめっ!!」

ソビエト連邦書記長、ヨハン・シュムスキーはクレムリンの執務室にて両手を机に叩きつけた。

同じ部屋の李汀州国家主席は、舌打ちをしながら日本支部が壊滅したという内容が記された報告書を睨みつけていた。

凄腕の連合情報部の部員たちが、銃を密売していた暴力団組織という名目で拘束されたことに、二人は腹を立てていた。

怒りが頂点に達した書記長は、クレムリンの赤い絨毯の上にウォッカの入ったグラスを叩きつけた。

ホワイトハウスではヘンリー・マルティネス大統領が最終的な意思決定をした。

「さすが日本人だ。迂闊な行動はするなという事だね。ならば、合衆国は異常とも言える特地とどのようにして渡り合って行くのか傍観させていただこうじゃないか」

ヘンリーは、日本から送られてきた警告文書を眺めながらビスケットを口に放り込んだ。

こうして、日本帝国は相馬を始めとする日本軍将兵の活躍により、降りかかってきた脅威を乗り越えることが出来たのであった。

 

レレイ、ロゥリィ、テュカの三人は、富河の運転する機動乗用車で、アルヌス丘麓の難民キャンプへと送り届けられた。

「日本ってすごいところだったわぁ」

ロゥリィが言う。

「興味深い。また行きたい」

レレイが言う。

「みんな優しそうで、楽しいところだった」

テュカが微笑んだ。

そんな三人に相馬は、「お疲れさん」「また、明日」と言葉をかわす。そしてお互いに別れていった。

既に陽は落ちて暗くなろうとしていた。

テュカは、プレハブ長屋の間を抜けて自分に割り当てられた部屋の戸を開けると「ただいまぁ!!」と明るい声で帰宅を告げた。

それにユノが応じる。

「日本に行ったら気が楽になったわ。何と言うか、お父さんが何処かに行ってから不安だったけど、ソウマさん達が勇気を与えてくれた気がするの」

「よかった炎龍に襲われる前のような明るさに戻って。ねぇねぇ!今度私も日本に連れて行ってよ。それで行けるとしたら、ジロウと一緒に行きたいわ」

二人は部屋の隅あったベッドに腰掛けて会話を楽しむのだった。

ピニャとボーゼスの二人は、宿舎として借り受けた居室で、椅子に座り込み重苦しい雰囲気を放って黙り込んでいた。

日本と帝国との交渉の仲介役。その重さが今更ながら感じられてきたのだ。

このまま戦争を続けたら、帝国は間違いなく負ける。文明、技術、そして戦争というものに対する考え方。これら全てが段違いであることをその目で確かめ、その身体で実感してきたのだから。

そして、ピニャは決断する。

「妾は、この戦争を終わらせる」と。

 

 

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