ゲート 日本帝国軍 彼の異世界にて、活躍せり 作:西住会会長クロッキー
帝都・第一皇子居館付近
相馬達が帝都の奴隷市場から奴隷達を解放したほぼ同時刻。
九九式輸送機から、白石大尉指揮下の約十五名の霞部隊隊員と、復讐を果さんとする五人のヴォーリアバニー達が空挺降下を開始した。
隊員達が一人づつ輸送機から飛び出してパラシュートを開いて行く。
デリラ達ヴォーリアバニー達は、本作戦のためにパラシュート降下の訓練が施されていたため、難なく飛び降りていった。
しばらくして、居館の数百メートル離れたところに降り立った白石達は、肩に背負っていた小火器を手に持つ。
一応デリラ達にはステンガンとその予備弾が配られているのだが、彼女達はステンガンではなく。
以前から愛用しているククリナイフを手に持った。
「彼女達は接近戦が得意なのか?白石大尉。デリラさんに先陣を任せるべきだと思います。彼女達が奇襲を掛けるのと同時に、我々が集まってきた敵を攻撃すべきかと思います」
「それは、良いと思います。小野田中尉の意見具申を感謝するわ」
彼女は、小野田中尉の提案を受け入れることにした。
それから白石達は、ゾルザルの居館へと忍び寄っていった。
第一皇子居館
自身に敵が忍び寄って来ているということを知らないゾルザルは、寝台に寝そべっていた。
これは、猫型ロボットと一緒に日常を過ごしている小学生がのんきに昼寝をしているようにも見えるが、彼は焦燥と言おうか、よくわからない感情になっており、帝国の今後を不安視していた。
「こうして俺が馬鹿を演じている間に帝国が敵と講和を結んでしまったら、帝国は弱体化して、いずれは崩壊の道を歩む筈。そうなれば、俺はただのお払い箱かもしれん。かと言って派手に動けば、カティ義兄ぃのような末路を辿ってしまうかもしれん。そして、問題はディアボの奴だ。奴め、今は日和見を決め込んでいるが、もし敵が我が国にとって有利な条件で講和を申し込んで来た時には、奴はピニャの方に寝返るかもしれん。そして、奴は俺の命を真っ先に狙いに来ることだろうな……」
彼は、元来からの劣等感と臆病な性格に心を支配されていた。それが故に、彼は普段から傲慢な態度を取るのである。
そう考えているうちに、夜は更けてゆく。
窓から見える不透明雲が月を隠そうとしたとき、突然一階の方から警備兵達の悲鳴と刃物で肉を断つ音や聞き慣れないが聞こえて来た。
それと同時に、脱兎のように誰かがゾルザルの部屋に向かって来ている。
彼はすぐに理解してしまった……自分自身が狙われているということに。
ゾルザルとて人間だ。ぼやっとして立ち竦んでいるわけにもいかないので、自身の部屋を見渡して、隠れることが出来そうな場所を探す。巨漢ともいえる彼が入りきれそうな場所はせいぜい寝台の下ぐらいであった。彼は、素早く寝台の下に隠れる。
そして、部屋の扉が開かれる音が響いた。
霞部隊は、デリラ達ヴォーリアバニーと共に第一皇子居館に強襲を仕掛けた。
第一皇子の居館ということもあってか、四十人前後の重装歩兵と弓兵が入り口とベランダに配されている厳重な警備だったが、隊員達が操る擲弾筒から放たれた擲弾によって一瞬で吹き飛ばされた。
流石の警備兵達も火薬という名の強靭な威力を誇る物質の前では、無力という言葉が相応しかった。
これに動揺しないわけがなく、敵はさらに集まってきた。
「一気に集まって来たわね。一斉射撃開始よ」
白石の指示を受けた隊員達が、軽機関銃で数十メートル先の敵をなぎ倒してゆく。
無論、青銅製の盾で7.7mmの銃弾を防ぐことは出来なかった。
敵に対して反撃を加えることが出来ないまま、居館の警備兵は、四十数人から十数人程度までに減らされていった。
「さて、あたいらの出番だね。あんた達、行くよっ!」
デリラは、背後にいた四人の仲間に声を掛けると、居館に向けて走り出した。
ヴォーリアバニーの名前に相応しく、脱兎のように駆ける彼女達は、居館の扉を蹴破ると、集まっていたゾルザルの取り巻き達に襲い掛かった。
軽快な身のこなしで、彼らを守るようにして広がっていた兵士達をすり抜け、逃げ惑う取り巻き達の首を真っ先に刈り取る。
彼女たちの復讐を彩るように、刈り取られた首が大きく宙を舞い、血の雨を降らす。
ヴォーリアバニーの一人が、背負っていたステンガンを抜き取ると、二階で弓を構えていた兵士達に向けて乱射する。
「ジュウっていう武器は肩こりがほぐれるわっ!」
彼女はそう言いつつ、的確に弾を命中させる。その間にデリラ達が軽快な身のこなしで敵の首を刈り取る。たった五人のヴォーリアバニー達に翻弄された敵は瞬く間に全滅した。
「他の隊員は地下室のようなものが無いか捜索しろっ!俺たちは二階に向かう」
小野田が部下達に指示を出しつつ二階に向かって行く。デリラ達も二階へ上がろうとしたが、白石に止められる。
「今回の作戦は、ゾルザルの襲撃じゃなくてあなた達の仲間の解放だから。もう少しの辛抱よ。もし、ここで奴を殺してしまえば、今度は破滅よ……」
「あっ……そうだったね」
もし、今ゾルザルを殺したものならば、帝国と日本はお互いが死滅するまで果てしない戦争が続き、緑豊かなファルマート大陸が骸と溢れんばかりの血で覆われた死の大地に変わり果てる。
という意図が白石によって込められていた。だから日本側は、敢えて第一皇子のゾルザルを生かしておくのであった。
すると、一人の隊員が敬礼をしながら隣の部屋から出てきた。
「大尉殿、隣の部屋で地下へとつながる道を見つけました。多分、この先にヴォーリアバニー族の女王が居ると思います」
「ありがとう。じゃあ、行きましょう」
「ああ、そうだね」
デリラ達は、白石と共にテューレが居るとされる地下に向かった。
ヴォーリアバニー族の女王テューレは、狭苦しい私室にて、粗末な寝台で寝そべっていたが、突然聞こえた聞き慣れない音が響き渡ったのと同時に、私室の看守達が急に居なくなったので不審に思った。
「敵が来ているのか?それにしても喧しいな」
「全くその通りでございますな」
「こんな時にボウロか。何しに来た」
寝台の下からは、豚と犬をかけ合わせたような
「アルヌスの異界の軍が攻めて来たようですな……私には奴らの意図が読めませんがね。帝都に潜伏している仲間から聞いたのですが、奴らは奴隷達の解放を行なっているようです」
「解放だと……?」
「奴らは奴隷の解放を行なっている」のくだりはテューレの胸中にあった正体不明の希望を喜びに変えた。
もしかすると、自分達も解放してくれるかも。
たしかにヒト種は憎いが、アルヌスの敵は同胞達を保護していると聞く。
彼らは話が分かる相手かも知れない。
この三つの希望がテューレの胸中を覆い尽くした。
すると、テューレの首元に冷たい何かが突きつけられた。
「俺たちハリョの皇帝を生み出すのに使えそうな女だと思ったのに……まぁいい。冥土の土産を持たせてやろう。ゾルザルにてめぇらの王国を襲撃するようにそそのかしたのは俺だ。いひひひひひ」
「ちっ……」
この瞬間、テューレは真相を知ったのと同時に、彼に対して激しい憎悪を覚えた。これだけは絶対に許せなかった。
「さぁ、し……」
振りかざされたナイフが彼女の首元に勢いよく突き刺さろうとしたとき、扉が勢いよく開いた。
「うぎゃっ?!」
ボウロの悲鳴とともに、見覚えのある兎女が彼を突き飛ばすのが目に入った。その身は一族伝統の戦衣と化粧につつまれていた。
「テューレさんですね。助けにやって参りました」
「……助けに?」
同胞の後からやって来た緑色の衣装を身に纏ったヒト種の女がそう言う。
当然テューレは、何かの罠だと思ってヒト種の女を警戒するが。同胞達の様子を見ると、罠では無く。本当に助けに来たということが理解できた。
その証拠として、女の仲間と思われる緑の服を着た男達が、奴隷娘達の手錠などを壊しているのが目に入った。
「うぐぅ……なめた真似をしやがってっ!!」
起き上がったボウロは、落としたナイフを手に取ろうとしたが、彼よりも素早くナイフを手に取ったテューレに首元を突き刺される。
「自業自得ね……」
血まみれのナイフを手に持ったテューレはそう呟く。
テューレが再び同胞達を見ると、同胞達は自分を待っているようにも見えた。
「分かった。あなた達に付いていくわ……」
テューレがそう言ったのと同時に、ヒト種の女……白石紀子大尉が手を差し伸べる。
テューレは彼女の手を持つと、静かに立ち上がった。
その後、テューレは白石達霞部隊と同胞達に連れられてゾルザルの居館を脱出した。
「生き残ったのは、俺だけなのか?」
運良く小野田達に発見されなかったゾルザルは、隠れていた寝台から抜け出し、様子を見るために部屋を出た瞬間から自身の居館の惨状に圧倒されていた。
四十人近い警備兵と今朝まで一緒だった取り巻き達の死体が一階を中心にして、転がっていた。
彼は、テューレの様子を見るために、自身の奴隷娘達を収容している地下へと向かうが、人の気配すらなかった。
代わりに、以前から絡みがあったハリョの醜男の死体がテューレが居たとされる部屋に転がっていた。
「おのれ……異世界軍めっ!!」
ゾルザルはそう怒鳴りつつ、元来た道を辿って一階に戻って、死屍累々ともいえる一階を見渡すと、床に伏せて駄々っ子のように同じ言葉を繰り返す。自身が助かったとはいえ、今まで従えてきた取り巻き達や兵士達が一瞬にして全滅させられたことにも腹を立てていた。
すると突然、しわがれた声がゾルザルの耳に入った。
『お前は敵が憎いか?』
「誰だっ?!」
再び周りを見渡すが、屍だらけで誰が喋っているのか分からない。
『私はハインツ・フォン・フレーリッヒ。ドイツ第三帝国の総統だ。敵を憎むその姿勢に満足した。丁度良い、お前は私の肉体となれ』
宙に浮きながら現れたフレーリッヒと名乗るこの男は、聞いたことがない国の名前を言いながら姿を現した。
鷲が「卐」という見慣れない紋章を脚で掴んだものと柏葉で囲まれた赤と白の飾りを基調とした革製の
「ふ、ふざけるなっ!!」
ゾルザルは床を這うようにして逃れようとするが、男は素早く彼の前に回り込む。
そして、男はプールに飛び込もうとする水泳選手のようにして、ゾルザルの胸部から身体に入り込もうとする。
『さぁ……我が肉体となれ』
「や……めろ……っ!!」
ゾルザルは最後まで正気を保とうとするが、次第に意識が遠のいてゆく。男はどんどんゾルザルの身体に侵蝕してゆく。
立ち上がろうとしていた彼の肉体は、糸がちぎれた操り人形のようにぐたっと床に倒れ込んだ。
しばらくしないうちにゾルザルは再び起き上がったが、この時の彼は今までの彼ではなかった。
「くっくっく……ついに肉体を手に入れたぞ。この無能を乗っ取って正解だったな。こいつを利用して、今度こそ永久帝国を築き上げてやるっ!!そして、日本よ……貴様達を我が覇業達成の為にこの世界から追い出してやる……ふははははははははははっ!!」
ゾルザルの肉体を乗っ取ったフレーリッヒは、立ち上がって高らかな笑い声を上げた。
帝国軍アルヌス基地
三機の九九式輸送機がアルヌスの丘へと戻ってきた。
デリラは、輸送機から降りると、一先ず空を見上げた。そして、救い出した仲間達を見つめる。「仲間を救えたんだ」と思うと、左目から涙が溢れた。
仲間達に囲まれるように座る相馬や白石達といった日本軍将兵達が何かと気を遣ってくれた。仲間の着る物も手配してくれたし、襲撃を行う前にいた場所に帰ってきたときには、緑の人達が食べ物や飲み物を同胞や他のヒト種奴隷に配っていた。その上、怪我の治療をしてくれた。はっきり言って感謝感激だ。
「デリラさん。私はあなたの役に立てましたか?」
「ああ、感謝しきれないほどにね……」
白石に話しかけられたデリラは、左腕で涙を拭うと言葉を返した。
白石は、デリラが喜んでいる姿を見て安心したのだろう。ころころと笑っている。
そして、二人はお互いの手を握り合った。
「ありがとう。シライシの姉御。そして、ニホンテイコクグン……」
デリラは、解放された仲間の存在に喜びながら雲一つない晴れ渡った空を見上げて呟いた。
「これが……緑の人」
テューレは、同胞達やヒト種など分け隔てなく手厚く接する日本兵達を見つめながらそう呟いた。