ゲート 日本帝国軍 彼の異世界にて、活躍せり 作:西住会会長クロッキー
引き続きお楽しみください。
帝都・悪所
「ミザリィさんったら。あまり無理しないでくださいよ」
「そうは言ってもねぇ。あんた達緑の人が討ち取った炎龍の首を一度は触ってみたくてねぇ……まさかあんなに重いとは思っていなかったよ」
悪所にある特派帝国陸軍・帝都潜入群の拠点内では、自身の翼を痛めた翼人族女性の『ミザリィ』が第三偵察隊隊員の久島真理合兵長から傷の手当てを受けていた。
「今日は安静にして下さいね」
「言われなくても分かってるさ。自分の翼がバカみたいに痛いのにアレをするのは荷が重いよ」
ミザリィは自身の翼をさすると、身体を起こして久島の横にあるソファーに移り、脚を組んで座り込んだ。
「前から思っていたのだけど、なんであんた達緑の人は、あたしみたいなのが集うこの『悪所』の連中に優しくしてくれるわけさ?ほら、前だってあんたらが追っ払ったベッサーラの女房やガキ達に情けをかけていたし」
「ふふっ、それは私達なりの考えというやつです。彼の婦人や子供たちは、なんの悪事に手を染めていない人達じゃないですか。そんな無関係な人達にまで恨みをぶつけていては、負の連鎖が続くだけですし」
ミザリィは、自身の持っていたタバコの煙を窓に向かって吐き出す。
「さすがは異世界だねぇ。そんな思考があんたらの世界で成り立っていると思うと、完全に住む世界が違うということを理解してしまうよ」
ここでふと、何かを思い出したかのように久島に語りかけた。
「思考で思い出したのだけど、さっき帝国の役人共がこの辺にやって来て『新秩序法典』とかいう堅苦しい考えがびっしり詰まった書物をタダでその辺のやつに配っていたんだよ。まぁ、あたしは興味が湧かなかったから無視したんだけどね」
久島がミザリィの言った新秩序法典について尋ねようとするのだが。
ミザリィは「どうもありがとうね」と、満足気に彼女の肩をポンと叩くと拠点から去っていった。
久島がミザリィの言葉の意味を理解したのは、夜半を過ぎた頃であった。
たまたま帝都の中心街を調査していた室井兵長が七二〇ページはあろう書物を持って帰って来た。
それは、帝国の第一皇子たるゾルザルの肖像画とともに、『新秩序法典』と記されていた。
久島と室井は、不思議な表情で書物を一ページづつめくっていくことにした。
それから更に四時間近くが経ち、そろそろ日の出の時間になろうとしていたところで、二人は不思議な表情で書物のページをめくるのをやめた。
「……これって、ナチスの政策とほぼ同じじゃない」
「そうね。民族差別的なところは殆ど無いけど今後の影響が考えられるわ」
室井は、書物を閉じて机の端に置くとそばにあったソファーに腰を下ろした。
「私達の世界でいうところのローマ帝国だとか中世ヨーロッパ時代みたいな世界だと思っていたけど。数百年、千年ちょっと先の政治思想が唐突に現れることもあるって、報告しておかないとね」
「ナチスに似た思想……嫌なことがなかったらいいけど」
久島はそう言いながら頷くと、何処か不安げな表情で目の前にあったタイプライターで報告をまとめ始めた。
しばらくして、玄関の扉を叩く音がしたので。室井が扉を開けると、トガのような衣装を身に纏った丸刈り頭の男、『
室井が彼の労をねぎらう言葉を掛けようとする間も無く、本郷は素早く部屋に入ると、タイプライターを打っていた久島に言った。
「帝国の皇帝、モルト・ソル・アウグスタスが倒れ、臨時国家元首として第一皇子のゾルザル・エル・カエサルが主導権を握ることになった。遺憾だが、帝国との交渉は長引きそうな予感がするぞこれは」
本郷の放った言葉に対してどこか不安気になる久島と室井であった。
アルヌスの丘・特地派遣部隊本部隊舎
本部隊舎の最高司令官室は、慌ただしかった。
何故なら、日本の使節団を歓迎する午餐会で皇帝たるモルトが急に倒れた上に、しばらく経って主戦派の一人として名前が挙がっていた第一皇子ゾルザルが国家元首としての主導権を握ったからだった。
これら報告を受けた大高と前原は顎に手を当てながら唸っていた。
「皇帝が倒れたことといい、第一皇子が皇太子府の開設とは。クーデターと思ったほうがいいでしょう」
「そうですな。しかし警戒すべきは第一皇子が発表した『新秩序法典』とやらです。ナチスに似た政策を用いて民衆を抱え込むことが彼の狙いでしょう」
「民衆を抱え込んで自身の言いなりにさせる……私達が新たにこの世界に転生した際に見たフレーリッヒ総統の手段ですね」
「全くその通りです。偶然とはいえ、こんな急展開を迎えるとは思っても見なかったものです。まるで第一皇子自身が彼であるかのようです」
「第一皇子が彼自身のようであるかですか……大高閣下、このなんともいえないドス黒いベールは何なのでしょうか」
二人の将はさらに唸るのであった。
無論、この二人が心の底から感じていた良からぬ予感は、間違いではなかったのだが。
直接彼を目の当たりにしたわけでは無いので、なんとも言えない気分であった。
「こんな事を言うのもどうかと思うのですが。ただいま特地の最深部を調査中の相馬大尉とそれに同行するレレイさん達四人が何か手がかりを持って帰って来てくれたら良いのですが。今のところは、彼らと帝国各地に潜伏している深部偵察隊隊員による最新情報をまたざるを得ないですね」
前原は曇天の空に閉ざされようとしていた太陽を見つめながらそう言った。
帝都・皇太子府
「ヘルム君。講和派の者達の無力化や反乱分子の制圧は良き活躍であったぞ」
「はっ、光栄でありますっ!ゾルザル殿下」
フレーリッヒによって右腕的なポジションに置かれた子爵『ヘルム・フレ・マイオ』は、ローマ式敬礼に似たポーズをしながら皇子に対して忠誠を見せていた。
「……殿下、残念ながら反乱分子のテュエリ家の者達とカーゼル議員を捕らえることに失敗しました」
「ほぅ。そうなのか……(情報がだだ漏れだったのか。いや、それとも私の演説で早くも日本側に勘付かれたのか?)」
フレーリッヒは、ヘルムの失敗を責めるよりも先ずは己の行いを振り返ることにした。
「まぁ、良いだろう。捜査範囲の拡大や国内のシンパを伝って奴らを探し出すのだ」
「はっ!!」
「ところでヘルム君。例の計画は、順調か?」
ヘルムはフレーリッヒの側まで近づくと、彼の耳元で囁いた。
「レレイ・ナ・レレーナの暗殺ですね。それなら、笛吹き男とその部下に任せております」
「それは、良かった。良い段取りをしてくれて非常にご苦労であった。他の者もヘルム君のような活躍を期待しているぞ。(魔導師という存在は、この世界において厄介な存在であると同時に良き戦力となりうる存在だが、ティーゲルよりも堅い装甲を持つ巨龍を討ち取る者が敵にいては困るからな)」
皇子は部下達にそう言うと、会議室を後にした。
「………学都ロンデルの方向から時折感じるこの燃え盛るような気と映画などに登場する正義のヒーローのような雰囲気を纏うものは何なのだ?私の計画の妨げにならなければ良いのだが」
フレーリッヒはロンデルがある方向を睨みつけながらそう呟く。
程なくして彼は自室に戻ると、自身がこの世界で築き上げた僅かな功績を思い出して自己満足と優越感に浸るのであった。
帝都・翡翠宮
ここで時系列は少し遡る。日本帝国政府の使節の歓迎と日本と帝国の和平への一歩を兼ねた午餐会で皇帝モルトが倒れたことにより、日本と帝国の間に混乱が生まれることになった。
さらに追い討ちをかけるようにして、第一皇子のゾルザルが起こしたクーデターと並行して、帝国内では講和派の人間達が
反抗しなかった者達は、一方的にバスーン監獄と呼ばれる収容施設に投獄されるか、身内を人質に取られて身動きが取れない状態にされ、反抗に出た者の大半はその場で殺害されるか、鉱山での強制労働に駆り出されていった。
しかし、その難を逃れた者達が少しばかり存在していた。
テュエリ家とカーゼル侯爵といった講和派の重鎮であった。
「スダ様、これから帝国とニホンはどうなっていくのでしょうか?」
「シェリー大丈夫だ。俺たち日本政府は皇帝から政権を奪取した皇子の脅しなんかには屈しないさ」
須田と一緒のソファーに座るテュエリ家の令嬢『シェリー・テュエリ』はどこか不安げに彼に語りかける。
「しかし、スダ殿。ゾルザル殿下は、私の仲間や部下それに……キケロ卿と夫人を恐るべき速さで一網打尽にしました。こうして、私やシェリー嬢やテュエリ家夫妻が彼奴らオプリーチニナから逃れられたものの、他の者の行方が心配になるばかりだ」
須田の向かいに座り込んでいたカーゼル卿は、自身やシェリーが助かったことに安堵しつつ、仲間の行方を心配していた。
「須田くん、それに皆さん方。ここはコーヒーを飲んで一旦落ち着くのはどうでしょうか?」
一同が振り向くと、青い修道服のようなものを身に纏い、同じ色の青い帽子を少し左に傾けて被った男がマグカップにコーヒーを注いでいた。
「大石元帥ありがとうございます。閣下の入れるコーヒーも一度口にしてみたかったのです」
「ははっ、須田くん。嬉しい事を言ってくれるじゃないか。コーヒーはいっぱいあるから遠慮しなくてもいいぞ。王子様には頑張ってもらわないと困るからな」
「閣下、ご冗談はよしてくださいよ。つい、海兵隊にいた時の自分が出てきてしまっただけですから……」
須田は照れくさそうに頭をかきながら、青い服の男『
すると、シェリーは何かを言いたげに須田の前に立った。
「あ、あのっ!スダ様、あの時は突然だったゆえに言葉にできなかったのですが。助けていただきありがとうございました」
シェリーは座り込む須田の前に腰を下ろすと、彼の手を持ち接吻した。
「シェリー……」
須田からすればシェリー達と共に逃げている際に、追撃に来たオプリーチニナを撃退し、シェリーに手を出そうとした一人を護身用の銃で撃った時も元帝国軍人として弱者を守ってきた者として当然のことだと思っていたのだが、今のシェリーの行動で須田自身にある何かが動き始めていた。
「シェリー俺は、君の旦那になれそうか?ほら、この前の午餐会の時や園遊会の時にしろ俺にアプローチをしてくれてただろ。俺さ、君を見ているとなんか元気が出てくるんだ」
ふと、須田は自分でもよくわからないうちにこう言ってしまったのであった。
下手をすると、周りから自身の性癖や常識を疑われてしまうかもしれない。
だが、須田としてはもうそんなものはどうでも良かったのだ。
何せ、彼が二十八、九年間生きていて身内や友人以外で守るべき者が出来てしまったからだった。
そんな須田の気持ちが滲み出たのだろうか、シェリーは右眼から一筋の涙を流していた。
「スダ様、わたくしは貴方様のお気持ちを察しいたしました。どうぞわたくしを貴方のお好きになさってください。打算しつつ貴方に近寄ったこの醜い娘を……」
「もう……それは忘れよう。君はまだ齢十二のお嬢様。そんなことは人生において必要なことだったのかも知れない。これからもこれの比にならないほど大きい何かが降りかかってくるかもしれないだろ?」
今の彼にとっては、騙そうとか無慈悲だとか狡猾であるとかなもうどうでもよかったのだ。
シェリーは薄く笑っていた。
この子の未来は何があっても壊してはいけない。須田はそう思った。
そんな二人の肩を、いつの間にか背後に立っていたシェリーの父が叩く。
「婿殿。シェリー……二人に両国の未来が託せそうだよ」
父は娘と婿になるであろう男にそう語りかける。辺りを見渡せば、カーゼルやシェリーの母、ボーゼス達が静かに頷いていた。
「さぁ、皆さん。ここで一息入れてコーヒーを飲むのはどうでしょうか?」
「はい、そうしましょう。スダ様」
須田は、シェリーと共にコーヒーを口に注いで一息ついた。
ありがとうございました。第二章は、ここで完結とさせていだだきます。次回は第三章の第一話に当たる第二十話を投稿する予定です。また、評価や感想、お気に入りへの追加などもお待ちしております。