ゲート 日本帝国軍 彼の異世界にて、活躍せり 作:西住会会長クロッキー
打ち上げられた照明弾が、漆黒の闇を切り裂き大地を煌々と照らす。
彼らもみずからをして『帝国軍』と名乗る、敵の突撃が始まった。人工の灯りと、中空に打ち上げられた照明弾によって、麓から押し寄せる人馬の群れが浮かび上がる。
重装騎兵を前面に押し立て、オークやトロル、ゴブリンといった人型の生き物が大地を埋め尽くして突き進んで来る。その後ろには、方形の楯を並べた歩兵達が続いていた。上空には、ワイバーンに跨る竜騎兵の隊列が見える。数にして、数千から万。はっきり言って数えようがない。
監視員が無線に怒鳴りつけていた。
「地面三分に、敵が七分。地面が三分に敵が七分だ!!」
敵意が静かに、ひたひたと押し寄せて来る。
哨所からの知らせを受けた、帝国陸軍特地派遣部隊・第五戦闘団所属の将兵が交通壕を走ると、第二区画の各々に指定された小銃掩体へと飛び込んで、担当範囲へ向けて銃を構えた。
九六式半自動小銃を持つ者は素早く構えた。ある者は九九式軽機関銃を構えながら、弾倉を手の届く場所に置く。
砲兵科の四式対空戦車をはじめとする、二式四十粍高射機関砲や、前大戦中にアメリカから輸入したM19対空自走砲といった最新の装備が、上空から近付くワイバーンへと砲口を向けた。
三式戦車をはじめとする、戦車や対戦車砲も敵の騎兵や歩兵、異形の生き物達へと砲口を向ける。
次の照明弾が上げられ、闇夜が再び明るくなった。
上空から降り注ぐ光が、夜空を背景にしていた敵を浮かび上がらせる。敵も、その足を速め、足音と言うよりは轟きに近くなっている。
無線機から、指揮官の声が聞こえた。
「慌てるなよ、まだ撃つなよ……」
これが初めてという将兵もいたが、銀座での戦闘を経験した将兵からすれば、これが初めてという訳でもない。
日本軍将兵達は近づいて来る敵を前にして息を呑みつつも、号令を待つことが出来た。
敵が、彼らの言葉で『アルヌス・ウルゥ』と呼んでいるこの丘に押し寄せて来るのは、初めてだった。
この世界の標準的な武器である剣や槍そして弓、防具としての甲冑では、その戦術はどうしても隊伍を整えて全員で押し寄せるという方法となる。
時折、火炎や爆発を用いた魔法と思われる攻撃も行われているが、射程が短い上に数も圧倒的に少ないため、それほど脅威にならない。
そのために、どれほどの数を揃えようとも、それらを超越した銃砲火器を装備した日本軍の前では敵ではなかったのだ。
かつて、武田騎馬隊が織田・徳川の鉄砲隊を前にたちまち壊滅するということがあったが。それよりもさらに、人馬の骸が丘の麓に広がる結果となったのである。
だが、それでもなお彼らはこの丘を取り戻そうと攻撃を始める。
日本帝国軍もこの地に居座って、アルヌスの丘を守ろうとする。
全てはここに門があるからだ。門こそが、異世界を繋ぐ出入り口であった。敵はアルヌスから銀座へとなだれ込んだのである。東京、そして銀座で起きたあの戦いや、謎の文明を持つ蛮族による侵略を防ぐためには、この門を確保し絶対に渡すことは許されない。
奪い返そうとする。そして守ろうとする。
この二つの意志が衝突してついに三度目の攻防戦へと行き着いた。敵は、夜ならば油断も隙もあり得る……というこの世界の感覚だったのだろう。悪い考えとは言えない。が、しかし……次の照明弾があがると、帝国軍将兵の姿が、はっきりと浮かび上がった。
「射程圏内に入ったぞ!撃てぇ!」
指揮官の号令と共に全ての兵器から火が放たれる。そして、将兵達や異形の生き物達がバタバタとなぎ倒されていった。
「大失態でありましたな皇帝陛下!!僅か七日で帝国が保有する約四割の損失。いかなる対策を講じられるおつもりか、陛下のお考えを承りとう存じます。また、陛下!皇帝陛下は、この国をどのようにお導きになられるおつもりですか?!」
元老院議員であり、貴族の一人でもある『カーゼル・エル・ティベリウス』侯爵は、約三百人の同じ元老院議員達が囲う議事堂の中央に立って玉座の皇帝『モルト・ソル・アウグスタス』に向けて疑問と不安を含めた言葉を突きつけた。
周りのハト派議員達は七日で総戦力の四割の損失という言葉を聞くと、不安げな声で騒めき始めた。続けるようにモルトは、語り始めた。
「カーゼル侯爵……卿の心中は察するものである。此度の損害によって帝国が有していた軍事的な優位が一時的にせよ失せていることも確かなことである。外国や諸侯が伏していた反感をあらわにして一斉に反旗を翻し、帝都まで進軍して来るのではないかと、恐怖に駆られて夜も眠れないのだろう?痛ましいことである」
皇帝のからかうような物言いに、厳粛な議場の空気がくぐもった嘲笑で揺れた。
「我が帝国は、危機に遭遇するたびに皇帝、元老院、そして国民が力をあわせてきたではないか。二百五十年前のアクテクの戦いのように、戦に百戦百勝はない。故に此度の戦いの責任は追及はせぬ。まさかとは思うが、他国の軍勢が帝都を包囲するまで、裁判ごっこに明け暮れようとする者はおらぬな?」
議員達は、モルトの問いかけに対して首を横に振って見せた。
誰の責任も問われないとなれば、皇帝の責任を問うこともできない。カーゼルは皇帝が巧みに責任を回避したことに気付いて舌打ちをした。ここであえて追及を重ねれば、小心者と罵倒された上に、裁判ごっこをしようとしていると言われかねない雰囲気になっていたのだ。
すると、松葉杖をつきながらやって来た魔導師のゴダセン議員が、敵と遭遇した時の様子を興奮気味に語り始めた。
「敵の武器のすごさがわかるか?パーン!とかパパパ!だぞ。遠くにいる敵の歩兵がこんな音をさせたと思ったら、味方が血を流して倒れているんだぞ。他には儂らより身長が大きいオーガをバーンッという音と火花と一緒に一発で仕留めたり、歩兵達を蹴散らしたまだら模様のあるでっかいトカゲみたいなやつもいたんだ!あんな凄い魔術は見たことないわい!」
ちなみに、彼と彼の率いた部隊は、二式快速戦車の強襲にあい、全滅した。そのためかゴダセンは五体満足であるものの、大怪我を負った。
しかし、ゴダセンの声を無視して、禿頭の老騎士ポダワン伯爵は、立ち上がると皇帝に一礼して、主戦論をもって応じた。
「戦いあるのみ!!兵が足りないなら、国中や属国からかき集めるべきだっ!」
異世界軍に対しては、これしか無いと考える者も居たが、「連中が素直に従うものか!ゴダセン議員の二の舞いになるぞ」、「引っ込め戦馬鹿!」と彼を罵倒するヤジが溢れた。
議員達は冷静さを失って乱闘寸前にまでヒートアップし、時間だけが虚しく過ぎ去って行く。冷静な者はこのままではいけないと思うものの、紛糾する議場を纏めれずにいた。
そんな中で、皇帝モルトが立ち上がる。
発言しようとする皇帝を見て、罵り合う議員達は、元の冷静さを取り戻した。
「余はこのまま事態を座視することは望まん。ならば、戦うしかあるまい。諸国に使節を派遣し援軍を求めるのだ。
ファルマート大陸侵略を企てる異世界の賊徒を撃退するために、我らは
この言葉と共に、議事堂はタカ派による賞賛の言葉で埋め尽くされた。
「……皇帝陛下。アルヌスの丘は、再び人馬の躯で埋まりましょうぞ?」
カーゼル侯の問いに、皇帝モルトは嘯くように告げる。
「余は必勝を祈願しておる。だが戦に絶対はない。故に、連合諸王国軍が壊滅するようなこともありうるかも知れぬ。そうなったら、悲しいことだな。そうなれば帝国は旧来通りに諸国を指導し、これを束ねて、侵略者に立ち向かうことになろう」
諸外国が等しく戦力を失えば、相対的に帝国の優位は変わらないということであった。
カーゼルは連合諸王国軍の運命を思って、呆然とした面持ちになった。
周囲は、そんなカーゼルらハト派を残し、各国への使節を選ぶ作業へと移ったのである。
裸馬同然の馬にまたがる軽装騎兵。
重厚な鉄の装甲で馬を纏った重装騎兵。
大空を舞うワイバーンにまたがる竜騎兵。
方形の鉄楯を連ねる重装歩兵。
林のような長槍を並べる槍兵。
さらには弩、投石機、石弓等が所狭しと集められている。
帝国では軍馬同様の扱いを受けるオークやゴブリンにまで鎧を着せている国もあった。
それぞれが国毎に異なる軍装の煌びやかさを競っているかのようであった。
そんな各国軍の国王または、将軍達が一つのテントに集まっていた。
そんな中で、エルベ藩王国の国王『デュラン』は、連合諸王国軍が結成された理由を考えており、気が付けば、リィグゥ公王と呼ばれる男に話しかけられていた。
「さて、デュラン殿、どのように攻めようとお考えですか?」
リィグゥ公王は目の前の課題を真剣に考えており、デュランにも考えを求めたのであった。しかし、デュランは考え事のことを口に出してしまった。
「リィグゥ殿。貴公も少しは我らが集められた理由を真剣に考えてくだされ」
「とは言われましてものう。我が軍だけで攻めよと言われれば、陣立てや戦術を考える必要もあろうかと思われますが、敵は一万少々と言われている程度と言われているそうな。それに対して我らは大げさに三十万と号しています。一斉に攻め立てれば労することもなく戦も終わることでしょう。敵の様子など、敵と相対している帝国軍と合流してから調べればよいかと思います」
「確かにその通りではありますが……」
「デュラン殿の考えも察しますが、歳に似合わず神経質ではありませぬか?」
リィグゥはデュランに言ったことに共感しつつ、軽い冗談を言ったが、思考の袋小路にはまっていたデュランは気にも留めなかった。
数十時間後に、アルグナ王と呼ばれる者が率いる王国軍が先発で、モゥドワン王国軍を含む約一万人少々がアルヌスの丘へと出陣していった。
「そろそろ帝国軍が見えてもおかしくない頃だが……何処に居るのだ?」
アルグナ王がそう呟きながら、跨る騎馬を進めていた。
だが、途中で何かが落下してくる音がする。アルグナ王が空を見上げた途端。爆発がアルグナ王国軍とモゥドワン王国軍、その後からやって来たリィグゥ公国軍の兵士達を覆い尽くした。
それは、帝国陸軍の五式多装連噴進砲や九六式十五粍加農砲などから放たれた砲弾やロケット弾がほぼ同時に着弾したからだった。
したがって、その有様を一言で言えば、「一瞬で叩き潰された」である。
煙がもくもくと立ち上げる中では、バラバラになった死体や、致命傷の者が多く居る中で、両軍の兵士達が悶え苦しんでいた。
その中にいた、リィグゥ公王はこう言った。「こんなものが戦であってたまるものか!まさか、皇帝は……」この一言がリィグゥ公王の遺言となってしまった。
この時、様子を見に来ていたデュランは、「アルヌスの丘が噴火したのか?」と呟いた。
しばらくして、煙が晴れて分かった光景は、阿鼻叫喚という言葉が相応しかった。
あまりにも酷い光景を目の当たりにしたデュランの部下の一人が、口を覆う。
「アルグナ王は…モゥドワン王は……リィグゥ殿はいずこへ……」
デュランは阿鼻叫喚のなか、真っ先に三人の王の行方を心配したのだった。
この第一次攻撃で、約一万人の諸王国軍将兵が犠牲になった。
第二次攻撃には、竜騎兵やオーク、ゴブリンといった強力な戦力を活用したが、全て喪った。
歩兵や怪異達は、戦車や火砲による集中砲火にあい、竜騎兵は、M19対空自走砲や二式四十粍高射機関砲によってことごとく撃ち墜とされた。
あっけなく第二次攻撃は終わり、約四万人の死者を出した。
しばらくして、夕刻が訪れた。
テントの中は重苦しい雰囲気が流れており、敗北を確信した者までいたほどだった。
「帝国軍は何処でいったい何をしているのだ」と思う将軍衆は同時に、十万人いた将兵が半数にまで減ったことに怯えていた。
「かといってこのまま退くわけには行かない。せめて、一矢報いてやらねば」
そう思ったデュランは、リィグゥ公王のものと思われる兜を見つめながら、思いついた案を将軍衆に言い放った。
「夜襲だ。今夜は新月だったはず。この闇夜に乗じて丘の裏手より奇襲を敢行すれば良いのだ」
これには、周りの将軍衆も困惑したが。夜襲しか無いと考えた末に、実行された。
闇夜の中、丘に進む兵士達は足音を立てずに近づいているつもりだった。突然、空が数個の丸い光と共に昼のように明るくなった。明るさに驚いた兵士達は困惑する。
「人は走れっ!!馬は駆けろっ!!」デュランはその一言と共に真っ先に馬で駆けていった。
駆けているうちに、騎馬が張り巡らされた有刺鉄線でつまずいた。その反動で騎馬から投げ出される。後からやって来た歩兵達が有刺鉄線を除け、デュランを助け出す。
敵が尋常で無いことを悟ったデュランは、自身を介抱しようとする兵士に、逃げるようにと言う。
次の瞬間、ありとあらゆる光の線が兵士達に襲いかかった。
デュランを守るために亀甲隊列を組んでいた歩兵達が瞬く間に撃ち倒されてゆく。周囲は爆発が起きており、歩兵、騎兵、竜騎兵、ゴブリン達の亡骸がデュランの背後を覆っていた。
「何故だ……何故こんなことに……」そう呟いたデュランは正気を失い、ついに発狂した。そして、自身も爆発に巻き込まれた。
三度目の攻撃を受けた翌朝。
明るくなって見えた光景は、夥しい人馬と怪異の死骸によって大地が埋め尽くされているというものだった。
さらには高射機関砲の攻撃を受けて墜ちたワイバーンも横たわっていた。40mmの徹甲弾を受けていたせいか、遺骸の損傷は酷かった。
ワイバーンに関しては、九六式半自動小銃や九九式軽機関銃で胸部を狙えば、一発で殺傷する事が出来る。
十四年式拳銃の8mm弾でも、胸部に五発ほど撃ち込めば、殺傷する事が出来る。また、オークやゴブリンといった怪異にも共通であった。九六式半自動小銃などの7.7mm弾を使用する銃器は、頭部または、胸部に撃ち込むことで一発で突進を止められる。
無論、身長が大きいオーガにもだ。逆に拳銃でこれらの突進を止めるのは、難しく。頭部に撃ち込むことで、一発で倒せるが、頭部以外で止める事が難しい事が予測されていた。
これらの人以外の生物に対する策は、銀座で回収した死体を研究した事から分かったデータだった。
銀座防衛戦のときのように、今回の戦いでも日本軍側には死者はおろか、怪我人すらいなかった。
死者が出ていないものの、これまでで怪我人を出した戦いは、丘に強襲をかけたときのみだった。
合計十二万人の敵の遺体を手厚く近くの荒地に葬った。正直言って敵は末期的と言えるだろう。
しかし、せっかく滑走路まで完成させたうえに、最新の空軍機や、海軍機や勇敢な将兵達を送り込んだのだから、次第に調査を始めなければならない。
「俺達の出番もくれぇ」と海空軍のパイロット達が騒ぎ立てる前にという事もあるし、国内の不安を鎮めるために早く敵の指導者と交渉するためにという事もあった。こうして、本格的な調査が始まろうとしていた。