ゲート 日本帝国軍 彼の異世界にて、活躍せり   作:西住会会長クロッキー

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第九話 皇女の決断

アルヌス基地へと帰還する空軍機が飛び交う中で、北門の城門に差しかかろうとしていた一機の九七式襲撃機の後部搭乗席では、海軍少将の前原 一征がパラシュート降下の準備をしていた。

「少将。この辺りでしょうか?降りる際は、尾翼に気をつけてください」

「うむ。ありがとう大竹大尉。こうして、第二前世でも君に世話になったな。じゃあ、行ってくるよ」

この九七式襲撃機を操縦する『大竹 馬太郎』空軍大尉は、第二前世で前原が指揮する超国家機密とされていた潜水艦隊の隊員の一人だった。

特殊攻撃機隊を率いてパナマ運河を攻撃したり、時には新聞記者をワシントン上空まで送って降下させたりという重要な任務をこなしていた。前原や他の第一、第二前世メンバーが新しい日本に転生して来たと同時に、彼も第二前世と同じように、航空機のパイロットとして日本に転生していたのであった。

それから前原は搭乗席から勢いよく飛び降り、パラシュートを得意げに開き、ゆらゆらと城門へ降りて行った。

北門にいた騎士団員達は人が空から降りて来るという光景に釘付けになっていた。

 

 

 

ピニャは、圧倒的な速さで敵を殲滅した相馬達日本軍とロゥリィを前にして、語りかけるべき言葉が見つからず窮していた。

昨日は相馬を謁見し、高みから協力を命じる立場だった。

死者を出さずに盗賊を撃退し、兵士や市民達が素直に喜んでいる傍らで、ピニャは今日の戦闘で一気に惨めな気分になっていた。一方で、勝利を得たことに喜ぶべきなのだという感情もあった。だが、ピニャの中では惨めな気分の方が勝っていたのだ。

勝利したのはロゥリィや、相馬達「ニホンテイコクグン」を自称する軍勢だ。

不当にもアルヌスの丘を土足で占拠し続けるこの敵は、鉄の翼竜や火を吐く鉄の木甲車を駆使し、大地や盗賊を焼き払う強大な魔導をもって、大勢の盗賊らを瞬く間に滅却してしまったのだ。

こんな異常とも言える力を持つこの軍勢は、政治を解さない民達を丸め込み、そしてこの丸め込んだ民を利用して開城を要求して来たら……妾は娼婦のように取りすがって慈悲を請い、我が身とミュイ伯爵少女の安堵を願い出るしか無いのかも知れない。などと考えながらピニャは、相馬等が要求を突きつけて来るのを、恐る恐る待っていた。

待っていたのだが、よくわからない意識が彼女を覆った。

「捕虜の一部は我々に譲って頂きたい」

レレイが、ピニャの傍らに立つハミルトンの言葉を前原少将に通訳していた。相馬よりも特地語に精通した前原が交渉に応じることになった。

前原は、直立不動の姿勢のまま頷く。

「イタリカ近辺の復興に労働力が必要という貴女の意見は了解しました。また、今後の情報収集のためにそちらの捕虜を三名〜五名を選出して連れて帰ることを希望します。以上を約束して頂きたい」

「本当にあなた達の要求はそれだけなのか?」

この言葉をハミルトンは三回以上繰り返して声に発した。レレイは分かりやすく三回頷く。

ハミルトンに下がるように、ピニャは声をかけた。

「良かろう。求めて捕虜達を数名引き渡そう。此度の勝利にそなたらの貢献が著しいのでな、妾もそなたら意向を受け入れるに(やぶさ)かではない」

ハミルトンは、ずうっと黙っていたピニャが言った一言に納得する。

ピニャはレレイの横にいる青年の事が気になってしょうがなかった。そもそも誰なんだと。それは、少し青みがかかった髪とやわらかな青い目を持つ青年だった。

この青年は白い帽子と同じ色の修道服のようなものを身にまとっている。そして兵卒とは明らかに違う雰囲気であった。

ニホンテイコクグンを束ねる者であろうと、ピニャは自己解釈した。

それからピニャは考え込みながら近くにあった椅子に腰掛けた。

気が付けばハミルトンが締結されようとしていた条約の内容を歌い上げるようにして、読み上げていた。

ハミルトンが頑張ってくれたことにピニャは心の中で感謝した。

ピニャは立ち上がって、条約の内容が書かれた羊皮紙の末尾にサインをして、封蝋に指輪印を押捺(おうなつ)した。

隣席に、お行儀よく腰掛けているミュイ伯爵少女にもサインと捺印が求められた。

ハミルトンが前原の前に出て、羊皮紙を差し出す。

これをレレイとテュカが確認して頷いたのを見て、前原は漢字で署名を書き込む。

ロゥリィは何故か唇から歯を覗かせながら上機嫌な様子で相馬の腕を組んでいるが、関わろうとしない。相馬は何故か顔を赤くして、ぼやっと突っ立っていた。

協約書は二通作成する。

二通目の作成中に、ピニャの手元に一通目が戻ってきた。

改めて書面を確認して見ると、前原の署名が目に入る。

そこに書かれている文字を見て、なんともカクカクとしているなと感じるのだった。

協約は直ちに発効され、第一戦闘団の戦車は轟音と土煙を上げて走り去っていく。

騎士団の壮麗な女騎士達は、瀬戸や陸奥宮たち第一戦闘団が敵であるということを忘れてその姿が見えなくなるまで手を振っていた。

中には、敵を瞬く間に撃破した戦車を操る兵士に憧れを抱いた者までいたほどだった。ヴィフィータは、瀬戸が乗っていると思われる三式戦車改を旧友に別れを告げるような表情で見つめていた。

 

 

レレイやテュカ、ユノは、商人リュドー氏の元へ向かって、商談を済ませていた。その商談の最中でレレイはリュドーに大金ともいえる銀貨千枚を渡し、相場情報の収集を依頼したのであった。

当初リュドーは情報なんてものに大金を払おうとするレレイに困惑したが、こちらも損をしなければレレイも損をすることはないだろうと考えた末に大金を受け取り、八方手を尽くして情報収集に取り掛かることをレレイと約束したのであった。

こうして、少し変わった商談ではあったが無事に終わった。

 

 

 

夕刻。

調査の為にイタリカに残ることにした第三偵察隊一行と前原は、ピニャの誘いでフォルマル伯爵家邸に一泊していくことになった。

他の隊員達は宿舎や自宅にいるような感覚でくつろいでいた。室井と久島は、容態が安定しつつあるものの、まだ寝込んでいるノーマの側にいた。そんな中で前原と相馬はどこか不穏な表情で腕を組んで椅子に座っていた。

「相馬中尉。君は怪しいとは思わないか?」

「確かに、そう感じますね」

この二人は、何かの罠ではないのかと考えていた。特に前原は第二前世において。世界中の裏表に巨大なネットワークを有しており自分達の利益のためには一国を滅ぼすという思想を持った組織の諜報員に命を狙われたことがあり、その経験から新たに転生した際も用心深く行動していた。

そんなこともあってか前原はどうも気分が晴れなかった。

そこで相馬は、思いがけない案を前原に言い放った。

「ここはあえてこのフォルマル伯爵家やあのピニャ殿下を信じてみるのはどうでしょうか?我々は、軍人です。もしこれが罠だとしても我々はそれを切り抜けるための訓練を施されています。それに、ピニャ殿下は我々の戦力を目の当たりしたのですから。あちらも到底手は出しにくいです。以上のことからピニャ殿下とフォルマル伯爵家の方達を信じてみましょう」

「……わかった。相馬中尉、君の言うことを信じてみよう」

前原はそう言いながら相馬の目を見つめた。

相馬は、「少将ならそうおっしゃってくれると思いました。ありがとうございます」と、言って前原に感謝する。

すると、部屋の扉がノックされるのが聞こえた。

前原は、懐にしまってある拳銃をいつでも取れるように構える。

「入ってください」と相馬が一言。

そして、相馬の一言と共に部屋の扉が開かれた……。

 

 

 

田中 治郎二等兵は、青春と言えるであろうものを味わっていた。

宿泊用に用意された伯爵家邸の部屋で仲間とくつろいでいたところ、老メイド長が五〜六人のメイド達を連れて部屋に入ってきた。

田中は、何だ何だと思いながら彼女達を見つめていると、一人が田中の方へ駆け寄って行ったのだった。

田中へと駆け寄って行ったのは長身でまん丸のメガネをかけている豹とかライオンのような肉食獣タイプの猫耳のお姉さんであった。

田中はそのスポーティな体躯に気をとられていた。

「『ペルシア』は、あなたのことを昨日からずっと気にしていたのよ。仲良くして頂けると光栄でございます」

老メイド長『カイネ』は、田中に微笑みかけながらそう言う。

「あ、えっ……えっと。ユノちゃん!ちょっと助けてもらっていいかな?」

田中は、ユノを通訳人の代わりにしようとしたが、ユノはぶすっと頰を膨らませて黙り込んでいた。その傍らでテュカがユノをなだめていた。

相馬や前原、他の仲間は「まぁ、上手くやれや」という目線を田中に浴びせている。

仕方ないので、田中はペルシアに軽く挨拶をすることにした。

「じ、自分は、田中治郎と言います」と、少し緊張気味に敬礼をする。

だが、そのかちかちな姿は彼女をさらに「くすっ」とさせた。

ペルシアは、田中の若々しさと純粋さを目の当たりにして、好意が自然と湧き上がっていたのであった。

こうして田中は気づかないうちに猫耳メイドさんといい感じの関係になれた。

 

 

フォルマル伯爵家のメイドさん達と、日本兵達は、なごやかにうち解けていた。

深夜なのにお茶まで出てくる。

こういう貴族の館では、当主の気まぐれや()(まま)に応えるため、夜であろうと軽食やお茶の支度がしてある。それは不意な来客に備えていたのであった。

博識な前原は、カイネとロゥリィの三人で宗教マニアといった人達が喜びそうな堅苦しい会話を楽しんでいた。

他のメンバーも前原のようにメイド達と会話を楽しんでいた。

相馬は、富河を相手に、状況の安定とカイネ達が敵意がなかったことに安心したということを話している。変に警戒する必要もないだろうという結論に達していた。

 

 

こんな有様だったので、室井と久島の側で寝込んでいたノーマが目を覚ました。

ノーマは、辺りを見渡した。

緑の服を着た男達が楽しげにメイド達と話をしていたり、兵卒と明らかに立場が違う雰囲気を醸し出している白い帽子と衣装を見に纏った青年が、老メイド長と会話をしているという和気藹々な光景が彼の目に飛び込んだ。

自分は死後の世界で夢でも見ているのか。とノーマは思った。

だが、すぐに死後の世界でないことが理解できた。

ノーマ自身が寝込んでいたソファーのそばにあった二個の丸椅子に、メイド達と楽しげに会話している男達と同じ服に身を包んだ二人の女の姿が見えた。

二人いるうちの、肩先に少し髪が付いた方の女が長弩のようなものをいじくりながらこちら自分のことを見つめていた。

「よかった。気がついたのね。ここは、フォルマル伯爵家邸の部屋よ」

「フォルマル伯爵家邸……た、戦いの方はどうなったんだ?!」

ノーマは身体を起こし、室井に問いかけた。

「喜ぶかどうかは、あなたに任せるけど。盗賊達は、あなた達の仲間と私達日本帝国軍が討伐したわ」

室井の一言でノーマは、盗賊側から放たれた毒矢によって負傷し、意識が遠のいていった時のことをふと思い出した。

「もう一つ聞きたいことがあるっ!私の意識が朦朧とする中で、助けてくれた女性のことを知らないか?」

ノーマはさらに室井に問いかけた。

「その人ならあなたの横にいるわ。ね、まりちゃん」

室井は、ノーマの右斜め前にいた久島を指差した。

室井に声をかけられた久島は、ノーマの方を見てニッコリと微笑みかけた。

「……助かった。ありがとう」

ノーマは、この際敵も味方も関係あるものか。など思いつつ久島の両手を握った。

久島は、「どういたしまして」と一言。

二人はしばらくお互いの手を握り合っていた。それは、長かったような短かったような感じであった。

 

 

帝国皇女ピニャ・コ・ラーダとその付き人であったハミルトンとボーゼスは、ノーマが回復したという報告を受けて、相馬達がいる部屋へと向かった。

部屋の扉を開けると、意外にも和気藹々とした光景が広がっており、その光景に三人は圧倒された。

周りを見渡してノーマを探し出す。

ノーマを見つけたハミルトンは、心配しながら小走りで彼のもとへ駆け寄っていった。

ピニャはとりあえず場の空気に馴染もうと前原や相馬に話しかけてみる。

ボーゼスに関しては、よく同じ雰囲気が続くものだなと思いつつ和気藹々とした雰囲気について考え込んでいた。

気がつけば、外は明るくなろうとしていた。時間というのは不思議なものである。

楽しい時やアルバイトや仕事で忙しい時などが一瞬で終わるように、この和気藹々とした雰囲気も絶頂を迎えようとしていた。

「あの、我々は基地へ戻らなきゃいけないので。そろそろ明るくなって来ましたし」

と相馬がピニャに言った。

「ちょっと待ってくれないかっ!」

ピニャは、このまま帰すわけには……と、引き留める理由を探して、朝食を摂って行ってはどうだろうか、接待を受けてほしいとか、など様々なことを言い引き留めにかかった。

富河は、とても申し訳なさそうな態度を示しながら詳しい説明を続けた。

「実は、相馬隊長は、特別参考人として政府から呼び出しがかかってまして、今日か明日には帰らないとまずいので」

この時、レレイの翻訳は、語彙(ごい)の関係で以下のようなものとなった。

「ソウマ隊長は、執政機関から報告を求められている。今日か明日に戻らなければならない」

これを聞いたピニャの顔は、某ホラー漫画家の作品に出てくるびっくりした時の顔のようになった。

相馬を、政府直属のキャリア人材であると勘違いしたピニャはこんな言葉を口にしてしまった。

「妾も同行させて貰う!!」

部屋には、皇女の決断の声が響いた。

 


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