目の前の悪鬼、フランドールはこちらをじいっと見据えながらゆっくりと近づいてくる。
その距離はあとたったの数歩で詰められる距離だ。
しかし、自分は動かない、いや、動けない。
まるで蛇に睨まれた蛙である。
あまりの威圧感。
その曇った瞳は、狂気と空腹をたたえ、こちらをじとりと突き刺す。
背中の宝石のような翼は、歩くごとに揺られ、部屋の明かりを通して綺麗な光を反射させる。
しかし、その光は周りの赤をさらに照らし出し光景をより残酷に彩るだけであった。
「お兄さん、死にたくないでしょ?10秒あげるわ。私はその間何もしない。だからその扉から出てもいいよ?じゃあ、数えるね…」
フランドールの歪んだ口からそんな言葉が出る。
まるで耽溺したような、それでいて何よりも覚醒したようなそんな可愛らしい声色とは真反対の印象を与えるゆらりとした恐ろしい声だ。
フランドールはそのまま数を数えだす。
《秒》という時間の数え方は自分は知らないのであまり分からないが様子からすると猶予はなさそうだ。
逃げるしかない!
「ゼーロ♡……あれ?お兄さん、逃げなくていいの?そんなにフランに食べられたいんだぁ♪」
フランドールは嬉しそうな声を上げる。
が、その顔はこちらへの嫌悪感を剥き出しである。
俺は、動かない。
俺は妖怪を前にして背を向けるということが、油断するということがどれだけ危険か知っている。
もし、あの場で俺が一瞬でも警戒を解いて動こうものならその瞬間に絶命させられていただろう。
まぁ、奴さんは俺が警戒していても一瞬で殺せるだろうが。
「ねぇ…お兄さんさぁ…なんで逃げないの?喚かないの?泣かないの?叫ばないの?嘆かないの?なんで?なんでなんでなんでナンデ?」
「っっつ!………あそこで逃げていれば、貴方は俺を殺しただろう。」
「あっそ。」
先ほどとは打って変わってとても不機嫌を隠そうともしない、威圧的な声でフランドールはまくしたてる。
狂っている。
フランドールは何も言わず、下を見てそこで立ち尽くしていた。
自分との距離は3歩と言ったところ。
切迫した雰囲気が静寂に流れる。
部屋の人形が、じっとこちらを見る。
赤い、赤いその目がまるでフランドールの内心を表しているようであった。
「汚らしい…!!」
「え?」
小さくフランドールが零す。
その声は小さくとも、まるで死にかけの獣が放つ怨みのこもった断末魔のようであった。
それほどの恨みが、怒りが込められていて思わず困惑のあまり聞き返してしまった。
「汚らしいと言ったんだ!ゴミが!醜悪!下劣!低俗!卑劣!粗悪!どんな言葉でも形容なぞできない!下等な人間めが!」
いきなりフランドールが叫ぶ。
いきなり向けられる大きな悪意、憎悪に思わず怯む。
驚きに目を見張っていると腹を激痛が襲う。
「ぐばっ!」
「何故だ…」
それを皮切りにフランドールは次々と俺に攻撃をする。
決して俺が壊れないように、しかし俺を限界まで痛めつけるように。
それは、《物を壊し慣れた》者のみが分かりうる手加減だ。
全身を痛みが襲う。
チカチカと光る視界の目と、体内に響く鈍い音をやたら拾う耳、血の味しかしない舌と、血の匂いがする鼻、もはや痛みしか感じない肌。
そんな中、フランドールは俺を傷つけながら叫んでいた。
「何故だ…何故お前なんだ!何故お前が気に入られるんだ!お姉さまに!何故!お前からお姉さまの!匂いがする!気配がする!人間!私は!こんなにもお姉さまを愛しているのに!お姉さましか食わず!お姉さましか見ず!お姉さましか匂わず!お姉さまにしか耳を傾けず!お姉さまにしか触れず!お姉さまにしか奉仕せず!」
狂っている。
この子は、レミリアに狂っている。
愛憎が限界までこもったその声は俺の精神を削り取るようであった。
だが…同時になにかを嘆き、助けを求めるような、そんな痛切さも感じられた。
「何故だ!何故私は閉じ込められた!お前は愛され!何故私が愛されない!こんなにも愛しているのに!私はお姉さまと!一つになりたかっただけなのに!」
痛々しい。
フランドールの告白は、痛々しさにまみれていた。
「何故喚かない!お前のその態度が気に入らないんだ!喚け!泣け!醜く命乞いをしろよ!お前みたいな奴はお姉さまに相応しくないんだよ!」
あぁ…そうか。
少し、分かったような気がする。
この子は、自分勝手だな。
えらくわがままだ。
そしてえらく無知だ。
世間知らずだ。
なのにとても聡い。
ちょっとおかしくなって笑ってしまった。
なんだ、大妖怪もこんなもんなのか…と。
と、フランドールの手が止まった。
が、その両手は俺の首をギリギリと強く締めているままだ。
「…何故笑う?何故笑える!?」
「ふっ…ぞう、だな…あなたが、ぅぅっ…ごっ、けいでな…」
「私が滑稽?私が滑稽だと!」
「ぐぁっ!」
フランドールの攻撃がさらに強くなった。
怒りも増しているようだ。
…計算通りである。
フランドールにはすこし夢を見てもらおう。
彼女の、大切で、崇高な、そんな《夢》を…な。
俺はフランドールの方で手を向けて力なく呪文を呟く。
自衛のために魔理沙から教えてもらって、俺が唯一習得できた魔法だ。
「眠れ、夢を見よ。」
俺の人差し指の先がほうっと薄く光った。
投稿遅くなってすいません。
フランちゃんのキャラが思い浮かばなくて…
フランちゃんって地味に作者の力が試されるキャラですよね。
公式が狂気としか言ってないので設定とか何もかも二次創作だとほんと難しいですね。