頬を叩かれたフランドールがゆっくりとこちらを見る。
その目は困惑で塗りつぶされていた…が、すぐさま理性を取り戻し、殺意と憎悪が溢れ出す。
そして、すぐさま俺を離し扉の方へ蹴飛ばした。
「…ッ!離せ!人間!」
「ぐっ、ぐぅ…」
激痛が走る。
横腹の傷から血が流れ出ていくのが伝わる。
扉に叩きつけられ、背中からのひしゃげたような鈍い音と、甲高い金属音が部屋中をこだまする。
思わずその場にうずくまる。
と、近づいてくる足音が聞こえる。
確信した。
あぁ…殺される。
どうせ殺されるなら、そう思って最後に嫌がらせをしたがやはり相手を怒らせただけのようだ。
ほんのちょっとの警告の意味もあったんだがな。
あまり感慨深くはない。
元々死ぬことが身近な生活をしていたせいだろうか。
そんなくだらない思考が激痛によって遮られる。
フランが力任せに俺のことを踏みつけてきたのだ。
「汚らしい!穢らわしい!きたない!キタナイ!キタナイ!キタナイィィィ!」
狂ったように叫びながら何度も踏みつけてくる。
もはやうめき声を出す気力すらない。
激痛に苛まれながら生を閉じるんだと、どこか悟ったような気持ちでいたら不意に激痛が止んだ。
叫び声も無くなり、部屋にやけに煩わしい静寂が訪れる。
殺すのならいっそ早くやってくれと、そんな急かす思いを込めて痛みでチカチカするまぶたをゆっくりと開けた。
フランドールを見上げると何やらうつむいて俺が張り飛ばした頬を一心不乱に掻きむしっている。
そのせいでフランドールの頬肉は少しえぐれて血が出ていた。
目は虚ろで白く混濁しており、その顔からは恐怖と強い嫌悪感が感じられる。
そんな光景を何も思うことなく眺めていると不意に問いかけが来た。
「あれは…あの光景は…事実か?」
あの光景?
幻覚のことだろうか。
俺は、頭の中をウジ虫が這いずり回っているような不快感に襲われているがなんとか正常な思考を保っていた。
震えた口にきつく力を込めて弱々しく、しかし厳正に言い放つ。
「知るか。全部ハッタリだ。」
「はっ…たり…?」
「そうだよ。」
「そう、か…そうなのか…そうだな…」
それを聞いたフランドールは俺から数歩離れて、そこに膝を抱えて座り、顔を下げてうずくまってしまった。
そして、小さく語り始めた。
「私は怖かった。姉様に嫌われるのが。私は…姉様を汚したから。汚す原因になってしまったから。だから…嫌われると思って、殺そうと…したんだ…。私にとって、頼れるのは、好きなのは、信頼できるのは…姉様しかいない。その姉様を汚して、しかもそれを理由に逃げてしまうなんて…愚かよね…」
弱々しく言い放つ。
それは一見するとまるで断罪を待つ敬虔な聖職者のよう。
ある日、ちょっとした気の緩みで罪を犯してしまい、それに多大な罪悪感を抱いた善人かのようだ。
少女が自分の罪を、吐露する姿。
あぁ、なんとも憐憫を誘うだろう姿だ。
普通ならば…な。
俺の目にはなんとも滑稽にしか映らなかった。
しかし、こう語り出したということはさっきのほんの少しの警告は効いていたということだ。
なればこそ、どうせ死ぬのだからこの言葉を送ってやろう。
「フランドール、お前は俺に何を求めてる?」
「え…何って…」
「一つ言わせてもらおう。ふざけるな。お門違いだ。お前は今、俺に免罪を求めた。許しを求めた。救いを求めたんだよ。俺にだ。お前曰く下等で下劣で卑劣であるはずの人間にだ。違うだろう?それはレミリアにするべきだ。」
「そんなこと…」
そういうとフランドールは語気を強めて反論しようとする。
が、先を紡がない。
図星だったのだろうし反論すると下等である俺に許しを求めたことを認めてしまうからだ。
意識がぼやりとしてきた。
それでも俺は言う。
「…“そんなこと分かっている”と、言うつもりだったか?そうだな。お前はよく分かってるよ。誰に謝るべきなのかなんてことはな。だがな、お前は逃げているよ。その事実から、目を背けている。嫌われたくないと、現実を直視しない。あまつさえその苦しみから逃げようと赤の他人に許しをこう。愚かだな。弱虫な吸血鬼め…。俺はお前をなぐさめなぞしない。俺にはその資格がないし、そうしようとも思わない。諦めるんだな。せいぜい、この檻の中でずっと苦しむがいい。じゃあな。」
言い切ったせいなのか、ふっと力が抜けて瞼が重くなってきた。
まぶたの裏の暗闇の中に、走馬灯が走るなんてことはなかった。
そう、死なんてこんなものだ。
死は、何もない。
弱虫なヴァンパイアと愚かな人間は、動けない。
お久しぶりです。
フラン編長引いてすみません…
主人公はとても厳しいですね…
多分次で終わりますし真相も分かります。狂気の理由もですね。
読んでくださり、ありがとうございます。