幻想郷貧乏生活録   作:塩で美味しくいただかれそうなサンマ

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第二十話 開けない冬

旧暦で如月、新暦で四月。

もはや春の陽気が気持ちいい頃合いであるはずなのに幻想郷は未だ寒さに閉ざされていた。

今日も今日とて雪が降り、山々は朝日に照らされて銀色に染まっている。

清流の中の魚影も煌々と朝日を反射していた。

霧が晴れかけてきた川辺も日が出てきたとはいえ未だ朝の冷気に包まれている。

そんな川辺に座る影が一つ。

 

「…こんなものか。」

 

そう呟いて立ち上がる。

腰掛けていた石はほんのり暖かくなっていたのか立ち上がった瞬間お尻のあたりが寒くなる。

俺は二匹だけ釣り上げてそこを離れた。

いつも釣りをしているところとは違うので魚が少ないのだ。

それに、魚を取りすぎると川が死んでしまう。

それは漁師にとって最も避けるべき事態である。

もっとも、最近は釣りは稼げないのでまじめに釣りをする意欲がないのもある。

それどころか釣り上げた魚は売るのではなく自分で食べるようにするようになった。

水瓶の中で跳ねる魚を見る。

この魚たちは以前は高価だったのに今は芥のようであることを思うとどことなく気落ちした足取りで家へと向かった。

 

 

 

 

 

 

家に帰り着き扉をあけて中に入る。

家の中はそれはもうひどかった。

狩の道具と釣りの道具以外に何もない光景が広がっていた。

まぁ、案の定といったところだろうか。

冬が延びるということは人里でも色々と騒がれているが、人間の中で一番不利益を被っているのは自分であるとそう断言できる。

お金が円に変わってからというものの生活は苦しくなる一方だ。

秋はまだ良かった。

実りの秋というだけあって森で採集を行えば生きていくには困らなかった。

冬もまだマシだった。

なぜかというと家に物があったから。

たしかに採集はできなくなったが、家に物があるなら多少辛い状況に置かれても対処できる。

だが、今は本当に辛い。

春なのか冬なのかどう称すればいいのかいまいち分からない今の状況だが今の状況は最悪だ。

物もない、採集もできない、稼ぐこともあまりできないし、稼げても全てを持っていかれてしまう。

 

 

 

いや、それだけではないな。

結構前に人里である事件が起きた。

《鈴奈庵襲撃》である。

この事件の原因は簡単である。

俺だ。

鈴奈庵が俺を優遇していることをよく思わない連中が強行手段に出たのだ。

それを助長したのはお金の制度改革の時に俺が無抵抗であったこと。

今や、人里で俺を侮る者はいても恐怖する者は居なくなった。

それによって今まで俺の報復を恐れて行動を起こさなかったものが人里で事件を起こすようになったのだ。

小鈴やその両親は例の外来人と上白澤さんのおかげで無事だったが幸運と言わざるを得ない。

それから…俺は他人からの施しをなるべく断るようにし、接触も断つようにした。

俺は妖怪からも人からも逸脱し、孤立し、嫌われる身だから。

俺が原因でまた巻き込むのが怖くなった。

それによって施しがなくなったことも、この辛さに拍車をかけているな。

 

 

そんな感じで淋しさを覚えつつ入り口に立ち尽くしていたが、背中の寒さに押されてすぐさま戸を閉めて家に入る。

しかし、家の中も変わらず寒かった。

部屋の隅から薪というにはあまりにもみすぼらしいそこらへんで拾ってきた枝を取ってきていろりに火を起こす。

薪は秋に作って貯めていたけど上納金で持っていかれたし、斧も持っていかれたため補充できないから仕方がない。

弱々しい火が小さな暖かみを送ってくる。

体の所々はしもやけになっていて腫れており、痛痒い。

左手の薬指に関しては先の方がしもやけどころか凍傷で腐れてしまっており、黒く変色していた。

俺が生きる上で手は何より大事だからしっかりと管理していたつもりだが凍傷になってしまった。

まだ利き手じゃなかったことを喜ぶしかないが、心内には虚しさが広がるばかりである。

 

 

釣ってきた魚を手に持って小さな火にかざす。

薪とはいえない枝で起こした火のため魚を焼くには時間がかかる。

が、魚を焼いている途中に火が消えてしまった。

枯れ枝を掻き集めて火を起こしたところで長持ちしないのは当然じゃある。

手の中の生焼けの魚を一瞥する。

約丸一日ぶりの食べ物である。

狩と釣りの道具だけは奪われまいと金を稼ぐのに必死であるあまり、俺が食べる食料がとても少ないのだ。

今回の魚もできれば売ってしまいたいほどだ。

 

「…食べるか。」

 

そのまま爪で魚の腹を分け、はらわたを引きずり出してそのあとに生焼けの魚にかぶりついた。

焼けていない部分から血の味がするし、生焼けのせいで食感もあまりよろしくなくはっきり言ってまずい。

しかし、火を通さないよりはまだ安全だろうと、この際食べられればなんでも良いと思いながら肉を噛みちぎる。

まずかったが腹が満たされていく感触を覚える。

思わず魚にがっついてすぐさま食べつくしてしまった。

食べ終わった後の手や指についた脂や身まで舐め尽くす。

腹が満たされて放心状態だったが次に襲ったのは多大な嫌悪感だった。

 

「なんだよ…これじゃあ俺は本当に妖怪みたいじゃねえか…」

 

今までの自分の様子が化け物のように見えてならなかった。

客観的に眺めると飢えた獣のような食べ方であったのだ。

箸など無いし、飢えていたのは事実であるからしょうがなくはあるのかもしれない。

だが、それでもまだ理性的な食べ方をできたのではないかという思いが消えなかった。

少しの間放心して目を抑えて佇んでいた。

家の中の暗闇は無慈悲だった。

 

 

 

 

 

 

 

と、部屋の奥に何か小包が置いてあることに気づいた。

なんなのだろうと思って近づいて見てみると紙が貼ってあり、それはレミリアからの贈り物であった。

《強く生きるように》と達筆な字で書かれたそれを見るとどこか皮肉さを感じてしまった。

俺はいつからこんなに醜く生きるようになってしまったんだろう。

俺は“人”であろうと努めて生きてきたのに今の、生にしがみついて必死に生きる有様はそれこそ獣じゃないか。

強く生きるほどに妖怪に近づくような感じがした。

ずっと前、お金の制度が変わった時に人里の人々に殴られ続けた時。

人々は思い思いの言葉を口々にこちらに投げかけていたがその中で一つ、とても心に刺さったものがある。

 

「バケモノにしては弱いな。」

 

そんな言葉だった。

この言葉が意味することは俺は人として見られていないということ。

俺の、今までの、“善さ”や、人里への奉仕、つまりは俺の人生は全て無駄だったということだ。

 

小包を開けるとそこには林檎が入っていた。

消耗品でないと上納金にとられてしまうからというレミリアの気遣いが見えて暖かい気持ちになる。

施しは極力断るようにしているが今はそんな気にはならなかった。

震える手で持った林檎を涙を流しながら齧った。

 

優しい味だったけれども甘くなどなかった。




なんか独白ばっかで申し訳ないです。
次からお話が動きます。
これからもよろしくお願いします。

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