幻想郷貧乏生活録   作:塩で美味しくいただかれそうなサンマ

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第二十一話 感情の迷路

あぁ…苦しい。

白い溜息をほっとついてそう思う。

まだ春はやってこない。

苦しい時間はまだ続く。

今回の夜狩はなんとか無事に終わらせることができた。

獲物をもって家まで帰ってくることができたのだ。

不意にあたりが明るくなった。

空を見上げると満月が雲間からこちらを見ていた。

 

「…小さいな。」

 

そんな独り言をこぼした。

美しいけど、小さい。

よく人間は“大きな満月”といった表現を用いるけども。

空にぽっかりと梅干しほどしかない満月は。

俺には小さくしか見えなかった。

あの月ももう少ししたら隠れてしまうのだろう。

なんだか虚しくなって俯いた。

まるで自分を見ているかのような思いがしたのだ。

必死に輝きを放っても雲に隠されてしまう様が。

元が小さいが故に満月が大きく捉えられるという本質的な矮小さが。

空に一人きりなその儚さが。

しかし見下げた光景は皮肉的にこちらを見ていた。

白銀の雪を血が赤く濡らしている様を月光が黒く照らし出していた。

肩に乗せた死骸がやけに重くなり、すぐさま月は隠れてしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

翌朝、人里に獲物を売ってから釣りに行くことにした。

今はその帰り道であり、釣りに行くところを考えながら雪道を歩いていた。

行くところは一向に決まる気配を見せないが。

狩を成功させたというのに帰り道は憂鬱なものだった。

結局、とった獲物は毛皮や骨までも里に売りつけたのにもかかわらず一回の上納金を乗り切るのが精一杯な金額にしかならなかった。

最近は毎夜のごとく夜狩をしなければ生活がままならない。

いっそ逃げ出してしまいたいがどこに逃げるというのか。

受け入れてくれる人は何人か思い当たるも行く気にはならなかった。

禍をもたらす貧乏神のような存在である自分が行ったら迷惑をかけてしまうだろうから。

しかし、もうそろそろ生活が限界なのは自分でも分かっていた。

お金が無くなり、物がなくなり、そしてついには自分の体が壊れ始めていた。

今までは身体を酷使することでなんとか乗り切っていたがそれも限界だろう。

道端のお地蔵様がこちらを見ていた。

ところどころ苔が生えており、汚れも付いていて破損している。

辺境にあるせいで人に忘れ去られた可哀想なお地蔵様だ。

なんとも感傷的になってもっていた手ぬぐいで拭ってやった。

お地蔵様とはいえ人の手がなければ汚くなってしまうからな。

寒さに耐えながら拭き終えると、そこそこマシになった。

 

「…湖に行くか。」

 

先程からずっと迷っていた釣り先を決めた。

言葉にするとすとんと胸の中に落ちて即決された。

今まで霧の湖はルーミアやチルノなど会ったら心配されるだろう人が多かったから避けて、違うところで釣りをしていた。

しかし、冬場は他の釣り場はあまり芳しくなく、やはり氷が張った湖の下にある魚を狙うのが一番なのである。

いつもみたいにゆっくりと釣りをするのではなく三匹ほど釣ってすぐ去ればばれないだろうと軽く考える。

今までの躊躇が霧になって消えてしまった。

そうして、急ぎ足で霧の湖に向かったのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

やらかした。

見つかった。

甘かったのだ。

霧の湖に着く前の森の中で大妖精に見つかってしまった。

すぐに後ろを向いて逃げ出したが、大妖精はそこまで考慮できていたのか罠が仕掛けられており捕まってしまった。

今は大妖精が仰向けの俺に跨っているというような感じだ。

背中が雪に濡れて冷たい。

 

「幸太さん!なんで逃げるの!?」

 

大妖精が叫んでそう尋ねてくる。

言えない。

言ったら傷つけてしまうことが分かっていた。

大妖精は無言の俺をじとりと睨みつけてくる。

気まずい。

一刻も早く離れなければ大妖精を傷つけてしまう原因になるという危機感を覚えて、暴れたが凄まじい力で身体をその場に押さえつけられた。

思わず感じた人肌の暖かさに動きが鈍る。

子供らしい言動で忘れていたが大妖精も人外だった。

それでも諦めずに暴れ続けていると、不意に大妖精の手が頰に回されて顔を固定された。

固定された視界に移ったのは大妖精の泣き顔だった。

辛そうな顔だった。

驚きで動きが固まった俺の首に大妖精の涙が落ちる。

暖かかったが冷たかった。

 

「なんで…なんで黙ってたんですか。なんで頼ってくれなかったんですか。私やチルノちゃんが子供だからですか。こんなに…こんなに傷つくまで…。」

 

嗚咽の止まない声で大妖精が嘆く。

その泣き顔に抵抗する気は全くといいほど消された。

声には悔やみと悲しみが俺の胸を突き刺すほど含まれていた。

と、突然俺の体は解放された。

大妖精は立ち上がり、俺から数歩離れた後にこちらを向いて言ってきた。

 

「幸太さん。無理はしないでください。痩せこけて力も出ていないし、身体も生傷や凍傷だらけです…。そんな身体で動いたら死にます…。こんなこと言っても多分幸太さんは無理しますよね。じゃないと生き残れないと言って。違いますよ。幸太さん。私がいます。チルノちゃんもいます。幸太さんには他にも仲のいい人がいますよね?その人達を頼ってください。もっと甘えてください。私たちは絶対に迷惑なんて思いませんから。それに…貴方は覚えていますか?貴方はチルノちゃんにここに何回も来るって約束しましたよね?でも幸太さんは半年前くらいからずっと来ません。でも、チルノちゃんは待ってますよ。幸太さんは絶対に来るって。だから私は泣かずに待つんだって。…これ、幸太さんが次に来たらあげようってチルノちゃんと一緒にある拾った石を使って作ったんです。今までの私の贈り物みたいに捨てるなんてしないでくださいね?絶対にもらってください。…幸太さん、今の貴方にはどんな言葉も優しさも通じないでしょう。でも、私たちは信じてますから。待っていますから。」

 

そう言って大妖精がこちらに浮かせて渡したのは首飾りだった。

少し拙いがとても優しさが感じられる出来だった。

桃色の小さな石が優しく輝いている。

その石はとても暖かかった。

精神的な意味でなく、物理的に暖かいのだ。

この石はなんなのか大妖精に聞こうと手元から視線をあげるとそこにはもういなかった。

静寂が雪に染まった森を襲う。

大妖精の泣き顔が目に焼き付いた。

冬の間、大妖精から贈り物が来ることは何回もあった。

しかし、それらは受け取らず霧の湖の近くにそっと置いていくようにしていた。

同じくルーミアやレミリア、霊夢や魔理沙や霖之助からも沢山あった。

それらも同じく、その差出人の住んでいるところの近くにそっと置いていた。

この前の林檎は受け取ってしまったがそれ以外はそうした。

俺と関わると禍しかないから…と。

その場にうずくまって泣く。

濡れた背中と前面に張り付くようになった雪の地面が凍えるような寒さを送ってくる。

大妖精の暖かさは消えていた。

 

「違うんだ…違うんだよ…。」

 

知っているさ。

彼らは俺が助けを求めても迷惑がらないことなんて。

分かっているさ。

助けを求めることが最善ということなんて。

思っているさ。

誰かに助けてほしい、甘えたいって。

 

でも…できないんだよ。

 

優しい人達だから。

好きな人達だから。

だからこそ、幸せであってほしい。

俺なんかと関わって不幸になってほしくない。

 

俺が彼らに甘えるにはあまりにも…弊害が多すぎる。

 

あぁ俺は求めていたんだ。

そう気づいた。

お地蔵様に感化されて助けを求めてここにふらふらとたどり着いたんだ。

ここにくれば誰かが助けてくれると。

でも、その求めた助けを渡されたのにも関わらず俺はそれを拒否した。

してしまった。

大妖精はそれに気づいていたのだろう。

俺のどうしようもないほど矛盾した感情に。

だからこそ去っていった。

でも…おれは…

大妖精の必死の言葉を聞いても。

自分の感情を理解しても。

誰かを頼る気にはなれなかった。

求めていた優しさをもらってさらに感情の迷路のドツボにはまった。

彼らの優しさを受け入れたいと思う感情と彼らの優しさを受け入れるべきでないと訴える感情の板挟みで胸が苦しい。

彼らの優しさを拒否する罪悪感と自己嫌悪がその胸をさらに重く突き刺すようであった。

 

 

その日はそのまま家路に着いた。

握りしめた首飾りはとても暖かかった。




長くなりました…。
主人公の心をうまく表現できていたか不安です。
誤字報告ありがとうございます!
これからも、よろしくお願いします。

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