幻想郷貧乏生活録   作:塩で美味しくいただかれそうなサンマ

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第二十三話 狩人

真冬の森の中に妖怪の怒号が響く。

 

「出てこい!隠れていても無駄だぞ!」

 

刀を持った妖怪がそう叫ぶ。

しかしその後に来るのは夜の帳と雪に彩られたねずみ色の静寂。

答えるわけがない。

それに苛々したのかその妖怪は周囲の草や木を切り始めた。

油断したその姿を見て背後から矢を射る。

しかし、刀で一閃されてしまった。

妖怪は矢が飛んできた方向目掛けて突進してくる。

凄まじい速さでこちらに来たが隠れていた俺を見つけ出せないまま明後日の方向へと通り過ぎていった。

また俺は次の死角を求めて移動を開始する。

そしてそこでまた獲物が油断するのを待つのだ。

抜け目なく。

そして…また矢を射る。

 

 

 

 

 

 

妖怪と俺の死闘はとても地味だった。

ずっと同じことの繰り返しだったのだ。

キッカケは俺が意表をついて近くの茂みに隠れたこと。

妖怪は油断していたのか笑ってそれを嘲った。

俺が隠れた時にすぐに対処していればよかったのにな。

しかし今の妖怪にはそのような余裕は見られない。

隠れている俺を見つけられなくなったのだ。

そして焦って探すが焦ってしまっているが故に隠れている狩人は見つけられない。

伊達に狩人な訳ではない。

気配を消すのは得意である。

狩人を見失った時点で獲物の負けである。

狩人に狩をさせた時点で妖怪の負けなのだ。

この場はもはや俺の独壇場。

幼少より俺が命がけで生きていた場なのだ。

が、しかし俺は絶望に近い感情を抱いていた。

俺はこのまま繰り返していれば勝てないのだ。

本来ならば勝てる。

しかしかの妖怪はいつもの妖獣のように矢を受けてくれない。

このままではジリ貧でいつか俺が負けてしまう。

 

「何処だ!何処にいる!?」

 

半狂乱で妖怪が叫んでいる。

そんなに焦っている時点で見つかるはずがない。

冬の森というのはとても恐ろしいものだ。

なぜなら夏よりも隠れるものが多いのにも関わらず夏よりも気配を消してくれるものが多い。

例えば雪。

雪上で跡をつけない動き方さえ熟知していれば雪は音を消したり、身を隠すのにも良い最大の味方となる。

他にも枯れ草や低木の樹氷などが周囲を白く覆い尽くすため蓑を脱ぎ捨てて白い麻服を着た俺は世界に溶け込むのだ。

一番ありがたかったのは周囲の木々がざわめき、時に夜の影となってその雄大な生気を妖怪に示し続けることで相手の警戒を揺さぶることであった。

 

刀を振り下ろした瞬間に背後から矢を射る。

が、それも弾かれてしまった。

妖怪の超反応というものは怖いものだ。

その妖怪はこちらへと突進してくる。

が、俺は雪の下に身を隠しているため気づかれなかった。

 

「っ、卑怯だぞ!」

 

卑怯か。

その言葉になんともおかしさを覚える。

この状況はお前が招いたものなのに。

と、そんな風に。

偉そうに狩人だのなんだとは言っても彼女が油断していなかったり焦ったりしていなければ俺は即座に見つかって殺されている。

つまり最初は油断で、その後は焦りによって彼女が自分から陥っているに過ぎないのだ。

なんとも未熟。

命のやり取りを何度もしたことはあるがある経験だけ欠如していたのだろう。

彼女はその強さゆえに弱者の“卑怯さ”とその恐ろしさを知らない。

だが、俺はここで手を緩めない。

この状況で俺が油断したら死だ。

結局俺だって何度も危ない橋渡りをしているに過ぎない。

今までも何回か見つかりそうになった。

俺は見つかったら即死であるからな。

全く、妖怪の超感覚ってのは羨ましいものだ。

それに何回も肝を冷やされたからな。

そんなことを思いながら矢を射る。

冷徹に。どこまでも卑怯に。

このまま繰り返して勝てないのならどこかで変えれば良い。

そうしたら勝てる。

そんな自信を持ちながら。

 

 

 

 

 

 

 

 

そんな命の駆け引きが一刻ほど続いただろうか。

俺の矢は無くなってしまったからそこらへんに落ちていた木の枝を射るようになった。

そして彼女は…半刻前からすこしひらけた場所で坐禅を組み始めた。

妖怪の怒りは有頂天に登るかと思いきやここに来てその頭はかなり研ぎ澄まされていた。

実際、半刻ほど前、坐禅を組んでから冷静になりつつある気配はあった。

そして今は彼女の頭の中は無の境地に近いだろう。

ただただ気配の探り合いが続く。

この状況はかなりの精神的疲労をもたらす。

油断など言語道断。

一瞬でも気を緩めたら即座に見つかるだろう。

とても厄介である。

俺の勝ち筋はほぼ消えたと言っても良い。

俺の予定としては彼女の怒りを限界まで膨張させて周囲の草や木、雪を全て切ってしまおうと大技を出したところで特攻を仕掛ける。

そのまま斬撃を掻い潜って下顎を殴りつけて気絶させる予定であった。

それほどの危険を犯さなければ勝てない相手なのだ。

しかし、その勝ち筋は消えてしまった。

背後から木の枝を射る。

 

“シュラッ”…

 

そんな鋭い音が森に響く。

薄い闇に煌々とした線がほとばしる。

太刀筋が全く見えないほどの速さで妖怪が立ち上がって木の枝を斬り伏せたのだ。

思わず見惚れてしまいそうなほど美しい一閃だった。

以前と違って妖怪は枝が飛んできた方向へ突進する様子はなくこちらをじっと睨むだけであった。

しかしその圧迫感はさっきの比ではなかった。

気の緩みは即座に見つかってしまう。

全身全霊をもって気配を消す。

 

静寂が走る…

 

と、妖怪はまた坐禅を組んだ。

助かった…が、このままではもう勝てないと悟った。

あの一刀を見ればわかる。

俺の敗北が確定してしまったのだと。

首飾りを握る。

 

「いや…まだだ…。」

 

まだ方法はある。

危険だがやるしかない。

何が何でも勝ってやる。

 

覚悟とともに弓を強く引き絞った。

首飾りの熱が体の中を熱くほとばしった。




連チャンですね。
なんかいいとこで切ってすいません。
戦闘描写苦手感がありありと見える見える…
まぁ多少はね?
しっかり精進します。
これからもよろしくお願いします。

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