夜も更け、少し欠けた楕円の月が照らす薄闇の中で一人の少女が雪の森の中で坐禅を組んでいる。
ともすれば幻想的な光景であるがその場に漂う雰囲気はまさに戦場のそれ。
妖怪と人間の静寂の殺し合いの真っ只中である。
そんな光景を目のまえに、さらには殺し合いの当事者としてその場に立つと息が止まるようであった。
死と生の独特の香りを感じつつもぎゅっと首飾りを握りしめて決意を再確認する。
今から俺が行うのは賭けだ。
もちろん成功する確率の方が低い。
この賭けに負けたら死ぬだろう。
しかし、死んでも、この首飾りを渡そうとは思えなかった。
大妖精は命の危機なら首飾りなんて渡しても良いなんて言うだろうけども俺にとってこの首飾りは命をかけていいほど特別な意味を持っている。
俺はこの首飾りに理解させられたのだ。
俺は被害者面したバカヤロウだったんだと。
他の人が傷ついたのを俺のせいだと塞ぎ込み、あげつらって人に可哀想だと思われたかったのだ。
自己を縛る鎖に必死に抗ってるように見せて感心して欲しかったのだ。
そんな俺の醜い感情をこの首飾りは優しく溶かしてくれた。
たしかに俺を縛る鎖は多いが、それに負けていてどうする。
何も有効な抵抗をせずにふさぎ込んでどうする。
そんなのは意味が無いと気づいた。
いつも通り、足掻いてもがいて苦しんで幸せを求めるしかないと悟った。
それを止めていた俺を優しさをもって強く殴りつけたこの首飾りを。
失いたくはない!
「ふぅ…」
小さくため息をつく。
これからは一瞬の呼吸の乱れも許されない。
揺らぎはそれすなわち死である。
近くにある枝を拾って弓につがえる。
そして枝の途中にある棘を弓の本体を持つ左手の指にあてがう。
こうすることで俺が枝を放った瞬間俺の指に切り傷がついて出血することになる。
俺の血は特濃妖力がこもった血だ。
つまりは強力な気配を発するのだ。
両者とも自然と一体化し、気配の探り合いをしているこの状況でそれは致命的なことだ。
もちろん彼女もそれに気づき、こちらへと瞬時に近づいてあっという間に俺は切り捨てられてしまうだろう。
あの速さであれば俺が隠れる暇はない。
俺が生き残るためにはそれを妨害しなければならない。
その為に枝を放つのだが生半可な攻撃では妨害の意味をなさない。
妨害にたる攻撃とするには彼女の呼吸の揺らぎ、その一瞬の隙をついて放つ必要がある。
しかしこれは寸分の互いなく撃たなければならい。
早くとも遅くとも死。
「すぅ…っっ!」
息を止めて集中する。
周囲の音や視覚もなにもかも遮断して彼女の呼吸のみに神経をとがらせる。
精神統一しているとても整った呼吸だ。
隙はほんの一瞬だろう。
静寂が場を支配する。
思わず緊張から手汗が出てくるが無視する。
今だ!
呼吸の揺らぎを狙った攻撃は寸分の狂いなく妖怪の急所へと飛んでいく。
当然のようにその枝も彼女に斬り伏せられてしまう。
しかしそれで良い。
その切り伏せるという行為、そのいっときの余裕さえ生まれれば俺は隠れられる。
枝を放つやいなや近くの茂みに転がり込んでいた。
と、俺の身体が完全に隠れたその数瞬後に彼女がここへ突進してきた。
そして…彼女の刀はその虚空を切る。
そして驚きの表情を浮かべ背後を警戒する。
そうだ、その一瞬が欲しかった。
とてつもなく強い気配を辿って攻撃すればそこに相手はいない。
その時に彼女がまず警戒するのはどこか。
背後である。
今までずっとちまちまと背後から攻撃され続けた彼女には無意識的に後ろを警戒する動きができている。
冷静に考えればただの人間である俺が妨害したとはいえども彼女の背後に回り込むなんてことはできない。
しかし、勝利の確信をもった一撃をすかされたことによる困惑と俺の無意識の刷り込みによってそんなことは考えれないはず。
実際彼女は背後を警戒した。
勝てる!
いくつもの賭けに勝ったのだ!
そんな勝利の実感とともに腰にさしていた鉈を握る。
そして茂みを出て隙だらけの彼女に一発入れようとする。
鉈はもう彼女の首筋までほんの少しのところにある。
自信を持ってそのまま鉈を振り下ろした。
妖怪の目がこちらをぎゅるりと睨みつけてきた。
「…なっ!ぐふぁっ…!」
視界から送られてきたその情報を認識した瞬間。
気づけば俺の体は遥か後方に吹き飛ばされていた。
遅れて来る腹の鈍痛。
殴られたのだろうか。
低木の枝を背中で切って吹き飛ばされていたが、数間ほど飛ばされた後に大木の幹に当たって止まった。
背中から鋭い衝撃がはしり、体を突き抜けていく。
衝撃で手放した鉈は根元から真っ二つに切断されていた。
「うぐっ、ぼぉえ、うぶぶ…ぐふっ…」
苦しみのあまりその場にうずくまって腹の中のものを吐き出す。
最近はろくに食べてないせいで胃液しか出てこなかった。
吐いた気持ち悪さと痛みによる思考の歪みに耐えつつなんとか頭を上げた。
そこにはすでに妖怪の左手が迫っていた。
「ガッ、しゅっ、かへっ、くひゅっ…」
その手は俺の首を掴み、握りしめてきた。
そしてそのまま俺の体を持ち上げる。
身長差のせいで首吊りとはならなかったが首が絞まって息が制限されて苦しい。
喉から情けない息音が漏れる。
少女のたおやかな手だというのにその手が発するのはまさに剛力。
目の前の少女が人外だとまざまざと見せつけられている。
と、その妖怪はいきなり話しかけてきた。
「天晴れです。感服しました。まさか人の身でここまで私に対抗するとは。私の油断や地の利などがあれこそすれその気配を消し、隙をつく技術はまさに達人でしょう。そして驚くべきはその弓の技術と忍耐力。この極寒の中、手がかじかんでいないことなどあり得ない。ましてやあなたの手は凍傷や生傷も多い。そんな中痛みや寒さに耐え続け、全ての矢が狂いなく私の急所に当たるものだったというのだから驚きです。最後の一撃も“私が油断していたら”危なかったですね。まあ、後ろを向くふりをしたら案の定引っかかって出てきてくれたので楽でしたよ。」
「ひゅっ、ひひぁっ、ふざ、けっ、んなふっ…」
それは賞賛だった。
しかし皮肉にしか聞こえなかった。
息を振り絞って言葉を紡ぐがあまりにもか細い声だった。
息が切れて体の力が抜けていく感覚を覚える。
これまでか、と諦める思いもあったがまだ抗おうとする気持ちのが強かった。
右手で奴の左腕を掴み、激しく抵抗する。
蹴ったり暴れたりするが首を絞めている左手はびくともしない。
妖怪はどこか高揚とした、しかし淡々といったような口調で続ける。
「まだ抵抗しますか。素晴らしい精神力です。あなたのおかげで私はさらに強くなれました。戦闘での“無”の精神を私は知った。その感謝とあなたの強さに敬意を評して殺すことはやめておきましょう。じゃあ眠りなさい。」
「くっ、くひゅぅ、くぞぉ…」
妖怪の首を絞める力が強くなった。
本格的に首が絞まって息ができなくなる。
体に力が入らなくなり、視界も黒くなってきた。
嫌だ。
だめだ。
死なないから良いとかではない。
この…この首飾りだけは…
やめてくれ…
俺の意識は虚空に沈んだ。
首飾りはペンダント的なのをイメージしていただけると嬉しいです。
描写下手ですいません。
これからもよろしくお願いします。