里の会議に参加した日の夜。
嫌な予感を感じながらも夜狩に出かけた。
まぁ、その当たって欲しくない勘は当たってしまった。
夜狩は…失敗だ。
「はぁ、はぁ、っっ!そらっ!」
右手に構えた鉈を素人ながらに襲いかかってきた妖獣に振り下ろす。
まだ下級妖怪にも成れていない程度の妖怪だからこれでも倒せる。
が、妖獣に囲まれていて数が多い。
自分は別に戦闘の達人というわけではない。
戦闘技術はどこにでもいるただの素人に毛が生えた程度だろう。
「ふぅ、ふっ!?ぐっ、あぁっぐぅ!」
息も絶え絶えだが、妖怪たちが止まってくれることなどない。
次々に襲いかかる妖のうちの1匹についに腕を噛まれてしまった。
すぐに振りほどいたが、傷は深い。
少し油断して物音を立てたらこれだ。
本当に、妖怪ってのは油断ならない。
恐ろしい存在だ。
強大で、かつ狡猾で。
まだ周りには大量の妖がいる。
血の匂いと、ほのかな死の味がする気がした。
絶体絶命である。
おれは、この夜を生き抜けるだろうか…
薄い闇の中で妖と生死を争い踊り狂う必死な人間の姿が、そこにはあった。
あの後、なんとかあの場にいた妖怪を殺す、又は撃退することができた。
とても幸運なことだ。
しかし、こっちも酷いもんだと思う。
左腕は噛まれ、肉が少しえぐれた。
耳は爪で引っ掻かれ、傷ができている。
右足も思いっきり突進されたせいであらぬ方向に折れてしまっている。
体中は冷たい土と温い返り血にまみれ、森を逃げ回った時に、棘に引っかかったことでできた擦り傷が無数にある。
こんな満身創痍な状態で、しかし俺はある大きな感慨にふけっていた。
……あぁ、生きている!
次の日、俺はなんとか家に帰り、応急処置を済ませた。
妖たちの肉を持って帰ってくることはできなかった。
無駄な殺生は嫌いだったが仕方がない。
それに、あの肉もまた、ほかの妖怪の餌になっているだろう。
だが、そこは礼儀というべきか、黙祷をせずにはいられなかった。
人間は何かの命をもらわねば生きていけない。
畜生だろうと外道だろうと、敬意を払わなければバチが当たるというものだ。
いま、俺は人里に来ていた。
理由は知り合いに会うためだが、まぁ例のごとく視線が重い。
しかし、なんとも運が良かったのは足の怪我は重かったが、左の足でなんとか庇って歩く、走ることができるということだった。
たしかに速度は遅くなるが、あの絶体絶命の状況を切り抜けても走れなければそのあとほかの妖怪に殺されてしまっていただろうから。
そう、俺は生きてるんだ。
まだ、生きてる。
土を踏みしめて、歩いて、躍動している。
そう、実感しながら不恰好に歩いていると目的地に着いた。
[鈴奈庵]という、貸本屋だ。
今日は借りていた本を返しに来たのだ。
「お!幸太さんじゃないですか!いらっしゃいませ…って!なんですかその怪我!」
「いやー、ちょっと抜けたことしちゃってな。まぁ、大丈夫さ。」
「…まぁ、無理しないでくださいね。」
いま、接客をしてくれたのが俺の友達である「本居小鈴」である。
天真爛漫で愛想がいいが、少し天然で、そして、何より困った趣味を持った子だ。
俺にも普通に接するしいい子なんだがな。
まぁ、この子が俺に普通に接するのは訳があるんだが。
「で、本を返しに来たんですか?今日が返却日でしたし。」
「そうなんだ、ありがとな。楽しかった。」
そう、これが足を壊しててもここに来なきゃいけなかった理由だ。
子鈴の両親にはよくしてもらってるし、お世話にもなってきたからあまり迷惑をかけたくない。
まぁ、怒らせたくない、というのが少しあるけどな。
「楽しい?字が読めないのによく懲りずに借りますね…」
「字が読めないのに本を借りたらだめとか無いだろ?俺が楽しめてるからそれでいいのさ。」
そう、俺は読み書きができない。
何故かって前はひにん身分は寺子屋にいってはいけないという制限があったから。
だからほとんどの知識は親父に教えてもらったのだ。
今はその制度はもう無いが、行く時間などあるはずもない。
だからこうして本を借りて読み書きを覚えよう…
と、思ってるが成功しない。
まぁ、それはそうだ。
教えてくれる人はいるにはいるが真面目に教えてくれない。
結局、絵がたくさん載ってる本を借りて見て、返すのだ。
「にしても図鑑ばっかりよく借りますね。」
「絵が多くて俺でも楽しめるからな。それより〈ずかん〉っていうんだな。知らなかった。」
「そうですよ。でも、幸太さんはあまり外の世界とか、人里の最近の物とかに興味ないから知らないのも仕方ないですね。」
「そうだな。あ、興味といえば、小鈴はまだ妖魔本集め、してるのか?」
「もちろんですよ!楽しいんですもの!」
「はぁ…まぁ、止めはせんが程々にな?」
「はい!大丈夫です!」
あまり信用できないな。
妖魔本というのは妖が書いた本や、妖になった本だという。
もちろん危険なものが多い。
そして、小鈴の困った趣味とはそれの収集、そして読むことだ。
両親には秘密にやっているらしいが、心配である。
「気になったんだが、何がそんなに楽しいんだ?」
「それがですね!妖魔本の妖気を感じるとゾクゾクするというか!スリルがたまらないんです!」
すりる?…よく分からないが危険を楽しむ。ということか?
うぅむ、俺にはよく分からないな。
「まぁ、俺は帰るな。さようなら、子鈴。」
「ええ、また寄ってってください。」
不恰好な歩き方で店を出る。
そこには平和な人里の風景。
人は笑って道を歩き、忙しそうに仕事して、平凡に暮らす。
昔じゃありえないことだろう。
妖怪の恐怖と、貧しさからのひもじさが、数十年前の人里であったと聞いている。
それが今やこんな豊かになっている。
幸せなことだろう。
祝福すべきことかな。
でも、俺はこの光景に一抹の不安を抑えられない。
「まるで妖怪が…いないみたいだな…」
そう、この人々は妖怪を“忘れてしまっている”
それどころか恐怖を楽しむときた。
ここは幻想郷、人と妖怪が生きる地。
そんな銘をうっていても、人と妖怪が殺し、殺される関係であるのは変わりない。
それは弾幕ごっこというルールができても変わらない。
なのに今ここにある人里は、あまりに明るすぎる。
幸せすぎるのだ。
多分、ここの人々は死を、見失ってしまったのだろう。
妖怪を、見つからなくなってしまったのだ。
生活が充実したことによる歪み。
当たり前から、最善から、少しずつ離れている。
それが如実に感じられる。
「妖怪は、人がいなければ生きれない。かぁ…」
昔、知り合いの妖怪に聞いた言葉だ。
人は妖怪がいなくとも生きていける。
しかし妖怪は人がいなければ生きていけない。
人からの恐れが必要不可欠なのだ。
この、平和な明るい光景の裏に、薄暗い恐怖が迫ってるように感じられてならなかった。
この温和は崩れていつか、人々はまた、妖怪の恐怖を思い出すと。
それが当たり前。
ここは幻想郷、人と妖怪の生きる地。
人が妖怪を恐れ、妖怪が人を喰らって生きる場所。
妖怪が人に殺され、人が妖怪を殺して生きる場所。
「その均衡は…どうなるんだろうな…」
ぼそっと、呟いて帰路についた。
前の見えない気持ち悪いどろどろとした不快感が消えなかった。
空白使いすぎ問題!
しかも文の感じも初期と変わっててダメだやっぱ…
これからも頑張ります。
主人公への感情集
本居小鈴 友愛