雨の向こうに青空を   作:世嗣

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今回のBGMは『Be the One』でどうぞ。




決意のムーンサルト

 

 

 

 

 スマッシュ。

 

 便宜上はノイズに分類される人類の脅威。

 

 その体に位相差障壁も、炭素変換能力も保有しない代わりに、ノイズを遥かに上回る身体スペックと、戦車砲や機銃掃射すら物ともしない硬度の鎧を併せ持つ。

 

 世界を震撼させた『スカイウォール事件』から観測されるようになった未知の侵略者。

 

 過去のデータでは、ノイズに比べて異常に長い自壊時間を以って地下シェルターを破壊し、数多の犠牲者を出した日常の殺戮者。

 

 通常の小型ノイズを10、武装した戦闘員を8とするとスマッシュ単体では100以上の戦闘力を持つ怪物。

 

 そんな『スマッシュ』が、翼と奏の前に現れていた。

 

 

 

 

 

 

 無数のノイズが変わった塵が晴れて、スマッシュがその姿を白日のもとに晒す。

 

 最も早く動いたのは翼だった。

 

 アームドギアを片手にスマッシュに瞬時に肉薄すると、天羽々斬、『厄災斬り』の属性を纏った一撃を全力で叩き込んだ。

 

 風をきって、刃が鳴る。研ぎ澄まされた一閃は彼女が幼い頃から鍛錬を積んできたことの証。それは吸い込まれるようにスマッシュの肩部に向かい、甲高い音を立てる。

 

「う、そ……?」

 

 翼が目を見開いて驚きの声をあげた。

 それもそのはず、翼の袈裟懸けに振るわれた刃はスマッシュの装甲に容易く弾かれてしまったのだ。

 

 自身の一撃が通用しなかったことに翼の中に動揺が生まれ、わかりやすい隙が生じてしまう。そんな隙を見逃してくれるほどスマッシュは与し易い相手ではなかった。

 

(はや────)

 

 剣が弾かれて後ろへとよろめいた翼に向かって、スマッシュは体を沈み込ませて一気に加速。人であれば右手の部分を振りかぶり、全力で振り抜いた。

 速さ、威力共にノイズとは比べるまでもない一撃が翼を襲うが、翼は間一髪でアームドギアを差し込んで防御する。だがそれでも完璧に勢いは殺しきれず、まだ小さな体が地面に転がった。

 

 ごろごろと回転しながら勢いを殺して、翼が膝立ちになって息をついた。

 

(バリアフィールドでしっかり受けたはずなのに腕がまだ痺れてる。叔父様の全力程ではないけれど、それでも充分脅威的……!)

 

 震える手を握りしめ、翼が細く息を吐いた。そしてまたスマッシュに向かおうとした歩みを、無数の液状化した小型ノイズに遮られる。

 先ほどの蒼ノ一閃に大部分が倒されたとはいえ、そもそも元から出現していた数が段違いだ。一部の倒し残しがいても不思議ではない。

 翼は未だダメージの残る体を叱咤して横に跳ぶと、最低限の直撃コースのノイズだけを切り捨てる。

 

「────」

 

 凛とした歌声が響き翼のフォニックゲインが上昇する。生じたエネルギーをバーニア部分に送りながら、シンフォギアの各部が駆動する。

 

 翼の体が瞬時に加速しついでとばかりにノイズを切り裂き、再びスマッシュへと迫っていく。もちろんそれに対してスマッシュは先ほどと同じく拳を振るってくるが、翼はそれを脚部のバーニアで方向転換してかわす。

 

(私のギアじゃ一撃じゃ足りない。もっと、疾く、鋭く、研ぎ澄まして切り裂く)

 

 翼の左手がアームドギアを握った右手の手首を握る。風鳴の家の伝える武術の中には居合抜きをはじめとした、ひたすらに剣を早く振るうことに特化した技がある。

 しかし、それを放つには鞘のない現状のアームドギアでは不十分だ。

 故に、手首を抑えて固定することで、即興即席の鞘となし擬似的な居合抜きを再現する。

 

「──はッ!」

 

 一歩。

 かわしてからの刹那の間にスマッシュの懐に飛び込んで、アームドギアの一閃。しかし、一撃を入れられて尚、スマッシュにはひるむ様子すら見受けられない。

 

「まだッ!」

 

 だが、風鳴の防人の剣、ただの一撃で折れぬものと心得よ。

 

 翼は逆袈裟に叩き込んだ居合の勢いを殺すことなく、左足で踏ん張りを効かせてそのままつぎの一閃へと繋げる。

 またも先ほどと変わらぬ速さの、いやむしろ加速した一閃が、一太刀目の刀傷をなぞるようにして切り裂いた。

 

「まだまだッ!」

 

 返す刀でもう一閃。

 三太刀目の翼の剣が二つの刀傷を更に削りスマッシュの体に深いダメージを刻み込んだ。そして、そこでついにスマッシュの体がたたらを踏むようによろめいた。

 

 そこで翼は追撃することなく一旦距離を取る。

 ひとまず天羽々斬でなら、最大限に威力の乗った三太刀でダメージを与えられるということがわかっただけで十分だった。

 今翼に必要だったのは相手の装甲と自身の攻撃力を図り、彼我の戦力差をある程度つかむこと。

 それさえわかれば幼い頃から鍛錬を積んできた翼であればある程度立ち回ることができる。

 

(今の感じ、速さなら私の方が上。装甲も削りきれないほどじゃない。この調子なら……)

 

 翼の目に光が宿る。

 

「──勝てる」

 

 翼が一歩で己の最高速に至り、ノイズを絶妙にかわしながらスマッシュの背後に回りこもうとする。

 

 だが、ここで一つの誤算があった。

 

 結論から言うと、それは天羽奏の存在だ。

 

 翼は見るからに調子が悪そうな奏はもう激しい戦闘はできないだろうと考えていた。

 奏の顔色は病人の如く青白いし、血反吐でも吐いたのか口の端からは一筋の赤がのぞいていた。肩で大きく息をして、足もふらふらだった。

 だが、その程度で揺らぐほどの甘い決意を奏は持っていなかった。

 彼女の根本は『復讐者』である。愛する家族の全てを殺された奏はその日から人としての生を捨てて戦士となった。

 

 故に、天羽奏は折れない、諦めない。どんな時でも立ち上がり、『お前らを殺す』と吠えるのだ。

 

 だから、死に体に鞭打つような無謀な真似をして、己の戦闘本能に従ってスマッシュの背後に踏み込んでしまう。

 

 翼と、全く同じように。

 

(嘘、奏さんッ?!)

 

 突如視界の中に奏が入ってきたことに、心の中で驚きの声を上げる。しかし、奏の方は翼の方に気づいた様子もなく更にスマッシュへと踏み込んでいく。

 

「────ッ」

 

 奏の絶え絶えの息の歌には以前のような人を鼓舞するような力強さはない。ただ未だ確かな強さを内包したその歌は、消える寸前の蝋燭が最後に強く燃え上がる様子を連想させた。

 

 奏が両手で身の丈を超える槍を両手で支え、スマッシュに向けた穂先にフォニックゲインから生じた力を集中、回転させながら爆発的な勢いを発生させる。

 

「食らいやがれぇッ!!」

 

 轟、と辺りの空気をまとめて捻じ曲げるようなエネルギーの秘められた奏のアームドギアは無防備なスマッシュの背中を狙う。

 

 スピードに優れる翼の天羽々斬と違い、奏のガングニールはどちらかというと一撃の破壊力が高い。そのため、奏ならば翼のように技を重ねずともスマッシュを傷つけられる。

 

 

 

 

 

 そう、その()()()()()

 

 

 

「──かはっ」

 

 奏が口から血反吐を吐いた。

 先ほどまでのように血の混ざる咳などではない。内臓系がやられた事からくる、本当の血反吐である。

 血が口から出たことにより歌唱が中断され、加速度的にシンフォギアの出力が落ちていき、槍の穂先の回転がゆっくりと止まる。

 

 そしてそれに追随するように奏の意識までもが鈍化していく。

 

(こりゃ、今までで一番、とは言わねえが、トップクラスに、やべえ、かも……)

 

 奏の視界が真っ赤に染まる。充血したのか、と一瞬疑ったが、すぐに頰を伝うどろりとした温かいものに、眼から血が流れているのだということを理解した。

 

 奏の手から、膝から、全身から、力が抜ける。

 自然と槍を握っていた片手が離れる。片手で支えきれなくなった槍は軌道が歪んで、スマッシュの肩に軽く当たって弾かれてしまう。

 その衝撃がきっかけに奏が膝から地面に崩れ落ちた。

 

 ノイズが振り返る。

 

 肩の衝撃で背後の存在を脅威とみなしたのか、右腕を大きく振り回す。

 その軌道が、無防備な奏の首に向かっていくのを、翼だけが見えていた。翼だけが気づいていた。

 そして、奏が避けれないであろうことも、翼はわかっていた。

 

 一秒たったところで、ようやく奏が顔をぼんやりと上げて、自分にスマッシュの拳が迫ってくるのを理解できないように見つめた。

 

 

 

 

 

 それを見て、風鳴翼は─────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆◇◆

 

 

 

 

 

「スマッシュノイズ、だとぉッ!」

 

 ノイズの塵が晴れてしばらくしてから二課の司令部はスマッシュの姿を監視カメラ越しで視認した。

 ゴツゴツとした岩のような装甲、発達した二つの腕。人でいう顔と思わしき部分には、カメラのような三つの穴が空いている。

 国際的には、『ストロング』と呼ばれるタイプの格闘攻撃を主体とするスマッシュだった。

 

「司令! 先程までスマッシュ反応なんてなかったはずなのに、今見ると確かにスマッシュ反応が確認できます!」

 

「つまりどういう事だ。俺たちのレーダーがスマッシュには対応しきれていないということか?」

 

「いえ、そういうわけじゃないでしょう。これは推測の域を出ませんが、それでもいいですか?」

 

「構わん。話してくれ」

 

「なら戦兎に二、三質問をさせてください」

 

「へ、俺?」

 

「ああ。このレーダーシステム作ったのは櫻井女史と戦兎だからな。今はお前に聞く方が手っ取り早い」

 

「そういう事なら俺にわかる事はなんでも答えるよ」

 

 藤堯が一時もメインコンピュータとキーボードを操作する手を止めないままに戦兎へと質問を投げかける。

 

「このレーダーって確かノイズの出す波形を下にその反響から大まかな数を割り出してるんだよな?」

 

「うん。ノイズはもともとこちら側……つまり三次元平面状の様な世界の存在じゃない。かといってこれは四次元的な未知の亜空間に存在してるって訳でもなくて、言ってしまえば三・五次元みたいな概念的な世界を住処にしていると思われる。だから、そこに体の何割かを残している事の存在の揺らぎがこちらにも影響して──」

 

「あー、話長い! 戦兎要約して!」

 

「え、あー、簡単に言うとウチのレーダーはノイズが出す雑音みたいなものを計測して数を推測する装置、って感じかな」

 

「最初からそれを言いなさいよ戦兎くん!」

 

「す、すみません!」

 

 あおいの呆れたような叱責が戦兎に飛んでくる。

 戦兎としては最初の方は求められたから答えただけだったのに、少し怒られたため釈然としない雰囲気を出している。

 

 「波形パターン……ノイズの異常発生…………なら……あり得るな」

 

「藤堯何かわかったのか!?」

 

「俺は専門外だから推測しかできませんが、おそらくほかのノイズの波形に隠れてスマッシュの波形が隠されていたんだと思われます!」

 

「い、いやそんなはず無いよ藤堯さん! だって今までにそんな事例は一度も無かったんだぞ?!」

 

「いいやあり得る。今回のは数が数だ。おそらく数百体のノイズが意図せずスマッシュの存在を覆い隠す結果になったんだろう」

 

「しかし、一度はノイズは殆ど倒し切ったんだぞ? なら何故その時に出なかった」

 

「おそらくスマッシュが出現したのは、一体目の『空中要塞型』があの不快な音──『咆哮』をあげてからかと。それなら二体目の『空中要塞型』を隠れ蓑にできるでしょうし」

 

「く、そ、そんなのありかよ……!」

 

 戦兎はだん、と苛立つように机に拳を振り下ろしたが、すぐに気持ちを切り替えると誰に言われるでもなく無数のノイズ反応に隠れて、スマッシュ反応がないかを調べ始める。

 

 弦十郎が額を揉んで皺を伸ばす。

 

「起きちまったことは仕方ない。スマッシュについては今は翼に任せよう。一先ず俺たちが対処すべきなのは……」

 

「二体目の『空中要塞型』、ですよね」

 

「その通りだ」

 

 一体目、つまり奏に倒されたノイズが呼び寄せた、二体目の空中要塞型。

 現状の戦力で倒すだけでも手を焼いたのに、今はそれに加えてスマッシュまでいる。スマッシュに関しては一課や自衛隊でも対処できるが、周囲に無数のノイズがいる以上その方策も取れない。

 

 それに現場にはシンフォギアがある。

 

 いかに奏者が人を傷つけるつもりがなくとも、前提として自衛隊との共闘などしたこともない二人では、運悪く大怪我、更に悪ければ謝って殺してしまうことすら考えられる。

 

「奏君のバイタルはまだ悪いままか?」

 

「ああ、かなり悪めかな。さっきまで正常だったのに急変したって話だ。付近にノイズがわんさかいるせいでトレーラーも動かせないらしいし」

 

「そうか……。藤堯、空中要塞型はどちらに向かって移動中している」

 

「新都南西の方角、一部未避難民がいる地域です。もしかすると人間がまだいることを感じ取っているのかも」

 

「あおい君、先程到着したヘリに連絡を取ってもらえるか? 南西に急行してもらいたい」

 

「あの、司令、実は十分ほど前からヘリと連絡が取れません。加えて言うなら、最後の連絡での座標が空中要塞型の出現地点の付近でした」

 

「まさか落とされたのか、空中要塞型に?」

 

 友里は何も言わない。それが、ヘリの結末を如実に物語っていた。

 

「なら避難を優先させろ。それにスマッシュが地下シェルターを破壊させる可能性もある事を留意して────」

 

 空中要塞型に対してヘリなし。援軍を呼ぼうにもそれまでにどれほど被害が出ることになるかは全く読めなかった。

 

 だが弦十郎は特に感情を表に出す事なく、二課の面々に指示を出し始める。

 倒す手立てが今はないなら、いち早く未避難民の避難を完了させるようにするだけだ。

 その指示の的確さは以前翼についていったトレーラーの中からした時とは比べるまでもない。

 映像越しにわからない表情、声のトーン、そして纏っている雰囲気というものがある。

 ただ指示を出すだけの上司を慕う部下はいない。こうした時々に応じて必要な指示を適宜与える事ができる事こそが、弦十郎を二課の指令足らしめる所以である。

 

 だから、弦十郎は気づける。

 

 ほかの職員に感じ取れないレベルで、戦兎の雰囲気が変質しているということに。それは何かを決意しかけている人間に感じるものであり、数多の死線を潜り抜けた弦十郎だからこそわかる、死を恐れない覚悟を持つ人間のそれに極めて類似したもの。

 

「戦兎、現場の人間を信じろ」

 

「……わかってる」

 

 かける言葉は短い。

 それだけで伝わると思っていたし、現実に戦兎にはちゃんと何を言いたいのか感じ取れる信頼関係が二人の間にはあった。

 

 戦兎の視線が監視カメラを通して映し出される奏者とスマッシュとノイズの戦いを睨むように見つめる。その拳はどれほど力が加えられているのか、小刻みに震えていた。

 

 

(俺は、俺はまた…………!)

 

 

 無力な自分。

 

 戦う翼。

 

 傷つく奏。

 

 戦兎は今戦うことができず、ただ安全な場所から祈ることしかできない。本当は、彼女たちを守るべき立場の自分が、ただ見ていることしかできない。

 

 そんな残酷な現実を前に、霧生戦兎は────。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆◇◆

 

 

 

 

 

 

 時間は少し巻き戻る。

 

 奏は血の混ざる咳をしながら、ノイズ群の合間に見える機械的な装甲に自分の頭の中の辞書から該当しそうな知識を引っ張り出してくる。

 

(機械的な鎧、ノイズと違う雰囲気、そんであいつの慌てた様子から見て、時々ニュースになってた『スマッシュノイズ』って奴か)

 

 観察した特徴。天性から来る直感。昔どこかで見た記憶。繋がりのないものを繋ぎ合わせて、瞬時にその正体を看破する。

 戦兎の『頭の回転は悪くない』という評価はこういう面にも現れる。

 

「ーーー」

 

「うるせえよ」

 

 スマッシュに目を配りながらも、背後から迫るノイズに隙は見せない。

 重いギアでも手首のスナップなどの一工夫あれば槍を振るうことはできる。鮮やかな一撃がノイズを真っ二つにしてしまう。

 

(ノイズか、()()()()()()()()

 

 思考が研ぎ澄まされ、目の前のスマッシュを殺すための方策を瞬時に叩き出した。

 その視界にはスマッシュと渡り合う翼のことなんて、影も捉えてもいはしない。

 

 

 そうして、奏が槍を振るい、血を吹き出して、時は合流する。

 

「く、そ……」

 

 体から力が抜ける。今までは確かに彼女に力を与えてくれていたはずのシンフォギアが今はただ重い。

 奏が必死に体を叱咤し動こうとするが、ふらふらと立ち上がるのが精一杯でそれ以上は何もできない。

 

 苦々しげに息を漏らして奏が面をあげて、目の前にスマッシュの拳が自分に迫っているのに気がついた。

 

 質量と速度による圧倒的破壊力。

 

 そしてその一撃を今の奏では避ける余裕はない。

 

「あ」

 

 奏が本能的に濃密な死の気配を感じ取った。

 あの日、彼女の大切な家族との最後の日、あの日に感じた『終わり』が近づく臭い。

 

(まだ、死ねない)

 

 心が震えた、

 

(あたしは生きることを諦めるわけには──)

 

 そうして、目の前に迫る『死』に対して、天羽奏は何もできない。

 

 

 

 

「──奏さんッ!」

 

 

 けれど、()()()()()()

 

 一迅の青い風が吹き抜けて、奏の体がふわりと浮く。そしてほとんど合間を置くことなく爆発するかのような衝撃が走り、彼女の体が背後のビルに叩きつけられた。

 

「──が」

 

 表層のコンクリートを砕いて奏が内部の鉄筋にめり込み、粉々に砕かれたコンクリートの粉塵を舞わせる。

 

 スマッシュが低い唸りを上げた。自らの一撃が当たったことに命中したことに満足したように。そして一歩一歩奏の方へと距離を縮めてくる。

 がしゃん、とアスファルトの路面を踏むスマッシュの硬質な足音が響く。

 

 一歩一歩、スマッシュ(ぜつぼう)が距離を縮めてくる。

 

 けれど、奏はそんなことなど露ほども気に止めることはなかった。

 

「なん、で…………」

 

 視界を粉塵が遮る中で奏が言葉を漏らした。

 

 まるで理解できない、というように。

 

「なんで、あたしを助けたッ!?」

 

 奏が怒鳴るように自分の腕の中でぐったりとしている少女──風鳴翼へと問いかけた。

 

「なんで、なんで()()()()()()()攻撃受けてんだよッ!」

 

 あの時、スマッシュの拳が振るわれた瞬間、奏は動けなかった。けれど、翼は違った。

 

 翼の天羽々斬はスピードに特化したタイプのシンフォギアだ。だから例えスマッシュが拳を振るった後でも最高速度を出せば、ギリギリ()()()()()()()()()()身を割り込ませることができた。

 

 かくして、本来は攻撃を食らうはずの奏は翼に守られビルに叩きつけられるだけにとどまり死を免れた。

 

 ────風鳴翼という少女を犠牲にして。

 

「答えろよアンタッ!」

 

 奏の腕の中の翼は腹部に攻撃を受けたせいか腰部プロテクターが粉々に砕け、一部破れたスーツから覗く地肌は痛々しい傷が残っていた。

 

 全部、奏を庇ったせいで負った傷だ。

 

「そん、な、泣きそうな顔しないでください……」

 

「ふざけてる、場合じゃ、ねえだろ……」

 

「ふざけてなんか、ないです」

 

 ふっと翼が儚げに笑うと、ヒューヒューと薄い息を漏らしながら奏の頬に手を伸ばした。

 

「助けられて、良かったです」

 

 翼がどこか嬉しそうに言葉を漏らし、奏が泣きそうな顔でまたもや叫んだ。

 

「なんでッ! なんであたしなんかをッ! あたしはアンタに救われる価値なんてなかったはずだッ!」

 

「そんなこと、ないよ……」

 

 ゆるゆると首を振る翼。彼女はそのまま朦朧とする意識の中でポツポツと言葉を続ける。

 

「貴女のこと、凄いって思ったんだ。いつも一生懸命で、自分に甘えを許さなくて、それで真っ直ぐに目的に向かっていて、そして────」

 

 翼がじっと奏の瞳を見つめた。

 

「家族のことを心の底から愛していることが」

 

 それは翼が言葉にできない本心の吐露。

 

 口下手な彼女が普段は言えない自分とはあまりにも違う相手への憧憬だった、

 

 翼と奏は対照的だ。

 

 深い海の色思わせる青い髪の翼。

 夕暮の暁を思わせる赤い髪の奏。

 

 自らの力でシンフォギアを纏える翼。

 自らの力でシンフォギアを纏えない奏。

 

 家族に愛されているかわからず、今は別々に暮らしている翼。

 家族を心から愛し、けれどその家族を失った奏。

 

 戦う目的の為にガングニールを掴んだ奏。

 義務から天羽々斬を引き抜いた翼。

 

「ずっと考えていたの、わたしは奏さんとどうなりたいんだろうって、どうすべきなんだろうって。でも、答えはもうとっくに出てたの」

 

 海の瞳と、朱の瞳が互いを覗き込んだ。

 

 

「友達に、なりたいんだ」

 

 

 短い言葉、けれどそれが翼が奏に伝えたかった、伝えるべき唯一の言葉。

 

 奏が深い海の色の中に、いつか誰かの瞳の中で見たような『光』を見た、

 

「ーーーーー」

 

 奏は刹那の間、言葉を失ったが何事かを翼へと伝えようと口を開こうとして、硬質な地面を叩く音に遮られた。

 

 見れば晴れ始めた粉塵の中で先ほど彼女たちを殴り飛ばしたスマッシュが一歩一歩奏たちへと迫ってきていた。

 

 奏が唇を噛んだ。

 

「また奪うのか、テメエは」

 

 奏の目が燃える。

 

「無慈悲に、無感情に、無作為に、あたしの大切なモンを」

 

 奏の目が一瞬、翼へと目を向いた。

 

「そんなこと、許せるか」

 

 奏がボロボロの体で立ち上がる。満足にシンフォギアのシステムは動いていない、今彼女を立たせているのは心に燃える熱い思いひとつだけだ。

 

「人間は負けないッ! テメエらノイズにも、絶望にもッ!

 その為のシンフォギアッ! あたしの、()()()()()シンフォギアだッ!」

 

 魂を絞り出すかのような奏の叫びにもスマッシュは怯むことはなく、先ほどと同じように拳を振るった。

 

「う、おおおおおッ!」

 

 それに対し奏もまた握った拳で応戦した。

 

 きっと効かないだろう、けれと今彼女の中に戦わないなど選択肢など存在しない。

 

 そして、奏とスマッシュの拳が交錯する。

 

 

「ふせろ奏ッ!」

 

 

 ─────寸前、横合いから一台のトレーラーが現れてスマッシュを弾き飛ばした。

 

「これ、二課のトレーラー?」

 

 ぼんやりと奏が呟くと、その運転席から一人の少年が飛び降りた。

 

「よ、奏」

 

「戦、兎……?」

 

「おう、きたよ」

 

 ニッと戦兎がいつものように笑うと、奏の腕の中でぐったりとしている翼に手を伸ばして軽く頭を撫でた。

 

「よく頑張ったな、翼」

 

「戦兎……」

 

「すこしゆっくりしてろ、ここからは俺がやるから」

 

「は、なにを……」

 

 奏が言葉を漏らすと、戦兎は真剣な面持ちで奏と翼に順に目を向けた。

 

「信じてくれ、俺を。『霧生戦兎』という人間を」

 

 その目の中には、いつかと同じ決意の炎が燃えている。

 

 奏の腕の中の翼がゆるく笑った。

 

「信じてる、出会った日から、今日までずっと」

 

 その言葉に淀みはない。

 

「……信じる。戦兎との約束を、あたしは忘れてない」

 

 しばらくして奏も言葉を続けた。

 

「ありがとう、最ッ高だ」

 

 戦兎が嬉しそうに笑みをこぼすと、軽く頭をかいて、いつものコートの中から二つのボトルを取り出した。

 

 朱と青。

 

 奏の髪と、翼の髪を思わせるようなそんな二つの色。

 

「さあ、実験を始めようか」

 

 戦兎がまたもやニッと笑って見せると、軽くコートの前を払う。すると腰に装着されている真っ白のメカニカルなマシンが白日の下に晒される。

 軽やかに二つのボトルが振るい、やがて戦兎の指がボトルのキャップ部分を回すと、腰のマシン──真っ白のドライバーのスロットに装填されていく。

 

『 R(ラビット) / T(タンク) 』

 

 戦兎がドライバーレバーを回すと発動機ニトロダイナモが高速稼働し、前後にスナップライドビルダーと呼ばれるシャフトが展開された。

 待機音に包まれながらレバーが回るたびにボトルの中からエネルギーが吸い出され、シャフトの中に満たされていく。

 

 赤と青のエネルギーに包まれて、戦兎が静かに目を閉じた。

 

「────」

 

 そしねやがて目を見開いて、左手を開いて前に、右手を強く握りしめて後ろにして構えをとった。

 

『Are you ready ?』

 

 ベルトが彼へと問いかける、『Are you ready ?(戦う準備はできてるか)』、と。

 

 そして、戦兎は迷う事なくその言葉を紡いだ。

 

 

 「────変身ッ!」

 

 

 身体が、変わる。

 

 『霧生戦兎』という唯の少年から、赤と青の鋼の戦士へと。

 

『鋼のムーンサルト! ラビットタンク!』

 

完成(イェーイ)!』

 

 白いボディスーツ、赤と青の装甲、そして二本の触覚。

 

 鋼の戦士がトレーラーに吹き飛ばされて尚、答えた様子すら見せないスマッシュを見据えた。

 

 

「俺は、『ビルド』。未来を創る、ビルドだ」

 

 

 現れた戦士、其の名は、『ビルド』。戦兎の思いと、決意と覚悟によって創られた鋼の戦士。

 

 

 

「返してもらうぞ、俺たちの青空を」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




 

白いスーツ&白いドライバー、ベストマッチ判別機能なしのプロトビルドドライバー。
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