雨の向こうに青空を   作:世嗣

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ぼちぼち更新しますねー

文字数は少し抑え気味ですー


ベストマッチでない奴ら

 

 

 戦兎には特に苦手なものが三つある。

 

 一つが理不尽な暴力。

 これはどちらかと言えば嫌いという部類に入るかもしれないレベルである。

 これに晒されることは自分であっても他人であっても基本的に戦兎は好まない。

 

 一つが、雨。

 というか、水全般をあまり好まない。特に何か戦兎に害をもたらすわけではないのだが、なんとなく好きになれない。雨が降っていた日には、戦兎は晩御飯にセロリが入っていた翼くらい微妙な気持ちになる。

 因みにもちろん泳げない。

 

 そして、最後にもう一つ。

 

「ほら、もう一曲行くぞ翼、奏くんッ!」

 

「はい叔父様」

 

「なあ、旦那これ後どんだけ続くわけ?」

 

「まだ半分程だとでも言っておこう」

 

「うひー、まじかよ」

 

 青いジャージ姿で返事をする翼の隣で奏が橙色のジャージで唇を尖らせる。既に5キロ以上は走っているが、二人は息が少し乱れている程度で疲れの色はそれほど濃くない。

 

 翼は幼い頃から訓練をしているためそれ程苦ではなかったが、奏の方は慣れていないためか文句を言い始めていた。それでも翼に遅れはしないのだから、奏のポテンシャルの高さが垣間見えていた。

 

 ちなみに赤いタンクトップで巌のような鍛え上げられた筋肉を惜しげなく晒した弦十郎に疲れの色はもちろん、汗ひとつすらかいていない。全力で英雄故事を歌いながら走るのに。

 

「ほら、みんな気合入れろッ」

 

「…………なあ、旦那」

 

「なんだ奏君」

 

「アレ、どうすんの」

 

 奏が親指で自分のはるか後方を指差す。

 弦十郎が指さされた方向に目を細めて見れば、小さな人影がのろのろと進んでいるのがわかった。

 

 

 苦手なものの最後の一つ、霧生戦兎、運動神経は決していい方ではない。

 俗に言う運動音痴、略すると上品な了子の口では言えない単語になるアレである。

 

 

「よし、二人とも一先ず休憩にしよう。これ以上離れたらアイツが気絶した時に回収できんからな」

 

 ゆっくりと三人が走りを止めた。そのまま弦十郎がゆっくりとストレッチを始めたのに翼とかなでもそれに倣う。

 

 奏が脚の腱を伸ばしながら、後方を見つめる。それに翼がぽしょりと言葉を返す。

 

「あの、戦兎は、いつもあんな感じ、だから、奏……さんも心配しなくても

 

「あ? なんだって?」

 

「な、何でもない、です……」

 

 奏が思わずやや険しい声で尋ね返すと、翼は俯いて謝ってしまう。それを見て奏が小さく舌打ちをした。

 

(ああ、あんなに不機嫌そうに……話しかけなければよかった……)

 

 翼がぼっちあるあるの話しかけて失敗の後、死ぬほど後悔するに陥り、心の中で強く肩を落とした。

 

 明らかに萎縮した翼に、奏がまたもや小さく舌打ちをした。

 

(やり辛いったらありゃしねえな)

 

 奏が頭をかこうと手を伸ばそうとして、遠くからやたらと荒い息遣いが聞こえ始めた。

 

「来たか」

 

 弦十郎が呟くと、その視線の先から黒いジャージの戦兎が顔中汗まみれの、酔っ払いのおっさんの如し千鳥足で走ってくる。

 

「おっそ……」

 

 しかし悲しいかな、クソザコナメクジの戦兎の走りはもはや走るというより、打ち上げられた魚が陸でのたうち回っているようなものだった。

 

 そんな瀕死の戦兎の隣を小さなモンキチョウが追い抜いていく。

 

「…………」

 

「…………」

 

「蝶に抜かれるって、なかなかできない体験だよな」

 

 黙りこくる奏と翼の隣で弦十郎が哀れそうに言った。

 

 霧生戦兎、推定十二プラスマイナス二歳。走力は蝶以下である。

 

「ひー、へー、はー、かひっ、こひっ」

 

 のろのろと走ってきた戦兎が翼の足元まで走ってきてべしゃりと潰れた。

 

「おーい、戦兎大丈夫か?」

 

「か、なで、み…………」

 

「なんだって?」

 

「み、み……」

 

「なんだみって? はっきり言え。ミーアキャットか?」

 

「このタイミングで、石や岩の多い荒地やサバンナに分布し、地中に直径10センチメートルの巣穴を掘って生活する、昼行性の別名スリカータの話を始めるようなファンタジスタじゃねえよ俺は」

 

「めちゃくちゃ詳しいじゃん、ミーアキャット」

 

 死にかけの戦兎が息絶え絶えに奏に突っ込む。周りに振り回されることの多かった戦兎に染み付いたツッコミ性能はなかなかのものである。

 

 ごす、と戦兎の頭の上に何かが落ちて来る。

 

「ポカリだ、今買ってきた。水よりはそっちがいいだろう」

 

「あ、ありが、と、弦さん」

 

「翼と奏君もしっかり水分補給はしろよ。ほら、これは二人の分だ」

 

「お、さんきゅー旦那」

 

「ありがとうございます叔父様」

 

 青い包装のペットボトルを三人が受け取ると、戦兎が我先にとばかりにポカリを飲み始めた。

 

「あー、ポカリうまい……。ポカリが血管の中を流れていくのを感じる……」

 

「ポカリが血管の中を流れたら死ぬぞ、天才物理学者」

 

「いや、案外いけそうじやないか? なんとなくだけど」

 

「いや、無理だろ。この色が血管に流れて大丈夫なビジョンがあたしには湧かないんだが」

 

「俺、物理学者だから人体のことはよくわからないナリー」

 

「それでいいのか天才」

 

「んー、翼はどう思う? ポカリって血管に入れて大丈夫かな」

 

「え、私っ?」

 

 びしっ、と戦兎が突然翼を指差す。

 翼が驚きで目を丸くしながら答えようとして、戦兎の向こう側に見える奏と目があった。

 

「わた、しは、わかんない」

 

 そして俯いてしまう。

 

 戦兎がちらりと奏の方をみると、奏はいらだたしげにそっぽを向いていた。

 

 戦兎が困ったように頭をかいて、少し離れたところの弦十郎に目を向けると、弦十郎も同じく困ったように頭をかいているところだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「戦兎遊びに来たぞー」

 

 奏が扉を勢いよく開けると、戦兎の体が突然の物音にびくりと震えた。

 

 戦兎が扉から体を半分覗かせてる奏を半目でじとりと睨む。

 

「奏、ノック、しろ。俺、研究、実験、危険」

 

「いや、わりーわりー。てかなんで急にカタコト?」

 

 ぺろりと奏が舌を出すのに戦兎が大きくため息をつくと、戦兎が手の中の工具を使って再び白い機械の部品を組み立て始める。

 その戦兎の姿を奏が興味深そうに後ろから戦兎にのしかかるようにして覗き込んだ。

 奏の発育のいい胸がむんにゅりと戦兎の背中で形を変える。

 

 戦兎の体が固まった。

 

「これ何作ってんの?」

 

「天才の俺による発明品。というか離れてくれよ」

 

 戦兎がやや赤い顔で奏を押しのける。

 

「なんだよ細かい奴だな」

 

「うるさいよ」

 

 奏が不満そうな顔で背中から離れると、戦兎が心の中で小さく安堵の息を吐いた。戦兎も記憶はないとはいえそろそろ思春期。そういうのに興味がない訳ではないのだ。

 どういうのかというと……まあ、そういうのだ。

 

「で、俺に何の用なんだ?」

 

「午前の訓練は終わって暇だったからさー、戦兎に構ってもらおうと思って」

 

「俺は暇じゃないんだけどな……」

 

「まあ細かいことはいいじゃんか」

 

 溜息をしながら卓上を片付けている戦兎のとなりに悪戯っぽく笑った奏が椅子を引っ張って来て腰掛ける。

 ふと、青と赤の小さなボトルが奏の目に留まった。

 

「なあ、それってあたしを助けにきた時持ってたやつだよな?」

 

「ん、『フルボトル』のことか?」

 

「ふるぼとる……?」

 

「これはな……」

 

 聞きなれない響きに奏が首をかしげる。

 

 フルボトルに手を伸ばそうとして、一瞬戦兎は考えるように眉を寄せる。だが、すぐにまいっかと思い直した。

 

「奏は『スカイウォール事件』のこと知ってるか?」

 

「んー、確か突然世界中から『スカイウォール』がせり出してきた事件のことだろ? 目に見える高さは10メートルくらいだけど確か成層圏まで見えない壁があって……、だから飛行機が飛べなくなったりしたんだっけか。

 それに国連とか与えた影響もいくつかあったよな……ってなんだその顔は」

 

「いや、奏って本当に頭良かったんだなーって」

 

「失礼なやつめ。あたしこれでも成績は10番から落ちたことないぞ」

 

「いやそれはもう聞いたけどさ。うん、見た目脳筋なのに、優秀だよなぁ奏は」

 

「おい、あたし自分で言うのもなんだけど結構美人の方だと思うんだが」

 

「はいはいかわいいかわいいー」

 

 言葉を適当に流して、近くにあったホワイトボードを奏での前まで引っ張り、書いてあった数式を消してまっさらにしてしまう。

 

「んじゃま、『スカイウォール』のことでも話すかねえ」

 

「先生ー、おねがいしまーす」

 

「はいはい、任せときなさいよ」

 

 ホワイトボードに戦兎が『スカイウォール』と文字を書き込む。

 

「材質は不明。世界中の海、陸を無秩序に走る巨大な壁。近くからは有害ガスが発生してるため近寄るのは禁止。日本には三つの巨大な壁が存在する。発生原因は『不明』っと、まあこのくらいは知ってるだろ?」

 

「一般常識だしな、このくらい」

 

「優秀な生徒で結構」

 

 きゅっきゅっと音を鳴らしてホワイトボードに文字が書き込まれて行く。

 

「まあもう察していると思うが、『スカイウォール』が発生したのには理由がある。さて、それは一体なんでしょう生徒の奏君!」

 

「え、うーん、どっかのマッドサイエンティストの実験失敗? そうじゃないなら地球温暖化のせいとか、どっかの秘密結社の陰謀。はたまた宇宙からの侵略者ってトコか?」

 

「勿論全部違う」

 

「さよで」

 

「答えは────それだッ!」

 

 最後の方は茶化すような答えに、戦兎は凄くいい笑顔でばっさりと切った。そして、今度は少し顔を引き締めて、びしっと奏の方を指差した。

 奏は呆けたように指さす方向を目で追って、自分の胸元あたりで止めた。

 

「いやそりゃあたしの胸は同年代にしては大きいが、世界規模の大事件起こせるほどのポテンシャルはないと思うぞ」

 

「ば、バカかお前はっ! ペンダントだよペンダント!」

 

「ペンダントってシンフォギアか? これってそんなにすごいモンなのか?」

 

「ったく、凄いどころじゃねえよ」

 

 もにもにと自分の胸を無防備に触る様子に赤くなった顔を隠すように、戦兎はホワイトボードに書き込みを始める。

 

「奏はそのシンフォギアの名前、覚えてるか?」

 

「『ガングニール』だろ。それがどうしたんだよ」

 

「じゃあガングニールってそもそもどう言ったものだと思う?」

 

「どう言ったものって……槍だろ。ギリシャかなんかの神話の」

 

「まあ70点てトコか、正しくは北欧神話の主神『オーディン』の持つ槍ってのが通説だ。じゃあ、なんでそんな名前がシンフォギアについてるのでしょーか」

 

「うーん、んー、んーーーー。わからん。答え教えてくれ戦兎」

 

「奏って頭の回転は悪くないのに頭使うの好きじゃないよな」

 

 むむむ、と額にしわを寄せて深い唸り声をあげていた奏はやがてすっぱりと諦めた。

 

 奏は地頭は悪くない。むしろ自分で言うように非常に優秀な方ではあるのだが、小難しい事を長々と考えるのはあまり好んでいなかった。そこは堪え性がないとかではなく、ただ単純に奏が体育会系の性格なためだろう。

 小難しい単語と理論をひねくり回して、色々考える戦兎とは対照的と言えるかもしれない。

 

 戦兎は手のかかる子供を見る親のような表情で小さく息をつく。

 

「あのな、シンフォギアの機構の大部分は先生(了子)が作ってるんだけど、核になる部分には、ある武器の破片を使ってるんだよ」

 

「それが、『ガングニール』ってわけなのか」

 

「大正解」

 

 戦兎が満足そうに頷く。

 

「『ガングニール』。常勝を誓う無敵の槍。ドヴェルグによって創られた神々の武器。それは、既存の物理法則では説明できぬ力を秘めた、先史文明時代のアーティファクト。どれほど時間をかけても再現できそうにないブラックボックス。俺たちは、そういうものを『聖遺物』って呼んでる」

 

「『聖遺物』……」

 

「そそ。んで、話は『スカイウォール』のことに戻る」

 

 戦兎はホワイトボードに『聖遺物』という枠を作るとその中にガングニールと書き込み、そしてそこにさらに書き込みを加えた。

 

「『パンドラボックス』……?」

 

「ああ。これが全ての元凶だ」

 

 ある日、とある研究者によって未知の物体が引き上げられた。

 長年海底にあったにもかかわらず、錆びも朽ちている箇所も見受けられないそれは仮称として『パンドラボックス』という名が与えられ、『聖遺物』としての認定を受ける。

 しかし、『パンドラボックス』のその不可解さは数ある聖遺物の中でも群を抜いており、一国の研究者の手には負えなかった。

 そこで国連加盟国の中から優秀な科学者が集められ、研究が行われる運びとなったのだが、そこで事はおこった。

 各国首脳の監視下においての研究が始められようと瞬間、『パンドラボックス』が白銀の光を放ったのだ。するとそれに呼応するかのように、地面からパンドラボックスと酷似した壁がせり出し、瞬く間に世界中に広がった。

 広がった壁は『スカイウォール』と呼ばれ、交通、貿易、経済に少なくない影響を与えた。

 それから『パンドラボックス』は危険すぎるという事で、研究チームは解散。しかし、一部の国が強固に研究の必要性を主張し、研究チームに参加してた国に一定期間ずつパンドラボックスが貸与されるっていう微妙な形で今に至る。

 

「そんで、これは一部の国しか知らない情報なんだが、パンドラボックスが発光した後、その表面から六枚のパネルと、それに付属する物体が分離したんだ。それがこの────」

 

 ここでようやく戦兎は先ほど奏の見つめていた赤と青の小さな物体を軽く手首のスナップだけでかしゃかしゃと軽やかな音を響かせながら振ってみせた。

 

「『フルボトル』ってわけだ」

 

 手の中のボトルを見せて、楽しそうな笑みを浮かべる戦兎。

 

「コイツはなかなか面白い代物でな。この小さなボトルの中に、地球に存在する有機物、無機物のどちらかのエレメントが閉じ込められてる。大体は生物かそうじゃないかで別れてるっぽいな」

 

「地球の、エレメント?」

 

「そ。例えば、今俺の持っているコイツみたいに、『兎』と『戦車』みたいな感じだよ」

 

 赤と青。対照的とも言える色合いをしたボトルは、よく見てみればボトルを走る溝の形がデフォルメされた兎と戦車を形作っているように見えた。

 

「日本にはこれと似たようなボトルが後『18本』ある。その多くは各種研究機関や、スカイウォール付近の…………」

 

 コンコン、と扉がノックされ、話が中断される。奏と戦兎の視線が思わず扉の方に集まり、程なくして開き始めた扉の端から青色のおさげがのぞいた。

 

 奏の顔が露骨に苦いものに染まる。

 

「戦兎、今日のお昼一緒にどう…………あ」

 

 部屋の中に入ってきた翼が奏と戦兎が向かい合って話してるのを見て、音符のようなおさげをゆらゆらと揺らした。そのまま無言の空間がビルドされそうな気配を感じ取った戦兎は、慌てたように立ち上がった。

 

「いやー、もうそんな時間か。おし、じゃあメシ食いに行くか、翼」

 

「う、うん」

 

「今日は水曜日だから確かハンバーグだなハンバーグ! 美味いよなーハンバーグ。そうだ奏も一緒にメシ一緒に──」

 

「いい。アタシは一人で食うとするさ」

 

「そ、そうか。じゃあ今度は三人で食おうぜ」

 

「……そのうちな。話、付き合ってくれてサンキューな、戦兎」

 

 奏が椅子から立ち上がって戦兎の研究室から出て行こうとする。その背中に、思わず翼が声をかけた。

 

「あ、あのっ、奏…………さん」

 

「……なに」

 

「その、話してる時に、ごめんなさい……」

 

「別に、アンタが謝ることじゃないだろ」

 

「そ、そうかもだけど……」

 

「あたしはアンタには何も思ってないから気にすんな」

 

 そう言って奏は研究室を後にした。

 

 そして残ったのは下を俯いたままの翼と、困ったように頭をかく戦兎。

 

 

 

 二課所属のシンフォギア奏者『天羽々斬』の風鳴翼と、『ガングニール』の天羽奏。

 

 未だ二人の間に充分な会話は成り立っていなかった。

 

 

 

 

 

 




ジオウおもしろいねー

みんなで王の誕生を祝おう!

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